没落令嬢と執事
窓の外、夕闇が屋敷を飲み込んでいく。
かつてあれほど眩かったシャンデリアは、
今や冷たい鉄の塊として
天井にぶら下がっているだけだ。
……可愛い。
床に膝をつき、
屈辱に震える君の項。
かつて俺が、その一歩後ろで、
決して触れることを許されなかった聖域。
「……信じられない、という顔だね。お嬢様」
俺は、君の家の全資産を買い叩いた書類の束を、
君の目の前にバラバラと撒いた。
床に散る紙の音が、
君のプライドが砕ける音のように響く。
「この屋敷も、君の着ているその絹のドレスも。……その薄い唇から漏れる呼吸のひとつまで。今日から、すべて俺の管理下だ」
君が、弾かれたように俺を睨みつける。
涙を溜めたその瞳。
ああ、いい。
ずっと、これが欲しかったんだ。
俺はサイドテーブルに置かれていた、
君の象牙細工の扇を手に取った。
君が社交界で、
俺のような「下僕」を遮断するために使っていた盾。
……パキッ。
無造作に二つに折って、足元に捨てる。
「もう、君を隠すものは何もないよ」
俺は、君が大切にしていた宝石箱を開け、
中身をテーブルにぶちまけた。
きらびやかな指輪やネックレス。
その中に、一つのロケットペンダントがある。
「あ……っ、それは、返して……!」
君が手を伸ばすが、
俺はその細い手首を無慈悲に掴み、背中へと捻り上げた。
グ、と力が入るたび、
君の小さな悲鳴が俺の鼓動を跳ねさせる。
「誰の写真が入っているの? ……お父様? それとも、君に求婚していたあの若造?」
カチッ、と蓋を開ける。
そこには、
君の幼馴染だという男の肖像。
……ふふっ。
邪魔だな。
俺は中身を引きちぎり、
暖炉の火の中に放り込んだ。
青白い炎が、
君の過去を、
俺以外の男の記憶を、
跡形もなく焼き尽くしていく。
「君の視界に映る必要のないゴミは、俺が全部掃除してあげる。これからは、俺が選んだ服を着て、俺が選んだ宝石をつけ、俺の名前だけを呼ぶんだ」
「……ひどい……、こんなこと……」
「ひどい? ……いいや、これは『整理』だよ。君の時間は、もう全部、俺のものなんだから」
俺は跪く君の背後に回り込み、
耳元で深く、その匂いを吸い込んだ。
恐怖で強張った肌から、
逃げ場を失った甘い香りが立ち上る。
「逃げられると思っているのかい?」
俺の手が、
ドレスの背中のファスナーを
ゆっくりと、わざと音を立てて下ろしていく。
ジ、ジ、ジ……。
一目盛ごとに、
君の理性が剥がれ落ち、
震えが身体全体に伝播していくのが分かる。
「……君が君であるための証明書はすべて、俺の金庫の中だ」
ドレスが肩から滑り落ち、
白い背中が露わになる。
俺はそこに、
所有の印を刻むように、深く歯を立てた。
「……っ……!」
「いい声だ。……あんなに見下していた執事に、こんなに簡単に身体を熱くして」
俺の指が君の喉元に回り、
その激しい鼓動を指先で愛撫する。
君は、俺の腕の中で小刻みに震えながら、首を振る。
「責任、とってくれるよね?」
「俺を、こんなにも狂わせたんだ。……一生かけて、その身体で、俺を宥めてもらうよ」
俺は、君を強く抱き上げた。
「さあ、寝室へ行こう。
……君の新しい『日常』が、あそこで待っている」




