第1話 丘の上の少女
陽の光が降り注ぎ、穏やかな風が丘の草原を揺らしていた。丘の上からは村が一望できる。木造の家々が点在し、小さな広場の中央には井戸があり、人々が行き交っている。村の周囲は森と山に囲まれ、村人たちは畑を耕し、狩りや釣りをしながら慎ましく暮らしていた。
そんな村外れの丘を、一組の兄弟が駆けていた。
「アルカ、遅いぞ!」
ダリオが振り返り、笑みを浮かべる。アルカは必死に草むらをかき分け、兄を追いかけていた。
「待ってよ、ダリオ兄さん!」
小さな足を懸命に動かし、アルカは兄の背中を追い続ける。その時――風に乗って、微かに何かの呻き声が聞こえた。
「……兄さん、今の声、聞こえた?」
アルカが立ち止まり、周囲を見渡す。ダリオも耳を澄ませた。
「確かに、誰かの声だ。行ってみよう。」
二人は声のする方へ駆け寄る。丘の頂上に近づくと、草むらの中に小さな体が横たわっているのを見つけた。
「……女の子?」
アルカが驚いた声をあげた。
そこにはボロボロの服をまとい、汚れた顔の少女が倒れていた。手足には擦り傷があり、髪は泥にまみれている。
「大丈夫か?」
ダリオがそっと彼女の肩に触れると、少女の瞳が薄っすらと開いた。
「……だれ……ここは……」
か細い声が風に乗って聞こえたが、それだけで彼女の目は再び閉じてしまった。
「早く村に連れて帰るぞ。まだ息はある。」
ダリオはそう言うと、迷うことなく少女を抱き上げた。
村の広場に入ると、何人かの村人が兄弟の姿に気づき、顔を上げた。
「おや、ダリオ、どうした?」
村の鍛冶屋であるロガンが、鉄を叩く手を止めてこちらを見る。
「森で見つけたんだ。息はあるけど、衰弱してる。」
ダリオの腕の中の少女に気づき、近くの女性たちもざわめき始めた。
「まあ、こんな小さな子が? どこから来たの?」
「この辺りにこんな子供がいるなんて聞いたことないぞ。」
村の人々は関心を持ちつつも、不安そうな顔を見せる者もいた。
「……捨て子じゃないのかい?」
その言葉に、周囲の空気が少し重くなる。
「こんな状態になるまで放っておくなんて、親がいるとも思えないし……」
村の女性の一人が不安そうに呟く。
しかし、それを聞いてロガンが大きな声で言った。
「そんなことより、まずはこの子を助けるのが先だろう。」
「とにかく、医者のルードのところへ運ぼう。」
ダリオは周囲の視線を気にせず、まっすぐ診療所へ向かった。
診療所の中は薬草の香りが漂い、静寂に包まれていた。
ベッドの上で眠る少女を見守りながら、アルカは兄に尋ねた。
「兄さん、あの子、どうしてこんなところにいたのかな?」
「わからない。でも、放っておけるわけがないだろう。」
ダリオは腕を組みながら答えた。その時、ベッドの方からかすかな声が聞こえた。
「……どこ、ここ……?」
少女がゆっくりと体を起こし、辺りを見渡していた。
「ここはフォルスター村だよ。僕たちが君を見つけて運んできたんだ。」
アルカが声をかけると、少女は戸惑った表情を浮かべた。
「……名前……わからない……何も思い出せない……。」
その言葉にアルカは驚き、ダリオは静かに頷いた。
「記憶を失っているのか……。」
沈黙が流れる。
ダリオはしばらく考えた後、静かに言った。
「名前がないのは不便だな。何か呼び名をつけるか。」
「えっ、兄さんが決めるの?」
「お前が決めてもいいぞ。」
アルカは慌てて考えた末に言った。
「じゃあ……カイネってどうかな?」
「カイネか……悪くないな。」
ダリオは微笑み、少女もその言葉をつぶやいた。
「……カイネ……そう、カイネ……。」
この出会いが、 3人の運命を大きく動かす最初の一歩となる。