第2話 3人の日常
朝の陽光がフォルスター村の広場を照らしていた。井戸の周りでは女性たちが水を汲み、鍛冶屋では鉄を叩く音が響く。市場では村の人々が野菜や日用品を交換しながら、穏やかな会話を交わしていた。
そんな村の一角にある畑で、アルカとカイネは汗を流していた。
「カイネ、これ持って!」
アルカが収穫したばかりの野菜を抱え、カイネに手渡す。カイネは一瞬ためらいながらも、アルカの手からその野菜を受け取った。
「……ありがとう。」
小さな声で礼を言うカイネに、アルカは少し驚いた顔を見せた後、満面の笑みを浮かべた。
「へへ、カイネが僕にお礼言うなんて珍しいな!」
「なっ……! 別に普通じゃない……!」
カイネが顔を赤くして言い返すのを見て、アルカはますます笑い出した。
そんなやり取りを畑の奥で見ていたダリオが、鍬を肩に乗せながら近づいてきた。
「お前ら、畑仕事は遊びじゃないぞ。」
「兄さん、カイネがちゃんと手伝ってくれるから、僕も頑張れるよ!」
「そうか。ならもっと頑張れ。」
ダリオは少し意地悪そうに笑いながら、アルカの頭をくしゃくしゃに撫でた。
昼過ぎ、カイネは村の広場を歩いていた。
「カイネちゃん、ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれる?」
村のパン屋の女性が、焼きたてのパンをカゴに詰めながら声をかける。
「え? あ、はい……!」
最初は戸惑いながらも、カイネは素早くカゴを受け取った。
「助かるよ。最近はアルカと一緒に畑仕事もしてるんだって? えらいねぇ。」
「……そう、かな。」
カイネは照れくさそうにしながらも、ほんの少し嬉しそうに頷いた。
以前の彼女なら、村の人々と関わることに不安を感じていた。だが、アルカやダリオと過ごすうちに、彼女の中で少しずつ変化が生まれていた。
夕方、3人は家に戻り、小さなテーブルを囲んで夕食をとっていた。
ダリオが煮込んだスープの湯気が立ち上り、家中に温かな香りが漂う。
「ダリオ、これ美味しいね!」
アルカがスプーンを口に運びながら言うと、ダリオは肩をすくめた。
「まあ、手抜きだがな。こんな簡単なもので良ければ、いくらでも作ってやる。」
「簡単なもの? これ、私には真似できないけど……。」
カイネが少し呟くように言うと、ダリオが彼女の方を見て笑った。
「そんなことないさ。カイネも練習すればすぐに作れるようになる。」
「……そうかな。」
その言葉に少しほころんだカイネの表情を見て、アルカも口を挟む。
「じゃあ、今度一緒に作ろうよ! ね、カイネ!」
「……うん。」
カイネの返事は小さいが、確かに笑顔がそこにあった。それを見たアルカは嬉しそうに頷き、食事を続けた。
翌日、アルカとカイネは村の近くの川へ魚取りに出かけた。
透き通るような水がゆるやかに流れ、太陽の光が川底の石を照らしていた。裸足で川の浅瀬を歩きながら、アルカは網を持って魚を追いかけるが、なかなか捕まえられない。
「くっそー、全然取れない! カイネ、手伝って!」
「そんな勢いで行ったら、魚が逃げるに決まってるでしょ。」
カイネは少し呆れた顔をしながら、慎重に川底に網を差し込む。そして、あっという間に一匹の魚を捕まえた。
「すごい! カイネ、やるね!」
「コツがわかれば簡単よ。」
自信に満ちた笑顔を見せるカイネに、アルカは思わず拍手を送った。
夕方、家に戻った2人は取れた魚をダリオに見せた。
「ほう、お前ら、今日は大漁だな。」
「カイネがすごく上手くてさ!」
アルカが得意げに言うと、ダリオは感心したように頷き、カイネに言葉をかけた。
「カイネ、アルカの面倒を見てくれて助かるよ。ありがとな。」
「……別に、そんなことないけど……。」
カイネは少し照れたように顔をそむけたが、その頬はほんのりと赤かった。
カイネがこの村に来てから、まだ日が浅い。だが、彼女は確かに、この村で 家族のような温もり を感じ始めていた。