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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
この戦いが終わったら、故郷で小さな店でも持とうと思ってるんだ……by山腹のひと
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「子狸とおれたちの戦争」part6

九0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 歌うような詠唱だった

 まるで彼女自身が辿ってきた道のりを振り返るような

 それは、何かが変わると信じて旅を続けてきた少女の

 豊穣を願う歌だ

 どんなに否定されても諦めなかった自分への

 応援歌だった


 子狸の言うことを認めてしまったら

 自分を信じてついてきてくれた人たちを裏切ることになる


 迷いはなかった

 たとえ最初のきっかけが子狸だったとしても

 自分で選んだ道だ

 

 盾魔法で描かれた人の輪郭が動く

 雨水に満たされた巨人の体内で

 巫女さんがぱちりと目を開いた


 ちょうど人間で言うところの心臓部に

 あわく虹彩を放つ魔どんぐりが浮かんでいる

 ころんと脈打つたびに

 巨人の手足に力がみなぎるかのようだ 



九一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ちょっ……これどうしようもなくね?



九二、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 ……放っておけば溺れるんじゃないか?



九三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 いや……魔どんぐりが巫女さんに力を貸してる



九四、海底都市在住のごく平凡な人魚さん


 子狸さんが調子に乗って虹どんぐりとか作るから……



九五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 そんな……うそだろ? 魔改造の実がバウマフ家の人間に牙を剥くのか?



九六、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん


 二番回路の落とし子だからなぁ……

 土魔法との相性が良すぎるんだろう


 しかし存在しない魔法とは恐れ入ったぜ

 おれたちの無意識みたいなもんなのかね?

 たしかに言われてみれば、なんか構成に違和感があるな



九七、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 そうね。くちばしがひきつる感じがする



九八、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 わかるよ。おれも鱗が高まる



九九、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 うんうん。たてがみがビッてなるよね



一00、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 やめろ。わかり合えない会話を無理やり続けようとするな


 巨人といっても、すぐ近くにもっとでかいのがいるから微妙だな

 おれの中で、巨大生物は使えないという印象があるし



一0一、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 !?



一0二、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中


 ッ……



一0三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 巫女in巨人の威容に、傘を畳んだ狐娘が呆然とつぶやいた


