15.矢継ぎ早
何となく気まずい雰囲気の夕飯を終え、トーリが台所で一心不乱に片付けをしている時、ユーフェミアは居間で使い魔たちに宣言した。
「この仕事が終わったらトーリと結婚する」
「唐突じゃのう……まあ、まぐわったんならさもありなんじゃの」
シノヅキがやれやれと頭を振りながら言った。ユーフェミアは口を尖らした。
「まぐわってない。三人が来ちゃうんだもん」
「だったら呼ばないでよー、超気まずかったんだぞ」
とスバルが恨めし気にユーフェミアを見る。ユーフェミアの方も不満げに使い魔たちを見返した。
「察して。忖度して」
「無茶言うんじゃないわい」
「でもこれでユーフェとトーリが結婚しちゃったら、ボクたち居づらくなるねー。さっきみたいに所構わずくんずほぐれつされてたんじゃ、気まずくてしょーがないよ」
「そうねぇ。お姉さんとしては全然OKなんだけど、新婚さんの邪魔しちゃ悪いものねえ」
「やーれやれ、前みたく仕事の時以外は魔界生活になるか。ま、しゃーなしじゃのう」
何となく消沈した様子の使い魔たちを見て、ユーフェミアはちょっとうろたえた。トーリの事は好きだし、二人きりの生活も好きなのは確かだが、使い魔たちもいるこの賑やかな生活も好きなのだ。追い返したいとも思っていない。
トーリと二人きりの生活と、使い魔たちも含めた賑やかな生活を両立させたい。ユーフェミアは少し考えてから顔を上げた。
「……セニノマに家を増築してもらう」
「なんじゃい、突然」
「わたしとトーリの二人部屋を作る。もしくはシノたち用のおうちを一個建ててもいい」
「なるほど、二人のプライベートを確保しようって事ねぇ? お姉さんいいと思うわよぉ、大賛成」
「そうじゃの。そうすりゃ気まずい場面に出くわさずに済みそうじゃ」
「そもそも今のベッドが狭いもんね」
「そりゃおぬしの寝相が悪りぃせいじゃ」
「シノだって大概じゃんか!」
「じゃあ、またセニノマを呼んであげるって事ねぇ?」
「うん。母様も帰ったし」
ユーフェミアは椅子の背にもたれてぎいぎいいわしながら、どんな家がいいか想像した。部屋をいくつ作ろうか。使い魔たちの個室を作るなら二階建てもいいかも知れない。
未来を想像するのは楽しい。トーリが将来に不安を抱いているのと対照的に、ユーフェミアは未来が楽しみで仕方がないのである。
ともあれ、いい家を建てる為には材料が必要で、材料を手に入れるには先立つものが必要である。元々怠け者のユーフェミアだが、先に待つ楽しみの実現の為には意外と働き者になる。
早速翌日からは使い魔たちも総動員で出かけて行った。“白の魔女”を指名した依頼は昨日の変異種討伐の他はないけれど、定期納品の魔法薬の材料は必要であるし、ダンジョンなどに入って希少な素材を手に入れればギルドは高値で買い取る。
辺境では冒険者稼業には事欠かない。しばらくは真面目に仕事をして、結婚資金を溜める心づもりである。
入れ替わりという風に呼び出されたセニノマは、新築の屋敷の計画を聞いて大張り切りである。早速図面を引いて、材がどれだけ要るかというのを計算していた。
とはいえ、まだ新築なのか増築なのか、そもそもユーフェミアとトーリの家にするのか、使い魔たちの家にするのか、その辺りは具体的に決まっていない。
セニノマが何枚も図面を広げてトーリに示した。
「とりあえず色んなプランを考えてみただ! これが今の家の増築、こっちが新婚家庭用、こっちが使い魔やらお客やらが泊まる用の計画だべ! ほんで、木材を基本に基礎を石にするか、土壁に漆喰で仕上げるか、色々あるだぁよ!」
セニノマの目が輝いている。キュクロプス族はこういう事が大好きらしい。
トーリは目まぐるしい展開にまだ追い付かない頭で、目を白黒させながら図面を流し見た。セニノマが横から手を伸ばして、ここがこうで、こっちがこうで、と色々言う。
「台所もおっきくできるだよ? 何十人前も作れる様になるだ」
「いや、別に店やるわけじゃないし、今の台所で十分だけど……」
「……それもそうだべな」
