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お芝居の幕を下ろしましょう

 コウヅノ国で行われる建国祭は、国民にとって一番のお祭りだ。しかも今回は五百年の節目ということもあり、大々的に執り行われる。お祭りの三日間は大通りには出店が並び、国民にも王宮の庭園が開放され、飲食も可にしている。そして初日の夜は各国の代表者、王宮勤めの文官、警備団員、元貴族たちが集まり、大広間で大宴会となる。どうやら警備団長子息はここで、やらかす気らしい。

「久しぶりに見たな、牡丹のその姿」

 王族用の控室にやって来たテレンスはそう言うと、椅子に座りイヤリングを着けていた牡丹をまじまじと見つめてきた。コウヅノ国の礼服は、前世での袴に似ている。ただ上は羽織のようなチャイナドレスのような形をしており、締め付けもなく、ドレスよりは楽だなというのが牡丹の感想だ。

「なに?」

「いや、いつもより王女っぽいなと思って」

「失礼ね。私はいつでも可憐な王女様よ」

 軽口を叩き合いながらも、互いに顔を見合わせて笑う。婚約を結んだ直後はどんな態度を取れば良いのか分からなかった牡丹だが、道中でこれまでのように接してくれたテレンスのおかげで、緊張が解けた。それでもやはり照れ臭いところもあり、エスコートの為に差し出された手を見て、どきり、としてしまう。

「それじゃあ、行こうか」

「ええ、行きましょう」

 深呼吸をして、その手を取る。

 泣いても笑っても、ここからが本番だ。


「それでは牡丹第一王女殿下と、テレンス・ロ・ティルヴァーン様のご入場です」

 進行役の声と共に、扉が開かれる。拍手により出迎えられた二人は、一礼をしてから歩を進めた。そしてゆっくりと足を進めて行き、壇上の下まで来た時。来賓席から、怒号が響いた。

「なんだそいつは!」

 足を止めて振り返ると、テーブル席の合間を縫って一人の男が近付いてきた。その右手は小柄な少女の手を掴んでおり、無理矢理引っ張っているようにも見える。

「あら、元苑様。お久しゅうございます」

「なんだその白々しさ!そいつは誰なんだ!」

 視界の端で、舞台袖で待機していた警備団長が国王陛下に止められているのが見えた。

「この方はジェニスタ国の国家元首子息であられる、テレンス様ですわ。先程、進行役の方からご紹介があったはずですが?」

 小首を傾げてそう答えると、警備団長子息ー元苑桂ーは、苦虫を噛み潰したような顔をした。どうやら、言外の意図を汲み取れたらしい。

「っまあいい。牡丹王女、俺は今ここでお前の罪を暴露する!」

 何その三文芝居のようなセリフ、と牡丹は思ったが、ぐっと我慢をする。隣でもテレンスが吹き出すのを堪えている為、彼も同じことを思ったのだろう。

「罪、ですか。何のことでしょうか?」

「お前はここにいる胡桃を、指導と称していじめただろう!不必要な雑用に、他の侍女たちに命じた体罰。新しい服は用意されず、着古した物を渡していたことも知っている。平民だからといって、やっていいことではない!」

 騒めく来賓客たちとは対照的に、桂はドヤ顔をして踏ん反りがえっている。その一歩後ろでは、手を握られたままの少女ー村里胡桃ーが泣きそうな顔をしているのだが、どうやら気付いていないようだ。

「私がやった、という証拠でもありますの?」

「王宮の侍女たちに命令できるなど、お前くらいなものだろう。俺が胡桃にばかり優しいからと、嫉妬したに決まっている!」

 前世の記憶でセリフまでは思い出せなかった牡丹だが、こんなに陳腐だったかしら?と、溜息を吐きそうになった。警備団長子息であり、牡丹も在籍している国内の高等学校に共に通う身だ。せめて校内にいないことぐらい、分かりそうなものなのだが、本当に知らないのだろうか。

「申し訳ございませんが、私ではありません」

「口ではどうとでも言えるさ。だがしかし、俺はお前を許さん!婚約は破棄させてもらう!」

 桂の一言に、大広間は静まり返った。そんな中で背後からは大きな物音がしたが、多分息子を殴り飛ばしに行こうとした警備団長を、国王陛下と宰相あたりで抑えているのだろう。あとでお父様にお礼をしよう、と牡丹が考えていると、今まで黙っていたテレンスが口を開いた。

「婚約破棄とは、どういうことだろうか」

 普段よりも低い怒気を含んだ声に、牡丹は肩を揺らした。それに気付いたテレンスは繋いだままの手に力を込め、視線だけで笑いかけてくれる。

「そ、そのままの意味だ!俺はそいつと、幼少の頃から婚約しているからな」

 テレンスの怒りに怖気づきながらもそう返した桂に、来賓客たちは再び騒めき出した。どうやら、ここに居る国民たちはその勘違いに気付いたようだ。

「私、元苑様と婚約をした覚えはございませんが」

「はあ!?」

 今までよりも大きな声に、後ろに立つ胡桃が飛び上がった。その瞳には涙が浮かんでおり、牡丹はただただ可哀想になってしまう。

「確かに幼少の頃、私と何人かの婚約が打診されました。しかし恋愛結婚である国王夫妻、つまり私の両親がそれを反対したため、私も兄たちも、婚約者を決めておりませんでしたの」

