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断罪回避するため、逃げることにしました

(まずいことになった)


 鏡に手を当て、まじまじと自分の顔を見ながら、国府津原(こうづはら) 牡丹(ぼたん)は冷や汗を流していた。

 彼女はここ、コウヅノ国の第一王女だ。御歳十七歳。王女、という肩書ではあるが、数十年前に王政から議会制に変わったため、彼女自身が政治に関わることはほぼない。時折、他国との晩餐会に出席する程度だ。

 そんな彼女は今、唐突に思い出した前世の記憶により、大混乱している。

 いや、きっかけはあった。一番上の兄に子供が産まれ、母と共に大はしゃぎで子供部屋の飾り付けをしていたところ、椅子から落ちたのだ。そしてそのショックにより、走馬灯と一緒に前世の記憶が蘇った。死にかけてるよね?という言葉は無視させてもらう。

 混乱しながらも、牡丹は引き出しからノートとペンを取り出し、一心不乱に思い出した記憶を書き始める。記憶の整理と、忘れてしまうことへの恐怖のためだ。それもそのはず。

 その記憶は、これから起こり得るであろう、最悪の事態を示していたからだ。


 牡丹の前世は、この世界とはまるで違う世界であった。死因は覚えていないがこの状況から察するに、異世界転生というものだろう。前世で『流行っているから』とおすすめされて友人から借りた小説が、まさにそういった内容のものばかりであった。それにより、落ち着いた牡丹は現状を正確に受け止められた。そして今の自分が、その時に読んだ小説の登場人物であることも。

「まさか、悪役令嬢になるとはねぇ」

 あの後、記憶を書き留めている最中に侍女がやって来て、すぐさま医師の診察を受けた。『安静に!』と言われてしまったため、ベッドから起き上がることが出来ない。義姉が産まれたばかりの姪っ子を連れて、帰ってきたのに!会いたいのに!と叫びたかったが、自分の不注意が原因なので、黙るしかない。一つ溜息を吐いてベッドに寝転んだまま、牡丹はもう一度前世を思い出してみる。この世界にはないビル群、家電製品、文化。そしてこの世界にそっくりな世界を描いた、小説。

 問題の小説はゲームのノベライズだったはずだが、その内容はありきたりなものだった。平民の少女が苦労を重ね、努力した結果宮殿に就職する。そこでは平民であることを理由にいじめを受けるのだが、それを目撃した宰相子息に助けられる。その後も第二王子、警備団長子息、豪商の子息たちと出会っていく。もちろん、お邪魔虫である悪役令嬢も出てくるのだが、それがまさかの、牡丹だった。ただこの国にはもう、貴族階級がない。王族と未だに呼ばれてはいるが、その権限もほぼ無く、この国の代表者という側面が強いだけだ。

「その点が違うのよね」

 細かい設定までは思い出せない為、どこまでが同じなのかが分からない。しかし一つ言えることがあるとすれば、この世界はあの小説に似ているが別物である、ということだろう。その証拠に、小説では傲慢・我儘・上級思想という正にザ・悪役令嬢であった『牡丹』だが、現実の彼女は節約大事・家族大事・国民の皆さんは絶対守る!という、お転婆お嬢様だ。ちなみに、家族仲はすこぶる良い。

「殿下、失礼致します」

 部屋のドアをノックして入ってきたのは、侍女長だった。その後ろには、ワゴンを引いた専属侍女の梓がついてきている。

「申し訳ございませんが、今日の夕食は自室でお願い致します」

「え!」

 ワゴンを見た段階でなんとなく気付いてはいたが、言葉にされると驚いてしまう。という日を楽しみにしていた牡丹にとっては、ショックが大きすぎた。

「なんで?私は・・・」

「理由は、説明するまでもありませんよね?椅子から落ちて頭を強打して脳震とうを起こしたのは、どなたでしたでしょうか?」

「・・・・はい、ここで食べます」

 幼い頃から世話になっている侍女長には、逆らえない。梓だけでは言いくるめないと分かっていたのか、たまたま一緒に来たのか。思わず答えを求めるように牡丹は梓を見るが、視線は逸らされ、答えは得られなかった。

「祝賀会は、また後日になりました。ですので、ご安心を」

 そう言い残し、侍女長は下がっていく。残された牡丹と梓はドアが閉まった音を聞くと、同時に詰めていた息を吐いた。

「なんか、ごめんね」

「いえ。侍女長もあれで、牡丹様のことをとても心配されていましたから。さあ、お食事にしましょう」

「そうね。そうしましょうか」

 梓が用意をし、ベッドに腰かけたまま夕食をとることにした。病人食というほどのものではないが、普段よりも量は少なめだ。牡丹一人きりの食事は静かで、そのせいなのか、頭の中ではまた記憶を辿りはじめてしまう。

