第16話 白衣の生みの親と、恐怖のメンテナンス地獄
その日の午後。
アタシは事務所のソファで、白衣を毛布代わりにして惰眠を貪っていた。この白衣、ただ頑丈なだけではない。肌触りも最高なのだ。
まるで上質なシルクのような滑らかさで、夏はひんやりと涼しく、冬は人肌のように暖かい。まさに着る布団。アタシの怠惰を加速させる悪魔のアイテムだ。
「……ふぁ。平和だなぁ」
ボーグは市場へ買い出し、ネネは裏山へ不審な植物の採集、双子は部屋で引きこもり。ルインが書類の山と格闘し、カリカリとペンを走らせる音だけがBGMだ。
この静寂こそが、アタシへの報酬だ。
バンッ!!
静寂は、いつものように唐突に、暴力的に破られた。
「なっ……!?」
「失礼するわよ!第四救護団!!」
粉塵と共に消え去ったドアの向こうから、土足で踏み込んできたのは、白衣を着た長身の女性だった。
尖った長い耳、冷ややかな月の光を固めたような銀髪、そして神経質そうな銀縁眼鏡。ハイエルフだ。しかも、かなり機嫌が悪い。
「だ、誰ですか!?備品を壊さないでください!修理費が!」
ルインが悲鳴を上げる。だが、女性はそんな雑音など存在しないかのように無視してズカズカと部屋に入り込み、ソファで丸くなっていたアタシを見つけると、鬼のような形相で詰め寄った。
「見つけたわよ!私の可愛い『試作零号機』を虐待する野蛮人!」
「……あぁん?誰だお前、耳長女」
アタシが不機嫌に半目で起き上がると、女性はいきなりアタシの襟首を掴み、着ている白衣のあちこちをペタペタと触診し始めた。
「信じられない!物理衝撃ログが限界突破してるじゃない!火炎放射に、強酸性スライム、高圧電流……それに……なによこれ! 『ドラゴン脂』の反応!?まさかこの至高の魔導服で、焼肉の油を拭いたの!?待って!醤油とかも拭いてるわね!?」
女性がキーキーと金切り声を上げる。耳障りだ。アタシは鬱陶しそうにその手を払いのけた。
「うっせぇな!便利だから使ってんだよ!文句あんなら返品すんぞ!」
「返品!?ふざけないで!これは国家予算10年分の稀少素材で作った、私の最高傑作なのよ!」
そこへ、奥の部屋からネネがひょっこりと顔を出した。
「……ん?そのヒステリックな声、エリザ所長?」
「あら、ネネじゃない。こんな掃き溜めにいたのね」
二人は知り合いらしい。毒のある挨拶を交わしている。ルインが目を丸くして解説を入れた。
「エ、エリザ……?まさか、王立魔導研究所の、エリザ・フォン・アインズベルン博士ですか!?なんでこんな貧乏部隊に!?」
「決まってるでしょ!その子の『運用データ』のログがあまりに異常だからよ!」
エリザ博士は眼鏡の位置を神経質に直し、アタシを睨みつけた。まるで、最高級のドレスを泥遊びに使った子供を見るような目だ。
「アリス・ミリエル。貴女、この白衣のポテンシャルを1割も理解していないわ。よって、今から私が直々に『メンテナンス(という名の負荷実験)』を行う!」
【事務所裏・広場】
エリザ博士が亜空間収納から取り出したのは、巨大な鉄の箱だった。博士がパチンと指を鳴らすと、箱はガシャンガシャンと複雑に変形し、不気味な「人型戦闘ゴーレム」へと姿を変えた。
「これは『対ショック実験用・自動攻撃マシーン1号』よ。アリス、貴女は白衣を着てその前に立ちなさい。白衣の耐久テストを行うわ」
「はぁ?嫌だよ。なんでアタシがサンドバッグにならなきゃなんねぇんだ」
アタシが即座に拒否しようとすると、エリザ博士は懐から重そうな革袋を取り出した。
ジャラッ……と、重厚で甘美な、金貨の擦れる音がした。
「協力すれば、特別協力費を出すわよ?」
「……喜んで。素晴らしい技術を後世に残すために、早くテストしましょう!」
「アリス……お前ってやつは……」
黙れメガネ。アタシは0.1秒で白衣の襟を正し、敬礼してゴーレムの前に立った。金のためなら、多少の痛みは我慢する。プライドなど犬に食わせろ。それがアタシの流儀だ。
「よし、実験開始!レベル1!」
ゴーレムが不器用に腕を振り回し、ポカポカとアタシを殴り始めた。
「……痛くねぇな」
「当然よ!物理防御・極だもの!じゃあレベル5!」
パンチが重くなる。ドスン、ドスン。岩を砕く威力だ。だが、白衣の結界が衝撃を分散・吸収し、アタシにはちょっと強めの肩たたき程度にしか感じない。
「へっ、効かねぇよ。もっと激しくしていいぜ?」
アタシがニヤリと挑発すると、エリザ博士の眼鏡が怪しく白く光った。研究者のプライドという名の火薬庫に、火がついたようだ。
「……生意気ね。ネネ、何かないかしら?」
「了解。……『暴走促進剤』ならあるよ?」
「いいわね」
ネネが白衣のポケットから怪しい紫色の液体が入った試験管を取り出し、ゴーレムの背中にある燃料タンクにドボドボと注ぎ込んだ。
「ちょ、ネネ!?何入れてるんだ!?」
「大丈夫。ただの『ドラゴンの心臓エキス(濃縮版)』だから」
「大丈夫じゃねぇだろ!!」
グオォォォォォン!!
