第27話 鋼鉄の巨神と、冷徹なる父
ズゥゥゥゥン……
ズゥゥゥゥン……
その日の朝、アタシが目覚めたのは、枕元で跳ねるコーヒーカップのカチャカチャという音のせいだった。
地震?いや、違う。
もっと規則的で、重く、地面の底から腹に響いてくる不吉な振動だ。まるで巨人の足音のような。
「……なんだ?ボーグが朝からエアロビでも始めたか?それともルインが貧乏ゆすりで地殻変動を起こしたか?」
アタシが目をこすり、あくびを噛み殺しながらリビングへ行くと、全員が窓の外を見て、彫像のように凍りついていた。ルインが、幽霊を見たように震える指で外を指差す。
「ア、アリス……。あれ……夢じゃないよな……」
「ん?」
アタシが気だるげに窓の外を見た瞬間、思考が停止した。昨日までネネが丹精込めて作り上げた植物の前庭が、更地になっていた。いや、もっと正確に言えば、巨大な足跡によってプレスされ、平らになっていた。
そして、その上に立っていたのは――全長20メートルを超える、鋼鉄の巨人だった。
「……デカすぎんだろ。遠近法が仕事してねぇぞ」
アタシは口をあんぐりと開けた。
見上げるほどの巨体。全身が分厚く黒光りする装甲板で覆われ、背中の煙突からはシューシューと蒸気が噴き出している。
それは兵器というより、「動く要塞」そのものだった。その巨人の肩の上に、まるで玉座のように豪奢な椅子が据え付けられ、一人の男が優雅に足を組んで座っていた。
白髪交じりの厳格な髭。冷徹な鋼色の瞳。
隣には、昨日の執事ギュンターが恭しく控えている。
「「お……お父様……」」
双子がガタガタと震え、糸が切れた人形のように床に崩れ落ちた。間違いない。あれが双子の父親、鉄壁伯爵・ガルディだ。ラスボスの風格たっぷりだ。
『第四救護団。……余興は終わりだ』
巨人の体に内蔵された巨大な拡声器から、伯爵の重低音が響き渡り、窓ガラスをビリビリと震わせる。
『我が家の恥晒しを匿い、あまつさえ我が私兵を愚弄した罪。万死に値する。だが、慈悲を与えよう。今すぐチコとリコを引き渡せば、そのボロ小屋を踏み潰すだけで許してやる』
「踏み潰す時点で許してねぇだろ!会話のドッジボールが下手くそか!」
アタシは窓をガラリと開けて怒鳴り返した。だが、伯爵はアタシを一瞥もしない。蟻の声など聞こえないと言わんばかりだ。
『交渉決裂か。……ギュンター、やれ』
「はっ」
執事が合図を送ると、巨人がゆっくりと、油圧音を響かせて右足を上げた。その足の裏だけで、アタシたちの事務所より大きい。日食のように視界が暗くなる。
ギギギギ……
巨人の駆動音が響く。
これが踏み下ろされれば、アタシたちはペシャンコだ。文字通り「平面ガエル」になる。
「逃げろ!全員退避!ここはもうダメだ!」
ルインが叫び、ボーグが腰を抜かした双子を小脇に抱えて飛び出す。アタシは――逆に窓枠を蹴って飛び出した。
「デカい図体でビビらせようってか? 上等だ! 図体がデカいってことは、的もデカいってことだ!」
アタシは白衣をなびかせ、巨人の足元へと疾走した。サイズ差は、象とアリ。いや、ビルと人間だ。だが、アタシの辞書に「撤退」の二文字はない。あるのは「前進」と「破壊」だけだ。
「デカくても、関節はあるだろ! 膝を砕けば転ぶはずだ!」
アタシは地面を蹴って跳躍した。狙うは巨人の右膝。駆動部の隙間!
「『巨人殺し(ジャイアント・キリング)・ヘッドバット』ォォォ!!」
ガゴォォォォン!!
