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心強い友人と一緒に、留学を満喫する・・・予定だった

 それからのことは、正に怒涛であった。

 王妃改め母が父(国王)と兄たち(王子たち)を説き伏せ、重鎮たちに根回しをし、なんと一ヶ月後には牡丹の希望通りに友好国への留学を決定してくれたのだ。さすが、元敏腕外交官。

 そうして決まった牡丹の留学先は、海路を二日、陸路を馬車で三日程かかる、ジェニスタ国だった。ここの国はコウヅノ国と昔から交流があり、良き貿易相手でもある。しかもジェニスタ国の現国家元首夫人は、牡丹の母と旧知の仲だ。その為、牡丹も夫人と会ったことがある。

「お母様、様々って感じよね」

「ほんとにそれ」

 牡丹の正面に座り、くすくすと笑いながら珈琲を飲むのは、ミルカ・バレー・ルディー二。留学先の学校で知り合った、牡丹の友人だ。そして彼女、実はアスピスリア共和国の魔術師だったりする。

 留学生として入学した牡丹は、予想通り初日から遠巻きにされた。一応新学期から入学したとはいえ、予定外の留学生だ。色々と勘繰られても仕方がない。それでも物語の舞台から離れ、前世のように学生気分を満喫するぞ!と、牡丹は浮かれていた。そう、浮かれていたのだ。

『お姫様、ちょっと良いですか?』

 図書塔へ向かう道中、声をかけられ振り返ると、見知らぬ女生徒が立っていた。栗色のショートカットで、小柄な子。身に着けているタイの色から、同学年なのは分かった。

『なにかしら?』

 本来ならば、不敬罪と言われるような声のかけ方だった。しかし牡丹は気にせず、注意をするような生徒や教師も、丁度周りにはいなかった。牡丹が返事をすると、その女生徒は上から下まで牡丹を観察したあと、にやり、と笑った。

『あなた、何者ですか?』

 それが、ミルカとの出会いだった。


「あー、面白い。牡丹の話は、何回聞いても面白い!是非とも魔術と医術でいろんなことを調べたいけど、出来ないのが悔しい!」

「協力はしてあげたいけど、国際問題になるからやめてね」

「わかってまーす」

 アスピスリア共和国に居る魔術師は、とても稀有な存在だ。その中でも特殊な魔術を扱える者は、基本的に国外へ出ることはない。

「はぁ。それよりも私は、未だにミルカのほうが信じられないわよ。まさか、あの有名人だったなんて」

「しー!それは秘密だってば!」

 現在、アスピスリア共和国内で特殊魔術を扱えるのは、公表されているだけで三人。なんと、ミルカはその一人だったのだ。

 彼女はアスピスリア魔術研究所の所長を父に持つお嬢様で、研究員。このジェニスタ国に来た理由は、彼女の研究分野である【空間転移】について研究するためだという。なんでも二百年ほど前に、この国で異世界転移してきたと主張する者がいたらしい。その文献と証拠を探すために、留学していたそうだ。

 そして彼女の特殊魔術、それによって牡丹は初対面である彼女に異世界転生者であることを見抜かれてしまった。ミルカの特殊魔術は【オーラ鑑定】というもので、魔力を目に集中させることで相手の素性や病歴、スリーサイズまで分かるのだという。それを聞き「スリーサイズはやめて!」と懇願したのは言うまでもない。

「それで、牡丹はこれからどうするつもり?連絡はとってるんでしょ?」

「まあね」

 転生者であることを見抜かれた牡丹は、その日の内にミルカに全てを話した。隠し通せる気もせず、なによりも魔術師であることが信頼できる点であったからだ。それは当たりだったようで、彼女が他の人に話した形跡はない。そのおかけでこうして、相談相手になってもらえている。