セニノマは頭を掻いた。際限なく規模が拡大しそうで、トーリはちょっと心配である。
掃除をして、外で畑の手入れをしていると、手紙を咥えた鳥が降りて来てトーリの肩にとまった。ユーフェミアの使い魔である。
「あー、ユーフェ留守なんだが……」
と言っても小鳥は小首を傾げた様にしてトーリを見るばかりである。前の様に通信装置で連絡すればいいか、とひとまず受け取ると、意外な事に宛先にトーリの名がある。おやおやと思いながらも、自分宛てならばと手紙を開いて見ると、スザンナからだった。
曰く、ジャンがプデモットからアズラクに来ているらしく、アンドレアも交えて久しぶりに四人で会わないかという誘いである。結びには集まる日時が記されていた。
「……それもいいな」
ここ最近の怒涛の展開のせいで、トーリは結構くたびれていた。少し息抜きをするのも悪くはあるまい。友人と語らえば、少しは心も落ち着くかも知れない。
ひとまず屋敷に戻って、夕飯の支度を始めた。発酵して膨らんだ生地を成形して予熱しておいた窯に入れておく。麺用の生地は伸ばして切り分けた。昼から暖炉にかけておいた鍋には、野菜くずや肉の切れ端、骨などでスープを取ってある。
出汁がらの野菜は鶏にやって、スープに潰したトマトや乾燥豆、燻製肉などを入れて味付けしておく。肉には塩を擦り込み、油と香草をまぶした。
下ごしらえを終えて、鶏小屋の掃除をしている頃にユーフェミアたちが帰って来た。
「おう、おかえり」
「ん。お腹空いた」
ユーフェミアはぽふんとトーリに抱き付いてぐりぐりと頬ずりして来た。トーリはその頭を撫でてやる。前は照れ臭かったこういう行為も、今では何だかする方も嬉しい気持ちになるのが不思議である。
「ラブラブねえ」
「ねー。でれでれしちゃって」
「いちゃつく前に飯にして欲しいもんじゃがのう」
勝手な事を言う使い魔たちを前に、トーリは何とも言えずに口をもぐもぐさせた。先日の一件以来、使い魔たちがいちいちトーリとユーフェミアを見てにやにやしているから、何ともやりづらい。
家に入って、本調理をして、夕飯になった。
夏は盛りを過ぎて、少しずつ夜が涼しくなっている様に思われる。
温かいスープを飲みながら、ユーフェミアがふうと息をついた。
「おいしい」
「そうか。お代わり要るか?」
「うん」
「明日はどうするんじゃ。薬の材料は足りとるんじゃろ?」
「うん。明日は素材の精製をする。その間にシノとスバルには別のお仕事。モンスター退治」
「いいよー。ボク精製苦手だからそっちの方がいい」
「わしもじゃ」
「お、おらは家づくりの段取りをしてるだ」
「あなたはそれしかできないでしょうに」とシシリアが言った。
「俺さ、ちょっと出かけて来てもいいかな?」
トーリが言うと、ユーフェミアは首を傾げた。
「お買い物?」
「いや、ちょっとした集まりでさ」
とトーリは自分宛てに来た手紙を差し出した。ユーフェミアはそれに目を通してふむふむと頷いた。
「いいよ。たまには遊んで来て」
「悪いな。昼は作り置きして、夕飯の支度ができる様には帰って来るから」
「トーリさんって真面目だなぁ……」
とセニノマが呆れた様な感心した様な、曖昧な風に笑った。
それでまた翌日になり、銘々に仕事にかかった。トーリは朝のうちに昼食までしたため、掃除と洗濯を済まし、夕飯用の生地まで練って、昼前にアズラクに出かけた。
町は相変わらずの賑わいだった。こちらは雨が降ったらしく地面がしっとりと湿っていて、土埃も立っていなかった。
待ち合わせの店は表通りから一本裏に入った所にあった。落ち着いた雰囲気だが、声を出すのが憚られる様な風ではない。実際、お茶のポットを前に雑談に興じているグループがいくつもあった。
「トーリ君」
見ると、隅の方の席にジャンが座っていた。
「よう、久しぶり。元気そうだな」
「トーリ君も。変わりありませんか?」
アンドレアとスザンナはまだ来ていないらしい。今はプデモット国の王宮顧問魔法使いになった昔の仲間は、地位が上がってもちっとも変っていない。見た目も相変わらず子どもの様だ。自分の体を治そうとは思っていないらしい。
