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あんぱん

作者: 竜ヶ崎実祐




「たとえば、さ」

 真澄が、古びたタイルの床を人差し指で示しながら、そう言った。女みたいな名前だが、真澄は倉江戸高校の男子生徒だ。というか、真澄というのは名字だ。

「ここに、あんぱんがあったとするだろ」

 学校、屋上、二人きり。因みにこのとき授業中。

 胡坐をかいた真澄の向かいには、クラ高の制服を着た女子がいた。両膝そろえて少し曲げて、あれだ、お姉さん座りとかゆう言い方があったかもしれない。とにかくそれをしている。どこか、浮世離れしているような気がしないでもない。

「ええ」

 それは、そのおよそイマドキの若者らしくない口調のせいかもしれない。

「そしたらお前、食べるか?」

 その問いに、軽く握った左手を口元に軽く当て、少し考えるようにしてから、

「情報が少なすぎるわ」

 と答える。

「まず、そのあんぱんが何故そこにあるのかしらね。誰かのものじゃない?誰か取りに来る人はいない?個包装されている?消費期限は切れてない?もうひとつ、そもそも何故あんぱんなの?」

 ここまで言って、ふっ、と彼女は息を吐く。

「俺はさ、」

 すうーっと真澄は空気を吸い上げ、

「今まさにその、期限切れたか袋に入ってるかそもそもホントにあんぱんなのかどうなのかもよくわからないあんぱんをどうするかで、迷ってるんだ」

 一気に言った。

「……つまり?」

「これで三回目、それも三日連続だろ?」

 彼女は落ち着き払って、黙っていた。

 真澄が彼女と出会ったのは、何故か「あんぱん」という単語が飛び出す二日前。

 クラ高の校舎は大きく分けて二つに分かれていて、真澄のクラスの教室は北側の二号館。その二号館は四階建てで、その四階から更に十二段の階段、踊り場で曲がれば、大分悲惨になってしまった十一段の階段と、塗装がはがれまくった壁、それから屋上へ繋がっているが、封鎖された扉が見える。その手前のぼろぼろになった階段は、殆ど人が通らないことの印でもある。

 付け加えさせてもらうと、真澄が授業をサボる度よく寝るのはその扉の前。しかしながら、そこは風も通らないので埃が、もう、ホントにこれ床なのかよって言いたくなるほど、ひどい。

 よって、真澄がそこに行く度屋上に出ようとしたのは、必然である。

 その屋上で寝ようとしたら、

 がしゃん。

 と金網のこすれた音がして、そこに彼女が立っていたのは、偶然である。

「……どうかしましたか?」

 なんて、彼女が言ってきたのは偶然でも必然でもない。ただ単にその場の空気が気不味かっただけだ。

 そして話は「あんぱん」に戻る。

 真澄はかく語る。

「俺は、もうここに入学して半年経つけど、お前の顔は、この屋上以外のどこでも見たことがない……この敷地内で、さ」

「可笑しくはないでしょう?ここは生徒が多いのだから。全員の顔は覚えられないわ」

「そりゃそうだけど……」

 倉江戸高等学校は、全校生徒が軽く千人を超える。因みにここまで生徒が増えたことは、過去にないらしい。

「それなら、あなたもそうでしょう?」

 彼女は言う。

「クラスとか……部活とか」

 所在が知れていないと言いたいらしい。

「九組、演劇部だよ……あんまし参加してないけど」

 真澄はその演劇部で音響や照明、小道具等、裏方をやるという条件を提示してから入部した。何故そんな条件があり、しかもその条件が飲まれたのかといえば、真澄は帰宅部から無理やり引っ張ってこられた身で、元々舞台に立つ程のヤル気は全く無く、演劇部は演劇部で年々部員数が減ってきていて、とにかく部員が欲しかったのだ。

 そんなこんなで真澄は大会前、文化祭前ぐらいしか部活に参加しない。OBの先輩にも、「まあ、裏方がなきゃ舞台なんて成り立たないし」と言われ、その言葉に甘えさせてもらっている。

 そんな彼が、かく語る。

「……俺はさ、よく授業サボって、昼寝できる場所探し回ってるから、わかるんだけど」

 どうにも、真澄の口調は重い。――話している内容からすれば当然だが。

「この屋上って、お前が来る前は、閉鎖されてて、入れなかったんだよな」

「……それで?」

「お前が開けたのか?ここの鍵。」

「ええ」

 意外にも、彼女はあっさり認めた。微笑んで。

 真澄はなんとなく、視線を泳がせた。

「…………あのさ、これは先輩に聞いた話だから、正確なことは言えないんだけど」

 彼は、真澄は、かく語る。

 視線は自然と下向きになる。

「少し一人で一方的に話すけど、いい?」


「俺らの学年が入学する四年前、ここで自殺未遂があったって話でさ。――ほら、この学校ってそこそこ進学校だし、そりゃ、俺みたいな奴もいるけど――私立ってことも会ったんだろうな、事件があったことは、揉み消されたらしい。

