「子狸とおれたちの戦争」part5
八一、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
かまくら「おぉっと、ここで万国旗が出たーっ!」
庭園「いまのは高得点ですよ。あ、直撃しましたね」
実況席が盛り上がっててうざったい
側近たちは、巫女さんの勝利を疑っていないようだ
生贄「ひと雨、来そうですね」
側近A「傘作る? あれ地味に疲れるんだよね~」
側近B「雨宿りさせてもらおうよ」
名案とばかりに頷き、ぞろぞろと連れ立って緑のひとの下に移動してきた
緑「うーん……うーん……」
軒下扱いの緑であったが
いまは勇者さんへとしたためる文面の推敲で忙しい
王種の威厳なんて最初からなかった
ぴかりと雷光
遠雷が轟く
すかさず子狸が詠唱をとなえる
考えにくいが、もしも巫女が仕草や声の調子を参考にしているとしたら……
子狸&巫女「チク・タク・ディグ!」
――違う
死角に回り込もうとするポンポコ弾の行く手を
そうはさせじと巫女の圧縮弾が阻んだ
心が読めるのか?
いや、そうではない
子狸の魔法は合理的なのだ
射角
タイミング
速度
それら全てが経験則により練り込まれている
だから読まれる
皮肉にもポンポコ弾の完成度の高さが裏目に出ている
……とはいえ、それだけでは……
似たようなトリックを使う魔法使いを見たことはあるが
あれは圧縮弾が互いの軌道を補うよう計算して撃ったものだ
……そう、子狸がやったように、あえて外せば露見するものだった
しかし巫女のこれは……
もうこれで何度目になるか
弾き飛ばされた子狸が、蛍火にぶつかって止まる
治癒魔法がなければ、蓄積したダメージでとうに戦闘不能に陥っているだろう
打ちのめされても
打ちのめされても
子狸は立ち上がる
開始位置に戻るまでの間
巫女は手を出そうとはしない
彼女は微笑んだ
巫女「ふふ……どうかな? いま新しい研究をしてるんだ」
時間稼ぎか?
とつぜん語り出した
……雨が降りはじめたから?
再計算が必要なのか?
巫女「わたしは人間だから、多視点魔法は使えない」
多視点魔法というのは座標起点のことだ
座標起点のスペル、メイガスは自分以外の魔法使いのこと
巫女「使えないという表現は正しくないのかもね。多視点の禁止というルールが最初にあって、そのルールを一時的に無効化する……それが魔法の本質じゃないかと思ってるんだ」
その程度のことは、けっこう前から言われてる
巫女「でも、この理論は完全じゃないんだよ。たぶん一部の魔物は詠唱をなくすことができる魔法を使える。学界だと“ピリオド”とか“終句”とか呼ばれてるんだけどね」
詠唱破棄のことだ
その存在に気が付いたことは誉めてやってもいい
だが、その読みはドツボだ
巫女は頬に手を当ててうなった
巫女「詠唱をなくせる魔法……これだけが……」
もしも詠唱をなくせる魔法が実在し、レベル4に相当すると仮定したなら
詠唱破棄した魔法に、限界レベル3の人間たちは対抗できないことになる
しかし、じっさいはそうではない
詠唱破棄は時間跳躍の変形だ
原則を振りきるために、おれたちがデザインしたオリジナルスペルなのだ
みじかい寿命しか持たない人間では、この違和感には気付けないだろう
座標起点と詠唱破棄を同列に考えているようではだめだ
子狸「……なにが言いたい?」
何べん説明しても、子狸さんはそのへんを理解してくれない
巫女は上機嫌だった
子狸との衝突は、彼女にとって何か大切なものだろう
ちいさな子供のように笑う
そして屈託なく残酷なことを口にする
巫女「あなたが、わたしに勝てない理由だよ。わたしは魔法の死角を突けるんだ」
! こいつは……
巫女「たとえば投射魔法のスピード。限界はあるみたいだけど、自由に調節できるよね? 変速の魔法はないんだ。だから束縛されない」
特装騎士どころじゃない。おれたちを、魔法を超えてる……
巫女「変な言い方になるけど、わたしが使っているのは存在しない魔法なんだよ」
想像を絶している
認めたくはないが……豊穣の巫女……こいつは掛け値なしの天才だ
言い聞かせるように彼女は繰り返した
巫女「あなたは、わたしには勝てないよ、同志ポンポコ」
子狸はうなだれた
図星だったからではない
歯を食いしばって言う
子狸「……おれが間違ってた。同志なんて言葉でくくるべきじゃなかったんだ……」
ああ、覚えてたのか
最初に同志とか言い出したのは子狸だ
いつでも飛び出せるよう身構えて、決然と前を見る
その視線の先には巫女がいる
子狸は言った
