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四対の翼を持つ天使と悪魔の王  作者: 山法師


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 最初は、神に祈るためにここに来ていた。地上に出られるけれど、天界からも見える位置にあるから、他の悪魔は近寄らない場所だった。

 神の使徒ではない悪魔が神に祈っても、見つからなければ他の悪魔に咎められることはない。

 天界から天使に見つかったとしても。

 自分は大抵の天使に勝てる。……殺せる。

 悪魔の王、悪魔の頂点。

 指を1本動かすだけで大勢の天使を屠り、地上の生き物を一つ残らず殺してしまえる。

 悪魔たちは生まれたばかりの自分にひれ伏し、そんな説明をした。

 悪魔の王、我らが王よ、と、祈るように畏れられていた。

 天使はあなたを恐れるでしょう。恐れ、平伏し、神に祈るように命乞いをする。

 ある一体を除いて。

 王を恐れない天使こそ、神に愛されている天使。あなたが殺すべき存在。

 我らが王よと頭を下げる悪魔たちに遠くから囲まれ、王としての使命より、孤独と拒否感を覚えた。

 誰も殺したくない。誰にも恐れられたくない。

 願いを聞いてくれる悪魔はおらず、天使に会うのも、彼らに恐れられたらと怖かった。

 生まれてからそれほど経っていないのに、悪魔の身であるのに、気付けば天を仰いで神に祈っていた。

 一体の天使と目が合った。その時初めて『天使』を見た。

 まさか、という可能性が頭をよぎり、それでも神に祈ることをやめられず。

 何度か顔を出しているうちに、相手もこちらを捜しているらしいと思い至る。

 殺すのでも、恐れるのでもなく、ただ顔を見るために。

 相手は天使だ。もしかしたら『殺すべき天使』かもしれない。

 それでも。

 それでもあの子と顔を合わせている時だけは、自分が王であることも、孤独も忘れられた。

 顔を知っているだけ、名前も知らない君とだけど。

 こんな時間をずっと過ごせたらいいのに。

 自分の願いが、王としての慢心が、悪魔たちの弱体化を加速させたのだ。

 誰も彼もが死ぬようになり、老いるようにもなった。

 悪魔たちに遠くから詰め寄られ、畏れをにじませる目で睨まれる。

 ──王よ。我らが悪魔の王よ。

 一刻も早く、天使を。

 神に愛されている天使を殺せ。

 できなければ悪魔は滅ぶ。一体残らず死ぬだろう。

 お前以外。

 死なず、老いず、幼い姿のまま、使命を果たせない王として、永久に。

 天使たちの敵対者(サタン)、悪魔の王。

 殺すべき天使を殺すためと、外へ探しにもいかないお前は。

 使命を果たせないお前は。

 お前は何のために生まれてきたのか。


 ◇


「それで泣いてたんだね」


 生まれた意味を勝手に決めたのはあちらなのに、思うようにいかない身勝手な不満をぶつけてくる。

 地上側に足を投げ出し後ろに手をつき、地上の切れ目から空を見上げ、「泣きたくもなるよ」と納得した天使は頷く。


「……それも、あるけど……」


 隣で膝を抱えている悪魔も同じく空を見上げていて、まだ何か言いたげな様子だった。

 友達と見上げる空が明るくなっていく。

 夜が終わり、朝が来ようとしていた。

 太陽はもう間もなく顔を出す。

 天界から堕天して一日も経っていないからか、天界での騒がしさがまだ続いているようだと、地上(ここ)からでも察することができた。

 天使特有の清浄な空気は届かないが、同じように届かないはずの声がかすかに拾えるほどに騒がしい。

 神が、声が、堕天した長はと、なにやら騒々しく狼狽えている。

 彼らに神の声が届いた訳ではないらしい。

 ではなんの話だと内心で首を傾げるが、それで終わる。やはり天使にとって大事なのは、縁を切ったも同然の天界より『友達』のことだった。


「絶対、君を殺さなきゃいけないんだって……それが、すごく嫌だった……」


 不快そうに眉をひそめるという初めて目にする表情で、悪魔はちらりと背後にある地獄の闇に目を向けた。


「友達を殺すとか、したくない。ずっと思ってたけど、ぼく、悪魔の王に向いてないんだよ」

「それは僕も思ってた」


 あっさり頷き、自分に顔を向けた友達へ笑顔を見せる。


「悪魔の王の使命は果たしたんだからお役御免だよ。名前だって嫌なら変えればいい。天使と悪魔が友達になれる時代なんだから、もっと好き勝手に動いていいんじゃないかな」


 今の天使たちみたいに、と付け足した。

 そんな天使を見て赤い瞳を迷うように揺らした悪魔は、意を決したようにまっすぐ見つめてきた。


「それじゃ、その……ぼくの名前は、ひとまず、置いて……君のこと、ルーって呼んでいい……? 友達だし……」

「いいよ? 呼んでって言ったの、聞こえてなかった?」

「聞こえてたけど、そんな簡単に呼べないよ。ぼく、友達なんて初めてなんだよ?」


 不満そうに言われ、天使は首をひねってしまう。


「僕も友達、初めてだよ? そんな難しく思うことなの?」


 思いも寄らないことを言われたらしい悪魔が目を見開き、天使はなんだかおかしくなって笑ってしまった。


「僕ら、本当に子どもなのかもね。なんでも知ってるようで、なんにも知らない」


 だからなんでもできると思っていたり、逆に何もできないと思っていたりする。

