第33話 鋼鉄の殻と、アリス流の『無関心』という救い
【第四救護団事務所・前庭】
ネネが元・巨人の残骸である「植物要塞」に立て籠もってから、丸二日が経過していた。
事務所の前庭を不法占拠するその鉄塊は、今や見るも無惨な姿に変貌している。無数の不気味なツタと、毒々しい紫色の棘を持つイバラにぐるぐると巻かれ、まるで巨大な魔界のブロッコリーか、あるいは腐海に沈んだ遺跡のような様相を呈していた。
平和と言えば平和だが、景観条例的には完全にアウトだろう。ご近所さんから苦情が来ても文句は言えない。
「ネネちゃーん!いい加減に開けてちょうだーい!」
巨大な毒ブロッコリーの麓で、野太い悲鳴が響いている。我らが救護団の母、ボーグだ。身長2メートル超えの筋肉達磨が、フリルのついたエプロンを揺らし、湯気を立てる鍋を片手に鉄板を叩いている姿は、端から見てもインパクトがある。
「ご飯よぉ!今日のランチは市場で買った新鮮な『野菜たっぷりクリームシチュー』よぉ!隠し味に味噌を入れたの!二日も何も食べてないじゃない!光合成だけで生きるなんて、そんなの植物のすることよ!」
いや、あいつのアイデンティティは半分植物みたいなもんだから、あながち間違いでもない気はする。そんなアタシの冷静な脳内ツッコミをよそに、要塞の中からは冷ややかな拒絶の声だけが返ってくる。
『……いらない。……人間は嘘をつくけど、葉緑体は裏切らない』
ボーグさんが必死に愛を叫ぶが、鉄の扉は閉ざされたまま。このままではシチューが冷めるし、ボーグの筋肉が悲しみで萎んでしまう。
アタシはあくびを噛み殺しながら、その茶番劇を眺めていた。
正直、放っておけば腹が減って出てくるだろうと思っていたが、相手は筋金入りの引きこもり研究者だ。こちらの常識で測ってはいけない。
「あーあ。まだやってんのか、あの根暗ブロッコリー」
アタシが寝癖で爆発した髪をガシガシとかきながら近づくと、ボーグさんが涙目で振り返った。
「アリスちゃん!どうしましょう、ネネちゃんが出てこないの!このままじゃ栄養失調で枯れちゃうわ!」
「枯れる前にアタシが引っこ抜くから大丈夫だ。……どいてな、ボーグ」
アタシは面倒くさそうに溜め息をつくと、要塞に向き直った。
説得なんて柄じゃないし、メンタルケアなんて専門外だ。だが、このままネネが餓死して、アタシの任務に必要な「毒薬」の供給が止まるのは看過できない。これは人助けではない。アタシの業務効率化のための撤去作業だ。
アタシはイバラの棘などお構いなしに、素手で装甲板を掴み、ガシガシとよじ登り始めた。エリザ製・最強白衣の前では、植物の棘など爪楊枝以下の脅威でしかない。
『……!? 近寄らないで! 刺すよ!?』
中から気配を察知したネネが警告を発する。だが、アタシは止まらない。
「うるせぇ。刺したけりゃ刺せ。その代わり、アタシはここを解体して更地にする。その後、跡地に『アリス・ランド』を建設してやる」
アタシは巨人の肩(コックピットハッチの上)に到達すると、ヒールでドカドカと足を踏み鳴らした。
「おいネネ!いつまで被害者ぶって閉じこもってんだ!この根暗女!」
『……なんとでも言えばいい』
分厚い装甲越しに、湿っぽくて、それでいて突き放すような声が聞こえた。
『どうせ新入りも、私の顔を見て笑うんでしょ。みんなそうなの。私の研究なんてどうでもよくて……顔のことばっかり。「可愛い」って言われるたびに、私が積み上げてきた理論が、努力が、全部否定されていく気がする。……もう嫌なの。評価の物差しが「見た目」しかない世界なんて』
切実な叫びだった。
エリザから聞いた話によれば、こいつは研究所で相当な扱いを受けてきたらしい。自分の価値を証明しようと必死になればなるほど、「可愛いマスコット」として消費される絶望。
普通ならここで「そんなことないよ」とか「君の中身を見てるよ」なんて甘い言葉をかけるのが王道主人公だろう。
だが、生憎とアタシにはそんなキラキラしたものは一番縁遠い。
アタシは鼻で笑い、ハッチを思い切り蹴り飛ばした。
ガンッ!!
