第19話 華麗なる同窓会と、ルインの憂鬱な招待状
その日の事務所は、まるでお通夜のように静まり返っていた。
いつもなら「腹減った」「肉食わせろ」と喚くアタシの声も、ボコボコと地獄の釜のように沸騰するネネの実験鍋の音も、今日ばかりは控えめだ。
理由は一つ。
デスクで頭を抱え、苦悩する彫刻のように固まっているルインのせいだ。背中から出ている負のオーラが凄まじく、室温が2度ほど下がっている気がする。
「……死にたい」
「おいメガネ。朝から景気の悪いこと言ってんじゃねぇよ」
アタシが机をガンッと蹴飛ばして振動を与えても、ルインは微動だにしない。完全に魂が抜けている。
彼の目の前には、一通の封筒が置かれていた。金箔の縁取りがされた、無駄に豪華で嫌味な招待状だ。
『王立アカデミー・第98期卒業生 謝恩会および同窓の集い』のご案内
王立アカデミー。
それは、この国の選ばれしエリートたちが通う最高学府。魔法使い、騎士、官僚……将来、この国を牛耳る幹部候補生を育てる場所だ。アタシのような路地裏育ちには縁遠い、雲の上の世界。
ルインはそこの卒業生らしい。しかも――
「へぇ、『首席卒業』って書いてあるじゃん。すげぇなアンタ。インテリ眼鏡かよ」
「……過去の栄光だよ」
ルインが絞り出すような、掠れた声で呟いた。
「首席で卒業して、将来を期待されて……でも、僕は実戦での適性が低かった。体力もないし、とっさの判断も遅い。結局、配属されたのはこの『第四救護団』だ」
ルインが眼鏡を外して顔を覆う。その姿は、あまりに小さく見えた。
「行けるわけないだろ……。同期のみんなは、今ごろ王宮魔導師や騎士団長補佐になって、華々しく活躍してる。そんな中、ボロボロの白衣を着て、変人たちに振り回されて、胃薬片手に走り回ってる僕が……どんな顔をして会えばいいんだ」
なるほど。エリート特有のプライドと、現実とのギャップによる劣等感ってやつか。
アタシには無縁な感情だ。アタシの脳内にあるのは「食欲」と「睡眠欲」、そして「破壊衝動」だけだからな。他人の評価なんて、腹の足しにもなりゃしない。
「ふーん。じゃあ欠席でいいんじゃね?紙切れ一枚で悩むなよ」
「そうするよ……。欠席の返事を……」
ルインが震える手でペンを取り、チェック欄に向かおうとした時、横からヌッと白い手が伸びた。
ヒルダ団長だ。
「あら、いいのかい? 招待状の裏には『当日は王室御用達のシェフによる、最高級ビュッフェをご用意しております』しかも関係者も参加OK、そして無料って書いてあるねぇ?」
「!!」
アタシとボーグの背筋が、電流が走ったように伸びた。
「ビュッフェ……つまり、食べ放題?」
「あらあら♡王室御用達ということは、極上のスイーツも、とろけるようなローストビーフもあるわねぇ♡」
アタシとボーグさんの目が合った。火花が散るようなアイコンタクト。
意思疎通、完了。
「ルイン。行くぞ」
「えっ?」
「タダ飯だぞ。行かない理由がねぇ。世界が滅んでも行く」
「や、やめてくれアリス!僕は恥をかきたくないんだ!惨めな思いをしたくない!」
「大丈夫だ。恥なんてのはな、かく前に『かかせてくる奴』を物理的に黙らせればいいんだよ。死人に口なしだ」
「理論が野蛮すぎる!それ犯罪だからな!」
手足をバタつかせて暴れるルインを無視して、アタシは団長に向き直った。
「団長、許可を。これは『栄養補給』という名の重要任務です。我が団の士気に関わる」
「いいよぉ。関係者無料なら、私も行こうかねぇ。久しぶりに高い酒がタダで飲みたいし」
団長まで乗り気になった。これで決まりだ。ルインに拒否権はない。
【同窓会当日夜・王都迎賓館】
会場は、目が痛くなるほど煌びやかだった。天井には巨大なクリスタルのシャンデリア。床は大理石。壁には名画。
高級なドレスや仕立ての良いタキシードに身を包んだ紳士淑女たちが、優雅な音楽が流れる中、グラスを片手に談笑している。
そこへ――。
バァン!!
