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短編まとめ

なんてことない田舎貴族の婚約から結婚に至るまで

作者: よもぎ

王都から程々の距離に領地を持つ、良質な小麦の生産地を治めるハッセン男爵家と、酪農に秀でたライン男爵家は、お互いの特産品がお互いを引き立てるので仲が良い。

これまで何度かお互いの家に嫁を出したり婿を出したりしているが、歴史が長い家なのでそんな高頻度ではない。

他の家よりも近しい距離感で、裏表なく付き合える良き関係を築いている。

なんなら物理的にも近い。お隣さんである。


さて、最後に婚姻で結びついたのは四代前である。

そろそろもう一回やっとく?と、当時の当主たちは孫世代を引き合わせた。

政略としてもその要素は随分薄いし、無理に婚姻させる気がないのである。

そりが合わないのに結婚させては今の良好な関係が壊れてしまう。それはちょっぴり気まずいので嫌だ。

なので、孫たちを集めて遊ばせて、そこから芽生えるものがあればと思ったのだ。




ハッセン男爵家の末孫であるカレンは引っ込み思案だった。

なので、孫たちだけで遊ぶ会を設けると言われた時、怖いなと思ってしまった。

お気に入りのうさぎのぬいぐるみをどうしても持っていきたい、と駄々をこね、ぎゅっと抱きかかえた状態で、隅っこにいた。

兄たちは元気よくライン男爵家の子らと遊んでいるし、姉も同様だ。

だが、カレンは外遊びも苦手だ。

家の中で絵本を読んでいるのが一番好きで、勉強しているのも楽しい。


だから、賑やかなこの場で肩身の狭い思いをしていた。

そこにライン男爵家の長男であるウェンが話しかけてきた。

彼は異国由来の商人の娘だった先妻の色合いを受け継ぎ、褐色の肌に白い髪が目立つ異国情緒のある外見だ。

しかしその眼差しは柔らかく、おっかなびっくりのカレンと適切な距離を保ち、そっとしゃがみこむ。



「このぬいぐるみ可愛いね。買ってもらったの?」

「う、ううん、お母様が作ってくれた」

「そっか。じゃあ大事なものなんだね、僕も今日ね、父上がくれたブレスレットつけてきたんだ。ほら」



これだよ、と示すように差し出された手の手首には、確かにブレスレットがあった。

綺麗な色の糸が編み込まれて作られたそのブレスレットは、成長してもつけられるだろう。

複雑に編み込まれて光の加減で色を変えてさえ見えるそれに、カレンは目を輝かせた。

女の子はいつだってキレイでかわいいものが好きだ。



「……きれい」

「でしょう?僕、これの作り方教わったんだ。

 よかったら作ろうか?きれいに出来るかは分かんないけど」

「いいの?大変じゃない?」

「大変かもだけど、やってみなきゃね」



にこにこ笑うウェンに、カレンもおずおずと笑う。

そうしてぬいぐるみをそっと差し出した。



「あのね、肌触りがいいの。触っていいよ」

「いいの?……本当だ、すべすべだね」

「うん」



見守っていた祖父母たちは、カレンとウェンがほのぼのと二人で過ごしている一角を眺めて、ああこの二人いけそうかも、と思った。

ウェンの母はもうこの世にいない。産後の肥立ちが良くなく、ウェンが母乳を卒業する頃に儚くなってしまった。

そのため、以降の子らは異母弟妹である。

しかし子らの仲は良好だ。一人だけ毛色の違う兄のことをかっこいいんだからぁ!と自慢さえしている。

父もウェンの母のことは未だに想っているが、かといって後妻を蔑ろには一切していない。それとはまた別、と、ちゃんと愛情を持って接しているのだ。


そしておやつとなった時、さすがにカレンはぬいぐるみを一度預けなければいけなくなった。

