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第1話 英雄は“物語の中”で目を開く

 数百年にわたり吟遊詩人たちに語り継がれてきた大叙事詩『アルガス英雄譚』。

しかし、ある時から内容が“変わり始めた”。

英雄アルガスが戦ったはずの魔獣が存在しなくなり、

仲間が死んだはずの場所が消え、

ついには**「アルガスは臆病者だった」**という嘘まで書き加えられた。


その瞬間——“叙事詩の中”で眠っていたアルガスは目を覚ます。


 焚き火が揺らめく。

 夜の草原。

 戦いの直後の匂いが漂っている。

 だが——何かがおかしい。


「……ここは、どこだ?」


 アルガスはゆっくりと上体を起こした。

 叙事詩に刻まれた英雄は叙事詩の内容に沿って輪廻する。

 つまり、何度も自分の過去と向き合っている。

 だからこそ分かる。

記憶にあるはずの景色と違う。

 本来ならば、この夜——仲間の剣士レダが死んだはずだ。

 だが周囲は静まり返り、血の匂いすらない。


 首を傾げた瞬間、


 空に文字が浮かんだ。


『第五章 レダ、裏切り者として処刑される』


「……は?」


 アルガスは空を見上げて固まった。

 叙事詩——『アルガス英雄譚』の章題だ。

 だがレダは裏切り者ではない。命を賭してアルガスを救った英雄だ。


「誰だ……こんなふざけた改変をしたのは」


 空の文字が揺らぎ、あたかも返事をするように崩れて消える。

 すると背後からパラパラと音がした。


 振り返ると、一冊の巨大な本があった。

 表紙には金の文字。


 『アルガス英雄譚 改訂版』


 改訂版。

 悪寒が走る。


「俺の……俺たちの物語を、勝手に直したのか」


 本は勝手にページをめくり始める。

 その中で、レダが処刑されるシーンが「事実として」書かれていた。


 その瞬間——世界が揺れた。


 地面が崩れ、草原が塗り替えられ、処刑場の景色が足元から生成された。


「やめろ!」


 アルガスは叫び、迫る光の奔流を剣で断ち切る。


 世界は一度静止した。

 そして、本が語りかけるように、ページの隙間から黒い手が伸びた。


『物語は、常に“語り手のもの”だ。英雄よ。

 君の真実など、書き換え可能だ』


「……出てこい、書き換えた悪党め。決着をつける!」

アルガスは本の中を覗き込み、愕然とした。


 そこに描かれていたのは——

 アルガスが臆病者として逃げ惑う姿。


「……こんなもの、俺じゃない」


 ページを引き裂く。

 すると裂け目から光が溢れた。

 風が吹き込み、背後で焚き火が消える。


 まるで本の向こう側に“別の世界”があるようだった。


 そしてアルガスは気づく。


 叙事詩を書き換えている者は、物語の“外”にいる。


 ならば行くしかない。


「俺が……俺自身の物語を取り戻す!」


 アルガスは裂け目に手を伸ばし、

 叙事詩の外へと歩み出した。


光が収まると、そこは奇妙な図書館だった。


 空に届くほど高い本棚が無数に並び、

 どの棚にも“別の叙事詩”“別の英雄譚”が並んでいる。


 ホールの中央で、白い外套をまとった人物が言った。


「ようこそ、英雄アルガス。

 あなたの“伝説”は、私たちが管理することになりました」


「誰だ、お前は」


「私は“編集者”。

 この世界の神話、歴史、英雄譚——すべてを書き換える権限を持つ存在です」


 編集者は笑った。


 「あなたの英雄譚は、読者から“リアリティがない”と不評でしたので、

 もっと感情的で、哀れな物語に変更します」


「……ふざけるな」


 アルガスの中で、静かな怒りが燃え上がる。


「俺の人生は、ただの読み物じゃない。

 レダも、俺も、血を流して戦った。

 それを勝手に書き換えるな!」


「英雄よ。あなたの真実は“読者の求める形”に沿うべきなのです」


「ならば俺は抗う。

 お前たちが作った虚構を、すべて斬り捨ててやる!」

こうして、

 英雄アルガスと、神話を編集する“存在”との戦いが始まった。


 叙事詩のページを巡る旅が。

 消された仲間を取り戻す戦いが。

 そして——物語そのものの運命に干渉する戦いが。

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