第22話 黒塗りの馬車と、双子の実家
【第四救護団・事務所】
「ほらポチ、ご飯だよ。食べな」
昼下がりの穏やかな事務所の隅で、ネネが植木鉢に向かって、血の滴る生肉の塊を無造作に放り投げていた。
植木鉢には、前回「腐食の森」から持ち帰った元・人食い花が植わっており、パクッと肉を一口で丸呑みにすると、「グルルゥ……(満足)」と嬉しそうに葉を揺らしている。どう見ても植物の挙動ではない。
「ひぃぃ!こっち見んな!花粉飛ばすな!アレルギーになる!」
「なんで室内に生態系の頂点がいるんだよ!……これ労働改善が必要だ!」
ソファの裏では、双子が『簡易バリア』を展開し、ダンゴムシのように震えていた。
平和だ。いつも通りの、地獄のような日常だ。
団長のヒルダは、今日は王宮での予算会議に出席していて不在。つまり、アタシたちを止める監視役はいない。居ても止められたことないけど。
「は~い、みんなお昼よぉ♡今日は特製BLTサンドイッチよ! ベーコンたっぷり♡」
ボーグさんが山盛りの大皿を持ってキッチンから現れる。香ばしいパンとベーコンの匂いが鼻腔をくすぐる。アタシは白衣の裾をバサッと翻し、待ってましたとばかりにテーブルに着いた。
「いただきまー……」
その時だった。
ドンドン!!
事務所のドアが、重々しく、かつ威圧的に叩かれた。
いつもの「治療費返せ!」というクレーマーによる蹴破りではない。礼儀正しいが、こちらの拒絶を一切許さないような、硬質で冷徹なノックだ。
「……ん?誰だ?飯時に」
「お客さんでしょうか?珍しいですね、こんな時間に」
ルインが不思議そうにドアを開ける。
瞬間、事務所の空気が変わった。
そこには、この掃き溜めのような路地裏には場違いなほど高級な、漆黒の馬車が停まっていた。そして、ドアの前には整列した黒服の男たちが、石像のように無表情で立っていた。
「……ひッ!?」
ルインが息を呑んで後ずさる。
黒服たちの胸元には、「鉄壁の盾」を模した銀の紋章が輝いていた。それを見た瞬間、部屋の隅にいた双子の顔色が、蝋人形のように真っ白に染まった。血の気が引き、唇が震える。
「……お父様……?」
「……見つかった。もう終わりだ」
ガタガタと震え出す二人。バリアが恐怖に呼応して、不安定に明滅を始める。
「失礼する」
黒服の列がモーゼの海のように割れ、一人の初老の男が入ってきた。仕立ての良い執事服を着ているが、その眼光は猛禽類のように鋭く、腰には実戦用のサーベルを帯びている。ただの使用人ではない。手練れの武人だ。
「お久しぶりでございます、チコ様、リコ様。『鉄壁』伯爵家筆頭執事、ギュンターでございます」
ギュンターと名乗った男は、慇懃無礼に、深々と一礼した。
「て、鉄壁伯爵家……!?王国の防衛を担う、あの大貴族!?なんでそんな大物がここに!?」
ルインが素っ頓狂な悲鳴を上げる。
アタシはサンドイッチを大きく齧りながら、震える双子と、澄ました顔の執事を交互に見た。
「へぇ。お前ら、いいとこのお嬢様だったのか。……にしては、口が悪すぎるけどな」
「……」
双子は答えず、互いに抱き合ってガタガタと震えている。いつもの生意気な減らず口はどこへ行った。ギュンターは冷ややかな目で、汚れた室内を見回した。
「このような掃き溜めに隠れておられたとは。……さあ、お戯れは終わりです。屋敷へ戻りますよ」
「い、嫌だ……!帰りたくない!あそこは牢獄だ!」
「あそこは家じゃない!私たちは道具じゃない!」
双子が絞り出すように叫ぶ。ギュンターは眉一つ動かさず、事務的に、淡々と言った。
「道具ではありません。『資材』です。旦那様がお待ちです。来たる隣国との戦争に向け、あなた方の『絶対防御』が必要なのです。……さあ、来なさい」
執事がパチンと指を鳴らすと、背後の黒服たち――私兵団が一斉に踏み込んできた。土足で。
「「ひぃぃぃ!!」」
ブォォォォン!!
