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6.寝室、風呂


 いよいよ寝室にかかる。扉の前に仁王立ちしたトーリは、深呼吸してから扉を開けた。

 過去の居間と似た様な光景が広がっている。本と服とが散乱し、どうやらお菓子の箱らしいのがいくつも転がっていた。くしゃくしゃと丸めて捨てられた紙屑もあり、蜘蛛の巣が埃をくっつけて、天井から垂れ下がっていた。


 初日に一回覗いたが、相変わらずひどい。こんな部屋でよく眠れると思う。

 トーリの後ろから覗き込んだスバルが「うひゃー」と言った。


「これこれ、ユーフェの家はこうじゃないと」

「こうだと困るんだよ。スバル、お前、行かないなら手伝えよ」

「えー、面倒くさーい」

「外でゴミ燃やしてくれるだけでいいから」

「あ、そういうのならいいよー」


 ひどい様相だが、居間の半分以下の広さしかないから、まだ楽と言えそうだ。しかもベッドが三、四人は並んで眠れそうなくらい巨大なので、その分ものも少ない様に見える。

 傍らには確かに冷蔵魔法庫(フリッジ)らしきものが置いてあって、その前に飲み物の空き瓶が沢山転がっていた。手を伸ばしてちょうどいいくらいの距離である。どうやら、このベッドを端から端へ転がりながら、寝たり飲んだりしているらしい。


(ユーフェの奴、寝る事に全力を注いでるっぽいな)


 まず窓を開け放ち、風を入れる。それだけで部屋の埃が舞い上がった。

 それで紙屑やお菓子の箱などをまとめて庭に放り出す。

 積み上げたそれに、スバルが火を点けた。流石にフェニックスの火は強力で、紙屑はたちまち灰になった。


 ついでに布団も全部干してしまおう、とトーリは意を決して布団を抱え上げた。

 汗やら汚れやらですえたにおいがするものだと覚悟していたが、なんでか甘い様ないいにおいがする。何なんだ、あいつは、とトーリは片付かない気分になった。


 空き瓶は洗えば何かに使えそうだ。ユーフェミアは魔女だから、薬の入れ物にもなるだろう。だからひとまとめにしてとっておく事にする。

 寝室の奥に扉があった。

 まだ部屋があるのか、とげんなりしつつ、ドアノブをひねってみたが鍵がかかっている。入れないならば仕方がない。後回しで構わない。


 ゴミを捨てて燃やし、服は集めて、本類など床周りのものを居間に避難させてから、ベッドや家具など、移動が難しいものに大きな布をかけて養生し、それから天井の汚れを落とす。そうしないと下にあるものが埃まみれになる。

 トーリは口元に布を巻いて、煤払いで天井を撫でた。ひどい量の汚れが落ちて来て、目がちくちくする様だ。しかしここには炉がないから煤汚れはなかった。その分まだ楽である。


 辺りが暗くなる頃には床まで綺麗に掃き清めて、雑巾で拭き上げた。見違える様に綺麗である。

 干した布団は温かく、日の光のにおいがした。それをベッドに元通りに敷いておく。

 スバルが面白そうな顔をしている。


「こんなになるんだ。すごいすごーい。おにいちゃん、やるじゃん!」

「はいはい、どーも。今日は終わりだな。晩飯作るか」

「いえーい!」

「結局、お前ユーフェのトコに行かなかったな……」

「だって手伝えって言われちゃったらさー、仕方ないじゃん?」

「俺が引き留めたみたいな言い方をするな! お前、飯が食いたいだけだろうが!」

「えー、寂しいおにいちゃんに付き合ってあげてるのに、心外だなあ。可愛いスバルちゃんと一緒にいられて、嬉しいでしょー?」


 とスバルはくすくす笑っている。フェニックスとは、とトーリは思った。

 蒸かした芋を潰して粉と混ぜ、小さくちぎって茹でる。昼の余りのトマトソースに水と具を足してスープ状にし、茹でた生地を入れて煮込んだ。塊肉から少し切り取って、塩と香辛料を振って焼いた。