「昨日お母様から連絡が来て、近況を聞いたわ。どうやら、宰相の子息とヒロインが接触したみたい」

 コウヅノ国からは、通信用魔道具で連絡を取り合っている。この魔道具はアスピスリア共和国の魔術師たちが作り出したものであり、各国に貸し出されているものだ。

「お、動きだす感じ?」

「どうかしら。でも柊お兄様は私の話を信じて警戒してくれているようだし、あとはまだ様子見ね」

 柊とは、攻略対象者の一人である、牡丹より二つ年上の第二王子だ。母である王妃から外交の英才教育を受けており、今は外交官として王宮で働いている。

「牡丹の言う強制力が働かない限り、王子ルートはなしってことか」

「そうだと思いたいわね」

 腕を組んで仰け反るミルカは、椅子ごとこけないよう器用にバランスをとっている。すると温室の出入り口を見て、「お」と小さく声を上げた。

「やあお嬢様方、オレも交ぜてくれないか?」

 出入口に立って声をかけてきたのは、テレンス・ロ・ティルヴァーン。ジェニスタ国の国家元首子息であり、この学校の生徒会長だ。

「ごきげんよう、テレンス様。申し訳ございませんが、今は二人きりのお茶会ですの」

 淑女の笑みでやんわりとお断りをすると、テレンスはあからさまにがっかりとした顔をした。

「それならば仕方ない、か。それじゃあ、これだけ渡していくよ」

 座っている牡丹に近づくと、テレンスは持っていた鞄から封筒を取り出した。手渡されたそれに押されている印璽は、国家元首夫人のものだ。

「母からは個人的な誘いだ、と聞いている。知人のおばさんの話し相手になると思って、気軽に来てくれ」

「・・・分かりました」

 おばさん、というところでミルカが吹き出しそうになっていたが、気付かなかったことにしておく。指摘をしてしまうと、さすがに不敬罪になりかねない。

「じゃ、オレは帰るよ。牡丹、ミルカ嬢、また明日」

「ええ、また明日」

「また明日~」

 手を振って温室から去って行くテレンスを見送ると、牡丹は封筒に視線を移した。テレンスの母であるイルゼ夫人と会うのは、数年ぶりだ。たぶん近況を知りたいのだろうが、さて、何をどこまで話そうか。牡丹が封筒を見つめたまま逡巡していると、視界の端で意味ありげに笑うミルカの顔が見えた。

「なに?」

「べっつに~?牡丹も罪づくりだな、と思って」

「なんのこと?」

「さ、私たちも帰ろうか」

「え、ちょっとミルカ!」

 訳知り顔で鞄を持ち温室を出て行くミルカを、牡丹は急いで追いかけた。



 週末の昼下がり。ジェニスタ国の首都にあるティルヴァーン邸の庭先で、牡丹はイルゼ夫人とお茶をしていた。これはあの日テレンスから渡された手紙により実現した、夫人の個人的なお茶会である。

「カスミは元気?」

「はい。相変わらずです」

「ふふ。あなたも元気そうで良かったわ。この国には、慣れたかしら」

「おかげ様で。ただ乾季が近いせいか、目のやり場に困ります」

「それは・・・・慣れるしかないわね」

 困ったように微笑む夫人に、牡丹も同じく微笑み返す。その胸中では、慣れるしかないのか、と溜息を零しながら。

 

 ここで少し、ジェニスタ国について説明しておこう。

 ジェニスタ国はコウヅノ国よりも南方にある、熱帯気候の国だ。乾季と雨季がはっきりとしており、一日の寒暖差が激しい。日中の気温が高いためか、この国の人々は、男女問わず薄着だ。前世の記憶である程度の薄着には慣れているつもりであった牡丹だが、予想以上で驚いた。

 そしてこの国は、国家元首を主軸とした議会制完全能力主義の国でもある。貴族階級などの身分差はなく、条件をクリアできれば(前科アリは別として)誰でも議員に立候補できる。しかも二年ごとに総入れ替えをし、国家元首さえ国民からの支持が低下すれば、任期前に辞めることになるという。ちなみにティルヴァーン元首は人気が凄まじく、ファンクラブまであるらしい。

(このやり方、うちの国にも導入したいんだけどねぇ。未だに元貴族がのさばっていて、進まないんだよなぁ)

 淑女の笑みで話しながらも、牡丹はイルゼ夫人からのお役立ち情報を聞き洩らさないよう、必死に頭に叩き込む。さすがは政界の婦人部で生き抜いてきただけあり、イルゼ夫人の話術は巧みだ。

「そうそう!あのね、ガリタに孫が産まれたそうなの」

「まあ!それは目出度いですわ。すぐに、お祝いの品を贈らないと」

「確か末娘が、貴女と同級だったかしら?」

「そうです。なるほど、それで彼女は昨日お休みでしたのね」

 同じクラスの友人を思い浮かべ、牡丹は嬉しそうに微笑む。

 友好国の第一王女という立場である牡丹は、はっきりと言って校内で最初の頃は浮いていた。身分差がない場所に突然やって来た高位な存在なため、致し方無いことだった。それでも元来明るく人懐こい牡丹の性格と、初日に打ち解けたミルカが居たため、今では敬語もなしで話せる友人や同級生が増えた。