 その自殺未遂起こした奴は――」


 たぶんそれは、ついこの前あった、演劇部の大会後の、打ち上げ。

 何故か自分を好いてくれているOBの先輩と、真澄は話し込んでいた。会場のお好み焼きの店は演劇部の面々意外二組しか客がおらず、ほぼ貸切の店の隅で、焼きソバを食べていた、様な気がする。

 ぶっ、と真澄が吹き出した。

「せ、先輩(せんふぁい)、もっ(ふぁ)()って()れま()?」

「だ・か・ら、真澄だよ、椎葉真澄。てか、口拭け、青海苔魔人」

 彼はおしぼりを押し付けた。

 真澄は口を拭ってから、次の言葉を待った。

 しかし、OBの彼は黙々と食べ続ける。

「……先輩、ここまで喋ったんなら、最後まで話してくださいよ」

「……どこまで話したっけ」

 ひとまず箸が置かれた。

「そのシイバマスミが精神病院通ってて、未だ休学中。で、彼女は変わり者だった……ってところまでです」

「あのさ、わかってるとは思うけど、そのあたりは噂だかんな」

 苛立ちによく似た表情を浮かべ、彼は真澄と向き合った。

「……そいつはさ、こう、所謂華のあるタイプだったんだ。変人気質が災いしたからか、モテるとかじゃなくって。中学の時も演劇部入ってたからかな、舞台立つの見てすぐ思ったんだよ。そうだな、芝居掛かった言い方するなら――

――彼女が舞台に立つことこそ、必然だった」

「……先輩、」

「ん?」

「その言い回し、恐ろしく似合ってません。」

「……知ってる。」

 どこまで本気か知らないが、淋しそうに彼はお冷を飲んだ。からんと氷の音がする。

「それで、聞いてみたんだよ。何でプロ目指そうとか、そっち系、つまり演劇関連の学校とか行かなかったんだって」

「彼女はなんて?」

「――誰にも、忘れられないように」

 少し、息を吐くかの様に彼は言った。

「女優名乗る奴で、名前を出せば誰でも顔が浮かぶなんて(ひと)は極僅か。そこで顔が浮かんでも、十年後には『あぁ、そんな人いたかもしれない』程度で見向きもされなくなるかもしれない。世間なんて本当に忘れっぽい。……ただ、思ったらしい。『学校』って場所は――『特殊』だと」

「……何が、ですか?」

「つまりな、」

 彼は何かに押されているかの様に、話す。

「学校ってのは、狭い空間だ。噂が一度広まれば、取り消しは効かなくなる。会社と違って、年齢層が狭い。都市伝説以上に、怪談やオカルト系の話が語り継がれ、その話は誇張されながらも広まっていくそれに、生徒が自殺するとなると、」

「……」

「社会人や学生が自殺するより……世間に」

「知れ渡る」

 真澄が言葉を引き継いだ。

「でもそれって、自殺しようとしたときの心境になりますよね?演劇部の話と……」

「あぁ……悪い。酒入ってるから、頭回んねぇや」

 少し頭を抑えて、彼はそう弁解した。

「そうだな……ホントのとこ言うと、本人に自殺しようとする前後に何か聞いたわけじゃないから、その辺はわからない。演劇部入るときだって『忘れられたくない』といってるのは直接聞いたけど……もしかしたら、誰か一人に、自分を忘れて欲しくなかったのかも(、、)しれない」

「直接聞いた?」

「ん?あぁ、だってそいつとタメだったから……俺言わなか「言ってません。」

 真澄、即答。あ、と気付いた。

「そうか、だから当時の事知ってて……」

「そうだな……学校側が手回してこのこと流させなかった……なんて、あの時は結構、噂になってたな」

 からん、と氷の音がした。

「ホント、明るい奴だったよ」


 屋上、二人、風の波。

「その自殺未遂起こした奴は、椎葉って名前で、わりと悪化した精神病に罹ってて……退学届けまでは出さなかったけど、この学校からいなくなった。

 未遂、ってことは当然そいつは生きてるだろうし、きっと根暗な奴とか、こう、悩んでることを誰にも打ち明けられなくて、ジィ――っと縮こまってるようなヤツなんだろうとか思っててさ……それを先輩に言ったら、違うって。

