チータンタンって何?
チータンタンって何だ?
これは私が先日、
ある地方へ出張した時の話だ。
一仕事終えてホテルへチェックインも完了し、
夕食を食べようと街をブラついてみた。
すると同じ黒Tシャツを着た大勢の人たちがいることに気付く。
スマホで調べてみると、
この近くで昔人気があった
ビジュアル系バンドのコンサートが開催されるとのこと。
だからか、私と同年代の人たちなのに、
少しヤンチャな空気感が漂っている。
私も好きだったため、当日券がないか調べてみるが
完売の二文字が虚しく赤文字で記されていた。
だがまあ、本来の目的は夕食だ。
仕事場の同僚からある「油そば」のお店が美味しいと
情報を仕入れていたので、
店の様子が見える喫煙所で、開店まで時間を潰した。
周りは黒Tシャツばかりだ。
開店3分前になると数人がお店の前に並んでいる。
これは期待できそうだ。
開店と同時は混みそうなため、
私はそのまま8分ほど待ってから入店した。
入ると、家族を迎えるかのような、いらっしゃいの声と
食券機が私を出迎えてくれた。
私は初めて行く店では
基本、お店が一番オススメしていそうなメニューを頼む。
食券機なら必然的に一番左上のメニューになるのだが、
そこには〇〇スペシャル(〇〇はお店の名前)とあり
その横に赤い小さな文字でこう書かれていた。
+チータンタン付き
うん、チータンタンって何だ?
分からないが、だからこそ惹かれるものがある。
私は迷わずそのボタンとビールのボタンを押した。
食券を渡し、カウンターに座ると
数秒でビールが出てきた。
ビールをグラスへ注ぎ、一口飲む。
仕事の疲れがふわっと和らいでいく。
ちびちびと飲み進めながら、
私は周囲の声をまったりと聞いていた。
隣のカップルから
「半年ぶりにこの店に来た」という声がする。
バンド名が書かれた黒Tシャツを着ていたので
このカップルもコンサートへ行くつもりらしい。
少し遠くからも、これから始まるコンサートへの
情熱溢れる喜びが会話の中から零れている。
ビールを半分ほど飲んだところで、
〇〇スペシャルです!という声と共に
私の前へ油そばが到着した。
ワカメにチャーシュー、ネギ、
そして麺が輝いて見える。
「お酢は2周、ラー油は3周掛けて食べてね」
そう言われ、カウンターに並ぶお酢とラー油を
教えられた通りに掛ける。
そして、豪快に混ぜる。
軽く酔っているせいなのか、匂いは全くしない。
だが、目から届く情報は
私の胃袋を掴んで離さない。
……チータンタンって結局なんだ?
ふと疑問が戻ってきた。
この油そばの中に既にトッピングされているのだろうか?
私はてっきり、ご飯のようなものが付いてくると思っていた。
だが、どんぶり一つで油そばのみ。
スマホで調べれば答えが一発で出そうだが、
この謎が私の好奇心と胃袋をくすぐってくる。
とりあえず、疑問を置いて
私は油そばに手を付けることにした。
……うまい。
こってりした味を予想していたが、
想像以上にあっさりとしていて
麺が喉を気持ちよく通過していく。
この喉越しはラーメンでは得られない。
更にサッパリとした味わいでありながら
噛むほどに強烈な旨味が広がり、こってりが顔を出してくる。
しかも、ビールとの相性も抜群だ。
麺と具材を一緒に少量口の中へ入れる。
そして、その後ビールを一口。
最高だ。
生きているってのはこういうことなんだと思う。
完全に目を見開き、味わっていると
隣のカップルの一人、男性が店主へ話しかけた。
「チータンタンください」
「あいよ、ちょっと待ってね」
確か、この男性は私よりも早く食べ始めていたはず。
つまり、油そばはほぼ食べ終わっている。
……デザートか?デザートなのか?
同じタイミングで遠くからチータンタンくださいという声が聞こえた。
大人気メニューだ、これ。
更に店主は何かを見計らったように私の器を見てきた。
ビールと共に味わっていた私の器には
まだ四分の一ほどの麺が残っている。
「お客さん、食べ終わったら言ってくださいね」
「……わかりました」
俄然、楽しみになってきた。
気のせいかも知れないが、
店主は私がチータンタンを知らないと気づいている気がする。
心躍りながら私は油そばを食べ続けた。
勿体ないが、この時の私はチータンタンを知りたくて
急いで食べていた気がする。
「はい、チータンタンお待ち」
隣のカップルへチータンタンが運ばれてきた。
油そばと同じ器が隣へ置かれていく。
???
器の中身は見えない。
もしかして、チャーハンみたいなものだったりする?
未だ正体が見えないチータンタン。
隣を覗き込めばわかるかもしれないが、
ここまでくると、答えは自分のもので確かめたい。
私は急いで油そばを食べ尽くすと
店主へ向けて、とびきりの笑顔でどんぶりを傾けて見せた。
「完食しました」
店主がニヤついたのを私は見逃さなかった。
絶対に私がチータンタンを知らないと気づいている。
「じゃあ、器をちょうだい」
そう言われ、私は器を渡した。
隣のカップルの時には気づかなかったが、
皆、同じことをしているらしい。
私はここで残ったビールを飲み干した。
水も一口飲んだ。
口内をまっさらな状態にしてチータンタンを待つ。
「チータンタン、お待ち!お酢とラー油を一滴入れてね」
隣のカップルの時には言われなかった一言が添えられている。
私は丁寧にどんぶりを受け取り、
その中身を確認した。
中は、溶き卵の入ったスープのようなもので満たされていた。
早速、お酢とラー油を一滴垂らす。
そして、レンゲで掬い上げ一口啜った。
……優しくて美味しくて、脳と舌と胃が笑っている。
口角も上がりっぱなしだ。
チータンタン、それは見た目通りの
スープに近いものだった。
改めて周りを見渡してみると、
すべての客が微笑みを零しているように見えた。
これから熱気あふれるライブ会場へ乗り込む人たち。
そして仕事終わりの疲れが溶け出していく私。
みんな似たような笑顔。
店主は出ていくお客さんに
ライブ頑張って!と声を掛けている。
少し落ち着くと私にも声を掛けてきた。
「兄ちゃんもライブいくの?」
「いえ、私は仕事で来たので」
そう言うと店主は私の地元を聞いてきた。
それに答えると、その土地の話を振ってくる。
方言が心地よく、数分、話を続けると
次のお客さんが入ってきた。
繁盛しているお店だ。
人柄、料理、そしてこのチータンタン。
全てから温もりを感じる。
私は長居しても迷惑だと、
あと一口分残っているチータンタンを
名残惜しげに飲み干した。
そして、お礼を一言いって店を出た。
店主は結局、チータンタンのことを
一切説明しなかった。
私はそれが嬉しかった。
コンサートがいよいよ始まるのか、
道路には黒Tシャツを着た人たちが
先ほどよりも多く歩いている。
その熱気とお店の温もり。
2つを見届けて
私はホテルへ戻った。
私が出張先で感じた小さな幸せを文章にしてみました。