 木べらで肉をひっくり返すトーリを見て、スバルが言った。


「器用だなあ。ボク、そういうの出来ない」

「まあ、元の手、羽根だもんな」


 シノヅキにしてもスバルにしても、普段の姿は獣だから、人間の体の扱いはさほど得意ではないらしい。特に指先の細かい動きなどは難しく、道具を使うなども苦手の様だ。

 それで夕飯を終えた。スバルは主人が留守なのをいい事に、ふかふかのベッドに飛び込んで思う存分その感触を堪能している。トーリはいつも通りソファに寝っ転がった。


 そうして一夜明けて翌日である。

 癖で夜明け前には目を覚ますトーリは、むくりと起き上って水を飲んだ。

 野菜と燻製肉でスープを作り、そこに麦を入れて粥にする。それが煮えている間に、寝室の床を改めて雑巾で拭き上げ、本を本棚にしまう。順番などはわからないから適当だが、居間の本もそうだったし、それでユーフェミアも何も言わなかったら大丈夫だろう。


 本の片づけが終わる頃には、もう明るくなっていた。しかし空には雲がかかって、少し薄暗い。事によると一雨来そうな雰囲気である。昨日布団を干してしまってよかった、とトーリは思った。


 麦粥もいい具合に煮えている。

 ユーフェミアのベッドでだらしなく寝息を立てているスバルを小突いた。


「起きろ、朝だぞ」

「んむぅ、ぐ……」


 スバルはごろんと寝返りを打って、枕を抱きしめる様にして顔を埋めた。そうしてぐうぐう言い出す。


「いや、起きろって。起きねえとくすぐるぞ」

「うぎゃぎゃ!」


 わき腹を引っ掴む様にくすぐると、スバルは身もだえして足をばたばたさせた。それでも枕にしがみついて頑強に抵抗する。


「……朝飯、食わないのか?」

「食べる!」


 パッと跳ね起きた。フェニックスとは。


 朝食を終える頃に、ぽつぽつと雨が降り出した。あまり強い雨ではないが、すぐ止みそうな気配ではない。渇いていた地面がしっとりと濡れ、草木の緑が一気に濃くなった様に思われた。

 スバルは相変わらずごろごろしている。


「おい、ユーフェたちの所に行かないでいいのか」

「雨降ってるもん」


 いいのか、それで、とトーリは思ったが、自分が口を出す事でもないかと、それ以上は何も言わなかった。

 寝室も粗方済んだし、風呂場の掃除にかかる事にした。


 まず窓から這い込んでいた蔦を引っぺがす。枯れた古い葉や皮がぼろぼろ落ちて床に散らばった。それらを箒で掃き集めて外に放り出す。

 それから箒で天井を掃き清め、ブラシで苔をこそぎ落とし、壁や天井のカビを雑巾で拭いた。

 もう長い事使われないまま放っておかれたらしい石鹸やシャンプーの瓶は、もう使えないと判断して廃棄したが、いくらかは使えそうなものもあって、そういうものはとっておく。


 風呂場には風呂場用の井戸が設えられており、これも手押しポンプで水が出る様になっていた。

 トーリは外の井戸から水を汲んで来てポンプに入れると、取っ手を上げ下げした。やがてごぼごぼ音をさして、濁った水が出て来た。しかししばらく流しっぱなしにしていると水が澄んで来た。


「よかった、使えそうだ」


 調理場にも井戸があったし、結構いい物件である。綺麗にすれば住み心地のいい家になりそうだ。

 風呂釜も錆こそ浮いているが穴は空いていない。どうやら外に焚き口があって、そこで火を焚いて湯を沸かすシステムらしい。

 ブラシで風呂釜の錆をこそげ落としてから、ふと外に出られる扉が目についたので、出てみた。

 出てすぐに下屋が出ていて、風呂の焚き口と、すっかり古びて油も抜けてしまった薪が積み重ねられていた。ここも蔦や雑草に覆われて、トーリが近づくと大小の羽虫が飛び出した。


