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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
この戦いが終わったら、故郷で小さな店でも持とうと思ってるんだ……by山腹のひと
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「子狸とおれたちの戦争」part8

一二四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 湿り気を帯びた風が吹く

 ざわざわと木の葉がこすれる音がした


子狸「年貢の納めどきだな」


 たなびく真紅のマフラー

 踏み出した子狸の肩に羽のひとがとまる

 

妖精「わたしたちは一人じゃない」


 それが自分たちの強さなのだと彼女は言う


 巨竜が吠えた


緑「弱者のたわごとだ。お前たちは群れなければ何も出来ない」


狐娘「……悲しいひと」


 戦う力を持たない小さな女の子が、最強を冠する孤島の覇者を憐れんだ

 一人ではないとわかった。だから、もう恐れるものはなにもなかった

 巨体が身じろぎするたびにおびえていた臆病な少女は、もうそこにはいなかった


 となりに並んだ狐娘を、子狸は咎めなかった

 すり寄ってきた豆芝さんの頭を撫でてやってから、たしかめるように大地を踏みしめていく


 側近Dの前を通り過ぎる


子狸「人間はちっぽけな存在かもしれない」


 側近Cの前を通り過ぎる


子狸「一人じゃ何も出来ないかもしれない」


 面白くなさそうに鼻を鳴らす側近Aに片目をつむる


子狸「きっと叶わない夢だってある」


 首を傾げている生贄さんに苦笑する


子狸「ぶつかり合うことだってあるさ」


 側近Bが差し伸べた手を

 おずおずと巫女さんが握る


子狸「でも、そうやって手に入るものだってあるんだ」


 千年竜の足元で立ち止まった子狸が

 思わずほころんだ口元を引きしめて

 燃えさしのような眼差しで頭上を見据えた


子狸「お前はどうだ!? アイオ!」


 知らず知らずのうちに後ずさっていたことを自覚して

 王の名を冠する魔竜が歯噛みした


緑「っ……このおれが気圧されるだと?」


子狸「どんなにきれいな宝石だっていつかは色褪せるんだよ! そんなものを誇って何になる!?」 


 最後に一歩――

 大きく踏みこんだ子狸のマフラーがぴんと張って

 後ろ足がむなしく宙をかいた

 ポンポコシュナイダーである

 

 マフラーの端を握った勇者さんが

 無言で泥狸に帰還を促していた


子狸「…………」

 

 とぼとぼと戻っていく子狸に代わって

 勇者さんが進み出る


 彼女の透徹な瞳から、緑のひとは目を逸らした

 断腸の思いで告げる


緑「……わかった。魔さくらんぼは……お前たちにくれてやる……」


勇者「そんなものいらないわ」


子狸&妖精&狐娘「え~……?」


 不満の声を上げるメンバーに

 勇者さんは一瞥すら寄越さなかった


 緑のひとは嬉しそうだ


緑「え? いいの? じゃあ何が欲しい? 大地の宝剣とか?」


 さりげなく豊穣属性をアピールした

 なんだかんだで職務に忠実なひとである


 勇者一行の命運を左右しかねないイベントアイテムであったが

 そもそも退魔の宝剣などという都合の良いものは実在しない


 緑のひとは魔さくらんぼの確保に熱意を傾ける


妖精「! 大地の……! 持ってるんですか!?」


 まったくもって羽のひとの仕事ぶりには頭が下がる


 緑のひとはこくりと頷いた


緑「うん。いまは精霊に預かってもらってるけど、もともとおれのだから」


 精霊の宝剣は、魔界で作られたという設定になっている

 そうでなくては、魔物たちはどこからやって来たのかという話になる

 