子狸「お前に必要なのは友達だ。同志なんかじゃない。一歩でも踏み出せば、きっと変われる」
側近たちが息をのんだ
生贄さんはぴんと来ていない様子で首を傾げている
……彼女もいずれはわかるだろう
まわりの人間たちは、豊穣の巫女をとくべつ扱いする
それなのに彼女はふつうであろうとする
子狸「たまには足を止めてもいいんだ。急がなくてもいいんだ。きみは、おれとは違う」
巫女「……なにが違うの?」
二人は、いつしか叫び合っていた
つんざくような雨音が、二人を包みこんでいた
ずぶ濡れになりながらも巫女が叫ぶ
巫女「なにも違わないよ! わたしは……! 戦える!」
彼女はバウマフ家の悲願を知らない
だから言葉がちぐはぐになる
それでも何かを感じ取っていたのかもしれない
はじめて巫女が自分から前に出た。子狸も応じる
巫女&子狸「ポーラレイ!」
水魔法は属性と性質が分離しきっていない
それは、つまり自然現象に限りなく近いということだ
降りしきる雨を凝縮した水の刃が、波のように大気を伝う
それらは正面からぶつかり合って、しぶきを飛ばした
ここでも巫女の手数が勝った
押し寄せる波を、子狸は前足で振りはらった
巫女「……!」
巫女の表情がゆがんだ
彼女ほどの術者が気付いていない筈はないのだ
子狸の退魔性は、大隊長すら比較にならないほど劣化している
それがどんなに異常なことなのか
もがきながらも子狸が前足を突き出す。何かを掴もうとするかのように
しかし歴然とした実力差が、二人を隔てる
びくりと震えた彼女の手を、子狸は握ってやることができなかった
これが最初で最後のチャンスだったのかもしれない……
彼女とて、いつまでも子供というわけではない
たとえ感情に流されたとしても、それは一瞬のことだ
素早く後退した巫女が、人差し指を振る
巫女「アバドン!」
生成した重力場に、叩きつけるような雨が引き寄せられる
……! そんなことまで出来るのか
重力という概念すら知らないだろうに……!
子狸「ディレイ!」
体勢を立て直した子狸が、ふたたび突進しながら
幾つもの小さな力場を周囲にばら撒く
変化魔法では一点突破の性質には対応できない
適時対応するためには、あらかじめ多くの選択肢を設けるしかない
巫女「エリア・ポーラレイ!」
しかし巫女の魔法は、いつだって子狸の上を行く
じゅうぶんな水量を確保した水魔法が
獰猛に地を駆け、牙を剥く
その輪郭は、小柄ながら猫科の肉食動物を思わせる
子狸&巫女「ラルド!」
力場を引き伸ばして進路をふさごうとする子狸の目の前で
水虎が二体に分裂した
拡大魔法の変形だ
子狸「くっ……!」
盾魔法を解除した子狸が、大きく横に飛んで水虎の牙を逃れる
合わせるな! 同じ土俵で戦っても勝てない
人間に並行呪縛は使えないんだ
彼女は、生物の複雑な動きを変化魔法で再現している
しかも二体同時だ
飛びかかって来る水虎に、子狸は前足を構える
どこかの誰かさんを彷彿とさせる堂に入ったファイティングポーズだった
子狸「そいやっ!」
沈み込むフェイントを入れてから、鋭く踏み出してフックを一閃する
かつて骨のひとを下した必殺ブローだ
……合わせるなって、そういう意味じゃなかったんだけどな
虎さんに両のこぶしで立ち向かうポンポコ。華麗なフットワークだ
二対一ではあるものの、巫女が操っている以上は猛獣の反射速度までは再現できない
……理屈の上ではそうなる。なんだか不安になってきた
だが、そもそも
巫女の本命は別にあるようだった
虎さんたちとの泥試合を展開しはじめる子狸を
彼女は見つめている
巫女「これで……」
そう言って、取りだしたのは魔改造の実だった
七色の
柔らかな光を放つ
魔どんぐりだった
八二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
緊急速報
新ルールの追加をお知らせします
騎士団が連弾なる新技術を開発
魔法を使って、高速で弾丸を撃ち出すものです
小さなお子さんが真似しては危ないと
これの封印を山腹のんは決意
弾丸を撃ち込まれることで原種に進化するという新ルールを追加しました
詳細は
鬼のひとたちを救う会【集え未来の幹部たち】の河を参照すること
八三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おお、海底の。おかえり~
八四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
ただいま
……ああ、やっぱり巫女さんが圧倒してるな
いよいよ開放レベル3のご開帳か
緑のひとはだいじょうぶ?