(ははあ、ここで焚くわけね)


 しかし、風呂を経由しなければ出られないなら、玄関から行く場合は結構回らないと駄目だな、とトーリが思っていると、屋敷側に別の扉があった。どうやら焚き口のある家の裏手に出る扉らしい。しかし家の中にそんな扉があっただろうか、とトーリは思った。

 変だなと思って中から見ると、大きな本棚が扉の前にあって、すっかり隠されていたのだった。


「ユーフェの奴、風呂使わないからって……おいスバル」

「なぁにー」

「この本棚ちょっとずらすぞ。後ろに出入り口があるんだ」

「えー、本棚も一人で動かせないの、おにいちゃーん?」

「動かせるわけねえだろ、本が満載だぞ。妙なロールプレイしてねーで手伝ってくれよ」

「本出してから動かせばいーじゃん。雑魚なだけじゃなくて頭も悪いのぉ?」

「おめーこそ、フェニックスの癖に本棚一つ動かせねーのかよ。やーい、ざこざーこ」

「なんだとー! 誰が動かせないって言ったんだよ、見てろよ!」


 とスバルはぷりぷりしながらやって来て、本棚に手を置くとずずと横に押し動かした。


(こいつちょろいな……)


 魔界の幻獣の意外な扱いやすさに、トーリはほくそ笑んだ。


「どうだ!」

「いやあ、流石はフェニックス! おみそれしました。お菓子でもあげよう」

「ふふーん!」


 昨日買って来た焼き菓子をくれてやると、スバルはすっかり機嫌を直した。やはりちょろい、とトーリはにやりと笑った。


 個人宅に風呂を持っている者は少ない。町には共同浴場があり、人々は基本的にそこを使っている。自分の好き放題に入れる風呂があるというのは贅沢である。

 昼食を終えてから、焚き口周りも何とか綺麗にした。下屋の軒先から雨水がぽたぽた垂れている。まだ止みそうにない。


 もう午後になって、雲に隠れた太陽が西に傾いている形勢である。日差しはないが、少し暗さが増した様に思われる。

 風呂場まで片付いた事で、概ね掃除が終了したと言っていいだろう。しかし、細々した部分をもう少し整理せねばならない。しかも雨が降っているせいで、大量の洗濯物が干せない。


(風呂場が直ったから、洗濯自体はできるな……部屋干ししとくか)


 暖炉で火を燃やせば、部屋干しでも十分に乾くだろう。


「ついでだし、風呂がちゃんと沸くか試してみるかな」


 風呂釜に水を溜め、外の焚き口の灰を掻き出して、暖炉の火種をくべ、薪を重ねて火を点ける。ぶうぶうと息を吹きかけると、火は勢いよく燃え上がった。

 やがて問題なく湯が沸いた。釜にまだ汚れが残っていたらしく、少しお湯が濁っているが、洗濯に使う分には問題なさそうだ。


 トーリは風呂場に桶を持ち込んで、そこにお湯を汲み出し、家じゅうから集めておいた服をじゃぶじゃぶ洗い出した。石鹸を溶かした温かいお湯に服の汚れが溶け出す。


「意外に少ないな……まあ、その方が助かるが」


 部屋に散らばっている時には服もかなりの量に見えていたのだが、集めてみればそれほどではない。無論、それでも少ないわけではないのだが、とんでもない量の本や紙屑と戦った後のトーリとしては、相対的に少なく見えているらしい。

 下着肌着の類も容赦なく洗っていく。普段ならばちょっとドギマギしそうなものだが、今はともかくこの洗濯物を片付けてしまいたいという思いの方が強い。パンツなぞにかまけている場合ではないのだ。