心細い、と顔に書いてあるようなカレンのちっちゃな手を、ウェンはそっと握って引いて、おやつの並べられた卓まで一緒にいってくれた。

そうして隣の席に座り、甲斐甲斐しく面倒を見ていた。


ウェンの態度は、妹に対するそれではなく、ちゃんと女の子に対するもので。

三つ離れた女の子を大事に扱わなくては、と無意識に行動していた。

この男、初恋の自覚がないまま紳士に接していたのである。


カレンも、兄たちとは違うウェンに、自覚なく初恋を抱いていた。

胸の奥がほわほわするのはなんなのかな、と、不思議に思いつつ、それが悪いものじゃないと本能で理解していた。






それを見て取らぬ大人たちではない。

しかし露骨過ぎてもまだ幼い二人には恥ずかしいだろうと思い、まずは文通させた。

仲良くなったならお手紙書いてみる?から始まり、お返事きたならこっちもまたお返事出しましょうね、と、続けさせたのである。

時には日程違いで行われる収穫祭にお互い招き招かれ、時には合同で研究するための物資と一緒に馬車に乗りあちらの家へと訪ねたり。

不自然に思わぬよう、他の子らも交えての交流は穏やかに続いた。



そうして、ウェンが十二歳、カレンが九歳となった日に、もし嫌じゃないのなら婚約してみる?と、聞いたのだ。

その時、二人は顔を真っ赤にして、こくんと小さく頷いたのであった。

婚約と言うことは初恋のあの人とずっと一緒だということに思考がいけば、耳まで赤くなるのも道理である。


さて、当主は二人が婚約して一年ほどした時に引き継がれた。

どちらも穏やかで優し気ながら、貴族家の当主として立派な性質を持ち合わせている。

爵位こそ一番下の男爵だが、大きな功績を上げることがなかったが故にそうなのであって、国を支えている誇りを胸に抱えている。

ハッセンの小麦も、ラインのチーズやバターも、王族に供される料理に使われるほどのものである。

品質を落とさず、むしろ上を目指し続ける難しさは、作り手の領民たちがよく知っている。

それをよく労い、評価し、続けていこうと思える環境作りを両家は進めてきた。

故にこそ、男爵家でありながら、王家の信頼が厚いのである。


だがこういった家の足を引っ張る家というのも存在する。

それがハッセン家のブランドに成り代わりたいアイゼン子爵家である。

こちらは庶民向けの安価な小麦生産地の一つで、貴族向けの商売というものが出来ない。いや、男爵家や子爵家くらいの爵位の家であればアイゼン家の小麦を買うのだが、それ以上の家はハッセン印の小麦を愛用するのだ。


それが前々から気に入らないアイゼン家は、ウェンとカレンの婚約にちょっかいを出してハッセン家に嫌がらせをしようとしたのだ。

具体的に言うと、寄宿学校に入ったウェンのもとに、アイゼン家の娘を差し向けたのだ。


娘の名はアイリーン。差し向けられるだけあって、年頃も近く美しい少女であった彼女は、家の言いつけ通りにウェンに近付いて――演技で擦り寄るだけのつもりが、異国情緒漂う美少年のウェンに惚れてしまった。

そのため演技でなく真剣に押せ押せしていたが、無しの礫である。

腕に抱き着こうとすればすっと体を引かれ、授業で隣の席に座れば無言で移動され、声をかけても無表情で対応され。

クラスメイトに泣きついても、



「ウェンには婚約者いるんだから近付くアイリーンが悪い」



と、正論パンチを食らうわけだ。

アイリーンは露骨に好意を出しながら接近するのでウェンが無の対応をしているだけで、他の女生徒は普通に接してもらえている。

秀才であるウェンのノートを借りて復習したいとお願いすれば、写したら返してねと快く貸してくれるし、体格が年齢の割にしっかりしている彼に購買のパン買い競争を代理でしてほしいと拝んでも了承してくれる。


