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「記憶の鎖」(Chain of Memories):妙×恵×清

#記念日にショートショートをNo.64『思い出は受け継がれる(Memories are Forever)』

作者: しおね ゆこ

2022/11/15(火)七五三 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n4371ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n2838d7f14bdd)

【関連作品】

「記憶の鎖」シリーズ

 ➖「ありがとう。じゃあね、バイバイ。」

家の前で、娘が同じ制服を着た男の子に手を振っていた。男の子は手を振り返すと、こちらに歩いて来、すれ違いざま僕に軽く頭を下げた。慌てて会釈を返し、数歩先にいる娘に視線を戻す。と、娘は張り詰めていた糸が切れたかのように、ふらふらとその場にうずくまった。

鈴凪(れな)!」

慌てて駆け寄り、娘の背中に手を添える。また貧血を起こしたのか、娘の顔は真っ青だった。

娘が途切れ途切れに呟く。

「…パ……パ……」

「大丈夫か?」

「…私……ちゃんと演技…出来たかな……」

「演技?」

「出来てねーよ、バカやろう。」

問い返した僕の声に、後ろから声が被さった。

言葉とは裏腹に、酷く心配そうな顔をした先程の男の子が、そこに立って鈴凪を見ていた。

「君は?」

「あ、鈴凪さんと同じクラスの才泉颯(さいずみはやて)です。今日、ちょっと調子が悪そうだったので送って来たんですけど……」

力の無くなった娘を抱き上げる。もう大丈夫だと言うように颯くんを振り返ると、彼は心配と怒りが綯い交ぜになった表情で鈴凪を見ていた。

「だ…大丈夫だよ……いつものことだから……」

「毎日こんなに貧血起こして倒れてたらそれこそ心配だっつーの!」

鈴凪の言葉に心配を奥に秘めさせて怒りが表面に浮かび上がったのか、颯くんが少し大きな声で言った。その時、話し声が漏れ聞こえていたのか、玄関ドアが開き、家の中から妻が慌てて僕たちに駆け寄って来た。

「鈴凪!➖あなた、」

「大丈夫。貧血を起こしただけだから。」

不安げに娘を見遣る妻に安心させるようにそう言い、娘を2階に運んで来ると目で告げる。妻は不安そうな眼差しで僕を見上げたが、頷くと颯くんに向き直った。

「➖ごめんね、鈴凪を送ってくれたんでしょう?ありがとう、荷物もらうわね。」

「あ、すみません。」

妻が颯くんが持つ鈴凪の荷物を受け取る。それを横目で見ながら玄関に入って靴を脱ぎ、廊下を進む。後ろで、妻が颯くんに呼びかける声が聞こえた。

「ちょうど紅茶を淹れたところだったの。鈴凪のお礼もしたいし、颯くんもどう?」


 娘の部屋を出て階下に降りて行くと、リビングの方から紅茶の匂いに揺られて話し声が聞こえて来た。

「…あの子、私に似たのか、生まれつき身体が弱くて。」

「僕に似なくて良かったじゃないか。毎日のような貧血は大変だけど、基本的には命には関わらない。」

漏れ聞こえた会話に、リビングのドアを開けて加わる。

「どうだ、妙…妻の紅茶とクッキーは。絶品だろう?」

「はい、とても美味しいです。」

颯くんが笑顔で頷き、そして僕を遠慮がちに伺った。

「元々身体があまり丈夫じゃなくてね。若い頃は発作ばかり起こして、妙…妻をよく泣かせていたよ。いまは症状は落ち着いているが。」

「そう…なんですね……」

「だから、無理にとは言わないけど、もし颯くんが鈴凪のことを本当に想ってくれているなら、あの子のそばにいてあげてほしいの。私も…恵兄がいてくれて、すごく助かったから。」

「妙は無理しがちだったからなあ。➖あの時も……」

紅茶の匂いが、僕たちをセピア色の思い出の中に運んで行く。


 それは、ほんのわずかにしか色を点けられない、数十年も前の思い出だった。

当時小学4年生だった清くんに連れられて、妙と2人、砂場で遊んでいた時のこと。季節の境い目の風にくしゃみをした清くんに一瞬気を取られたその間に、砂に足を奪われたのか、妙が転んでしまった。