狐娘「すごい」


 巫女さんが力場を人型に成形したのは

 たぶん、そのほうが動作をイメージしやすいからだ


 直立姿勢は被弾率が高い

 とうてい実戦に即した魔法とは言えないだろう

 だが、開放レベル2止まりの子狸に対しては完璧な対策だった


 さながら真・子狸バスターである

 設計思想がまったく同じだ


 我に返った狐娘が、かたわらの勇者さんに縋りついた


狐娘「アレイシアンさま。マフマフが負けちゃう」


 意外にも子狸を応援していたらしい


 勇者さんが所有している聖☆剣は、退魔の宝剣とも呼ばれる

 都市級の魔物をも倒しうる反則的な武器だから

 巫女さんの巨人を一撃で破壊することもできる


 勇者さんは言った


勇者「よく見ておきなさい、コニタ。あなたには、学ぶべきことがたくさんある。それは、わたしの下では学べないことなの」


 狐娘は感情の機微に敏い女の子だ

 それはきっと異能によるもので、学習経験の賜物ではない

 そのことが、将来的に彼女を苦しめることになると勇者さんは考えているようだ


 勇者さんは、自分自身を評して感情の希薄な人間だと言っていた

 おれは、そうは思わない


 たぶん狐娘は、おれと同じ考えなのだ

 激しくかぶりを振って言う


狐娘「働いたら負けだと思ってる」


勇者「少しは長男を見習いなさい」


 ぴしゃりと言う勇者さんに、狐娘は堪えた様子もない


狐娘「わたしたちは、何度も家に帰ってくるよう言った」


 狐娘の兄は出稼ぎをしているらしい


勇者「…………」


 勇者さんは押し黙った


 狐一族の希望の星が

 群れなす無職たちに退職を勧められていたことを

 いま、はじめて知ったのかもしれない


 狐娘は、そっとため息をついた


狐娘「兄さまは、むかしから頑固なところがある……」



一0四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 狐さんたちの家庭の事情はともかく


 狸一族の嗣子に巨人が迫る


子狸「っ……ディレイ!」


 対策を見出せないまま、子狸は階段状に設置した力場を駆け上がる

 さいわい巨人の動きはにぶかった

 おそらく転倒を避けるためだ

 神経が通っているわけではないから、常にバランスを意識し続ける必要があるのだろう


 つまり巫女さんのミスは期待できない


 開放レベルが上位の魔法は下位のそれに勝る

 これは四大原則のひとつだ

 子狸を追って反転した巨人の肩がかすめただけで

 盾魔法の力場は紙細工のように散る


子狸「ユニ! 聞こえるか!?」


 力場から力場へと飛び移りつつも、子狸は巫女さんから目を離さなかった

 学校では危ないからやるなと教えられる空中機動だ


巫女「…………」


 巫女さんは答えなかった


 伝播魔法を用いれば通話は可能だろうが

 開放レベル3を維持し続けることは、人間にとって大きな負担になる

 余裕がないのか、それとも対話の必要性を感じていないのか


 少なくとも巫女さんが外界から閉ざされている以上、投射魔法による追撃はないものと見ていい

 子狸は巨人の動きに集中できる

 全速力で後退を続ける。しかし歩幅の差は大きい

 少しずつ距離を詰められている


 先ほどの撃ち合いで、動きを見られたな……

 まずいぞ。絶妙な稼動速度だ


 ……子狸よ、わかってるな?

 お前が勝つためには、緑のひとの蛍火を利用するしかない

 ぎりぎりまで引きつけて、突っ込ませろ。それしかない



一0五、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 相変わらず悪知恵の働くひとだなぁ……


 いやいや、そんな空気の読めないことをおれがするわけないでしょ

 この戦いは、二人にとって必要なことなんだよ

 なんとなくそんな気がする



一0六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 かくして子狸の退路は絶たれたのであった


 かわし続けるのも限度がある


子狸「……!」


 背中に蛍火の熱を感じて、子狸は急静止した


子狸「チク・タク・ディグ!」


 破れかぶれの圧縮弾だ


 もうわかっている筈だ。自覚している筈だ

 この状況を打破できるとしたら、それは同じ開放レベル3しかない

 この土壇場で、目覚めるしかないんだ


 圧縮弾では足止めにもならない

 弾幕を突破した巨人が

 両腕をひろげて逃げ道をふさぐ


 進退きわまったかのように見えたが

 そうではなかった


子狸「ディレイ!」


 子狸は、自ら前に出た

 力場を蹴って、正面から突進する


 巫女さんが、かすかに目を見張った

 巨人の反応が遅れる


子狸「聞け! ユニ!」


 巨人にしがみついた子狸が、人の形をとどめる力場の表面に

 固く握りしめた前足を叩きつけた

 手荒なノックだ


子狸「お前、おれに助けを求めたじゃないか! 大切なもの、見つけたんだろ!」


 水中にいる彼女に聞こえるとは思えないのだが

 ……いや、そうでもないのか?


 巫女さんが作り上げた巨人には、変化魔法が組み込まれている

 もしも彼女自身が望んだなら

 魔法は届かなくとも……

 声は届く


巫女「っ……」


 きつく口元を引き結んだ巫女さんが

 巨人を操って子狸を振り落とそうとする


子狸「ディグ!」


 先のポンポコ弾は、足止めを目的としたものではなかった

 振り落とされまいとしがみつく子狸が

 真下に向けて放った圧縮弾に、さらなる魔法を連結する


子狸「エリア・ドミニオン!」


 土魔法は、巫女さんだけの専売特許ではない

 地中に打ちこまれた圧縮弾が、もぐらみたいに土の中を掘り進む


 港町で学んだことだ。突撃するばかりが能じゃない


 子狸の狙いを悟った巫女さんが

 巨人の重心をかすかに沈みこませる


 わずかに前屈みになった巨人に

 子狸は前足の力だけでぶら下がっている

 