もちろん男生徒とも仲が良い。

社交はもちろん意識しているだろう。

だが遠方で特産品的にもかかわる意味が少ない相手でも、態度を変えない。

親切で善良な生徒の一人として評判もいい。


そのウェンが露骨に避けているということで、アイリーンの評判は相対的に悪い。

しかも成績が振るわないものだから、放課後は教師に呼び出されて自習室で他の成績が振るわない生徒と共にみっちり復習させられている。

アイリーンとしては好きなのに見てもくれない……!親の言いつけも果たせない……! と、ぐぬぬ状態だ。



そんな状態なので、ウェンは実家に手紙を出した。

アイゼン家の令嬢に付き纏われているのでなんとかならないか、と。

その手紙は速やかに寄り親に転送され、寄り親はアイゼン家を寄り子とする家に苦情を出した。

婚約者がいるウチの寄り子の子供に手ェ出してんじゃねえぞ、と、貴族流の脅しをかけたのだ。

アイゼン家はこっぴどく叱られた。

これ以上やらかすならお前の家の小麦の販売終わらせるぞ、とまで言われた。

なのでアイリーンには手を引けと言いつけた。そのはずだった。




しかしアイリーンはウェンへの恋心を捨てられなかった。




秋休みが過ぎた頃。

収穫祭も終えて、久々にカレンと会えた事で幸せいっぱいで寄宿学校に戻ったウェン。

しかもカレンは編み紐のブレスレットを新しく作ってくれていた。

器用なことに、編み具合でウェンの名前を浮き上がらせている。

愛しい婚約者が器用可愛い。

気に入り過ぎて、入浴する時以外肌身離さずつけていた。

過剰にきらびやかな装飾品でなければ、髪にリボンを飾るとか、腕輪をするだとかは許されている学校なので、ウェンのブレスレットも特に咎められない、はずだった。


しかしアイリーンはそのブレスレットにキレ散らかした。

そんなちゃっちいアクセサリー贈られて喜ぶなんて!子供のおもちゃじゃない! と、喚いたのだ。


すう、と無表情になるウェン。

あ、逆鱗に触れた、と、一歩引くクラスメイト。



「きみの実家には、寄り親が苦情を入れたはずだよね。

 なのにまだそういう風に絡んでくるのなら、僕も考えなくちゃいけない。

 今回の件は速達で送らせてもらうから覚悟するといい」



そうしてウェンは、教師に事情を説明してその日の授業は出なかった。

アイリーンはもうガクブルである。

勢いで言ってしまった。終わりである。


そして実際アイゼン家は終わった。


ハッセン家とライン家双方にウェンは手紙を出したのだ。

勿論速達用の鳩を使わせてもらってだ。

そして両家ともに寄り親に速達で手紙を送った。

両家別々の親なのだが、内容が内容なので親は協力してアイゼン家を擁する家に攻撃を仕掛け――アイゼン家の小麦の売買は、止められた。

ちょうど収穫が終わって小麦を商会に売ろうと言う段階だったのだが、その商会は寄り親が差し向けていたものである。

その商会に、あの家の小麦は買わないように、と通達したのだ。

商会としてはまあちょっと困らなくはないけど別に他の家の小麦でもいいしな、と。

それよりはこの家の言う事聞いてデカい取引したいよな、と。

アイゼン家をあっさり捨てたのだ。


小麦が売れなくなっただけで話は済まない。

小麦を買い取ってくれる商会は、塩だの香辛料だの、あれこれと持ち込んでくれていた。

それが入ってこなくなったのである。

買い取るためには別の領地にいって買い付けてくるしかない。

割高になるが、ないと命に関わる塩などは買う他ない。

と、なると、塩でさえ少ない量になるし、香辛料となるともっと少ない買い付けになる。


で、次に買い付けをしたくても小麦を売る先など速やかに見つかるわけもない。

そういう焦げ付きに領民は敏感である。

小作人でしかなかった雇われ農民たちは、こっそりと荷物をまとめて他領へ引っ越す者が多発した。

耕して世話してくれる者がいるのなら幾らでも畑を増やしたい家はたくさんある。

そういった領地は情報をあちこちに飛ばしているので、急に押しかけていってもすんなり受け入れてくれるわけだ。


かくしてアイゼン家は先祖代々継いだ土地だからというしがらみのある農民以外をかなりの数失った。ついでに小麦の新たな売り先を見つけるまでの資金を借金したので借金も抱えた。