双子が絶叫と共にバリアを全力展開する。
だが、私兵たちは動じない。懐から特殊な魔導具を取り出し、ジリジリと包囲網を狭めていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!これは誘拐ですよ!?団長がいない時に勝手なことは……!」
ルインが前に出ようとするが、黒服の一人に突き飛ばされた。
「部外者は下がれ。これは家の問題だ」
権力。
それは、貧乏救護団にとって最も勝てない相手だ。ルインが唇を噛み締め、無力感に拳を握る。私兵の手が、震える双子のバリアに触れようとした――その時。
ガシッ。
アタシは横から割り込み、その薄汚い腕を万力のように引っ掴んでやった。黒服たちの視界を遮るように、アタシの純白の袖が翻る。
「……何の真似だ、小娘」
ギュンターが不快そうに目を細める。
アタシは咀嚼していたサンドイッチをごくりと飲み込み、指についたマヨネーズをペロリと舐めた。
「おいおい、勝手に持ってくんじゃねぇよ」
「なんだと?」
「その双子はな、アタシの大事な『商売道具』なんだよ。アタシが投げなきゃ、オークの包囲網も突破できねぇし、ワイバーンの炎も防げねぇ。いわば、第四救護団の『備品』だ。それを黙って持っていくってんなら……『レンタル料』、きっちり払ってもらおうか?」
場が凍りついた。
ルインが「ア、アリス……!?何言ってるんだ!?」と震える。ギュンターの能面のような顔に、ピキリと青筋が浮かんだ。
「……下賤な救護兵風情が。鉄壁伯爵家の所有物に値を付けるか」
「付けるね。こちとら金にはうるせぇんだ。一分一秒単位で請求するぞ?」
アタシは白衣を翻し、双子のバリアの前に立ちはだかった。背中で震える二人の気配を感じる。
「おいチコ、リコ。あそこの屋敷の飯は美味いか?」
「……ま、不味い。サプリメントと保存食しか出ない。味なんてない……」
「ここの飯はどうだ?」
「……ボーグさんのご飯は、世界一美味しい。あったかくて、ふわふわで……」
「よし、聞いたか執事」
アタシは執事を見据え、仁王立ちになった。
「『餌付け』に関しては、こっちの方が上だ。所有権を主張したいなら、ボーグのオムライスより美味いもん作ってから出直してきな!味覚の欠如した家畜小屋に、この子等は返せねぇな!」
「……交渉決裂ですね。排除せよ」
ギュンターが冷徹に命じた。
私兵たちが一斉に警棒やスタンロッドを構え、アタシに殺気を向ける。
「上等だ! 腹ごなしの運動にはちょうどいい!」
アタシはボキボキと拳を鳴らした。
伯爵家だろうが軍隊だろうが知ったことか。
アタシの「飯友」と「便利な武器」を奪おうとする奴は、全員まとめて物理治療だ!
「『不法侵入・撃退・ヘッドバット』ォォォ!!」
狭い事務所の中で、アタシと私兵団の乱闘が始まった。
ルインが「書類だけは! 書類だけはあぁぁ!」と叫んで逃げ惑い、ネネがどさくさに紛れて私兵の尻に痺れ薬を注射し、ボーグさんが「あらあら、家具は壊さないでねぇ! 後片付けが大変なのよ!」と中華鍋を盾に構える。
騒がしくて、暴力的で、最高に温かい、アタシたちの防衛戦が始まったのだった。
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