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いずれ理想の大学生活

作者: 水輝

 一人で家のベッドに転がっていた。時刻は夕暮れ、5限目がそろそろ終わる頃。僕が今日一日何を成し遂げたかと言えば何もしていない。本当にずっとベッドに寝っ転がっていた。今日は授業が3つ入っていたが全て欠席。大学に入学してから2カ月と少し、ここ最近はそんな日がずっと続いている。

 大学生は人生の夏休みなんて言われるが、いくらなんでもこれは休み過ぎではないだろうかと自分でも思う。就活失敗、もしくは単位が足らずに中退除籍が頭をよぎる。いつ永遠の夏休みもといエンドレスエイトに突入してもおかしくない。


 僕、柚木薫は小さい頃からずっと勉強してきた。

 みんながサッカーやらゲームやらで遊んでいる間僕は一人で塾に向かい中学受験の勉強に勤しんだ。それが終われば高校受験の勉強。それが終われば大学受験の勉強。第一志望に受からなかったから浪人してまた勉強。なのにまた落ちて滑り止めに進学。大学に入ってからも親から弁護士になれと言われてまた勉強。ふざけてんのかバカが。

 ベッドに拳を叩きつける。バフッという音とともに埃が舞い上がった。最後に掃除したのいつだっけ。


 キャハハというなんとも楽しそうな笑い声とともに階段を駆け上がる音が聞こえる。安さだけで選んだ物件だから遮音性能が皆無だ。ガチャリと隣の部屋の開く音がする。2つ分の足音が中に吸い込まれていった。


 僕の家の中には誰も通したことがない。当たり前だ。そもそも友達が片手で数えるほどしかいないからな。大学に行かないから減ることはあれど増えることはない。

 隣の部屋の住人に一度だけ会ったことがある。ゴミ出しが被っただけで世間話すらしていないが。新入生らしく髪を真っ金色に染め上げ、4月の肌寒い時期なのに露出度の高い服装をしていたのを覚えている。顔は平成中期のギャルっぽい感じ。頭の弱く股の緩そうな女だった。

 男でも連れ込んでんのかな。遮音性能が皆無なので情事だけは本当に辞めてほしい。辞めたい、こんな人生。


 なあ、僕はいつまで頑張ればいい? 実は自分ではもう結構頑張ったなって思ってる。少なくとも僕という存在の底は知れたなと感じている。

 起き上がって布団をなんとか引き剥がした。まだ今日何も食べてないな。何食おう……なんでもいいな。てか今日バイトだ。行かないと。


 ***


「だからここは解の公式を用いて……って、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる! それより先生、今日ね、カズマがね」


 顔も知らないカズマの話なんざどうだっていい。だがこの生徒は自分の喋りたいことを喋らないと途端に機嫌が悪くなるので聞いてやる。

 お前は別に授業を理解しなくていいと思ってるんだろうけど、俺はお前の親から文句を言われんだよ。勘弁してくれ。

 しかもタメ口きくなよ中学生にもなって。教師にタメ口で話してるやつってマジでろくな奴がいないよな。もれなく人生に失敗してるイメージがある。


 生徒の話を話半分に聞きながらネクタイを締め直す。いっそこのまま首を絞められたらどれだけ楽だろうな。

 話の内容はカズマが給食のきな粉パンを賭けたじゃんけんで勝ち上がったというものだった。そんなもん、1/16で必ず勝つ奴は出てくるんだしそれがたまたまカズマだっただけだ。何も面白おかしいところはない。

 僕は隣のテーブルに座る女の子を見た。僕の働く個別指導塾では講師1:生徒2での指導を行っている。このうるさいガキと並行してこの子の勉強も見なきゃいけない。女の子はガキの方をずっと向いていた。彼女のノートに目を落とす。何一つ進んでいなかった。


 ***


 結局授業は全然進まなかった。こんな授業のために親御さんはかなりの額を払っていると思うと泣けてくる。今日の授業成果を生徒カルテに書き込んでいく。


「柚木先生、お疲れ様です!」

「ああ、土屋先生。……お疲れ様です」


 軽く会釈すると土屋先生はピッカピカの笑顔を向けてきた。眩しい。

 土屋ナオは現在大学二回生だということを知っている。生徒から絶大な人気があることも。後は何も知らない。


「小林くんがあんなに集中してるとこ初めてみましたよ!」


 土屋先生がカルテにさらさらと流れるように書き込んでいく。

 どこが? あいつ一ミリも理解してなかったぞ。ああいうやつは向上心がない。テストの点数が悪いとどうなるか、勉強しないまま受験したらどうなるか、就職でどうなるか、何も考えちゃいない。だから毎日あんなに笑えるんだ。


「どうでしょうね。理解してるか怪しいですけど」

「最初から全部わかる必要はありませんよ。わからないことをわからないままにさせないことが大事なんです。……たぶん」


 気恥ずかしくなったのか舌を少し出して言った。可愛くなければ許されない、自分の顔に自信を持つ者の仕草だ。


「ところで柚木先生」

「……なんでしょう?」


 聞き返したが返事がない。見ると土屋先生はボールペンのON/OFF切り替えを繰り返していた。カチカチカチカチ。


「実は私、今やってる数学の分野が苦手で……。良かったら今度、教えていただけませんか?」


 ……は? 僕が、あなたに? 生徒人気No.1に?


 まず思ったのはめんどくさいだ。 買い物とバイト以外ではなるべく外に出たくない。大学は言うまでもない。そもそもなんでバイト先の同僚とバイトじゃない日まで一緒に過ごす必要があるんだ。てか教えることって別にないだろ。あなたはこの塾No.1講師なのに。断りたい。フラグをへし折りたい。


「いいですね! ぜひ行きましょう!」


 世の中は残酷だ。自分の思ったことすら口に出すことはできない、言論統制が敷かれている。日本はいつから民主政治が壊れたのか。

 ぱあっと顔を輝かせた土屋先生は確かに可愛いが、僕を狙うだなんて趣味が悪い。

 僕自身恋愛をしてみたい気持ちはある。だが僕を好きになるような見る目のない人と付き合いたくはない。矛盾しすぎて自分でも訳分かんなくなってきたな。

 一応次の授業が控えているので僕は土屋先生の話に相槌を打ちつつプリント類の整理を始めた。


 ***


 帰ると土屋先生からメッセージが届いていた。カフェの候補が何件か送られて来ている。僕はそれに既読を付けずスマホをその辺の柔らかなところに放り投げて、自身はスーツのままベッドにダイブ。ずしりという感覚とともに身体が沈み込んでいくのがわかる。


「めんどくせえ……何もかもがめんどくせえ……」


 大学。バイト。親の期待。友人。恋愛。すべてほっぽりだして逃げ出したい。僕の人生、なんでこうなったんだっけ?


最後までお読みいただきありがとうございました!

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