ゴーレムの目が赤く発光し、全身から蒸気を噴き出した。機体がミシミシと音を立てて二倍に膨れ上がり、腕がドリルのように高速回転を始める。
「レベルMAX!『殺戮モード』起動!」
「はぁ!?話が違うぞ!」
ドガァァァン!!
回転パンチがアタシの腹に直撃した。白衣の防御結界が悲鳴を上げ、アタシの体がボールのように数メートル吹き飛ぶ。
「ぐっ……いってぇ!白衣越しに衝撃が通った!?」
「素晴らしいデータよ!続けて、レーザー照射!」
ゴーレムの目から高出力の熱光線が発射される。アタシは泥だらけになって転がり、回避した。地面がジュッと音を立てて溶岩のように溶ける。
これ、メンテナンスじゃねぇ!公開処刑だ!
「やめろ耳長女!殺す気か!」
「黙りなさい!データが取れないでしょ!避けるな!まっすぐ受け止めろ!」
「理不尽すぎるだろ!」
ゴーレムが暴走し、周囲の木々をなぎ倒しながら迫ってくる。このままじゃ事務所が壊れる。修理費がかさむ。ボーグのキッチンが瓦礫になる。
つまり――アタシの今日の夕飯がなくなる。
「……上等だ。壊れかけのオモチャが調子に乗んなよ」
アタシの中で何かが切れた。白衣の裾をなびかせ、暴走する巨大な鉄塊に向かって走り出す。
「アリス!物理攻撃は効かないわよ!装甲は魔法金属ミスリル製だもの!」
エリザ博士が高笑いする。
だが、アタシは知っている。どんな精密機械にも、絶対に弱点はある。
それは――
「昔の機械はな……叩けば直るんだよォォ!!」
アタシはゴーレムの回転する腕を紙一重でかいくぐり、その胸部にある制御コアめがけて弾丸のように飛び込んだ。
「『精密機器・強制修理・ヘッドバット』!!」
ガゴォォォォォン!!
アタシの額が、世界最高硬度と言われるミスリルの装甲を貫き、中の繊細な回路を粉砕した。
バチバチバチッ! と激しい火花が散り、ゴーレムは断末魔のような音を立てて動きを止めた。
「う……嘘でしょ!?ミスリルを頭突きで!?」
エリザ博士が腰を抜かし、眼鏡をずり落とす。アタシは黒煙を上げるゴーレムの残骸の上に立ち、額についた煤を無造作に拭った。
「……ふぅ。修理完了」
そして夕方。
エリザ博士は、スクラップになったゴーレムの残骸と、取れたての異常なデータを抱えてホクホク顔だった。マッドサイエンティストというのは、理解不能な生き物だ。
「信じられない……。想定の300%の衝撃値を記録してるわ。貴女、本当に人間なの?」
「人間だよ。ちょっと石頭なだけのな」
「……ふん。認めてあげるわ。この白衣を着こなせるのは、貴女みたいな『規格外』だけみたいね」
エリザ博士は眼鏡を直すと、約束通りアタシに金貨袋を放り投げた。ずっしりと重い。
「お詫びに、その白衣の術式を『最適化』しておいたわ」
「アップデート?」
「ええ。貴女の無茶な動きに合わせて、結界の強度バランスを調整したの。これでドラゴンに焼かれても、泥の中を転げ回っても、『一瞬で』新品同様に浄化されるわ!……白衣はね」
博士はニヤリと、挑戦的に笑った。白衣だけだろうが。ドラゴンに焼かれたら普通に死ぬだろ
アタシは真っ白に戻った白衣の袖を見た。
汚れを知らない純白。
それは、アタシの荒っぽく薄汚い戦い方には似合わないかもしれない。
でも――
「ありがとよ。おかげでクリーニング代が浮くぜ」
エリザ博士は「壊したら倍額請求するからね!」と言い残し、転移魔法で光の粒子となって消えていった。
こうして、アタシと最強の白衣の絆は、物理的な衝突を経てより強固なものとなった。
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