そのためアイリーンは寄宿学校を退学させられ、若い愛人をたっぷり抱えている色を好む商人のもとへと売り飛ばされることとなったのだった。




ウェンとしてはそこまでしてほしかったわけじゃないんだけどな、と思った。

思ったが、迷惑していたのは事実なので、正直いなくなって嬉しい。

ので、アイリーンのことは忘れることにした。

もう会うことのない不愉快な存在を覚える脳の容量で、カレンへの贈り物を考えたい。


カレンは引っ込み思案ぶりが少しずつ軽くなっていき、素敵な女性へと育ちつつある。

控えめで大人しいが、流されやすいわけではない。

確固たる自分というものがあって、領民を守る覚悟があって、いざという時はきちんと交渉できるのだ。


これは元々ではなく、カレンがきちんと努力して自分を磨いた結果だ。

馴染みの商会の人に練習に付き合ってもらい、次第に練習でなく本気の交渉になり、気が付けば商会長とガチバトルできるようになっていたのだ。

これで気遣いも出来るので、商会長から、自分の商会の人間の交渉練習相手として是非お付き合いを、と仕事を頼まれもしている。のでカレンは地味にお金持ちである。

そういうのを一切ひけらかすことなく、こつこつと出来ることを積み上げていっている。

男爵家という小さく弱い家柄の娘ながら、出来た娘である。


なら格上の家に嫁取りを願われるのでは?と思うかもしれないが、そこにウェンの実母の関係者が絡んでくるのだ。

あの子の嫁にちょっかい出すんか!?ア!?しばくぞ!? と、芽を出そうとした先から潰している。

アイゼン家は取りこぼしてしまったが、他にちょっかい出そうとした家は殆ど没落か諦めるかを選ばされて諦めている。

異国由来の商品が入らないだけならいいが、国内の流通にもいっちょ噛みしてる商会の関係者の血筋なので、安易にケンカを売れない。


そういうわけで、二人の結婚は確実である。

二人が嫌だと言わない限り。





ウェンが寄宿学校を卒業するのと交代するように、カレンも淑女学校に一年だけ通った。

本来二年のところ、飛び級で卒業させてもらえてしまったのだ。

だって成績が良すぎたから。


田舎出身だとバカにする人もいたが、田舎は田舎でも良家出身の元令嬢が教師として働いていたり、地元の商家に嫁いできたりしている。

で、彼女らは領主の娘であるカレンのことが大好きだった。

なので徹底的にカレンを磨き上げちまったのだ。

伯爵家の令嬢といっても通じるくらい所作を磨き上げさせたのだ。


これはウェンにも言えることで、同じように良家出身だが田舎で働くぞと引っ越してきていた元令息たちが、よってたかって出来のいい領主の息子を教育したのだ。

故にウェンは色んなことに詳しい。

しかも母の実家から差し向けられた教師に商売のあれこれや最新の農法なども教えられている。

何気に凄い高等教育を受けたカップルなのだ。



そうして爵位に見合わぬほどデキる二人だが、恋愛に関してはもだもだしている。

相思相愛なのは見て分かるほど。

けれど手を繋ぐこともまだ恥ずかしいのだ。

指先がちょっと触れただけで顔を真っ赤にする。

なのにお互いにブレスレットや首飾りを贈り合っている。

初々しいのう若様は、お嬢も可愛いのう、と、周囲はニヤニヤである。



ある時は領地に小洒落た喫茶店が出来たからと二人で出かけた。

そこで、オーナーはちょっとしたジョークで、カップルにだけ出す特別なガラスストローを刺してジュースを提供した。

二人で顔を寄せ合って、二股に分かれたストローでジュースを飲むという、王都では最近ちょっと流行りのブツである。

これは多分ジョークグッズにしかならないだろうなあと三本くらいだけ仕入れてきたものなのだが、もだもだカップルに与えたらどうなるだろう?と気になったので出してしまったのだ。


