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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
この戦いが終わったら、故郷で小さな店でも持とうと思ってるんだ……by山腹のひと
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「子狸とおれたちの戦争」part2

三九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 魔王の魂を宿した人間……

 それは、つまり魔王そのものではないのか――?


 緑のひとは、見た目ほど鈍重なひとではない

 見つめ合ったのも一瞬のこと、素早く前足を突き出して子狸を掴み取った

 勇者さんから引き離して、声を散らそうとしたのだろう

 しかし意表を突かれたぶん、際どいタイミングになってしまった


 羽のひとは反応するひまがなかった

 振り落とされまいと、子狸の肩にしがみついている


勇者「っ……」


 勇者さんが息を呑む気配がした

 彼女をして、感情を抑えきれなかったのだ

 

 とつぜん緑のひとが前足を振るったものだから

 となりで狐娘が硬直している


 巫女一味は、たぶん聞き取れなかった

 彼女たちが驚いているのは、緑のひとの態度が急変したからだ


緑「……!」


 緑のひとの表情は険しい

 手中におさまった子狸を睨みつけてから、小さく舌打ちする

 視線を切って、ふっと軽く息を吹いた


 ちかちかと瞬いた火花が、たちまち燃えひろがる

 輪を結んだ炎の帯が揺らめき、一度――りんと、鈴のように震えてからほどけた

 あとに残ったのは、数えきれないほどの蛍火だった

 統制された動きは、あたかも内部の人間たちを監視しているかのようだ

 

側近A~D「!?」


 にわかに漂う不穏な空気に、側近たちがおびえる


 緑のひとは警告した


緑「ただの炎ではないぞ。近付いたものを自動的に検知する仕組みになっている。無理に脱出しようとすれば……無事では済まないと知れ」


 並行呪縛だ

 魔法の開放レベルは、上位のものほど昇格がにぶる

 単純な魔法であれば、並行呪縛と詠唱破棄を連結してもレベル5の域にとどまる


 子狸を鷲掴みにしたまま、緑のひとは凄んだ


緑「ここで見聞きしたことを口外することは許さん。何があろうともだ」



四0、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 どっ、どどっ!?


 たすけて、おれガイガー!



四一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 たんなる時間稼ぎだったようである



四二、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん


 おちつけ! 順番が入れ替わっただけだ!


 くそっ、並行呪縛だと? 早まったな……


 まずは紅蓮さんに退場してもらえ

 水色たちに聞かせていい話じゃない


 この場にとどめるのは人間たちだけでいい

 受信、送信系の異能持ちを魔法で口止めするのは無理だからな

 ああ、理由を言う必要はないぞ


 ひいきだと言われたら、無視しろ



四三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 そうだな。勇者さんは、狐娘の能力を隠したがってる

 わざわざ不興を買う必要はない



四四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 子狸は、あとで説教な



四五、管理人だよ


 おれは間違ったことを言ってない



四六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 これはだめだな。意固地になってる


 魔☆力で縛るか……いや

 表向き、王種は魔☆力を使えないことになってる

 そのための並行呪縛ということにしよう


子狸「アイリン!」


 あっ、こいつ……!


 減衰特赦だ!

 くそがっ、四の五の言ってる場合じゃねえ!

 おれがやる!