アタシの額が、巨人の膝関節に直撃した。凄まじい衝撃音が響き、火花が散る。普通のゴーレムならこれで粉砕されているはずだ。
――しかし。
「……あ?」
巨人はピクリともしなかった。
装甲がほんの少し、スプーンで叩いた程度に凹んだだけ。膝は微動だにせず、踏み下ろす動作も止まらない。
嘘だろ!?アタシの渾身の頭突きだぞ!?
『無駄だ。この機動要塞「アイアン・メイデン」の装甲は、何層もの魔法的衝撃吸収術式で守られている。貴様の原始的な頭突きなど、蚊に刺されたほども感じん』
伯爵が冷ややかに、嘲笑うように言い放つ。アタシは空中でバランスを崩し、着地した。硬い。硬すぎる。岩でも鉄でもない、何かもっと理不尽な硬度だ。
エリザ博士の実験用ゴーレムとは桁が違う。これは「戦争用」の本気の兵器だ。
「くそっ……!」
巨人の足が、アタシの頭上に迫る。
空が消える。影が落ちる。
逃げ場はない。
「アリスちゃん!!」
ボーグが叫ぶ。
その時。
キィィィィィン!!
アタシの頭上で、黄金色の光が弾けた。『絶対拒絶領域』だ。双子が、ボーグの腕の中から必死に手を伸ばし、アタシを守るためにバリアを展開したのだ。
ズドォォォォォォン!!
巨人の足がバリアを踏み潰した。
凄まじい轟音と砂煙。地面が陥没し、アタシたちの周囲だけがクレーターのように残る。
「ぐっ……うぅぅぅ!!」
「重い……!重すぎる……!骨が折れるぅぅ!」
チコとリコが悲鳴を上げ、鼻血を出している。バリアは割れていない。だが、数千トンの質量を受け止めるプレッシャーが、術者である双子に直接かかっているのだ。
『ほう。防いだか。……さすがは我が血族。その防御力だけは評価してやろう』
伯爵は感心したように頷いたが、すぐに冷徹に目を細めた。
『だが、いつまで持つかな?』
グググググ……
巨人がさらに体重をかけてくる。油圧シリンダーが唸る。バリアが悲鳴を上げ、双子の顔色が土気色になっていく。
「やめろ! 双子が死ぬぞ!」
「……ア、アリスさん……逃げて……」
「……もう、無理……潰れる……」
バリアの表面に、ピキピキと亀裂が入った。アタシはギリリと歯噛みした。物理が効かない相手。圧倒的な質量と防御力。
どうする?どうすればこの状況をひっくり返せる?アタシの頭突きが通じないなら、もう手はないのか?
その時、アタシの耳に、通信魔法を通したネネの冷静な声が届いた。
『……新入り。聞こえる?』
「ネネ!?どこだ!生きてるか!」
『事務所の屋根の上。……解析完了。あの巨人の弱点がわかった』
見上げると、ネネが半壊した屋根の上で、双眼鏡を構えて不気味に笑っていた。
『あいつ、装甲は無敵だけど……「中身」は人間が操縦してるでしょ?』
「……あ」
アタシは巨人の肩を見た。そこに座っている伯爵と執事。彼らは無防備だ。いや、高い場所にいるから安全だと思っている。足元の蟻からは攻撃が届かないと、高を括っている。
『外が硬いなら、中を揺らせばいい。……新入り、アンタの得意技でしょ?』
アタシはニカっと、今日一番の笑顔を見せた。そうだ。クルミを割るのに、硬い殻を砕く必要はない。つまり、中身をシェイクして、脳震盪を起こさせてやればいいんだ。
「双子!バリア解除!全員、衝撃に備えろォ!!」
アタシは巨人の足元にガシッとしがみついた。狙うは膝でも装甲でもない。この巨体を支えている「地面」だ!
『面白い!』
『続きが気になるな』
そう思ったら広告の下の⭐に評価をお願いします。面白くなければ⭐1つ、普通なら⭐3つ、面白ければ⭐5つ、正直な気持ちでいいのでご協力お願いします。
あとブックマークもよろしければお願いします(。・_・。)ノ