するとカレンとウェンは首筋まで一気に真っ赤になった。

使い方を一瞬で理解して想像してしまったのだ。

清楚で可愛い美少女と、クール系の異国情緒な美少年が、ジュース一つで真っ赤っかなのだ。


本当は二人ともイチャイチャしたいのだ。

でも大好き過ぎて触れようと思うだけで心臓がバックバクで、いざ!と思ってもウワーッ!!となって行動に移せない。


なのでこの時はお互いに譲り合いながら、自分の側に向いたストローの口を吸うことにして使った。

オーナーはちょっと残念に思ったが、まあ、他のカップルでこの残念な気持ちを埋めればいいか。などと思ったそうだ。



またある時は、棉の布地を仕入れてきた地元の商人が、綺麗な緑色に染められたものを捧げてくれた。

ウェン様の瞳のお色でしたのでお嬢様用にと思って、とニコニコしながら。


ドレスやワンピースを作るにはかなり足りない量だったので、カレンは悩んだ。

悩んで悩んで、ハンカチとリボンを作った。

カレンの、収穫前の稲穂のような色の髪に、ウェンの瞳色のリボンはよく映えた。

本人と会う時にもつけていったら、ウェンは頬を染めて褒めてくれた。

なのでカレンは残りの布もリボンに仕立て、毎日つけている。






そんなこんなで過ごしているうちに、二人の結婚式の日が近付いてきていた。

カレンが十六になったら結婚が解禁になるので、誕生日の翌日にまずはハッセンの地で結婚前のお祝いをし、その次の日にラインの地で結婚式を挙げるのだ。

前日からウェンとその両親が泊まり込むのでお祭り騒ぎは確実だ。

両家の先代当主である祖父たちはその間、領地のことを代理でこなしてくれる。

孫の結婚式は見たいは見たいが、一番見たいのは両親だろうと自ら買って出てくれたのだ。


上位の貴族たちのように、ウェディングドレスを一流の職人に頼んで用意してもらう、なんてのは出来ない。

ただ布を買ってきて、裁縫が得意なものたちが寄り集まって縫うことは出来る。

幸いカレンの誕生日は冬の最初の頃なので、大規模な収穫が終わってちょっと余裕がある頃である。

ご婦人がたに時間がある時なので、彼女らは相談し合って、特に裁縫が得意なものたちがドレスを縫った。

元々既製品を買うのでなく、家族の着る服くらいなら自分たちで縫う土地である。

なのでドレス本体はあっというまに仕上がった。


そして刺繍は元令嬢たちが気合を入れて刺した。

裾や袖に重点的に、華美になりすぎないが質素でもないように、と。

よく出来た領主殿の可愛い娘さんのためである。

もらえる報酬目当てでなく、一生一度の晴れ舞台なんだから!とそれはもう気合を入れて刺した。


ヴェールとて元令嬢の仕事である。

刺繍は苦手だけどレース編みなら世界一得意、と言った者が、なんと夏前からこつこつ編んで、結婚式前には大変美しい総レースのヴェールを仕上げたのだ。

なぜこんな田舎で燻っているのか分からない。

多分持病の喘息のせいだ。何分ここは空気がいいので。




ウェンの礼服も、この時のために気合を入れて領民たちが作り、二人を乗せて行進するための特別な馬車さえ作られた。

建築学を学んでいた元令息がちょっと畑違いだけどと設計をしていたものを、大工たちが作ったのだ。

乗った二人が快適なように、それでいて周りが二人をよく見られるように。

結婚式は二人以外も挙げるのだ。

領主の許可をもらえば、この特別仕立ての馬車を使えるようにしてもらえば全然問題ない。




この頃には二人も手を繋ぐのも頬をちょっと染めるくらいで出来るようになっていた。

挨拶の頬へのキスは結婚してから解禁ということにしているので、まだだが、ものすごく頑張って勇気を出せば軽いハグも出来る。

ただし真っ赤っかになるが。


数年かけてじれったくなるほどスローモーに距離を縮めていった結果、なんと収穫祭での踊りでペアダンスを踊れるほどにまでもなったのだ。

近距離で踊れている……!一曲分も……!と領民たちは感動したものである。


なので領民たちは期待していた。

