第4話 猿真似のエイリアン
エイリアンに出会いました。
それは人間の形をして人間の言葉を話していたけれど、人間の真似をすることで人間の知性を得ようとしているようでした。
そのエイリアンは多趣味でした。多趣味といっても趣味の話をしているところにたまたま居合わせただけで、実際に目の当たりにしたことはありません。そのときに、多方面の趣味の範囲を持っているようだったので私が「多趣味なんですね」と声をかけると、その言葉を気に入ったようで頬を紅潮させて「ええ、多趣味なんです」と満足そうに微笑んでいました。
ただ、エイリアンの内面を知っていくにつれ、その趣味がひとつも身の丈に合っていない印象を受けました。例えるなら、小学生が高校生の参考書を解こうとしているようなものです。趣味は個人の楽しみですし、迷惑をかけない限り他人がとやかく言う権利はありません。私は違和感を覚えながら、その違和感を胸にしまっておきました。
あるときエイリアンに趣味を尋ねられた私は、読書だと答えました。幼いころから小説、伝記、図鑑、マンガに関わらず紙の本を読むのが好きだと説明するとエイリアンは感銘を受けたようで「かっこいい」と一言漏らしました。私は趣味が読書であることをかっこいいと思ったことなどなかったので驚きましたが、特に気に留めませんでした。
しかし、数日後にその言葉の意味が分かりました。エイリアンは自分の趣味は読書だと周りに言いふらしていたのです。
それを聞いた人間は読書に興味がなかったようで、反応に困っていました。趣味が読書だとだけ言われても、なんとも返答のしようがありません。自分が読んで面白かった本を紹介するなり、趣味が同じ人間と話が弾むなら別ですが、唐突に自分の趣味を発表されても話が広がるはずなどないのです。
エイリアンは新たな趣味が読書であることに酔いしれているようで、本屋に行くと心が躍る、本を読んでいると時間を忘れる、家に書斎が欲しい、などと言い回っているようでしたが、それらは一言一句違わず私が言った言葉です。
私は、わざわざそれを誰かに伝えることなどしませんでした。読書は私一人のものでもないし、人間としての教養が身についていればエイリアンの言動など取るに足らない些末なことです。
ただ、読書についての情報がさらに欲しくなったのか、私の好きな作家や一番好きな本について何度も尋ねられましたときは困りました。このときばかりは、私は聞かれる度に言葉を濁しました。自分で見つけた好きなものは自分だけのものだと思ったのです。
まともな人間だと遠慮を覚える場面でもエイリアンにとってはお構いなしです。何度断っても執拗に尋ねられるので、私はついに嘘をつくことにしました。誰もが知ってるベストセラーの名前を言うと明らかに肩を落とし、ようやく質問攻めから解放されたと同時に、エイリアンは私の側から離れるようになってエイリアンとの無益な会話の時間からも解放されたのです。
しかし、しばらくしてから、あろうことかエイリアンは私に、自分の趣味は読書だ、と鼻息荒く告げてきたのです。紙の本を読むべきだ、自分は家に何冊も本がある、と瞳孔を開いて話すエイリアンに、私は恐怖すら覚えました。
その件以降、エイリアンとの接触は避けるようにしましたが、再びエイリアンと会う機会がありました。
すると、こちらから聞いてもいないのにエイリアンは近況を話し始めました。私に読書を勧めてきたときと同じ表情で、今は心理学を専攻し、その成果で私の内面までわかるというのです。聞いてみると、心理学というのは世に出回っているいわゆる自己啓発本から学んでいるようでした。私はどうにもかける言葉が見つからずにいると、それをどう解釈したのか、そんなことも知らないのかとふんと鼻を鳴らしたのです。私の行動パターンや表情から何を考えているか当ててみせると鼻息荒く話すエイリアンに仕方なく付き合っていると、会話の節々で私の分析論を語り始めます。当然それは的外れな内容ばかりで、私の考えていることや性格にまるで当てはまりません。意見を求められたら「違う」と反論の仕様がありますが、エイリアンは自分で喋り続けるだけで満足そうに頷くので私は放っておくことにしました。
察するに、エイリアンは次の"かっこいい"を見つけたのです。あれほど私の後ろを付いて回っていたのに、まさに手のひら返しの態度に失笑を禁じ得ませんでした。
多趣味にするために他人の意見を聞くことは多々あることですが、趣味の差で他人を見下すような行為は褒められたものではありません。エイリアンに至っては、読書という情報を得た私に向かって侮るような言葉まで吐き捨てました。愚の骨頂だと言っても過言ではありません。
人間は他人のいいところを真似るだけでなく、自分で考える能力がありますし、相手のことを尊重する文化があります。
エイリアンの真似好きはこれからも的を変え続いていくでしょう。但し、所詮は二番煎じの中身が足りないものなので、どれだけ時間を重ねてもひとつも実を結ぶことはないはずです。
的となった人間が気の毒ですが、自分の道に邁進する人間にとって、エイリアンの存在は道端の石ころ以下でしかありません。そんな石ころに悩まされるような無駄な時間など勿体ないのです。
あなたの周りにもエイリアンはいますか?




