第30話 広場の青空診療と、紫煙の『伝説』
【王都・中央広場】
「はい、次の方ー!押さないで並べよー!割り込みする奴は物理的に治療するぞー!」
アタシの声が、爽やかな青空の下に響き渡った。
今日の第四救護団は、いつもの薄暗いボロ事務所を飛び出し、王都の中央広場で「無料健康相談会」を開催していた。
表向きは「地域貢献」だが、実態は「最近の騒動(伯爵家との親子喧嘩&事務所半壊)で資金不足になっているので、必死の営業活動」である。
「アリス!声がデカすぎる!患者さんが怯えて帰っちゃうだろ!」
ルインがカルテを片手に飛んできた。彼は白衣をピシッと着こなし、テキパキと患者を誘導している。こういう時だけは、いかにも「エリート崩れ」っぽくて様になっているのが腹立つ。
「仕方ねぇだろ。アタシは『敵を殴る』のは得意だが、『優しく手当て』なんて一番苦手な分野なんだよ」
「君は救護団だろ……」
「うるせぇ。文句言うなよ」
アタシは目の前に座ったお爺さんの腕に、包帯を巻こうと悪戦苦闘していた。
ギュッ、ギリギリギリ……。
「……痛い。お嬢ちゃん、痛いよ。指先が紫色になってきたよ……」
「我慢しろ爺さん。緩いと血が止まらねぇだろ? これぞ『完全圧迫』だ」
「それ『うっ血』って言うんだよアリス!壊死させる気か!貸して!」
ルインが慌ててアタシの手から包帯を奪い、魔法のような手際で優しく巻き直していく。お爺さんの顔色が瞬時に戻り、「ああ、楽になった。やっぱり本職の先生は違うねぇ」と安堵の息を吐く。
チッ。面白くない。
「……アリス。包帯、結び目が縦結びになってる。呪いの儀式?」
「うるせぇネネ。お前こそ何やってんだ?ここは魔女の家じゃねぇぞ」
隣のブースでは、ネネが怪しい大鍋をグツグツとかき混ぜていた。ボコボコと毒々しい緑色の泡が立ち、異臭……ではなく、強烈な薬草の匂いが漂っている。
「薬の調合。……はい、これ飲んで」
ネネが、腹痛を訴える子供に、ビーカーに入った泥水のような液体を差し出した。
子供が涙目で「飲みたくない……」と首を振る。
おいおい、さすがにそれはマズいだろ。アタシが止めようとした瞬間――。
「……ん? ……甘い!メロンソーダの味がする!」
「えっ?」
子供がパァッと笑顔になった。
さらに、「痛くない! お腹治った!」と飛び跳ね始めた。周囲の母親たちも「すごい!」「魔法みたい!」と驚きの声を上げる。
「……すごいな。毒薬作ってるようにしか見えねぇのに」
「失敬な。……成分量はミリグラム単位で計算してる。魔力触媒の配合も、その子の魔力量に合わせて微調整済み。……薬剤師として常識」
ネネがドヤ顔(無表情)でピースサインをした。こいつ、ただの植物マニアじゃなくて、本当に天才薬剤師だったのか。
診療は昼過ぎまで続いた。
意外にも患者は途切れず、ルインの的確な診断と、ネネの特製薬、そしてボーグさんの炊き出し(これが一番人気)のおかげで、広場は大盛況だった。
アタシも、包帯巻きをクビになり、「重い荷物持ち」と「子供の遊び相手(超高速高い高い)」に配置転換され、それなりに汗を流していた。
「ありがとうねぇ、第四救護団さん」
休憩中、腰の曲がったお婆さんが、差し入れの果物を持ってきてくれた。
「それにしても、今日は団長さんはいないのかねぇ?」
「ああ、ヒルダ団長ですか?あの人は二日酔いで欠席ですよ。どうせ来てもタバコ吹かして寝てるだけだし……」
アタシが呆れて答えると、お婆さんは意外そうな顔をして、それから懐かしそうに目を細めた。
「あら、残念だわ。私、ヒルダ先生に診てもらいたかったのに」
「……へ? あの『給料泥棒』に?」
