思ってたんと違う
再びノリと勢いで書きました。
暇つぶしのスナックとして読んでいただけると幸いです。
煌びやかなシャンデリア、それそのものが芸術品といわんばかりの壁の彫刻。ホールには豪奢なドレスに身を包んだ少女たち、そして負けじと上等な礼服の少年たちが集まっている。
今日はこのローゼンマール王立学園の卒業パーティだ。
かくいう私も悪趣味な真紅のドレスを纏い、見よとばかりに宝石がずらりと並ぶネックレス(クソ重い)をぶら下げて、わくわくと浮き立つ気持ちを抑えてこの場に立っている。
そんな私の名はアルシェリア・リュイスト。侯爵令嬢であり、王太子の婚約者だ。
そしてなんと、私が愛してやまない乙女ゲームの悪役令嬢なのである。
自分がアルシェリアに転生したことに気付いたのは、5歳の頃。そして7歳で王太子の婚約者となってから、私はずっとこの日を待っていた。
ゲームのとおり我儘に振る舞い、贅沢三昧をして、平民を馬鹿にし使用人にはきつく当たった。
学園に入学してからは、表から裏から、ヒロインのミルティーネ・フランちゃんにせっせと嫌がらせをしてきた。
それもこれも、全てこの日のため!
ミルティーネと王太子のレグルスが結ばれ、私ことアルシェリアが断罪され国外追放となる日を、私はずっと待ち侘びていたのである!
何でって?
だって物語の王道じゃないですか! ヒロインとメイン攻略対象の恋!
前世で何度もうっとり眺めていた二人のときめくやり取り。身分差を超えて結ばれる二人。
その二人の前に障害として立ち憚り、恋をさらに燃え上がらせる当て馬になれるなんて、こんな幸せなことある???
しかも婚約者として推しの一人の顔をまじまじと眺めて会話までできて、邪魔者としてもう一人の推しと何度もお話できちゃうんですよ?
役得以外の何ものでもないじゃないですか!!
努力の甲斐もあって私は学園でひそひそと、具体的には分からないが確実に良くない噂を囁かれるようになった。
廊下を歩けばみんな顔を逸らすし、家では父がいつも険しい表情になっている。
そして! 今日私はレグルス様からエスコートをされなかったのだ!
もちろんドレスだって贈られていない。当然だ、レグルス様からのドレスはヒロインちゃんのものだからね!
そしてついに始まったパーティ。
レグルス様が壇上に立ち、私は胸を弾ませた。
「この記念すべき日を迎えた今、この場で、私の決意を皆に聞いてもらいたい!」
卒業生の代表でもある王太子の言葉に、会場が静まり返る。私はうっかり上がってしまう口角を隠すために扇子を広げた。
静かな会場とは正反対に、私のテンションはもはやクライマックスである。しかしいけない、自分を律さなくては。
私は悪役令嬢。そう、悪役令嬢なのだ。
この直後に婚約破棄からの断罪が待っているが、反省など微生物サイズほども持ち合わせておりませんという態度を取り、悪いのはヒロインのミルティーネちゃんだと笑いながら告げるという大仕事が待っている。そして、国外追放が決まり衛兵に腕を掴まれた際に、半狂乱になって叫ばねばいけない。
決して「イィヤッホォーウ!」などと歓喜してはならないのだ。
——そしてついに、その時はやってきた。
「アルシェリア・ルイスト侯爵令嬢! 私はこの場を持って、君との婚約を破棄させてもらう!」
レグルス様の真剣な表情、最高です。
「ありがとうございます!」と反射的に叫びそうになるのを必死に堪え、私は彼の次の言葉を待った。
ここから彼は私が今までせっせと頑張ってきた悪事を暴き、私を断罪するのだ。
私は耐えて、待った。彼の口からその悪事が暴露される瞬間を。
レグルス様が壇上からカツカツと踵を鳴らし、私の方へやってくる。
ああ、待ちに待った瞬間だ!
そう思ったのは、一瞬だった。
なぜか私を断罪するはずのレグルス様が、私の前に片膝をついたのだ。
……なんかおかしい。
記憶にない展開に静かに混乱する私に向かって、レグルス様が言った。
「そして——王太子としての政略結婚ではなく、貴女を想う一人の男、レグルス・ディラン・ハルバートとして、新たに婚約を結ばせてほしい」
レグルス様はそう言って私の手を取ると、そこへ恭しく口付けを落とした。
ナニコレ。ドユコト?
え、断罪は? そこからのヒロインちゃんとの婚約は?
なんでこんなことになってんの???
私は混乱した。混乱するなという方がおかしい。だってこんなのシナリオにないですし!?
「シェリーがフラン男爵令嬢に行ったことは知っている。だがそれも、元を正せば私が君を不安にさせるような態度を取ってしまったからだ。本当に申し訳なく思っている……」
私の手を取ったまま、レグルス様は苦いものを飲み込んだような顔で、続けた。私の混乱は置き去りである。
「君はあまりに美しくて——私は君の前では常に上手く話すことができなかった。失望されることが怖くて、贈り物の一つさえ満足にできずにいたんだ」
……ちょっと何言ってるかわからないんですけど。
「フラン男爵令嬢は、そんな私を見かねて——君ときちんと向き合い、気持ちを伝えるべきだと何度も教えてくれた。きっとシェリーはそれを見て、私の心がフラン男爵令嬢に傾いたのだと誤解をしたのだろう。本当にすまない。何度謝っても足りないほど、申し訳なく思っている」
いえ、誤解ではなくあなた方をくっ付けるためにせっせと頑張っていただけなんですけど。むしろこの状況が何かの誤解だとしか思えないんですけど。
——だめだ。いけない。惑わされるな、私は悪役令嬢! ヒーローとヒロインのための縁結びの当て馬なのだ、その役目を全うしなければ!
私はレグルス様の手を振り払い、高らかに笑った。
「レグルス様は何か思い違いをしていらっしゃるのね。わたくしが嫉妬からフラン男爵令嬢をいじめたと? 冗談ではないわ。わたくしはただあの女が気に入らなかっただけ。だから身の程を思い知らせてやったに過ぎませんわ」
「シェリー……」
悲しげな顔でレグルス様が立ち上がる。そうだ、失望するんだ! そして早く私に断罪を!
「私はそれほどまでに、君を傷付けていたんだね……」
ちがう、そうじゃない。ここ失望するとこ。
私に蔑みの視線を向けるとこですよ!?
「それでも私が愛しているのは、シェリー、君だけなんだ! 私の妃は君以外考えられない……!」
眩暈がした。
ちょっとギャラリー、感動するとこじゃないでしょ? 何でうるうるしてんの? そしてヒロインちゃんは胸の前で両手握ってキラキラした目しないで!?
レグルス様は突然がばりと私を抱きしめると、声高に叫んだ。
「私は二度と君を傷付けたりしない! 私の真実の愛は、私の全てはシェリーただ一人のものだ!」
わぁっと会場から歓声が上がる。溢れんばかりの拍手に耳が痛い。ついでにぎゅうぎゅう抱き締められて体も痛いし、予想の斜め上に羽ばたいた展開に頭が痛い。
「ちがっ、わ……わ、わ、わたくしはっ、悪女なのよーーーー!!」
私の渾身の叫びは、到底、誰にも聞き入れられそうになかった。