 盾魔法のスペルは否定を意味する

 外部からの干渉を弾く魔法だ

 それなのに、子狸が拒絶されることはなかった


 障壁越しに子狸と巫女さんの目が合う


 ろくに懸垂もできない子狸が

 このときばかりは火事場の馬鹿力を発揮した


 ぐいと大きく身体を振って


子狸「かち割れろ、おれ!」


 巨人に渾身の頭突きをかました


 ころんと、虹どんぐりが揺れる


妖精「バッティング!」


 勇者さんの肩の上で、羽のひとがバッティングのジャッジ


子狸「当たってないよ!」


 子狸は反則はなかったと出張した


 しかし妖精さんのジャッジを裏付けるかのように

 自重を支えるだけの強度を持っている筈の巨人に

 ひびが走った


 子狸の眼前で亀裂がひろがっていく


巫女「!?」


 巫女さんもびっくりの石頭だ

 ……と言いたいところだが、それは違う


 変化魔法は、術者のイメージをリアルタイムで反映する魔法だ

 巫女さんは心のどこかで、こうなることを望んだのではないか


 ぐらりと巨体が傾く


 いったん漏水してしまえば、あとは決壊まで一直線だ


 あふれ出してきた水の流れにあらがうように

 子狸が巨人の体内にエントリーした


 内部の水は、まだ巫女さんの影響下にある

 彼女の心境を表すかのように

 激しい水流が子狸を押し戻そうとする


 荒波の中でつちかったポンポコ泳法の極意は

 少しでもネガティブな要素があったら水辺には近付かないことだ


 混乱の極みにあるだろう巫女さんが

 支配を離れた水を制御しきれるとは思えない


 でも、だいじょうぶ

 きっと魔改造の実が二人を守ってくれる


 荒れ狂う水中で、子狸が必死に前足を伸ばした

 一度は掴めなかった手を、今度はしっかりと掴む



一0七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 ……巨人、こっちに倒れてくるんだが


側近D「! まだ中に二人が……!」


側近C「だめ! 間に合わない!」


 間に合わないと言いつつ飛び出していく側近たち

 緑の下にいれば安全だろうに……

 ときどき人間は意味不明の行動をするなぁ……

 

 ……仕方ねーな


 青いの!



一0八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 とくべつだぞ


 おら、子狸! レベルをひとつ開放してやる! お前が決着をつけろ!



一0九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 王都のんが子狸の肩に触手で触れる


 子狸は巫女さんの手をしっかりと握ったまま

 淡い光を頼りに前足を突き上げた


 開放された子狸の真の力が、いま――!


子狸「もごがっ! もごごご! もごーっ!」


 なに言ってるのかわかんないっす……(水中



一一0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中

 

 審議中……



一一一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 審議中……



一一二、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 とりあえず熱意は買うということで……


 ひときわ強く輝いた魔どんぐりが

 巨人の外殻を内部から灼いた


 一瞬で支配下に置いた雨水を、薄く引き伸ばす

 それらは不自然な等速運動を描いて落下し、あたり一帯の地表を潤した

 キャンパスの上で筆が踊るかのようだった


 ゆっくりと下降してきた子狸と巫女さんの頭上で

 役目をはたした魔どんぐりが満足げに揺れていた


 ふっと眠るように浮力を失った魔どんぐりが

 子狸に抱きかかえられている巫女さんのお腹の上で転がる

 

 巫女さんは遠い目をしていた


巫女「……負けた……」


 呆然としている彼女を降ろしてあげてから

 子狸はびしっと前足を突き出した

 

子狸「待たせたな、ディンゴ。次はお前の番だぜ……!」


 すっかり調子に乗った子狸が

 緑のひとに宣戦布告した


緑「…………」


 のしのしと近付いていった緑のひとが

 子狸を前足で踏みつけにする


 勝敗は決した



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