妖精「リシアさん……!」


 羽のひとが期待の眼差しを勇者さんに向けた


 勇者さんが魔王討伐を目指すというなら

 魔軍☆元帥は避けて通れない難関だ


 つの付きとも呼ばれる黒騎士は、不完全な状態でなお勇者一行を圧倒した存在である

 切り札は多いに越したことはない

 これで手打ちかと思われたが……


勇者「いらない」


 勇者さんは首を縦に振らなかった


妖精「え? でも……」


 子狸の肩を離れて近寄ってきた羽のひとを

 勇者さんはちらりと見る


勇者「土魔法を扱えるのは一部の人間だけ。故郷を捨てて地上へと渡ってきた魔物たちを、大地の精霊は信頼していないのかもしれない」


 一度は光の宝剣を奪われた自分が持っているよりも

 精霊に預けたままにしておいたほうが安心できるということだろう


勇者「もちろん、あなたの言い分も正しいわ。つの付きは強い……。そして、わたしたちが知らないことを知っている。おそらくは……あらゆる事態に備えて手を打ってある」


 まず第一に、人間たちは精霊の存在すら知らなかった

 似たようなのは幾度か登場したことがあるものの

 せいぜい単発のシナリオで姿を現した程度である

 

 魔物たちは千年間に渡って光の宝剣を探し求めていたのだという

 嘘と決めつけるのは簡単だ

 その場合、精霊も聖☆剣も魔物たちの自作自演ということになる


 あるいはそうかもしれないと思いついたとしても

 地力で劣る人間たちは、いばらの道を行くことしか出来ない


 同じ道を歩んでも勝ち目はないのだと、勇者さんは理解していた


勇者「千年ね……気の遠くなるような年月だけれど、わたしたちも寝て過ごしたわけではないわ」


 そう言って彼女は、緑のひとを見上げた


勇者「わたしが欲しいのは――」


 そうか、そういう手で来るのか……



一二五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ……どうする?

 なにげに急所を突かれてるんだが……


 願ったり叶ったりなところが、また逆に怖いんだよな



一二六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 待て。少し考える


 ……海底の、山腹のを連れ戻してくれ。至急だ



一二七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 わかった。行ってくる



一二八、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん


 緑の、とりあえず承諾しろ。ただし一度きりだ


 

一二九、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 わかった。行ってくる



一三0、海底都市在住のごく平凡な人魚さん


 どこへ?


 おちつけ。お前はここにいていいんだ


 

一三一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 いよいよ、おれの出番か……



一三二、火山在住のとるにたらない不定形生物さん


 お前もおちつけ。縁もゆかりもないぞ


 帰って一人で雪合戦でもやってろ



一三三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ああ、出たね。完全に出た


 ……聞きましたか、みなさん?

 こういうやつが雪を見てロマンチック~だのと言うんですよ

 


一三四、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 まさしくそれだな

 おれはこう言いたい。雪国なめんな! と



一三五、王国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 むしろ、そういうところが自意識過剰なんだよね

 いいじゃん、雪。きれいじゃん。もっと詩人になれよ



一三六、連合国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 個人の感性だろ

 お前らの雪だるま議論は聞きあきた



一三七、火山在住のとるにたらない不定形生物さん


 鬼のひとたち!?


 うわ、久しぶりだな! どこ行ってたんだ、お前ら。探したんだぞ!



一三八、連合国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 おう。夢追いびとだからな



一三九、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 魔人みたいなこと言ってる



一四0、王国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 おう。魔人にも会ってきたぞ

 あのひと見てると、なんか創作意欲がわくんだよね



一四一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 そして感動の対面である


 おら、山腹の

 ……なにを恥ずかしがってるんだ、お前は



一四二、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 おお、山腹のひと。いるのか?

 なんか、すまんね。いろいろと



一四三、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 いや、その……

 おれが勝手にやったことだから……うん


 !? 子狸、お前、それ……


 首



一四四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 マフラーだよ



一四五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 マフラーです



一四六、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 把握した


 いい……マフラーだな



一四七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 勇者さんの剣は完成したのか?



一四八、王国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 ん? ああ、完成したよ

 その後は知らん。アリア家に置いてきた



一四九、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 相変わらず完成品には興味なしですか……



一五0、帝国在住の現実を生きる小人さん(出張中


 そりゃそうだ

 他人が作ったものならいざ知らず

 隅々まで把握してるものを眺めてどうしろと?