「その証拠に、第一王子殿下は元貴族籍ではないご学友とご結婚された。諸外国にも伝わるくらい有名な話だと思っていたが、違うのか?」

「それ、は・・・・」

 しどろもどろになるところを見る限り、どうやら知ってはいるらしい。それなのに何故、牡丹と婚約をしていると勘違いをしていたのか。

「それに先日受理されたばかりだが、牡丹の婚約者はオレだ」

「なんだって・・・?!浮気していたのか!」

 いやだからなんでよ、と牡丹は心の中でツッコミを入れる。婚約していないし、した過去もないと話しているのだが、桂は理解出来ていないのだろうか。

「ついでに言いますと、いじめの件も存じ上げませんわ。だって私、二日前までジェニスタ国に留学しておりましたもの」

「留学!?」

 本当に知らなかったのね、と牡丹は溜息を吐いた。今度は我慢をすることをなく、これ見よがしに。そしてさすがに来賓客の中からも「え、知らなかったのか?」「あんなに盛大にお見送りしたのに?」と、ひそひそ話が聞こえ出した。

「ですが、それが事実であれば王宮の品位が下がります。早急に調査をいたしましょう」

「それが良い。そちらの女性も、問題はないね?」

 二人で胡桃を見ると、その視線に気付いたのか桂が背後に庇った。それにより掴まれていた手は離され、胡桃はまた一歩、後退る。

「あの、わたし・・・・」

「そんなもの必要は」

「っ、申し訳ありませんでした!」

「胡桃?!」

 桂の言葉を遮るように、胡桃は良く通る声で謝罪をすると、深々と頭を下げる。これには驚いたのだろう。桂は慌てて胡桃に頭を上げさせようとするが、彼女は動こうとしない。

「わたしが、元苑様の優しさに甘えてしまったのです!親元を離れた寂しさから、つい・・・。ですが決して、いじめなどではありません!」

 突然の告白に、桂の顔は青くなる。だが牡丹たちは、そのことを知っていた。桂の計画が発覚した後、王宮内の侍女全員に話を聞き、『逸脱した指導、及びいじめはなかった』と結論が出ている。ちなみに古着に関しては、胡桃本人から「新品はもったいないので」と、侍女長に直談判したそうだ。

「なんで、そんな・・・・・」 

「申し訳ありません」

 頭を抱えてふらつく桂に、胡桃は謝罪の言葉をかける。当初と予定は少し違ったが、ここら辺でお開きにするべきだ。そう思い、牡丹が壁際に待機している警備団員たちを呼ぼうとした、その時だった。

「お前が、お前がいなきゃ!もっと悪役令嬢らしくしてりゃ、くるみんと結婚できたはずなのに!」

 青白い顔色から一転、怒りで赤く染まった顔をした桂が、懐から取り出した短剣を手に牡丹のほうへ走って来た。

「危ない!」 

 咄嗟にテレンスが牡丹を抱き締め背を向けるが、彼は今何も持っていない。慌てて走って来る警備団員も、間に合う距離ではない。来賓客からは悲鳴が上がり、壇上からは警備団長が叫んでいる。それをまるでスローモーションのように、牡丹は見ていた。

(あ、これやばいかも)

 テレンスの腕の中で目を閉じ、覚悟を決めた牡丹の耳に届いたのは、陽気な友人の声だった。

「はーい、そこまで」

 突如としてテレンスと桂の間に現れた彼女が手を叩くと、桂の体は崩れ落ちた。その音に恐る恐る顔を出した牡丹が見たのは、ローブを着た友人の後ろ姿と、桂を捕縛する警備団員たちの姿だった。

「もう大丈夫だよ、牡丹」

「〜〜ミルカぁぁっ!」

 振り返って微笑むミルカに、牡丹は飛び付いた。



 その後、大宴会はお開きとなった。予定通りであれば桂を任意同行するつもりだったのだが、あんなことになったのだ。さすがに、続けることはできなかった。その代わりに二日後、改めて大宴会を開くことになった。