四七、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


子狸「ディれっ……!」


 減衰特赦と治癒魔法のスペルは同じだ

 レスポンスした隙を突いて、時間に干渉しようとする子狸を

 とっさに王都のんが魔☆力で拘束する


 びくりと硬直した子狸の肩の上で、体勢を立て直した羽のひとが叫んだ


妖精「ディンゴ! 本当なの!? どうしてノロくんが……!」


 羽のひとは、同族と話すときや感情が昂ぶったとき

 たまに口調が変わる

 芸の細かいひとである


 緑のひとは無視した

 視線を落とすと、紅蓮さんと目が合う


緑「……紅蓮。すまないが、子供たちを連れて行ってくれ。フィルターは掛けておく」


紅蓮「そうは言うが、アイオよ。わしには、このお嬢ちゃんたちを無事に送り届ける義務があるのじゃ」


 息子さんが手出ししなければ、勇者一行は巫女さんと出会うこともなかったかもしれない

 そのまま、何事もなく緑のひとと出会うことができたかもしれないのだ


 緑のひとが、少し悩んでから妥協案を述べる


緑「……彼ら次第ではあるが、人間たちはおれが送り届けよう。それでどうだ?」


紅蓮「決めるのは、わしではないのぅ。……どうかね?」


 そう言って、紅蓮さんは巫女さんを見る


 巫女さんは首を傾げた

 子狸の声が聞こえなかったから、緑のひとがこうまで頑なになる理由がわからないのだ


巫女「わたしたちはべつに……。リシアちゃん、どう?」


 ただ、何か聞いてはならないことだったのは雰囲気でわかる

 彼女は勇者さんに判断を委ねた


 勇者さんが、緑のひとに視線を固定したまま尋ねる


勇者「あなたの要求に従えば、わたしたちの身の安全は保証してくれるのね?」


 結界が崩れたとき、火口のんが襲撃してこなかったのは紅蓮さんがいたからだ

 迷う理由はない。緑のひとは頷いた


緑「約束しよう。仮に都市級が襲撃してきたとしても、一蹴してやる」


 同等の実力を持つ王種が襲撃してきた場合は、約束を守れるとも限らない

 緑のひとは、できないことをできるとは言わなかった

 その態度に真摯なものを感じたのか、勇者さんは同意してくれた


勇者「その条件で構わないわ」


 しょせん口約束かもしれないが、どのみち緑のひとがその気になれば一行は全滅だ

 

紅蓮「ふむ。では、わしはお払い箱じゃの。そら、お前たち、行くぞ」


 水色たちを引き連れて去り行く紅蓮さんに、巫女一味が口々にお礼を言った


紅蓮「ええんじゃ。不肖の息子には、あとできつく言っておく」


 ほら、子狸もお礼を言え



四八、管理人だよ


 また……会えるかな?



四九、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん


 お前がいい子にしてたらな


 というか、おれ紅蓮じゃないからね? そこんとこよろしく



五0、管理人だよ


 わかってる。六魔天だろ?



五一、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん


 びた一文、わかってねえじゃないですか……


 もうそれでいいよ。旅シリーズが終わったら、打ち上げやるから

 打ち上げというか、まあ……

 また会えるよ。そんじゃ

 

 

五二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 さらばだ、紅蓮



五三、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん


 恨むからね。羽のひとのこと、絶対に恨むから


 さらばじゃ!