「可愛いわね」

「ええ、赤ちゃんは可愛いです。私のところの姪も、本当に可愛くて。知っていらっしゃいますか?可愛いは正義ですのよ、夫人」

「ふふふ。そうね、赤ちゃんも可愛いわね」

 くすくすと笑う夫人を見て、牡丹は何か齟齬があったことに気が付いた。だが今話していた内容は、大臣の一人に孫が産まれた、というものだったはずだ。何か聞き逃したのだろうか、と焦り始めた牡丹をよそに、イルゼ夫人はにこやかに告げた。

「ねえボタンちゃん。うちの愚息と婚約しない?」

「・・・・・・はい?」

「それは了承かしら?」

「ちちちがいます!疑問のほうです!」

 驚きのあまり素で返事をした牡丹を見て、夫人はより笑みを深める。牡丹は混乱する頭で、なんとか状況整理を始めた。

「えっと、息子というのはテレンス様、でしょうか?」

「そうよ。流石にまだ十歳の次男を薦めないわ」

「愚息という感じはしないのですが」

「そこなの?疑問点」

「いえ、婚約というほうがもちろん重要ではありますが!」

 母親同士が友人ということもあり、遠距離ではあるが牡丹とテレンスは幼馴染に近しい。幼い頃から両親に連れられて、よく互いの家に泊まったりした。まあ、家というか王宮と公邸になるのだが。

 そんな二人の間で、今まで婚約といった話は出たことがない。もしや牡丹の知らないところで、内々に話が進められていたのだろうか。

「ちなみにカスミは、ボタンちゃんが良ければ構わない、って言っていたわよ」

 どうやら、母親同士の間で進んでいたようだ。

「あの・・・何故、私なのでしょうか?」

 友好国の第一王女。友人の娘。息子の幼馴染。どれが理由だとしても、納得できそうでできない。もちろん国同士の関係強化のために、ということも考えられたが、コウヅノ国と違い、ジェニスタ国はいつ元首が代わってもおかしくはない。世襲でもないので、結婚だけで強化にはならないだろう。

「だってテレンスの初恋相手、ボタンちゃんなんだもの」

「へ?」

 再び素で返事をした牡丹は、予想外の答えに固まった。

(はつこい・・・?だれが?だれの?え、だってそんな素振りちっともなかったじゃない!)

 牡丹からすると、テレンスは幼い頃からの友人であり、遠方に住む幼馴染のような感覚である。今でもお互いの誕生日には祝いの品を贈り合い、手紙のやりとりもしていた。だがテレンスからは一度も、そんな雰囲気の言葉すら貰った覚えはない。

「あら、丁度帰ってきたわね。テレンスー!こっちにいらっしゃい!」

「え、ちょっ、まってください!」

 イルゼ夫人が声を上げてテレンスを呼んだ為、牡丹は慌てて止めようとした。しかしそれは間に合わず、私服姿のテレンスがすぐに顔を覗かせた。

「こんにちは、牡丹。なんだよ母さん、オレ早くシャワー浴びたいんだけど」

 テレンスはにこやかに牡丹へ挨拶をした後、息子の顔で母親に向き直った。服装から察するに、兵団に混じって訓練をしてきたのだろう。

「あらいいじゃない、少しくらい。ねえテレンス、貴方そろそろ婚約する気なぁい?」

「婚約?」

 突然の話題に、何か思い当たる節があったのだろう。どこなく、テレンスの頬が引き攣った。

「おい、まさか・・・・」

「話しちゃった」

 にっこりと、有無を言わさない笑顔で答えるイルゼ夫人。それを見て、テレンスはその場に蹲り、頭を抱えて呻きだした。

「テ、テレンス?だいじょ」

「なんで言うんだよクソババーーーーー!!」

「失礼ね!まだぴちぴちの四十代よ!」

 その後始まった親子喧嘩に、牡丹は右往左往するしかなかった。

蛇足ですが、ガリタさんはジェニスタ国の教育・育成学部の学部長夫人です。牡丹の同級生のお母様になります。今後は出てきません笑

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