「バーカ。自意識過剰なんだよ」
金属音が周囲に響き渡る。アタシはハッチの上にどっかりと胡座をかき、通気口に向かって言い放った。
「……ま、認めよう。確かにお前は可愛い。昨日チラッと見たが、悔しいことに非の打ち所がねぇ美少女だったよ。素材がいいのは事実だ」
『……っ』
中から息を飲む音が聞こえる。だが、アタシは続けざまに、世界で一番重要な真実を叩きつけた。
「でもな、アタシの方が100倍可愛いだろうが!!」
『……え?』
ネネが素っ頓狂な声を出す。アタシは誰もいない空に向かって胸を張り、ナルシズム全開で持論を展開した。
「黙ってりゃ美人、喋ればカリスマ、おまけに最強。どう考えたってアタシの方が可愛いし、魅力的だ。お前なんざアタシの引き立て役、背景モブAに過ぎねぇんだよ!」
論理の飛躍?知るか。声が大きい方が勝つのがこの世のルールだ。
「……いいかネネ。世の中には『見た目』でしか人を判断できねぇ節穴野郎はごまんといる。だがな、そんな連中の目はただの飾りだ。ガラス玉と一緒だ。そんなもんにいちいち傷ついてどうすんだ」
アタシは通気口をコツコツと指で叩いた。コンコン、と軽い音がする。
「大事なのはな、お前の『顔』じゃなくて、お前の『泥だらけの手』を見てる奴がいるかどうかだろ。……そして、ここ(ウチ)には、そんな物好きしかいねぇんだよ」
『……え?』
「ウチの連中を見てみろ。あいつらは、お前の顔が女神だろうがゴブリンだろうが、これっぽっちも興味がねぇ」
アタシは指を折りながら、このイカれた職場の同僚たちを一人ずつ解剖してやることにした。
「まず、ルインを見てみろ。あいつが気にしてんのは『経費』と『胃の痛み』だけだ。次に、ボーグはどうだ。あの筋肉ダルマのオカンが気にしてんのは、『自分の作った料理を美味しく食べてくれるかどうか』。それだけだ」
「あら♡筋肉ダルマは余計よ♡」
「双子はどうだ?あいつらの判断基準は、『自分たちに害があるかどうか』だろ?お前が引きこもってようが毒を作ってようが、あいつらにとってお前は『変な草のお姉さん』認定だ。そして団長に至っては論外だ。あの人は起きてる時間より寝てる時間の方がなげぇ。お前の顔どころか、名前すら覚えてるか怪しいぞ」
『……そうかも』
ネネの声から、少しずつ強張りが消えていくのが分かる。
アタシはニカっと笑った。最後はアタシ自身だ。
「で、アタシは……お前の作る『薬』の性能以外、これっぽっちも興味ねぇ」
アタシは残酷なまでに正直に告げた。
それが一番の薬だと知っているからだ。
「テメェが絶世の美女だろうが、作る薬が湿気てりゃ文句を言う。逆に、顔中泥だらけでも、作る痺れ薬がモンスターを一瞬で黙らせるなら、アタシは認める。つまりだ……アタシらの判断基準は『使えるか、使えないか』だ。顔面偏差値なんかで、仕事の評価を変えるほど……ウチの連中は暇じゃねぇし、上品でもねぇんだよ」
沈黙が降りた。
風が吹き抜け、要塞の葉を揺らす音だけが聞こえる。
やがて、中から、ふっと力が抜けるような、安堵の混じった吐息が漏れた。
『……そっか。みんな、私の顔なんて見てないんだ……ちゃんと、私が作ったものや、私の行動を見てくれてるんだ』
それは、普通の女の子になら「寂しい」と感じる言葉かもしれない。「私を見て!」と思うのが普通だ。
けれど、この捻くれた研究者にとっては、これ以上ない「救い」の言葉だったに違いない。
誰も自分を特別視しない。マスコットとして消費しない。
ただの機能として、役割として、あるいは「同居人」として、その中身をシビアに評価している。
