第18話 首なし騎士と、空振りの頭突き
一寸先も見えないほどの白い闇。湿った空気が肌にまとわりつく、深夜の街道。
「……ねえルイン。この依頼、マジで受ける必要あった?」
アタシは白衣の襟を立てて、不満たらたらで歩いていた。視界は最悪。濃い霧が立ち込め、数メートル先にある自分の足元すらおぼつかない。
だが、アタシの姿だけは、まるでスポットライトを浴びているかのようにハッキリと浮き上がっていた。
『王立魔導研究所・特注白衣』。
エリザ博士の余計な情熱によって実装された過剰なまでの防汚機能が、霧の水分や汚れを弾き返し、月明かりを増幅反射して不自然なほど真っ白に輝いているからだ。
「仕方ないだろ。街道に出没する『幽霊騎士』のせいで、補給部隊が襲われてるんだ。僕らが片付けないと、明日の朝食が届かないぞ?」
「……チッ。飯のためなら仕方ねぇ」
アタシは固く拳を握りしめた。今回の敵は、物理攻撃が効かない「幽霊」ではないらしい。
鎧を着た実体のある騎士だという。なら話は早い。物理的にへこませて、スクラップにして終わりだ。
「出たわよぉ!アリスちゃん、前方!」
ボーグが鋭い声で警告を発した。霧の向こうから、カシャ……カシャ……と重厚な金属音が近づいてくる。
ヌッと現れたのは、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ、身長2メートルを超す巨漢の騎士だった。右手に身の丈ほどもある巨大な剣。そして左手には――
「……は?」
アタシは我が目を疑った。
左手には、自分の「生首(兜付き)」をハンドバッグのように小脇に抱えていたのだ。肩の上にあるはずの首がない。そこは空っぽの闇だ。
「デュラハン(首なし騎士)だ!」
「ヒィィィ!オカルト!生理的に無理ぃぃ!」
「うわ、キモ……。その『断面図』こっちに見せんな!視覚的公害だぞ!」
ルインが悲鳴を上げて後ずさりし、双子が瞬時に「引きこもりバリア」を展開して姿を消す。アタシは目を丸くして、騎士の肩の上を凝視した。
「首がない……だと?ふざけんな!どこに頭突きすりゃいいんだよ!」
アタシの戦闘スタイルは、相手の顔面(急所)へのクリティカル・ヘッドバットだ。
だが、こいつには顔がない。肩の上はただの空間だ。狙うべき的が存在しない。
「グオォォォ……!」
デュラハンが左手の生首を掲げ、兜の中からこもったような不気味な唸り声を上げた。右手の巨剣が、風を切って振り下ろされる。
「危ない!」
ガギィィン!!
ボーグが巨大メイスで受け止めるが、その凄まじい怪力に押されて足がズブズブと地面に沈む。強い。オークやワイバーンとは桁が違う膂力だ。
「ボーグ!今助ける!」
アタシは地面を蹴った。純白の白衣が霧の中で白い残像を引く。首がないなら、抱えている生首を砕けばいい! 単純な話だ!
アタシは左脇に抱えられた兜めがけて、弾丸のように飛び込んだ。
「『ボールは友達・必殺ヘディング』!!」
スカッ!
アタシの額が虚しく空を切った。デュラハンが、まるでバスケットボールを隠すように、左手を瞬時に背中側に回したのだ。反応速度が速すぎる! こいつ、見えてやがるのか!?
「なっ……!?」
「グルァ!」
ドゴッ!!
