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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
この戦いが終わったら、故郷で小さな店でも持とうと思ってるんだ……by山腹のひと
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「子狸とおれたちの戦争」part4

七四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 さあ、注目の一戦がはじまりました


 挑戦者子狸、迎え撃つは人類史上屈指との呼び声高い豊穣の巫女

 爆破魔こと袖魔女のシャルロット・エニグマ嬢です


 なお、実況は会場のステルス席からお送りします


 さて、通算で八度目の対決となるわけですが……

 他の河ではすでに賭けが成立しているもようです

 手元の資料によりますと、巫女さんのオッズは1.6倍

 意外と子狸さんの健闘を予想しているひとが多いようです

  

 解説の魔軍☆元帥さん(アナザー)今回の対決をどう見ますか?


庭園「彼女は戦士ではないですからね。つけ入る隙があるとすれば、そこだと思います」


 あれ、ふつうに喋るんですね。まあステルスしているので構いませんが……


 では子狸有利と?


庭園「接近戦に持ち込めるか否か。勝敗は一瞬で決まるでしょう。子狸さんは開放レベル3が使えませんから」


 なるほど。ありがとうございました


 おぉっと、子狸が動いた! やはり狙いは接近戦か? スタートを切ると同時に詠唱をはじめるっ……

 まずはペースを掴みたい、もはや執念すら感じる第一手の圧縮弾だ!

 

子狸&巫女「チク・タク・ディグ!」


 これは……!? 巫女さんも圧縮弾を? 詠唱は、ほぼ同時……かすかに巫女さんが遅いか?


庭園「意外な展開ですね……」


 圧縮された空気が渦を巻く! 運動力を固定!

 ここで地力の違いが出たかっ? 挑戦者子狸の圧縮弾が七つであるのに対してっ……

 こ、これはすごい! 巫女さんは十五だ! しかも完全にコントロールしている!


庭園「いえ、注目すべきは子狸ですよ」


 と言いますと?


庭園「いつの間にか壁を乗り越えたようです。感情に流されず、きちんと制御している」


 そういえば、少し前までは五発が限度でしたね

 これも特訓の成果でしょうか?


庭園「結界を修めたことでコツを掴んだのかもしれません。これはわからなくなってきましたよ……」



七五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 わかるよ、ばか


 以前、子狸が彼女と戦ったとき、巫女さんは十発が限度だったんだぞ……

 成長速度が違いすぎる

 十五だと? 信じられん……特装騎士を超えている……


 そしてさらに絶望的なのが

 ポンポコ弾の軌道が完全に読まれてることだ


 二人が放った圧縮弾は空中で衝突し

 互いに相殺し合った


 圧縮弾は、人間が扱える範囲で最短スペルの投射魔法だ

 レベルが上がりにくいから派生の幅もひろい

 

 まともな教育を受けた人間なら

 どの投射魔法よりも複雑な軌道をとる


 その圧縮弾の軌道がぴたりと重なったんだ

 実力が均衡した二人でも、こうはならない

 巫女さんが子狸に合わせたんだ……


子狸「!」


 手元に残しておいた二発が相殺されて

 はじめて子狸は自分の魔法が無力化されたことに気付いた

 人間の反射速度で、目で見て追えるほど投射魔法は遅くない


 巫女さんの圧縮弾は、まだ半分以上が生き残っている

 反射的に折り畳んだ前足を

 ガードの上から重い一撃が叩く


 無理に踏ん張ろうとすれば意識を刈り取られかねない

 自ら後ろに跳んで衝撃を受け流す

 全ての圧縮弾を受けきった頃には、子狸は蛍火の瀬戸際にまで追い込まれていた


 本日の晩ごはんになるかと思われたポンポコだが

 密集した蛍火がリングのロープみたいに子狸を押し返す

 緑のひとらしい、ぬるい設定だった


 たった一度の撃ち合いで

 圧倒的な実力差をまざまざと見せつけた巫女さんであったが

 彼女は感心していた


巫女「七発!? やるじゃないか、同志ポンポコ!」


 巫女さんは、他人の努力を正当に評価できる女の子だ

 自分が異常だと自覚しているから、自身を基準に置くことはしない

 

子狸「おれも驚いたよ。追いついたと思ったんだけどな」


 子狸の本家皮算用では、巫女さんはいろいろあってパワーダウンしている予定だったらしい

 減らず口を叩かせたら、バウマフ家の右に出るものはちょっといない


子狸「……まあ、もっとも」


 子狸は不敵に笑った


子狸「お楽しみはこれからだぜアイリン……」


 外野から野次が飛ぶ


生贄「あ、いま治癒魔法使った!」


側近C「汚いぞ、ポンポコ!」


側近D「恥を知れ! 恥を!」


側近A「せめてもうちょっとうまくやれ!」


側近B「え、なにあれ。グロいんですけど……」


 子狸の治癒魔法に光のエフェクトは入らない

 破れた服は、あたかも意思を持っているかのように

 しゅるしゅると糸が絡み合い、自己修復するのだ


 低学年の子たちにどん引きされて以来、自粛していたのだが……

 子狸さんは悟っていた


子狸「お前たちが思っているよりもずっと……世界はグロいんだ」

 

 いまいち心に響かない教訓を垂れ流しつつ

 子狸は前へと進む


 巫女さんは余裕だ

 子狸がスタート地点に戻るまで待つ

 子狸も子狸で、律儀にスタート地点で立ち止まる


子狸「次は本気で行く」


 はったりだ

 子狸はすでに全力を出し尽くした

 そしてきれいに相殺された


 はたして起死回生の一手は残されているのか

 たぶんない

 凡人はどんなにがんばっても天才には勝てないのだ



七六、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 でも子狸さんなら……

 子狸さんなら、きっとやってくれる



七七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 ……どうせ負けるんだろ?