「牡丹様?」

 名を呼ばれて、牡丹は我に返った。顔を上げると、梓が不安げな瞳でこちらを見ていた。どうやら考え込むあまり、食事の手が止まっていたらしい。

「ごめんなさい、大丈夫よ」

 そう言って笑うと、梓は一歩下がり、定位置へと戻った。しかし未だに心配そうな顔をしている。

(あれ?もしかしてこれ、使えるんじゃない?)

 食事を再開した牡丹は、ふと思いついた。

 あの小説は、おきまりだった。ゲームもしていた友人曰く、どのルートを行ったとしても最後にはそれに行きつくとも。

 そう、それこそ『悪役令嬢の断罪』

 国外追放、老いぼれ貴族への輿入れ、極寒の地にある修道院。行く先はいくつかあるが、もしかしたら、この状況をうまく使えばそれが回避できるかもしれない。

「ご馳走様。梓、お茶をもらえる?」

「はい」

 そうと決まれば、あとは一人で作戦会議だ。



 前世の記憶はその後も、ふとした瞬間に蘇ることがあった。牡丹はその都度それをノートに書き留め、作戦を練り直していった。

 牡丹の作戦。それは国外に逃げること。しかし家族大好きな面々に、いきなり「家を出たい」と言ったところで、聞き入れてもらえるはずはない。そこで利用するのが、椅子から落ち頭を打ったという事実だ。

 年頃になってもお転婆で、最近まで兵士に混じって剣を振るっていた牡丹が部屋に引き篭もり気味になった。もちろん食事はしっかりと摂っており、必要な公務はしている。それでも身近な人ほどその変わりように驚き、段々と不審がられてきている。それこそが、牡丹の狙いであった。


「牡丹ちゃん、どうしたの?まだ頭が痛むの?」

 今日は耐え兼ねた母(王妃)から、お茶会という名目での聞き込みだ。あれから三ヶ月経つが、牡丹は未だにほぼ部屋に引き篭もっている。流石に心配になった母からの呼び出しに、牡丹は良い機会だと思い、作戦に打って出ることにした。

「お母様、私・・・わたし・・・・っ!」

 涙を堪え、俯く。握り締められた手は震え、それは何かに怯えているように見えた。(まぁ、演技なのだが)

「私、死にたくない・・・・っ!」

 牡丹から予想していなかった言葉が飛び出し、王妃は慌てた。椅子が倒れるのも構わず駆け寄り、牡丹の肩を抱く。傍に居た侍女も、只事ではないと悟ったらしい。部屋の鍵を締め、扉の前で待機している。

「ゆっくりでいいから、話してくれる?どういうことかしら」

「はい。信じてもらえないとは、思うのだけど・・・。椅子から落ちた時、夢を見たの」

 牡丹がぽつりぽつりと話し出した内容を、王妃はしっかりと聞いてくれた。前世、というものは伏せて話をしたが、なんとか辻褄は合ったようだ。

「つまり、三ヶ月後の新人採用で王宮にやってきた娘が王子や子息たちに可愛がられた結果、あなたが罰を受けることになるのね?あり得ないわ」

「そうですよね。私も、そう思ったわ。でもねお母様、私見てしまったのよ。採用名簿に、彼女の名前があるのを」

 牡丹の言葉に、王妃は瞠目した。だが名前が同じだけで、その夢の通りの人物とは限らない。

「あとは、この前起こった隣国での洪水も。港での漁船の転覆事故も。それ以外の大きな出来事も、ほぼ全て、夢に出てきたの」

 あの小説には詳細までは描かれていなかったが、それでも作中に出てきた出来事は、確かに現実に起こっていた。そこまで話を聞くと、王妃の顔は徐々に険しくなってくる。どうやら、ただの夢物語ではない、と勘付き始めたようだ。

「もうここまで来ると、正夢としか思えない。でもそうしたら、私は・・・・っ」

「ああ、牡丹ちゃん!落ち着いて、泣かないで」

 顔を伏せて肩を震わせる牡丹を、王妃は抱き締めた。泣き真似をしながら、牡丹は気付かれないように笑った。

(計画通り)

 もしここに、前世の友人が居たら言ったであろう。その表情と台詞は悪役のものだ、と。

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