「何言ってるの。ヒルダ先生は『癒やしの神』に愛された大魔導師だよ」
お婆さんの口から、アタシの知っている団長とは結びつかない単語が飛び出した。すると、周囲にいた他の市民たちも、口々に同意し始めたのだ。
「そうそう!五年前の流行り病の時、一目見ただけで病気の原因になってる『呪い』を特定して、指パッチン一つで解呪したんだ!」
「俺なんて、魔物に襲われて内臓が破裂してたのを、先生がタバコを吹かしながら回復魔法で繋ぎ止めてくれたんだ。『ほらよ、まだお迎えには早いよ』って」
「あの人の魔力操作は神業だよ。普通なら一時間はかかる詠唱を、一瞬で終わらせちまうんだから」
「いつも気だるげに紫煙をくゆらせてるけど、いざって時の魔法の輝きは、本当に綺麗なんだよなぁ」
次々と出てくる、団長の武勇伝。
「無詠唱の治癒」「歩く魔導書」「紫煙の聖女(ただし態度は悪い)」。
……アタシの知っている「昼からソファで高いびきかいてるヤニカス」とは、完全に別人の話だ。
「……おいルイン。これ、集団幻覚か?それとも団長、実は双子なのか?」
「いや……」
ルインが苦笑いしながら、眼鏡を拭いた。
「悔しいけど、事実だよ。団長は、やる気さえ出せば王宮筆頭魔導師レベルの魔力と、最高位の回復魔法の腕を持ってる。現に、王都の魔法使いでも数名くらいしか使うことの出来ない、高難易度の遠隔回復魔法も使えるだろ?……ただ、致命的に『働くのが嫌い』なだけだ」
「なんだその『ハイスペック・ニート』は」
アタシは呆れ果てた。
あの団長、ただの自堕落な女じゃなくて、本当に実力者だったのか。
能ある鷹は爪を隠すと言うが、あの人の場合、爪を隠してタバコを握っているだけじゃないのか。
「それに、アリス。これはあくまで噂なんだけど……」
ルインが声を潜め、アタシの耳元で囁いた。
「団長、昔は救護部隊じゃなくて、『騎士団』にいたらしいんだ」
「はぁ?騎士団?あの王宮の?」
「うん。それも衛生兵としてじゃなくて……『戦闘魔導師』として、最前線で戦ってたって噂がある」
あの気だるげな美女が、戦場で魔法をぶっ放していた?
「なんでも、攻撃魔法の使い手としても超一流で、一人で一個小隊並みの火力があったとか……。でも、ある日突然、攻撃魔法を捨てて白衣を着るようになったらしい。……理由は誰も知らないけどね」
元・騎士団所属の最強魔導師で、今は神の技を持つ怠惰な医者。
……属性が盛りすぎだろ。
今頃、あの人は事務所のソファで、紫煙をくゆらせながら天井のシミでも数えているのだろうか。
「ま、おかげで僕らがこうして自由に動けるんだけどね。いざという時、最後の最後で責任を取ってくれる……そういう安心感があるから、この救護団は回ってるんだよ」
ルインがどこか誇らしげに言った。その言葉を聞いて、アタシの中での団長の評価が、ほんの数ミリだけ上がった気がする。
「……へっ。元戦闘魔導師だか何だか知らねぇが、アタシの雇い主だもんな。それくらい凄くないと困るぜ」
アタシは果物をガブリと齧り、ニカっと笑った。
「よし!休憩終わり!おい爺さん!包帯巻いてやるから腕出せ!今度は優しく巻いてやるよ!(たぶん)」
「ひぃッ!助けてぇぇ!腕がねじ切られるぅぅ!」
広場に、平和な悲鳴が響き渡る。
こうして、アタシたちの地道な営業活動は、団長の名声(過去の遺産)にも助けられ、大成功を収めたのだった。
……帰りに、あの怠惰な元戦闘魔導師様に、美味いタバコの一箱でも買って帰ってやるか。
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