なんか追いつめられてるね
八五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
なんか勇者さんがおっかねーんだよ……
イライラしているというか
なんというか
王国の上層部が嘘をついてることがバレちゃったから
それで怒ってるのかな……?
でも仕方ないんだよね
言えないよ、勇者に魔王の魂が宿っていたなんてさ
とつぜんのにわか雨にも
勇者さんは頑として席から動かなかった
天候が崩れることを察知した狐娘が
魔法で傘を差して雨つゆをしのいでる
子狸が虎さんを殴り倒したあたりで
緑のひとが「よし」と頷いた
緑「できました」
勇者「…………」
こくりと無言で頷く勇者さんにびくびくしながら
緑のひとはふっと軽く息を吹く
雨の中でも蛍火が機能し続けているように
正統な発火魔法は環境に左右されない
またたく火花が、勇者さんの眼前で燃えあがった
……なんだろ。緑のひとさ、ちょくちょく火属性をアピールするね
まだ諦めてなかったの?
八六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
おれは、ずっとこうやって生きてきたんだよ!
いまさらになって土魔法を使いはじめたらおかしいでしょ!?
ぜんぜん納得できないよ……!
おれら、べつに属性に合わせて生まれてきたわけじゃないし!
消去法っていうか、こじつけに近いよね!?
八七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
連弾、か……
八八、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
あれ、スルー?
王都のひとは、そういうところあるよね……
八九、庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
まあまあ……抑えて
というか、本当に勇者さんにぜんぶ教えちゃうんだね
勇者さんの眼前で炎の文字が踊る
目の動きに合わせてスクロールするよう調整されている
目で追いやすいよう、文字の大きさも変わる演出が細かい
これなら側近たちからは反転文字になるし
全文が一気に表示されるわけじゃないから
読んでいる本人以外にはさっぱりだろう
その仕組みを、勇者さんは一文ないし二文で把握したようだ
この子は理解力がすごい
よどみなく流れる文字を、勇者さんの肩の上で羽のひとが必死に追う
時速200を叩き出す妖精さんだ
その動体視力は人間の比ではない
狐娘は、勇者さんの横顔を見つめている
いちおう解説しておくと
緑のひとが伝えようとしているのは、第八次討伐と第九次討伐のあらましだ
九代目の旅シリーズは、最後の最後で八代目とリンクしちゃったから
第八次を飛ばすと片手落ちになっちゃうんだな
では、じっさいの内容を、おれがわかりやすくアレンジしてお伝えします
子狸さんはあとで読み直しておくこと
こほん
……遡ること、およそ二百年前の出来事である
人間たちの戦争は一変しようとしていた
先の大戦で開発されたチェンジリング☆ハイパーは革新的な技術だった
複数の術者でチェンジリングの輪を作る
これがチェンジリング☆ハイパーの原理だ
この技術を逸早く騎士団に取り入れようとしたのが連合国である
当時の騎士団は、現在で言うところの特装騎士たちで構成される戦闘集団だった
そこで、かの国は既存の騎士たちを現有戦力として手元に置いたまま
新たに次代の実働騎士を育成する計画を始動させる
義務教育制度の施行だ
連合国が他国より先んじたのは
戦歌の創始者である三勇士と同じ轍を踏まなかったからだと言われている
三勇士は犬猿の仲だった
もともと仲が悪い三大国家が、功を競うように七代目勇者のお供につけたのだから当然と言える
だが、その敵愾心と並々ならぬ気位の高さが
妙な感じにミックスして奇跡的に実現したのがチェンジリング☆ハイパーだ
同時に七代目勇者の胃壁をごりごりと削ったようだが……
ともあれ、連合国はこのプロセスを徹底的に見直して
三勇士の真似をするのではなく
より完成度の高いシステムを構築した
これが学校だ
どんな計画でも、ごく初期の図案が肝心になる
国家規模のプロジェクトなら、なおさらだ
その段階で連合国は抜きん出ていた
もちろん隠し通せるようなものではないから、王国と帝国も実態を把握していただろう
理屈の上では正しいと理解していても
出遅れたぶんは取り戻せない
より優れた案を編み出そうと迷走する二国を尻目に
連合国は戦力を充実させていく
そもそも連合国は二国と比べて歴史の浅い国家だ
歴史が浅いぶん、よどみが少ないから、民草に教育を施しても反乱の恐れが少なかった
結果的に王国と帝国は、連合国を利用したことになる
言ってみれば新参者の連合国にリードを許すことで
当然あるであろう反乱を抑えこんだのだ
しかし一方で、戦争の火種は着実に育っていた
第八次討伐戦争の勃発である
そのきっかけは、国境付近の小競り合いに実働騎士が投入されたことだった
実働騎士が挙げた戦果は、当初の予想をはるかに上回るものだった
理屈上、戦歌は短期戦でしか通用しない……というのが大方の見方だったらしい
戦況が複雑になればなるほど、従来の何でも出来る騎士が有利になるからだ
じっさいは違った
連合国ですら見落としていたことだ
実働騎士たち特有の連帯感は、兵士の恐怖を麻痺させる
皮肉にも、チェンジリング☆ハイパーで倒された魔王は
その技術が生み出したゆがみにより、復活することになる……
一方、義務教育制度は意外な恩恵をもたらすことになる
史上最高と謳われる八代目勇者の誕生だ
いまになってみれば優しすぎる青年だった……
いつも悩んでいた印象がある
命とは何か、その価値とは?