 そこらへんに落ちてる石ころのほうがよっぽど興味深いわ



一五一、王国在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 積もる話もあるようですが……


 少し厄介なことになった


 大地の宝剣を授けようとする緑のひとに

 勇者さんは不要であると言う

 

 彼女はこう言ったのだ


勇者「移動手段が欲しい。あなたたち王種は、並行呪縛という……おそらく竜言語魔法を扱えるのでしょう?」


 竜とは、伝承が定かでない太古の強大な生物を指す言葉である

 空想上の怪物との混同が進んでしまったため

 近年では魔物と王種を区別する言葉として機能しはじめている


 竜言語魔法というのは、開放レベル5のことだ

 人間たちは都市級が用いる開放レベル4を超高等魔法と呼び

 いずれは自分たちも……と考えているようだが

 王種の開放レベル5に関しては、人間には扱えない魔法だと認めている


緑「移動手段と言われてもな……」


 言い淀む緑のひとに代わって、火口のんが言う。紅茶をすすりながら

 

火口「お前たちには馬があるだろう」


勇者「悠長に船旅をするつもりはないの。馬たちも連れて行くわ」


 宰相は、勇者さんを蚊帳の外に置いた

 あの男は、勇者が魔王がという時代を終わらせるつもりだ

 つまり都市級を、自分たちの力だけで倒してみせると、そう言っている


 しかし、それではだめなのだ

 魔王を倒すのは勇者でなければならない……


 緑のひとが頷いた


緑「……いいだろう。ただし一度きりだ」


 そう言って、後ろ足を畳んで座ると

 前足で子狸を招く


子狸「世話の焼けるやつだ」


 のこのこと近づいていく泥狸を

 緑のひとが魔法で洗浄してあげた

 まるで泥の衣を脱ぎ捨てたかのようだった


 ついでに視線を走らせると

 その場にいた全員の泥汚れが落ちた


 精密な魔法コントロール

 王種ならば、この程度のことは出来て当然だ


子狸「そう来なくてはな」


 いちいち挑戦的な物言いをするポンポコである


緑「うん。そこでいい」


子狸「おう」


 でも意外と従順だ


 立ち止まった子狸を

 緑のひとが真っ黒なカーテンで覆い隠す


 遮光魔法で作りだした薄い力場の両端を

 前足で掴んで軽く揺らす


緑「……はい!」


 掛け声とともにカーテンを取りはらうと

 こつぜんと現れた光の巨鳥が佇んでいた



一五二、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 え? おれ?



一五三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 そうだね

 勇者さんも同じことを考えたみたいだ


勇者「ヒュペス……?」


 人間たちは、空のひとをメノッドヒュペスと呼ぶ


 頭では違うとわかっていても

 港町での苦戦は忘れられるものではない


 緑のひとが言った


緑「空を飛ぶことにかけては、おれよりも上だからな。当然こうなる。そして……」


 空のひとモデルの背中に

 見慣れないオブジェが生えている


 なんというか不吉な形状をしていた


 子狸が気取ったポーズでもたれかかっている怪しい物体を

 緑のひとが一つ一つ指差して説明していく


緑「まずここに座る。サドルという」


 子狸がよいしょと座ってみる


緑「滑り落ちないようにな。次にこれを握る。ハンドルだ」


 子狸が前足でしっかりと握る


緑「最後に、この部分……ペダルに足を置く」


 言われるまでもなく、子狸はペダルに後ろ足を置いていた

 サドルに座ってハンドルを握ると、必然的に後ろ足がその位置に来るのだ


緑「ハンドルで進む方角を決めて、ペダルを回すと羽ばたく。簡単だろう?」


 並行呪縛の制限を解除すれば、魔法を使った高速移動が可能になる

 つまり人力で、どこまでも高く飛べる

 

 おれが察知した嫌な予感を

 子狸もまた敏感に感じ取ったようだ


子狸「……途中で休んだらどうなるんだ?」


緑「……言う必要があるのか?」


 なかった。墜落するだけである


子狸「…………」


 ためしにきこきことペダルを回してみると

 光のひよこがとてとてと地面を歩く


緑「全力で回して助走し、じゅうぶんスピードが乗ったところで飛び立つ。あとは回し続けるだけだ」


 ペダルの重さをじっさいに体験してみた子狸が

 最後の質問を浴びせる


子狸「だれが?」


緑「…………」


 緑のひとは答えなかった

 その必要がなかったからだ


 代わりにこう付け加える


緑「一度、着陸したら消滅する仕組みになっている。気をつけろ」


子狸「…………」


 かつてない長丁場の気配が濃厚に押し寄せる


 はたして子狸は遣り遂げることができるのか



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