重厚な扉が、破壊されんばかりの勢いで乱暴に開かれた。会場中の視線が一斉に集まる。
「……あー、いい匂い。肉の匂いがする」
先頭で入ってきたのは、純白の白衣をマントのように羽織った、不機嫌そうな金髪の少女のアタシ。
続いて、これまたパツパツの白衣を着た巨大なオネェ、その巨体の足元にコアラのようにしがみつく双子の少女、怪しい瓶をジャラジャラさせた前髪の長い少女。そして、退屈そうにあくびを噛み殺している気だるげな美女。
そして最後尾で、同じく白衣を着て、胃を押さえながら俯いている、今にも消えそうな眼鏡の青年。
全員が「第四救護団の白衣」という、この豪華なパーティ会場において場違い極まりない正装だ。
ドレスコード? 知るか。これがアタシたちの戦闘服であり、礼服だ。
「な、なんだあの集団は……?」
「白衣?研究者か?いや、あの腕章は……」
「まさか、噂の『第四救護団』……?なんでこんな所に……」
ざわめきが波紋のように広がる中、アタシは周囲を威圧するように睨み回し、ルインの背中をバンと叩いた。
「ほら、胸張れよメガネ。アンタはここの首席なんだろ? もっと偉そうにふんぞり返ってろ」
「い、痛いよアリス……。頼むから目立たないでくれ……壁のシミになりたい……」
ルインが消え入りそうな声を出した、その時だった。
「おや?誰かと思えば……そこにいるのは、『神童』ルイン・アークライト君じゃないか?」
群衆の中から、一人の男がスッと進み出てきた。仕立ての良い燕尾服に、整えられた銀髪。いかにも「私は成功者です」というオーラを全身から発散させている男だ。顔立ちだけは良いが、目が笑っていない。
「……ク、クライヴ……」
「久しぶりだねぇ。元気そうで何よりだ。……おや?その薄汚い格好はどうしたんだい?まさか、それが正装?」
クライヴと呼ばれた男は、大げさに驚いてみせた。周囲からクスクスと、嘲笑を含んだ忍び笑いが漏れる。不快な音だ。
「聞いたよルイン。君、今は『第四救護団』にいるんだって?
あの、予算不足で万年人手不足の、王宮のゴミ処理係……『掃き溜め部隊』に」
クライヴはルインの肩に親しげに手を置き、耳元で囁くように、しかし周囲にはっきりと聞こえる声量で言った。
「アカデミー時代はいつも一番だった君が、今や泥まみれの救護兵とはね。才能なんて、残酷なものだなぁ。……君の魔法は、教科書の中でしか通用しなくて、『現場では役に立たない』って証明されたわけだ」
「…………ッ」
ルインが唇を白くなるほど噛み締め、俯く。反論できない。事実だからだ。彼は現場で何度も自分の無力さを痛感し、苦悩している。だが、だからこそ、必死に食らいついている。その努力を、安全な場所から笑う権利なんて誰にもない。
「ハハハ!まあ、せいぜい頑張りたまえよ。ゴミ拾いも立派な仕事だか……」
ガシッ。
クライヴの手首が、横から伸びてきた小さな手によって、万力のように掴まれた。
「……あ?」
クライヴが不快そうに眉をひそめてアタシを見る。アタシはニッコリと、最大限の営業スマイルを浮かべた。ただし、目は絶対に笑っていない。
「よぉ、エリート様。随分と楽しそうじゃねぇか」
アタシは掴んだ手首に、ギリギリと力を込めた。手加減? 知らない言葉だ。
「ゴミ拾い? ああ、そうだな。アタシらの仕事は、戦場に転がってる『お前らみたいな口だけのゴミ』を拾って、治療して、命を繋いでやることだからな。感謝しろよ?」
ミシッ……。
骨がきしむ、嫌な音がした。
クライヴの余裕綽々だった顔が、痛みに歪む。
「い、痛ッ……!貴様、何をする!離せ野蛮人!」
「野蛮人? 違うな」
アタシは白衣の裾をバサッと翻し、『第四救護団』の腕章を誇らしく見せる
「アタシはアリス。こいつの後輩で、一番タチの悪い『番犬』だ。……飼い主をバカにされて、尻尾振って黙ってる犬がいると思うか?」
会場の空気が、一瞬で凍りついた。音楽すら止まった気がする。ルインが真っ青になって「ア、アリス! やめろ! 暴力はダメだ!」と止めに入る。
だが、アタシの怒りの導火線には、すでに火がついてチリチリと燃え尽きる寸前だった。
飯を食いに来ただけなのに。美味しい肉を食べるはずだったのに。胸糞悪い前菜が出てきやがった。
こうなったら――。
「番犬?狂犬の間違いだろ?おいおいルイン。この品のない女をどうにかしろよ」
アタシは眉間の皺を深くし、小首を傾げた。品がない?狂犬?
……はっ。上等だ。アタシにとっちゃ、それは「元気があってよろしい」っていう褒め言葉だ。
アタシは拳をポキポキと、威嚇音のように鳴らした。覚悟しな、エリート共。救護団流の「おもてなし」をしてやるよ。
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