五四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 かくして紅蓮将軍は去っていった

 名残り惜しそうに見送る巫女一味に、水色たちが触手を振ってから坂道を下っていく


 彼らの姿がすっかり見えなくなってから、がさがさと茂みが揺れた


火口「…………」


 こそっと姿を現したのは、不肖の息子だった


巫女「お前は……!」


 身構える巫女さんに、火口のんは舌打ちする

 話を聞いていたのだろう。ご機嫌ななめである


 のそのそと這ってきて、触手で蛍火をうざったそうに払いのける

 魔物に対してはフィルターが掛かっているので、無反応だった


 そのまま日当たりの良い地点まで移動して、腰をおちつけた

 一身に注目を浴びながら、口を開く


火口「迂闊だぞ、アイオ」


 緑のひとにとっては心強い存在だ


 子狸に喋らせたことなのか、それとも勇者さんとの交渉に応じたことなのか

 判然としない物言いだった


 無視された巫女さんが、緑のひとに訴えた


巫女「ちょっと! 魔物は入って来れるの? ずるいよ!」


 素直な人だ


 無視しろという指令だったが、緑のひとは巫女さんに強く出れない部分がある


緑「…………」


 ポンポコの前足を上げたり下げたりして誤魔化した


妖精「わたしの質問に答えて下さい! どういうことなんですか?」


 羽のひとはしつこかった

 妖精たちにとって、魔王の正体は決して看過できる問題ではない


 しかし中立的な立場にある王種が、魔王について話すのは

 たしかに緑のひとが言うように不自然だ


 硬直している子狸を手慰みにいじくり回しながら、緑のひとが言う


緑「……デリケートな問題なのだ。ね?」


 さっそく火口のんに頼りはじめた


 火口のんは憮然としている


火口「人間には人間の歴史がある。それは、おれたちが知る歴史とは少し違う。それだけだ。話す義理はないだろう……」


 そうして、ふかぶかとため息をついた


火口「……しかし誤解は解いておく必要がある。こちらの不手際だからな」


 緑のひとが勇者さんと約束したものだから

 火口のんの仕官の夢は、はかなく散ってしまったことになる


 どこか気だるそうに、火口のんは巫女さんへと告げた


火口「お前、帰れ。話はそれからだ」


 帰れと言われて、はいそうですかと納得するには

 二人の仲が悪すぎた


巫女「残念でした~。わたしたち、ディンゴに送ってもらうから! 約束したもんね」


火口「あ?」


 緑のひととの親密さをアピールする巫女さんに、かちんと来たらしい

 火口のんは、緑のひとのご近所さんなのだ


火口「おれは、この緑とずっと一緒にいるんだよ。お前なんかとは年季が違うんだよ。ぽっと出の、どろんこ巫女めが」


巫女「どっ……!? あのね! これは、わたしとディンゴの問題なの! あなたは関係ないんだよ」


火口「いいや、関係あるね。おれたちは親友なんだよ。お前は、緑のんを利用しようとしてるだけだろ」


 いつの間にか親友になっていた火口のんと緑のん


巫女「そうやって縛りつけるんだね。そういうの、良くないと思うな。彼には彼の意思があるんだから」


火口「は? なんだ、それ。意味わかんね」


 どんどん険悪になっていく二人


 なんなの、この三角関係……



五五、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 さいきん鱗のつやが良くないなぁ……



五六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 言い争いを続ける火口のんと巫女さん


 一方、緑のひとは鱗の手入れに余念がない


 意を決して歩み寄ってきたお馬さんたちが

 子狸の返還を求めて緑のんを見上げる


 さすがに嫌とは言えなかった


 そっと大地にリリースされた子狸を

 お馬さんたちが甘噛みしている


子狸「お前たち……」


 その愛情が奇跡を起こしたのか

 子狸が復活した


 巫女さんが決定的なひとことを言い放ったのは、そのときだ


巫女「いいよ、もう! わたしがディンゴを解放してあげる。家なんて、不要なんだよ……」


緑「!?」


 爛々とした瞳を向けられて、緑のひとがぎょっとした


子狸「なに言ってんだ、お前!?」


 巫女さんの改心を信じていた子狸が、まなじりを吊り上げて怒鳴った


 ……彼女の主張は、常に一貫している


巫女「諸悪の根源だよ。わたしは文化を否定しない。だけど、家があるからひとはだめになる。こんなにも美しい自然と、距離を置いてしまうんだ」


 学生時代から、巫女さんは天才的な魔法使いとして知られた存在だった

 しかし、それすら“ふつう”にとどまろうとして、なおのことだ


 抑圧された日々が、彼女の人生を狂わせたのかもしれない

 土魔法に覚醒した瞬間、彼女の中で何かが崩れた……


 ――最初に爆破したのは、自らの家だった


巫女「いつまでも揺りかごにしがみつくべきじゃない」


 巫女さんが目配せをすると、側近たちが一斉に発光魔法を起動した

 中腹へと通ずる、ダンジョン内部の遠隔画像だ

 何度も足を運んでいるうちに、細部まで記憶したのだろう 


 だが、それだけでは不足だ

 彼女たちの退魔性では、記憶をもとに再現した遠隔地には干渉できない


子狸「ユニ!」


 子狸が、よく知る名で巫女さんを呼んだ

 はじめて会ったとき、彼女はユニ・クマーという偽名を使っていた


 久しく呼ばれていない名に

 巫女さんの表情がほころんだ


巫女「手伝っておくれよ、同志ポンポコ。きみが核になるんだ」



 登場人物紹介


・巫女さん


 本名「シャルロット・エニグマ」。

 子狸と出会ったときは「ユニ・クマー」という偽名を使っていたが、有名になりすぎて意味を為さなくなったため、いまは本名で通している。

 通称は「豊穣の巫女」。その名の通り、土魔法(豊穣属性)の術者である。

 一座を率いる活動家であると同時に、若手の魔法研究家でもあり、堂々と学会に論文を送りつけたりもする。

 投獄するには惜しい人材であるため、公式に「シャルロット・エニグマ」と「ユニ・クマー」は別人とされているようだ。


 幼い頃より魔法の扱いに秀で、ほとんど独学で開放レベル3まで習得した。

 おそらく極めて幼少時から、見よう見まねで低レベルの魔法を使えたと思われる。

 生まれ育った街の学校で、史上まれに見るほどの高成績をおさめて将来を嘱望されるも、中退。

 当時の彼女を知る人々は「模範的な優等生だった」と評している。


 土魔法への覚醒をきっかけに、自宅を破壊して行方をくらました。

 その後、各地を転々としながら無軌道な破壊活動を繰り返す。その目的は同志の勧誘だったらしい。

 当初は同じ土魔法の術者を探し求めていたが、思うように行かず、やがて自分の思想をひろめる方針におちつく。

 子狸は「最初の同志」であり、勧誘した部下たちよりも対等の関係に近い。

 行く先々で子狸と遭遇し、数々の難事件に挑むことになる。それらを解決したことで有名になったため、さいきんは騎士団のマークが厳しいと嘆いている。


 なお、子狸の土魔法は、彼女から採取したデータを移植したものである。

 もちろん当事者の二人には内緒だ。

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[一言] 巫女ちゃん初の覚醒者なのか… そら同志見つからんわな。
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