 お湯が少なくなったので、風呂釜をこすって洗い直してお湯を捨て、改めて沸かし直す。お湯は綺麗になり、もう浸かる事もできそうだ。


「わわわっ! ちょ、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 洗濯の後片付けをしていると、何やら居間の方が騒がしい。スバルが騒いでいる。

 何だと思って振り返ると、勢いよく風呂場の戸が開いて、ずぶ濡れのユーフェミアが突っ立った。三角帽子からぽたぽたと水を垂らし、頬を膨らましている。


「あれ、ユーフェお前、帰って来るのは明日だったんじゃ……」


 ユーフェミアはそれには答えず、つかつかとやって来てトーリに抱き付いた。


「おわっ、びしょ濡れじゃねえか!」

「……ばか」


 ユーフェミアはそう言って、トーリの胸元に顔を押しつけた。

 トーリはわけもわからず、ひとまずユーフェミアの三角帽子を脱がし、頭をぽんぽんと撫でた。


「おお、風呂も綺麗になっとるではないか」


 シノヅキが来た。こちらも髪の毛が濡れている。


「シノさん、お早いお帰りで」

「それよ。スバルの奴がちっとも来やせんでな。あの暴れん坊がモンスター退治に来ないなぞ怪しい、とユーフェが言い出したんじゃ」


 ユーフェミアはむくれたまま顔を上げて、トーリを上目遣いで見た。


「……スバルがトーリのご飯独り占めしてたんでしょ?」

「あー……まあ、そうだなあ」


 トーリは苦笑いを浮かべた。シノの後ろでスバルがごまかす様な笑みを浮かべている。


「ま、そういうわけで明日までかかる筈の仕事を、急ピッチで進めてな。休む事無く蜘蛛どもを一網打尽にして、さっさと帰って来たわけじゃ」


 それが出来てしまう辺り、流石は“白の魔女”とフェンリルだ、とトーリは思った。ユーフェミアはむうと口を尖らしたまま、両手を伸ばしてトーリの頬を挟んだ。


「ご飯。お腹空いた」

「わかった、今から支度するから……」


 とりあえず洗濯が終わっていたので、洗って絞った洗濯物を籠に入れて居間に出た。


「おいユーフェ、そんなずぶ濡れじゃ寒いだろ。ちょうど風呂沸いてるから浸かっちまえ」

「やだ。お風呂嫌い」

「拒否権はない。風呂に入らないなら晩飯もなしだ」

「そんなの横暴。雇い主の意向は尊重するべきそうするべき」

「お黙り。雇い主の健康を維持するのもお手伝いの役割だ!」

「……じゃあ、一緒に入って」

「なぬ?」

「体洗ったり、髪の毛洗ったりするの面倒。トーリが洗ってくれるなら、入る」


 本気で言っているらしい。ユーフェミアはもそもそと服を脱ぎ出した。

 トーリはバッとシノヅキとスバルの方を見た。どちらも面白そうな顔をしている。


「ど、どちらか、ユーフェの世話を」

「くくくっ、雇い主の世話はおぬしの仕事じゃろ?」

「頑張れおにいちゃん☆」

「貴様らぁ……」


 何だか墓穴を掘った様な気もするが、こうなっては止むを得ない。トーリは意を決した。



  〇



 白くて艶のある肌は、水を玉の様に弾く。目の前に座るユーフェミアの背中はすべすべつやつやとしている。

 流石に自分も脱ぐわけにはいかぬ、とそこだけは譲らなかったトーリは服を着たまま、唇をかみしめながらユーフェミアの髪の毛を洗う。

 まだ未開封の石鹸があって、それはカビも生えておらず使えそうだったので、それを十分に手で泡立てて、ユーフェミアの白い髪の毛にかける。そうしてわしゃわしゃと洗った。

 ユーフェミアは目を閉じながらほうと息を吐いた。


「いい気持ち……」

「そうだろう、そうだろう。だから自分でな」