『……アリス』
「あ?」
『……お腹、空いた』
プシュー……ガコン。
重厚なロックが外れる音がして、ハッチがゆっくりと開いた。暗い穴の中から、のそのそと小さな影が出てくる。
二日間も引きこもっていたせいで白衣はシワシワ、髪はボサボサ。目の下には隈ができている。世間一般の「美少女」とは程遠い、くたびれた研究者の姿。
だが、ボーグは満面の笑みで彼女を抱きしめた。
「よかったわぁ!おかえり、ネネちゃん!野菜たっぷりクリームシチュー食べましょうね♡」
そのマッスルハグに、ネネは一瞬「骨が折れる」という顔をしたが、すぐに力を抜いて、小さく呟いた。
「……ただいま。……ご飯、食べる」
アタシは巨人の肩から飛び降り、ボサボサ頭の同僚を見下ろした。
「へっ。やっと出てきたか。ブロッコリーの精霊」
「……うるさい」
【数日後・事務所内】
事件以来、ネネの様子は少しだけ変わった。相変わらず根暗で、ボソボソ喋り、得体の知れない毒草を煮込んでいることには変わりない。魔女鍋をかき混ぜる姿は、童話の悪役そのものだ。
だが、事務所の中にいる時だけは、ある変化があった。
「……おい、ネネ」
アタシはソファーから身を乗り出し、実験机に向かうネネの背中に声をかけた。ネネは机に向かい、ビーカーの中の紫色の液体を真剣な目つきで撹拌している。
その額は、全開だった。
いつも顔を覆い尽くしていた長い前髪は、無造作なヘアピンで頭の上に留められている。
その下にあるのは、確かに「美少女」と呼ぶにふさわしい整った顔立ちだが、今は鬼気迫る表情で毒の調合をしているせいで、美しさよりも狂気が勝っている。完全に「マッドサイエンティスト」の顔だ。
「……なに?」
ネネが手を止めずに答える。
「お前さぁ。そんなピンで留めるくらいなら、前髪切りゃいいだろ?鬱陶しくないのか?」
アタシが素朴な疑問をぶつけると、ネネは手を止め、ピンで留めた前髪を指先で触れた。そして、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「……これはね、シャッターなの」
「あ?シャッター?」
「うん。外に出る時や、嫌な奴が来た時は、ピンを外せば『閉店ガラガラ』。すぐに世界を遮断できる」
ネネはピンをいじりながら、悪戯っぽく続ける。
「でも、ここなら……開けててもいいかなって。どうせみんな、私の顔なんて見てないし」
ネネはアタシの方を向き、かつてないほど晴れやかな顔で言った。
「そう言えば新入り……恥ずかしくないの?」
「はあ? 何がだよ」
「……『アタシの方が100倍可愛い! 喋ればカリスマ、おまけに最強!』……だっけ。あの時、要塞の通気口から、録音魔法の術式を組んでおけばよかったなって」
「お前、性格悪いぞ」
アタシは一切動じることなく、事実を指摘するように言い返した。
「……別に。……事実を記録しておきたかっただけ。あんなに堂々と『世界一可愛い』なんて叫べる人間、初めて見たから。……少し、研究対象として興味がある」
「勝手に研究してろ。事実を言っただけで録音だなんだと騒ぐのは、お前の性格が捻くれてる証拠だ。まあ、アタシの美貌に当てられて正気を失うのは理解できるがな」
「……その根拠のない自信、どこから湧いてくるの。……羨ましい。……あと、うるさい」
ネネは眉ひとつ動かさず、淡々と毒草をすり鉢で潰し始めた。しかし、その表情は緩んでいるように見えた。
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