「報告は以上です」

 会議室に集まった面々は、宰相からの報告を聞き終え、それぞれが一息吐いた。

「ルディーニ殿には、ご迷惑をおかけします」

「頭を上げてくださいな。私からすると、とても良いけんきゅ・・・・んん、協力者が見つかっただけですから」

 言葉を濁したミルカに、牡丹は笑いそうになった。国王も同じだったらしく、頭を上げ苦笑している。

 今この部屋に集まっているのは、国王夫妻と宰相、警備団長、牡丹とテレンス、そしてミルカだ。実はミルカ、アスピスリア共和国の代表者として建国祭に参加していたのだ。

「あの方のオーラは、とても汚れ切っています。たぶん、本来の色に戻ることはないでしょう」

「そうですか」

 あの断罪劇という名の三文芝居中、ミルカは隠れて桂の【オーラ鑑定】をしたそうだ。すると見えたのは、黒く汚れ切ったオーラ。そして名前は塗り潰され、別の名前で上書きされていたという。ちなみに余談だが、牡丹の場合は前世の名前らしきものがカッコ書きになっているそうだ。らしきもの、というのはミルカが「読めない字だったし、めっちゃ薄い」と言っていたからだ。

「息子は・・・・入れ替わっていたのでしょうか?」

 沈痛な面持ちでミルカに問いかけたのは、警備団長だ。普段は豪快な彼も、息子の起こした騒動とその顛末が、堪えているようだ。

「断言はできないのですが、入れ替わりというよりも、乗っ取りに近いかと。私も初めて見たので詳細は不明ですが、本来の『元苑桂』という人物の魂ごと、別人の魂に取り込まれたような・・・・」

「彼が話している悪役、というのが関係しているのかね?」

「ええ、おそらく」

 国王の言葉に、牡丹は手を握りしめた。

 捕縛後、取り調べで桂が話した内容は、予期せぬものだった。

『俺は生まれ変わったんだ。ここは前世でやってたゲームの世界で、俺はヒロインルートにちゃんと進んでいて、最後はくるみんと結婚するはずだったのに・・・!なんで悪役令嬢の牡丹がいないんだよ!しかも俺と婚約してないとか、おかしいだろ!バグだろこれ!』

 聴取の報告を受けた時、牡丹の目の前は真っ暗になった。ヒロインである胡桃が転生者ではなく、桂がそうだったとは。しかもゲームの世界だと信じ切っており、今も牢の中で「やり直しだ!」と叫んでいるという。

「彼が言っている前世や転生というものは、私が長年研究しているものと密接に関係していそうなのです。ですからどうぞ、彼の今後はお任せくださいな」

 淑女の微笑みでそう話を閉めたミルカに、警備団長は深々と頭を下げた。

 

 会議室を出て、牡丹はテレンスと共に廊下を歩く。ミルカはこれから、桂を連れて自国へ帰る為の準備をするそうだ。せめて旅費は出させて欲しいと国王と宰相が話していたので、とても良い笑顔をしていた。

「結局、ミルカ嬢にオイシイところ全部持っていかれた気がする」

 待機していた梓に出迎えられ、牡丹の自室でお茶を飲みながら、テレンスはそう独り言ちた。

「そうね。まさか無詠唱で魔術を使えるとは、思ってもみなかったわ」

 一息つき素に戻った牡丹も、あの時のことを思い出して遠い目をした。

 牡丹とテレンスが桂に襲われそうになったあの時、なんとミルカは無詠唱で魔術を発動し、桂を眠らせていたのだ。あの手を叩いた動作で、発動させたのだという。

「でもテレンスだって、私を守ってくれたじゃない」

「覆い被さることしか、出来なかったけどな。オレも護身用に短剣持っておけば良かったよ」

 だらしなく椅子に凭れ掛かりながら、テレンスは悔しそうに顔を歪める。どこか子供っぽいその表情に、牡丹は思わず笑ってしまった。

「まあいいじゃない。誰もケガしなかったんだから」

「まあ、そうだな」

 カップをソーサーに置くと、開け放たれた窓から風が吹き込んだ。それに乗って、賑やかな国民たちの声が届く。子供たちの笑い声や、歌声。大人たちの歓声。暖かな日差しとともに室内へ運ばれてきたそれらは、まさに、牡丹が守りたいものだ。

「終わったんだ」

 窓の外に視線を向けたまま、ぽつり、とそう漏らす。そこには、今までの苦労が滲んでいた。

「なあ牡丹。お前が危惧していた断罪は、もう終わった。それでも、その・・・・婚約者でいてくれるか?」

 視線を戻すと、とても真剣な顔をしたテレンスがいた。その瞳には牡丹しか映っておらず、不意にすとん、と牡丹は理解した。

「ええ、もちろん。だってね、テレンス」 

 心地良い風が吹き抜け、牡丹の髪を揺らした。それを手で押さえながら、牡丹は正面に座るテレンスに微笑んだ。

「『牡丹』も『私』も、あなたのこと大好きなんだもの」



 翌日。コウヅノ国は牡丹第一王女殿下の婚約発表で、より一層お祭り騒ぎになった。

ミルカ「あー、肩こった!堅っ苦しい言葉遣い、苦手なんだよー!」

牡丹「ふふ。様になっていたわよ?魔術師さん」

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