 ちゃっちゃと負けっちまえよ


 善戦はできるんだ

 でも格上の相手に勝てたためしがないじゃん……

 今回もきっとだめだよ


 ほら、勇者さんを見てみろよ

 あの狐娘ですら狸なべデスマッチに注目してるのに

 勇者さんときたら、まったく興味を示してないぞ


 すっかりぬるくなった紅茶を一口

 首を上下するのが疲れたのか、緑のひとのお腹らへんを睨む


勇者「……それで、魔王の魂というのはなんなの? そんなこと一度も聞いたことない」

 

 なんか……怒ってる? いつもより口調がきつい


 しかしそこは王種である。陸上最強の生物だ

 緑のひとは泰然として


緑「……(ちらっ)」


 青いのに視線で助けを求めた。だめだ、この悪魔の化身


火口「…………」


 でも青いのもだめだった。勇者さんの逆鱗にふれるのが怖いのだ

 しょせん似たもの同士である


 何度か視線でやりとりしてから

 青いのは触手で筆談するよう指示を出す

 なるほどと緑は頷いた


 威風堂々と勇者さんに告げる


緑「少し待て」


勇者「…………」


 たしかに文面なら手っ取り早そうではある

 巫女一味に余計な情報を与えることもなさそうだ


おれ「悪くない案だと思います」


 おれのとりなしもあり、勇者さんは納得してくれた


勇者「……許可します。早くなさい」


 彼女に王種を敬う気持ちはないらしい


緑「妖精さんまじ天使」


火口「まじ天使」


 おれがいないと、お前らは本当にだめだな

 そりゃ敬う気にもならんわ



七八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 一方その頃、孤軍奮闘する子狸さん


 正面から撃ち合っても敵わないとわかったので

 フットワークで巫女さんを翻弄できないかと試みる


 特訓の成果を遺憾なく発揮し

 緩急を織り交ぜつつ圧縮弾を連発する


 しかし巫女さんとて黙って突っ立っているわけではない

 子狸ほどの瞬発力はないが

 より洗練された足さばきで、一定の距離を保ち続ける


 子狸の動きが総じて直線的であるのに対して

 巫女さんは円運動をおもに、腕を振るなどして重心をうまく配分している


 どちらが優れているということはない

 これは男女差みたいなものだ

 様式美とでも言うのか、同じ魔法使いでも女性と男性では立ち回りが異なるらしい

 

 だから両者を隔てているのは手数の差

 子狸は近付けない


子狸「くそっ」


 全力で走れば五歩の距離

 それだけの距離が、いまはこんなにも遠い

 

 子狸は巫女さんよりも速い

 速いが、それゆえに体力の消費も大きい

 あきらかに倍以上の運動量だ


 されど消耗戦なら、まだ子狸に分がある

 巫女さんは手加減をしている……ように見える


 圧縮弾なら盾魔法で弾けばいい

 盾魔法のスペルは単独で機能するから

 それで二言ぶん先んじることができる


 大まかに言って、開放レベル3のスペルは五つ

 圧縮弾の軌道が読めるなら

 対応した上で、一歩ずつでもスペルを拾っていけばいい


 たしかに巫女さんは戦士ではない

 しかし子狸が対人戦のエキスパートなのかと言えば

 それも違う。違うが……


 まだだ、子狸。お前はもっとやれる

 殻をひとつ打ち破ってみせろ


 教えるべきことは、まだたくさん残っているけれど

 より多くのものを詰め込んできたつもりだ

 お前の引き出しは、そんなものじゃない筈だ……

 

子狸「……!」


 目を見開いた子狸が

 圧縮弾を撃つと見せかけて

 懐から取り出しましたるは!


子狸「はい!」


 万国旗~☆

 

 ……誰だ、教えたの



七九、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中


 それだ!



八0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 牛さん、やっちゃって下さい


巫女「っ……ポンポコぉ!」


 なんでしてやられたみたいな顔しているの、この子……

 全弾命中してるじゃねーか……


 そして大きく吹き飛ばされた子狸

 蛍火で軽くローストされながら


子狸「……へへっ」


 ぎらりと眼光を鋭くする


子狸「見えたな、勝機がよ……」


 おれには何も見えてこねーけどな……


 と、そのとき

 ぽつりと子狸の頬に一滴の雨が落ちた

 彼らの頭上を、いつしか分厚い雨雲が覆っている


 狸なべデスマッチは新たな局面を迎えようとしていた……



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