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蛇穴

作者: 泉田清

 五月の連休は、農村部にとって田植えの絶好の機会だ。


 田植えを手伝い小遣いを貰う同級生たちを横目に、農家でない自分は羨ましく思ったものである。

 仕事を終え、アパートに戻り、車から降りる。ケロケロケロ、カエルの合唱が四方八方からこだました。田に水を張ったからカエルが出てくるのか、カエルが活発になるのが今の時期なのかは分からないが、田植えが始まるとカエルは鳴き出す。ケロケロケロ。

頭上には月が出ている、月明りの夜は特に良く鳴く。


 夜。バイパス道路の跨線橋を登っていくと、眼下の暗闇に、水田が広がっているのが分かる。遠くの夜景を水面に映しているからだ。ユラユラ揺らめく市街地の明かり、なかなかいい眺め、夜の港町にいる気分。この夜にいるのは自分独りだけではない、明かりの数だけそれぞれの夜がある、そう思うと安心する。惜しむらくは、この景色とすぐにも別れを告げなければならない。跨線橋を渡った先に我がアパートの一室があるのだ。車から降りればカエルの合唱が聞こえるだろう。


 仕事以外はほとんど外に出ない。事務所で独りならいつも照明は消している。「ずいぶん暗いな、明かり点けないの」外回りから帰ってきた同僚に言われることもしばしばだ。明るすぎるのが苦手なのだ、現実を突きつけられるみたいで。

 そういう自分がこの時期、年一度、昼間に出なくてはならない行事がある。墓参りだ。昼間の田園地帯には、軽トラック、田植え機、トラクター、農作業車が至る所に停まっている。付近には農作業者もいる。普段は歩行者などほとんどいないのに。この時期の田園地帯を車で走行するのは注意が必要だ。

 新しく出来たばかりの墓地へやって来た。どの墓石もピカピカで、狭い敷地にズラリと並ぶ。何もかも新品、樹木はもちろん、草の一本すら生えていない。そのせいで日差しを遮るものがない。やけに眩しくて、どんな隠し事もできそうにない。何だか不安になる。線香に火を点けた、墓石に水をかけた、手を合わせた、サッサと帰ろう。


 夜。街灯一つない、谷間の集落を訪ねる。ここに故人の知り合いがいる。墓参りの後ここに寄るのが常だが、ちょっとした寄り道のせいで夜になってしまった。

 丘の上にある、簡素な家の前に停め、車を降りる。ケロオ、ケロオ、ケロオ、耳をつんざくようなカエルの大合唱が襲い掛かる。

これを耳にしたらどんな野獣だって驚くだろう。彼らからしたらいつもの夜でしかないのかもしれないが。

 ガシャ、ガシャ、インターフォンの無い、木製の引き戸をノックする。「こんばんわ」呼びかけても反応はない。明かり一つ点いてない所から察するに、住人は寝てしまったのだ。まだ宵の口なのに。住人は老人だ。暗くなったら寝てしまうのも無理はない。日の出とともに起き、日の入りとともに寝る。それが本来のヒトというものだ。彼らを非難することは出来ない。次か、次の休みにまた訪ねるとしよう。

 ケロオ、ケロオ、ケロオ、ケロオ、ケロオ、ケロオ。アパートの駐車場で聞くのとはスケール感が違う。カエルの個体数が多いというのもあるだろうが、恐らく、谷間であるため音が反響しているのだ。コンサートホールでオーケストラの演奏を聴くのと同じである。まったく拍手を送りたくなるほどの大音声。ブラボー、ブラボー。


 墓参りの帰り。パチンコ店へ向かった。すぐにでも、故人の知り合いを訪ねに行かなければならないが、墓参りの後はいつもパチンコをやらずにはいられなくなる。

 田園地帯を走行する。田圃一つ分向こうに、軽トラックが一台停まっていた。その横で、数人が手を繋いでいるかのように、横一列で並んでいた。身長から察するに、子、母、子、祖母、だろうか。手前でトラクターを運転しているのが父だろう。素晴らしい眺め。あの一家はこうやって先祖代々コメ作りを続けてきたのだ。食べたいものを食べ、飲みたいときに飲み、買いたいものを買う。おかげで痛風になった自分。全く、独り者であるのが恥ずかしくなる。    

 目の前の、アスファルトの上で、アオダイショウが日向ぼっこをしていた。速度を落とし迂回を試みる。目と鼻の先で、驚いたアオダイショウが草むらに引き返していく。そうだ、アオダイショウが棲むべきは草むらである。日の当たらない場所で、獲物が現れるのを待ち、ジッとしているのがお似合いだ。


 私もそうすべきだった。アパートの一室で終日ジッとする、それが望みだったはずなのに。パチンコ店に行ってしまった。その結果、谷間の集落に着いた頃には、夜になっていたのだ。

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