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巻き込みたくない。でも・・・・

ちょっと短いです。

牡丹とミルカの会話が、一番書いていて楽しかったです。

あと、紅葉さんは牡丹の専属侍女さんです。

 婚約。それは牡丹の前世では、聞き慣れないものだった。いや、漫画や小説、アニメなどでは多用されていたが、身近なものではなかった。

 しかし、この世界は違う。貴族制度がなくなったコウヅノ国でも、身分制度がないジェニスタ国でも、それ以外の各国でも、年頃の子息子女には婚約者がいたりする。もちろん全員ではなく、ただの慣習となっている国や地域もある。その為、仮にも一国の王族である牡丹にとって、その話が持ち上がるのも分かるのだが・・・

「なんでこのタイミングで・・・・・」

「なんでかねぇ?」

 頭を抱える牡丹をよそに、ミルカは軽い返事を返す。今日は休校日なので、牡丹が滞在しているゲストハウスまでミルカに来てもらっている。侍女たちには退室してもらったが、外に声が漏れる危険性はある。その為、大声で叫びたい気持ちを抑え、牡丹は溜息を吐いた。

「とりあえず返事は保留にしてしまったけれど、あまり待たせることもできないし・・・。でも、このままだと」

「まぁ、確実にテレンス会長も巻き込まれるよねぇ」

「やっぱりぃぃ」

 テーブルに突っ伏してしまった牡丹の頭を、ミルカが撫でてくれる。慣れていない雑な手つきに、牡丹は思わず笑いそうになった。

「ところでさ」

「うん?」

「前世とか強制力とか、全部取っ払って考えた場合、牡丹は会長のことどう思ってるの?」

「どう、って・・・・」

「好きか嫌いか。好意を持てるか、否か」

 それを聞かれ、牡丹は言葉に詰まった。

 はっきり言ってしまうと、今までの『国府津原牡丹』はテレンスのことを幼馴染としか見ていなかった。しかし、今の『国府津原牡丹』にとっては、また違う存在だ。

 何故ならば、顔がドストライクでタイプなのだ。

 あと余談ではあるが、前世の彼女は恋愛事に弱かった為、好意に慣れていないのもある。

「私はこの話、受けていいと思うよ。会長なら、強制力にも強そうだし」

 顔を上げれば、笑顔のミルカがいる。茶化しているようで、真剣な彼女の言葉に、牡丹の心は揺れた。

「でも、巻き込むのは嫌なの」

 母国からの定時連絡では、今のところ目立った動きは無い。それでもいつ何時、強制力が働くかは分からない。

「それさぁ。ほぼ答えじゃん」

 お茶請けの焼き菓子を摘みながら、ミルカは声を出して笑った。

「巻き込みたくないってことはさ、それだけ牡丹にとって大切、ってことじゃないの?」

 直球で返された言葉に、牡丹は二の句が告げなかった。


 イルゼ夫人とのお茶会から一週間後。学校は定期試験の時期になり、牡丹も例に漏れず試験勉強真っ最中である。この留学は母が決めてくれたものとはいえ、牡丹の逃げたい一心が大本ではある。それなのに補習になど、なれるはずがなかった。

 そうして定期試験が終わる頃には、あれから三週間が過ぎていた。さすがにそろそろ、返事をしなければならなかった。

「牡丹様、緊急の通信が入っております」

 自室で荷造りをしていた牡丹の元へ、同行してくれている梓がやって来た。その顔は緊張しており、何か母国で起こったのだと、容易に察する事ができた。

『大変だ、牡丹。予定外のことが起こった』

「何があったの?お兄様」

 通信相手は、第二王子の柊だった。その隣には、母親である王妃も居る。

『三週間後の建国祭については、聞いているな?』

「ええ。一度帰国するつもりだけど」

『その時に、警備団長の子息である桂が、お前への婚約破棄をしようとしていることが分かった』

「・・・・・・なんで?」

 思わぬ展開に、思わず素になる牡丹だった。

『それは私たちも知りたいところよ。だからね、牡丹ちゃん。テレンスを連れて帰ってらっしゃい』

「え、でもテレンスは・・・」

『婚約を申し込まれたのでしょう?お母さんは大賛成よ!』

『段取りはこちらで組んでおくからな!』 

「いや、だからね?!お母様!お兄様!話しを聞いてよーーー!」

 無情にも、牡丹の叫びを聞き届けてくれる家族はいなかった。

 さて、ここからが大変である。幸いにも学園は雨季の長期休暇に入る為、学業に問題はない。ただ天候が不安定なるので、早めに出発をしようと考えていた。荷造りはほぼ終わっているのだが、テレンスを連れて来い、となると事情が変わってくる。

「紅葉、至急ティルヴァーン元首夫妻に謁見の申請を。手紙は今から書きます」

「かしこまりました」

「梓はドレスの準備を。先方との都合が合えば、明後日にはあちらへお伺いします」

「かしこまりました」

 控えていた侍女達に指示を出し、牡丹は自分が持つ一番上等な便箋を取り出した。これはもう、迷っている暇など無い。

「こんなかたちで、返事をするつもりじゃなかったんだけどなぁ」

 小さく零れたのは、彼女の本心だった。


 紅葉に手紙を届けて貰うと、そのまま返信の手紙を手にして帰って来た。するとそこには、『明日の午後いらっしゃい』という、これまた急すぎる返答が書かれていた。大慌てで準備をし、指定された時間にティルヴァーン邸に伺うと、そこには満面の笑みを浮かべた元首夫妻と、珍しく緊張をした面持ちのテレンスが待っていた。

 そこからはもう、怒涛の展開であった。婚約の手続きをし、帰国の同行して欲しいことを伝え(昨日の内に、コウヅノ国から連絡がきていたそうだ)、二人っきりになったところで、テレンスに前世と断罪について話をした。テレンスは笑うこともなく、「お前が大人しくなった理由が分かった」と言ってくれた。どうやらお転婆が鳴りを潜めたことに、少し違和感を感じていたらしい。

「で、本当に婚約して良かったのか?」

 その声音には、不安と期待がない交ぜになっていた。それでも向けられる視線は強く、牡丹は目を逸らせない。

「ええ、もちろん」

 こんなかたちで結んでしまった婚約だが、牡丹は後悔していない。ただ自分の断罪劇に巻き込んでしまうことだけが、申し訳なかった。

「あなたこそ、本当に私でいいの?」

「オレ?」

 牡丹からの逆質問に、テレンスは目を瞬かせた。そうして、子供の頃から変わらぬ、優しい笑みを向ける。

「オレは『小さい頃の牡丹』も『今の牡丹』も、全部ひっくるめて好きだよ」

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