美しいまでの理念を持ち、挫折しても立ち上がる強さを兼ね備えていた
第八次討伐戦争は、魔王を討てなかった勇者の物語だ
まず、ここが人間たちの歴史とは食い違う
八代目勇者は、魔王を倒したことになっている
しかし史実は少し異なる
八代目は不殺を貫いた勇者だ
光の宝剣を完全に使いこなした、唯一の人物でもある
だから八代目勇者は、魔王を倒すのではなく
人間として転生させる道を選んだ
それすら、彼にとっては信念を貫けなかった結果らしいが……
その信念は、思わぬ形で九代目勇者に継承されることになる
九代目勇者が歴史上に登場したのは、第九次討伐戦争の末期だ
魔軍☆元帥つの付きとの頂上対決である
邪神教徒の背信は、戦略上重要な役割をはたしたとされているが
あまり注目はされていない
つの付きとの戦いで戦死したと伝えられているからだ
しかし史実では異なる
敗走した邪神教徒は、地下に潜って再起の機会を待っていた
魔都には戻れなかった
だから地下神殿で九代目勇者と相まみえたのは
魔王ではなく、邪神教徒だった
邪神教徒は生きていたのだ――
そもそも魔王軍は、転生した魔王の魂を捜し求めていた
魔物たちですら八代目勇者の高潔さを認めていたから
転生の事実を疑わなかった
おそらく討伐戦争に呼応して、この時代に現れる……
魔物たちの推測は正しかったことになる
九代目勇者は、魔王の魂を宿した人間だった
人間たちの歴史では日の目を浴びることのない邪神教徒は――
それを知っていたのだ
すべては邪神教徒の企てだった
地下神殿で何が起きたのかはわからない
もともと九代目勇者は不思議な力を持っていたとされるが
地下神殿から戻ってきた彼は、その力を喪失していたという
ただ、魔王と約束したと、それだけ告げて姿を消した
おそらく魔王の自我ははっきりしていて
人間とともに育ったことで情を移してしまったのだ
人間たちの歴史では、勇者に追いつめられて不戦条約を結んだことになっているが
きっと、もっと個人的な約束だったのだろう
自ら深い眠りについたというのも、邪神教徒に取りこまれたためではないかと思われる
これが第九次討伐戦争の全貌だ
読み終えた勇者さんが、緑のひとに尋ねた
勇者「地下神殿というのはどこにあるの?」
緑「わからん。当時の状況から見て、王都からそう離れていない筈だが……」
邪神教徒が邪悪な秘術で魔王の魂を取りこんだのだとしたら
おそらく地下神殿がとくべつな役割をはたしたのだろう
つの付きに同伴して王都攻略に出向いたのは
地下神殿が近くにあったからだと見ることもできる
緑「しかし、つの付きが魔王の傍を離れるとは考えにくい。おそらく魔王は魔都で眠っているのだろう」
勇者「……そうかしら?」
勇者さんにはべつの考えがあるようだった
雨は上がっていた
通り雨だったのだろう
雲の切れ間から日の光が差し込む
虎さんを撃破した子狸が立ち尽くしていた
世の中には、どうしようもない現実がある
見上げた先には、巨人が佇んでいる
盾魔法で作り上げた虚ろな人型の中で
巫女さんが、気泡を吐いた
開放レベル3。水魔法と土魔法の合成だった――