 『絵に描いたような明るい女の子、って感じだった』

 んなわけないだろって、そんときは思った。」

 話がここまでくると、彼女は不意に立って、真澄に、彼に背を向け、破れそうな、金網のフェンスを、左手で握った。

 彼女がそこから動かないようだとわかると、また真澄は語り出す。

「その椎葉って奴は、周りからも 変わってる って言われててさ、立ち振る舞いがどこかいつも芝居じみてて……親しい奴らにはよく言ってたらしいんだ。『誰にも忘れられないような、人間になりたい』って」

「…………」

「それで、思ったんだ」

 風が、屋上を通り抜けた。

「この高校の制服着て、でも俺が見掛けたことがなくてその上名乗ってくれないお前が……その、椎葉じゃないかって」


「考えすぎかな?」

 と真澄は付け足した。

「……そう、ね」

 彼女は、微笑みながら振り返った。

「その噂話、如何にもオヒレハヒレがついていそうね」

「ああ」

 真澄もいつの間にか立ち上がり、彼女のことを、どこか遠くでも見つめるかのように、見ていた。

「それで、あんたには敬語を使っていないんだ」

「普段は使っているのかしら?」

「当然だろ。さっき話した先輩なんて、特にその辺うるさいし」

 からりと真澄が笑い、彼女もつられて笑う。

 笑いが止むと、また風が屋上を通り抜けていった。

 なにか、よくわからないものがつながった。

「――それじゃ。昼寝の邪魔しちゃってごめんね」

 先に、彼女が口を開いた。足を、直接階段へと続く扉に向かわせる。

「別に……平気です。たまには、こうゆうのも」

 彼が答えた。

 彼女は物悲しげに、笑った。


かたり、と古ぼけた扉が閉まった。




「お前さ、カステラって知ってる?」

 店、焼きソバ、語り合い。

 但し、焼きソバは殆ど平らげた。

「あの黄色いやつですか?」

 後ろではまだ、他の部員達が騒いでいた。

「いや、そうじゃなくて、そうなんだけど……北原白秋の詩だよ、『カステラ』って」

「知らないですけど、それが何か?」

「や、何となく。急に和菓子が食べたくなって」

「……カステラはポルトガルの菓子ですが」

「え?……あーあれか。明治時代に来て日本風にアレンジした、的な」

「……それはあんぱんじゃないですか?」

 因みにカステラが伝わったのは、室町時代末期らしい。

 後ろで黄色い悲鳴が上がった。どうやら恋愛話をしている様だ。

「似てるよな」

 唐突に、ぽつりとOBの先輩が言った。

「え、何が?」

「ケイゴ」

 じろりと睨まれたが、真澄は気に留めなかった。三秒かかって「敬語」と変換できた。

「……椎葉だよ、椎葉とお前」

 そう呟いて、彼は日本酒の入ったグラスを口に付けた。

「…………はい?」

 思わず聞き返す。

「えなんで?だって全然違うじゃないですか俺舞台立たないしその人舞台主役やるし華あるしおれ華ないしそもそもまず俺男でその人女で」

「……うるさいから」

 からん、と氷の音がした。

「なんだかわかんないけどさ、フインキ?持ってる空気?オーラ?いる次元?しつこいとこ?思考回路?――ダメだ、やっぱわかんねえや」

 またグラスが傾く。

「結局なんなんですか」

「わかんねぇ」

 また彼が言った。

 どっと後ろから笑い声が聞こえた。思わず振り返ると、何やら皆で、一人の女子の携帯電話を、代わる代わる覗いていた。

「何が、似ているんですか?」

 彼がまたそう言って振り向くと、OBの彼は、頭をテーブルの上にのせ、眠りこけていた。静かながら、意外にも酔っていたらしい。

 笑う声、声、笑う声。

「……お八つのカステラ――」

 彼が寝言を呟く。

 からん、と氷の音がする。


 かたり、と古ぼけた扉が閉まった。

 彼の顔から、表情が消えた。

「来ないのか……それとも、単なる嘘なのか」

 彼は呟く。

「あるいは、期限が切れてるのか……」

 錆びれた音がして、フェンスが切れた。

「別に、止めやしないのにな」

 何かが落ちる前に、チャイムが鳴った。

                           to be continued… ?    

参考文献

 北原白秋童謡詩歌集 赤い鳥小鳥 (岩崎書店)


ども。竜ヶ崎です。

えーこの作品は、とある文学賞に応募し、見事!落選したものでございます……ハイ。ほんっと、あたしの書けるものなんざ、この程度にございます。使い回しというなかれ。

この話は、文中にもある「カステラ」という詩から生まれたようなものです。いくつか同じ題名で同じ作者のものがあるようですが、上に書いた文献をあわせて読んでもらえればありがたいです。ネットで検索してみても、なかなか出てこないんだよなあ……

まだ感想かいてくだすった方がいらっしゃらないようなんで、こっぴどく批評していただければ幸いです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

乱文駄文失礼します。

では。   

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