「妙ちゃん、いたい?」

砂場ということもあり、大きな怪我には至らなかったのだが、妙の膝小僧は赤くなっていた。

「妙、大丈夫か?」

僕の声に、すぐさま清くんが妙に駆け寄る。妙は膝と同じように両目を真っ赤にさせ震わせていたが、それでも涙を零さなかった。


 「あとはそうだなあ。➖あの時も、」


 その思い出は、僕らが5歳の時だった。

その頃から年齢の割に身体が小さかった妙は、幼稚園で身体の大きな男の子達から揶揄いの対象になっていた。

「よ、もーらい!」

妙が被っていた制服の黄色い帽子が身体の大きな男の子に奪われる。妙は必死に手を伸ばすが、男の子はひょいひょいっと妙の手を身軽に躱していく。

「妙ちゃんの帽子、返せよ。」

ぎゅっと口を結び涙を堪えている妙の前に妙を庇うように立ち、男の子を睨む。「決して手を出してはいけない」清くんの教えを守り、ギッと男の子を睨み続ける。そう悪意はなかったのか、僕の表情にたじろいだのかは分からないが、思ったよりも簡単に「か、返すよっ!」、と男の子は僕の手に帽子を押し付けた。


 「➖あとはそうだなあ……」

古びた思い出の箱を探り、思い出の糸を手繰り寄せる。

「あ、そうだ。もう一つだけ……」

記念撮影をしたあの日の写真を手に取る。

写真の端っこで、清くんは穏やかに笑っていた。

「…懐かしいわね。この写真。」

「ああ。➖あの時、妙と僕が主役なのに、妙は〝清くんを真ん中にする〟と言って、ぐずってたよな。」

「ええ。清兄を真ん中にして、私とあなたでその両隣に並びたいって言ったのに、〝これはちゃんとした写真だから〟って、押し切られちゃって。それで大泣きして、お化粧がやり直しになっちゃって。」

「それで妙の準備に時間がかかって、僕と清くんで中華まんを食べて待っていたんだよな。」

妙の指先が、写真の中で自分と繋いだ清くんの手に触れる。写真の中で、妙は清くんと手を繋いで、目元を赤くして頬を少し膨らませていた。


 ガチャッ、とドアが開く音がして、リビングに鈴凪が顔を覗かせた。弾かれるように、颯くんが立ち上がり、部屋着に着替えて来た鈴凪に駆け寄る。

「鈴凪!大丈夫?」

「うん、もう平気。ごめんね、心配かけちゃって。」

「そっか。なら良いんだけど。」

颯くんが心底ほっとしたように、鈴凪の髪を撫でる。鈴凪が照れくさそうに笑った。

「鈴凪、紅茶飲みなさい。あったまるわよ。」

「わあ、ありがとう!ママ。」

鈴凪が椅子に腰を下ろす。

「ねえ、何話してたの?」

「いまのあなた達の話よ。」

「え〜っ何それ?」

「秘密よ、秘密。」

カップから立ち昇る湯気に、受け継がれた思い出が、ほわっと溶けていた。

【登場人物】

○鈴凪(れな/Rena):中学3年生

●才泉 颯(さいずみ はやて/Hayate Saizumi):中学3年生


●恵(けい/Kei):鈴凪の父

○妙(たえ/Tae):鈴凪の母


*回想

●清(せい/Sei):妙の兄

【バックグラウンドイメージ】

◎ぽてとて 氏作/comico『未完成定理』

▶︎(https://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=20744&f=a)

【補足】

鈴凪(れな)の名前の由来について

『未完成定理』の飯野(いいの) (すず)とその兄・(なぎ)くんから

②公開日と年齢設定について

「七五三」のすべての数字を足すと15になることから、妙・恵兄(・清兄)の3歳・5歳・7歳の思い出が鈴凪・颯の15歳の思い出になるという風に結び付けました。

*7+5+3=15

③仮タイトルについて

○『受け継がれる記憶』

【原案誕生時期】

2022年11月13日(日)

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