「やだ」


 ユーフェミアは背こそ小さいけれど、体つきは均整がとれており、きちんと出る所は出ている。胸などは体格の割に大きめだと言ってもよい。

 必死に目をそらし続けるトーリだが、見なければ見ないで、変な所に手が行きそうで、結局見たり見なかったり、非常にもどかしい思いをしていた。

 髪の毛を洗い流し、湯につかない様に団子に結い上げた。


「よし、浸かっていいぞ」

「体がまだだよ」

「流石にそれは……」

「やるって言うから入ったのに」

「……じゃ、じゃあ、せめて背中だけな? 前は自分で」

「どうして?」

「どうしてってお前、仮にも男に胸だの何だのをわしゃわしゃ洗われるのは嫌だろうが!」

「……トーリなら、別にいいけど」

「な!」


 思わずトーリは凍り付いた。どういう意味だろうなどと考える間もなく、頭の中は混乱一色である。

 動かなくなったトーリを見て、ユーフェミアは小さく嘆息した。


「……でもいい。わかった。背中、洗って」


 そうして向こうを向いて黙った。

 何だか非常なチャンスを逃した様でもあり、助かった様でもあり、トーリは曖昧な気分でユーフェミアの背中を洗った。泡の立ったタオルが肌を撫でる。

 大人しく洗われていたユーフェミアが口を開いた。


「あのね、『泥濘の四本角』に会ったよ。あ、今は元、だね」


 トーリはぴくっと反応したが、そのまま手を動かした。


「そうか……何か話したのか?」

「うん。トーリはわたしが雇ったって言っといた。一応」


 つまり、彼らは自分がここにいる事を知っているわけだ。今更どうこう言う話ではない。

 何だって別に構うもんか、とトーリは口を結んだ。どのみち、ここにいる自分と彼らが会う事はあるまい。


「……元気そうだったか?」

「うん。ちょっと怖がられたけど」


 そりゃあの老婆の姿で話しかけられれば怖いだろう。トーリは思わず笑ってしまった。


「まあ、やれてるなら何よりだ。あいつら。お前から見てどうだ? 強いか?」

「強いと思う。白金級なのは嘘じゃない。わたしよりは弱いけど」

「そりゃだって、お前……まあいいや。流すぞ」


 湯を汲み出して背中の泡を流してやる。つやつやした白い肌に玉になった水滴が残って艶めかしく、その白さが助長される様に思われ、再びくらっと来た。


「じゃ、じゃあ後は自分でな」


 とトーリは逃げる様に風呂場を出た。ソファに腰かけてだらけていたシノヅキとスバルが顔を上げた。


「おー、いい思いはできたかの?」

「にしし、おにいちゃんのエッチー」

「……お前ら、夕飯抜きにされたい様だな」

「だあ! それは勘弁じゃ!」

「ごめんなさーい!」


 魔界の幻獣どもはすっかり餌付けされているらしい。


 トーリは雑念を振り払う様に洗濯物を片っ端から干し、それから夕飯づくりに取り掛かった。

 小麦粉を水と卵で練り上げて寝かし、大きな肉の塊を出して少し大きめに切り分け、塩を振って置いておく。

 刻んだ野菜と茸を炒め、そこに水、香辛料、ハーブを加えてくつくつと煮込む。潰した水煮のトマトを加えてさらに煮込み、いい具合になって来たところに表面をこんがり焼いた肉を入れて、肉に火が通るまでじっくりと煮れば完成である。


 風呂から上がって、全身からほこほこ湯気を立てるユーフェミアが、ソファに座ってくったりしている。髪の毛がしっとり濡れていて、頬がほんのり上気していて、何だか色っぽい。薄手の水色のブラウス一枚というのが余計に扇情的である。さっき風呂場で見た白い裸体が脳裏にちらつく。


(ぬおお、雑念が!)