ライン家の若様と、ハッセン家のお嬢が、ラブラブイチャイチャ夫婦となることを。

いや、ならないわけがないのだが。

お互いにお互いしか見えてないし。

もだもだした関係から一気に進んでくれ!と、そう願っているのだ。

だって、小さい頃から見守ってきたので。





誕生日当日の夜にウェンとその両親は到着し、屋敷を構える町唯一のスイーツ専門店に予約していたケーキを取ってきてくれていた。

お手頃な焼き菓子を普段は売っていて、予約すると高級品となるケーキを作ってくれる店なのだ。

カレンはその店のチョコレートケーキが大好きで、しかしぜいたく品なので年に一度の誕生日を楽しみにしている。

家政婦が腕によりをかけて作ってくれたごちそうも楽しみだが、ケーキが本命なのだ。

そして今日はウェンもいる。

これまでの人生で一番幸せな誕生日である。



「カレン、誕生日おめでとう。これは僕からのプレゼント」



食後、お茶を嗜んでいると、そっと掌に握らされたものがある。

細長い箱に入ったものを、確認を取って開いてみると、銀の首飾りがおさめられていた。

そのトップにはウェンの瞳の色と同じ色合いの透明ガラスがはめ込まれていて、普段使いして欲しいという意思が見えた。



「きれい……」

「指輪は明後日からつけてもらうからさ、他に何かないかなって考えたんだ」

「嬉しい。ウェン、ありがとう、ずっと大事にするね」



いそいそとつけようとするカレンの手から、慎重に首飾りを取ると、ウェンは自分の手て細いカレンの首へと首飾りをつけさせた。

今日は纏め髪にしているので髪をかき上げてもらう必要もない。


もらった首飾りを触って心底嬉しそうなカレンと、そんなカレンの様子を幸福そうに見つめるウェン。

二人を、周囲はほのぼのとしたものを見る目で見ている。

祖父母からしてみたら、もう既に結婚した孫夫婦を見る感じである。

曾孫も案外近いうちに見られるかもしれんね、なんて考えてもいる。




そうして翌日、特別仕立ての馬車に乗って二人は領地を回る。

畑こそ広々しているし、たっぷりあるものの、町や村は二つ三つしかないので夕方頃にはお隣さんのライン家の領地に入れる計算だ。

領民たちはそこそこ近い距離感で、なおかつ小さな頃から知っている領主一家の娘の結婚ということで盛り上がっている。

おしあわせにー! と、声を掛けられたカレンもウェンも、あちこちに向けて手をフリフリしている。

こんなにも祝福されて結ばれる自分たちは世界一幸せだなと感動もしている。

これだけ祝ってもらったのなら恩返しをせねば、とも。


村や町では、その地に住む領民たちが冬でも咲く野花をかき集めて作った花束さえ用意されていた。

それを大事そうに受け取ってもらえ、領民たちも満足気である。

中には女衆が前以て準備したという膝掛けや肩掛けまであった。

寒い中のパレードになると分かっていたから、と。

その気遣いだけで体も心もホカホカになれるというものだ。

肩掛けも膝掛けも、大判で作られていたので、カレンとウェンとで二人でくっついて使うものだから、それを眺める人たちは二人の距離感の縮まり具合にホッコリしている。皆幸福である。



で、領地の境を抜けて、翌日には結婚式である。

ライン家の屋敷の前を片付けて作られた式場には、この日のために予定を空けていた領民たちも勢ぞろいして若い二人の結婚を祝いに来ている。


もうそろそろお勤めも終わって引退になりそうな老神父が厳かに宣誓をするように促し、これからの絆を誓い合った二人が初めての口付けを交わし――領民たちは大盛り上がりである。


頬を赤く染めながら二人はその盛り上がりに手を振って応えた。

片手は手を繋いだまま。




この先も、ライン家とハッセン家は大きく変動することなく、ゆったりと、まったりと続いていくだろう。

カレンとウェンのように。


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