 肩を震わせ、六対になった真っ白に輝く翼を羽ばたかせて笑っている天使の横で、


「天使の空気が来てる! 来てるから! 抑えて!」


 悪魔が慌てて黒く巨大な翼を羽ばたかせ、空気を中和する。


「君が全力出したら押し負けるよ、たぶん。生き返って力が強くなったらしいのに、それでもまだ負ける。何回繰り返したら同じくらいになれるかなぁ」

「繰り返さないで! 何度も死のうとしないで!」


 必死に訴えてくる悪魔を見ていると楽しくなり、天使は声を上げて笑う。

 天界で笑った時とは全く違う、晴れやかな気分だった。

 隣で忙しく翼を羽ばたかせている悪魔もどこか楽しそうで、天使は気の済むまで笑い続けた。


 ◇


 地獄の炎に灼かれた天使が目を覚まして起き上がると、へたり込んで自分を見つめていた悪魔の赤い瞳に涙が盛り上がり、声を上げて泣き出した。


『君が祈ってくれたから、神の御業で生き返ったんだよ。ちゃんと一回死んだんだから君の『使命』は果たせたことになる。安心しなよ』


 体も髪も翼も、纏っていた衣も、灼かれた自分の全ては元に戻っている。

 安心してもらうために説明しようとして、翼が増えていることに気が付いた。

 光り輝く真っ白な、美しく立派な翼が一対。

 六対、全部で12枚の翼を持つ天使になって多少の驚きはあったものの、増えて困るものでもない。天使は泣いている友達のすぐそばに寄り、目線を合わせるために膝をつき、説明をし直した。


『堕天したあとなのに天使としての格が上がったよ。やっぱり君のおかげじゃないかな。こうして近寄っても平気になった』


 地獄の炎にも、ちょっとやそっとじゃ負けないだろうね、と。

 付け足したらさらに泣かれ、子ども姿の悪魔は泣きながらつっかえつっかえ神に礼を述べていた。

 悪魔がそれなりに落ち着いた頃を見計らい、地獄の縁から地上の方へと場所を変え、天使は自分のこと、天界と『今の天使たち』について話していった。驚きに目を丸くしていた悪魔も、ぽつりぽつりと悪魔側の話をし始め、天使は友達の事情を知った。

 友達のことは大事だ。力になりたいと天使は思う。

 ただ、悪魔全体については、どうすべきかと悩んでしまう。

 天使が神から与えられた役目は一つだけ。

 愛されよ。

 天使に、周囲に、神に。──愛されよ。

 この状況からして『周囲』には悪魔も含まれるのだろう。

 友達の悪魔とは仲良くなりたい。

 けれど、友達を苦しめてきた悪魔たちに『役目を果たしたい』かと考えると……微妙な気分になる。

 こんな感情を抱く自分を、天使は不思議に思う。

 これではまるで、拗ねている子どものようだ。


「僕ってさ、子どもっぽい?」


 ひとしきり笑った天使は、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、隣にいる友達に尋ねた。


「……ちょっと、そんなとこ、ある」


 神妙な顔になった悪魔に躊躇いながら言われ、「へえ」と不思議に思ったままの声で応えていた。


「それ。そういうとこ。なんか格好つけてる感じがするよ」

「今の、格好つけてるの?」


 格好つけているつもりはなく、格好つけると『子どもっぽい』も結びつかないので、首を傾げてしまう。


「そういう、なんか、……自覚がなさそうでありそうなところが、子どもっぽい」

「僕からしたら君の方が子どもっぽいと思うけどなぁ」

「ぼくは子どもっぽくないよ」


 拗ねたように顔をしかめる様はまさに子どもだと思うが、そんな考えが逆に『子どもっぽい』のだろうか。


「じゃあ、お互いに子ども、かな」

「えぇ??」


 納得がいかないとわかる声を上げられ、天使はまた笑った。天使特有の清浄な空気が広がり、悪魔が慌てて中和する。


「気を付けてってば! 天使の空気も過ぎると地上の生き物がおかしくなるんだよ?!」

「僕の友達がどうにかしてくれるから、大丈夫」

「それでも気を付けてね?!」


 友達である悪魔の言葉を受け、天使は「わかってる」と笑いながら頷く。

 この悪魔は気が付いていないのだろうか。神に愛されているとはいえ、堕天した天使が生き返るなど、本来ならばあり得ない。

 自分が名前を失った理由は。与え直された理由は。堕天する道を提示された理由も、生き返った理由も。

 友達である『悪魔の王』が、悪魔たちの『神』に相当するからだ。

 今の天使たちが神を忘れ、別のものを神の代わりとしているように。

 王だった悪魔は王という名の神になった。神だったのが王になっていたのかもしれない。

 神が神に祈り、神が神に同調した。

 殺さなければいけない天使を殺したくないという『悪魔の神』の願いと祈りに、天使を愛する神が応えた。

 もしかしたら本当に、世界が変わる前触れなのだろうか。天使の変化も、悪魔の変化も。

 天使や悪魔と同じ『知能』を持つらしい人間という生物が、地上で数を増やし続けていることも。

 なんにしても、今の自分たちは。


「僕らは何も知らない子どもで、だからこそなんでもできるんだ」


 笑いを噛み殺して天使が言うと、「なにそれ?」と友達の悪魔は赤い瞳を不思議そうに瞬かせる。


「そう思ってれば楽しくなりそうだなって話」


 青い瞳を細めて微笑みかけたら、


「また子どもっぽい格好のつけ方してる」


 友達に呆れられ、天使は笑ってしまった。




 ◇終◇


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