カウンターの裏拳(鋼鉄の篭手)がアタシの腹に直撃した。白衣の防御結界が青白く発光し、アタシの体はゴム毬のように弾き飛ばされた。
「がはっ……!?」
地面をゴロゴロと転がるが、白衣のおかげで泥ひとつ付かない。痛みも大幅に軽減されている。だが、衝撃までは完全に殺しきれない。肺の中の空気が強制排出される。
「アリス!大丈夫か!?」
「……くそっ。物理攻撃は効く。でも、肝心の『的』が動くなんて聞いてねぇぞ!」
アタシはフラつきながら立ち上がった。デュラハンは隙がない。剣技は一流、防御は鉄壁。
そして何より、アタシの必殺距離に入ると、頭(弱点)を背後に隠すという卑怯極まりない戦法を使う。頭突きを当てるには、相手の懐に入らなければならない。だが入ればカウンターの餌食だ。
「……詰んだか?」
「諦めるな、新入り」
その時、地面の草むらからネネの声がした。彼女は白衣を泥で汚しながら、忍者のように匍匐前進していた。
「デュラハンの弱点は、あの抱えている頭。あれが視覚と聴覚、そして『平衡感覚』を司ってる。……つまり」
「つまり?」
「頭と体を、引き離せばいい」
ネネがニヤリと悪魔的に笑い、ポケットから「粘着質の蔦の種」を取り出した。
「作戦がある。……新入り、君は囮だ。その目立ちすぎる白衣を利用して」
「上等だ!やってやるよ!」
アタシは再び白衣をなびかせ、デュラハンの正面に躍り出た。霧の中で、アタシの白衣だけが標的のように白く輝いている。最高のデコイだ。
「おい首なし!こっちだ!その大事な頭、サッカーボールにしてワールドカップに連れてってやるよ!」
「オオオオッ!!」
挑発に乗ったデュラハンが激昂し、剣を大きく振りかぶって突進してくる。アタシは逃げない。ギリギリまで引きつける。剣の切っ先が目の前に迫る。
「今だ!ボーグ!」
「はぁぁぁいッ!!」
横からボーグが飛び出し、デュラハンの剣を持った右腕をガシッと掴んで固定した。怪力同士が拮抗し、動きが止まる。だが、左手の生首がアタシを睨み、口からドス黒い霧(呪い)を吐こうとした。
「させないよ!」
ネネが種を全力で投げつける。パァン! と種が弾け、瞬時に異常成長した蔦がデュラハンの左腕と生首をグルグル巻きにした。
「グゥッ!?」
「新入り!今だ!頭を狙え!」
「おうよ!!」
だが、頭は蔦で厳重に守られていて硬そうだ。下手に突っ込めば蔦に絡まり、自爆する。
アタシは一瞬考え――そして、標的を変えた。
狙うは頭じゃない。それを保持している「左手の手首」だ!
「手放しなァァァ!!」
「『所有権放棄・強制没収ヘッドバット』!!」
バキィッ!!
アタシの渾身の頭突きが、デュラハンの左手首関節にピンポイントで突き刺さる。甲高い破壊音と共に、デュラハンの指が力なく開いた。
ポロッ。
蔦に巻かれた生首が、地面に落ちた。
「あ」
デュラハンの胴体が、慌てて落ちた自分の頭を拾おうとかがむ。
だが、遅い。そこにはすでに、「移動式バリア要塞(双子)」が待ち構えていた。
「ひぃぃ! 来るな生首! 弾き飛ばせ!」
「失せろゴミクズ!」
「「『絶対拒絶領域・反発』!!」」
バイィィィン!!
バリアに接触した生首が、とんでもない初速で彼方へ弾き飛ばされた。
キランッ☆ と夜空の彼方へ消えていく生首。ホームランだ。
「…………」
残された胴体が、呆然と空を見上げている。視界と平衡感覚を失った巨体は、よろよろと千鳥足になり――
ドスゥン……。
そのまま地面に倒れ伏し、動かなくなった。
「……勝った」
アタシはその場にへたり込んだ。
額がズキズキする。鋼鉄の篭手への頭突きは、さすがに痛かった。
「やったな、アリス!見事な連携だった!」
「あらあら、怪我はない?ヨシヨシしてあげるわぁ♡」
「……ちぇっ、生首回収し損ねた。あれ高く売れたのに」
仲間たちが集まってくる。ルインが慌てて回復魔法をかけ、ボーグさんが窒息しそうな力で抱きしめ、ネネが金にならない勝利に舌打ちをする。双子もバリアを解いて、恐る恐る出てきた。
アタシは霧が晴れていく夜空を見上げた。
月明かりの下、アタシの白衣は泥でのたうち回ったはずなのに、相変わらず一点の曇りもなく輝いている。
無駄に綺麗で、無駄に目立つ、最強の相棒だ。
こうして、アタシたちの「対アンデッド物理戦闘」のデータは、また一つエリザ博士の研究資料に刻まれることになったのだった。
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