 トーリはぶんぶんと頭を振った。

 生地を麺に成形しながら、トーリはシノヅキを見た。


「シノさん、あんたもずぶ濡れなんだから、風呂に入ったら?」

「それもいいが、しかしまずは飯じゃ。肉、肉!」

「にくー!」

「お腹空いた。まだ?」


 三者三様、ぴいぴいと鳴いている。まるで餌を求める雛である。

 うるさいので、先に煮込みを出した。大きな塊肉がごろりと入っていて、自然と歓声が上がった。

 ほろほろに煮込まれた塊肉に夢中になっている連中を尻目に、トーリは麺を茹でて、バターと茹で汁、チーズと胡椒で軽く和えたものを、煮込みの横に添えた。


「ほい、どうぞ。ソースと一緒に食って」

「わーい、これもいいにおい!」

「ほほー、味付けしてあるんか。このひと手間が流石じゃのう。はー、うまいうまい」

「……もぐもぐ」


 実によく食う連中である。幻獣二匹はともかく、ユーフェミアなどは体の大きさと比較しても食べる量は多い方だろう。それでいてふくよかになる気配がない。魔女恐るべし、とトーリはまた変な所でユーフェミアに感心した。

 食事を終え、ユーフェミアはソファに寝転んでうとうとしている。

 シノヅキとスバルは風呂に入り、魔界では経験のない温かい湯船と石鹸の泡に大はしゃぎしているらしい。入ってから中々出て来ない上、ずっとうるさい。

 扉の外からトーリは怒鳴った。


「シノさん、スバル、あんまし汚さないでよ!」

「汚しとらんぞ!」

「あわあわだー!」


 きゃっきゃっと騒いでいる。

 大丈夫かな、と思いつつも中を見るわけにもいかないので、トーリは諦めて踵を返した。


「ユーフェ、ここで寝ると風邪引くぞ。ベッドに行け、ベッドに」

「ん……」


 ソファで丸くなりかけていたユーフェミアは、薄目を開けてあくびをした。そうしてトーリに向かって腕を伸ばす。


「連れてって」

「……はい」


 トーリは遠慮がちにユーフェミアを抱き上げた。軽い。そのまま寝室に運んで行って、ベッドの上に降ろした。ユーフェミアは猫の様に伸びをした。

 トーリは、ふと寝室の奥の鍵のかかった扉の方を見た。


「ユーフェ、あの扉は?」

「あそこは作業場……魔法薬とか作る所。危ないから、あそこは掃除しないでいいよ」


 確かに、魔法使いの工房であれば、素人が下手に手を出すと危ないだろう。恐らくとんでもなく汚いだろうが、トーリに手が出せないならば放っておく他ない。

 ともあれ、掃除する場所が増えるわけじゃないんだな、とトーリが胸を撫で下ろしていると、ユーフェミアがもそもそとブラウスを脱ぎ出した。


「うおっ、なんで脱ぐ!?」

「服着てると……寝れない……」


 トーリは慌てて布団をユーフェミアにかけた。布団の中からブラウスがぽいっと放り出されて、布団が饅頭の様に丸くなり、ひょこっと顔が出て来た。


「一緒に寝る?」

「寝ない!」


 トーリは寝室を出た。扉を閉めて寄り掛かり、ふうと胸を撫で下ろす。


「……一々刺激がやべえ」


 役得と取るべきか生殺しの拷問と取るべきか。しかしここでの生活はまだまだ続くのである。一々反応していたのでは身が持たない。慣れねば、と思う。

 しかし決意を新たにした矢先、風呂場から素っ裸のシノヅキとスバルが笑いながら飛び出して来た。全身泡まみれである。ふざけてじゃれ合いに発展し、そのままエスカレートして風呂場を飛び出したらしかった。

 トーリは額に手をやった。


「お前らぁ……!」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ィヤッフゥーーー!ハーレムだぁーっ! [一言] トーリ氏が所謂鈍感系主人公じゃなさそうで良かった…。 ここまでみんな可愛い、あと一人も楽しみです!
感想一覧
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