プデモットは荒れた国土の復興を急ピッチで進めているらしく、ジャンも毎日忙しく動き回っているそうだ。
「今回はちょっとした魔法の装置の材料が必要になりまして……やっぱりアズラク周辺は強力なダンジョンやモンスターが多いですからね。特殊な道具の素材を得るには一番でして」
「それでちょっとした休暇も兼ねて、ってわけか」
「ええ。ずっと忙しかった事もあって、しばらく休暇をいただきましてね」
「いつまでいるんだ?」
「十日ばかりは。まあ、休暇と言っても材料集めの探索はするんですがね」
とジャンは笑った。働きづめだったという割には、それほど疲労の色は見えない。荒れていた故郷を復興させる仕事は、彼にとってやり甲斐のある事で、負担だとは感じていないのだろう。
しばし雑談しているうちにアンドレアとスザンナも来た。この四人だけで顔を突き合わせるのも何だか久しぶりである。
「聞きましたよアンドレア。結婚おめでとうございます」
「ああ、いや。予定はあるがまだなんだ。だがありがとう」
「イヴ、可愛いよねー。いやあ、アンドレアも隅に置けないよね」
とスザンナがにやにやしながらアンドレアを小突いた。アンドレアは照れ臭そうに頭を掻く。
「人生ってのはわからんもんだな」
「本当にそう思いますよ」
ほんの二年ばかり前は、四人とも冒険者として足掻いていた。アンドレアは復讐を果たせずにいたし、シリルの容体は絶望的だった。ジャンの魔道具は完成の目途が立たず、トーリは既に一線から引いて未来が見いだせずにくさくさしていた。
それが今では随分変わったものだと驚く。うち二人はもう冒険者ですらない。スザンナが頭の後ろで手を組みながら椅子の背にもたれかかった。
「あーあ、わたしも相手探そっかなー。シリルも治ったし、冒険者も一生続けるわけにはいかないだろうし」
「お前ならすぐ見つかるさ」
「そうかなあ? ジャンは? 誰かいないの?」
「生憎と仕事ばかりでそういう暇が……なにせこの見た目ですからね」
とジャンは笑った。確かに見た目はシリルよりも幼いくらいだ。恋愛の対象と見られづらいのは頷ける話である。シシリアは数に入らない。
「トーリはどうなの? ユーフェと何か進展あった?」
向かうべくして向かって来た矛先に、トーリは一瞬たじろいだ。
「いや、その……俺も、結婚しようかと……」
言うと、三人は「おおー」と言った。アンドレアが笑いながらトーリの肩を叩く。
「やっと踏ん切りがついたか」
「まあ、色々あって……というかお前とイヴリスの話に促されたところもあるんだぞ?」
「なんだそりゃ。そもそも俺だってお前たちに当てられて……」
「ぶー、二人して惚気ちゃってー」
とスザンナがわざとらしく頬を膨らました。トーリもアンドレアも、若干照れた様に頭を掻いた。ジャンが笑いながらお茶のお代わりを注文する。
「何にせよ、おめでとうございます二人とも。結婚式には是非呼んでくださいよ」
「結婚式……」
そういえばそういうのがあったな、とトーリは思った。
しかし、いざ式を挙げるとなれば当然ユーフェミアの両親を呼ぶ必要がある。トーリの両親は既に亡くなって久しいし、故郷に親戚もいない。
(……ガートルードの扱いが問題だな)
祖母という設定の“白の魔女”ガートルードも、当然呼ばれて然るべきと参加者は考えるだろう。それはユーフェミアの本意ではないかも知れない。尤も、ガートルードが来ていなかったところで、ユーフェミアと同一人物だなどと考える者はいないだろうが。
いずれにせよ、事情を知っている仲間たちだけのささやかな会になりそうだが、それはそれでよさそうだ。そもそもトーリは大勢の前に立つのが得意ではないのである。
ふと思いついて、トーリはアンドレアを見た。
「なあアンドレア。お前、イヴリスに何か贈るのか?」
「婚約指輪は贈った。まあ、俺なんぞは洒落っ気がないから、いいのが選べたかわからんが……喜んでくれたから安心したよ。お前はどうなんだ?」
「全然考えてなくて……やっぱりあげた方がいいよな?」
「そりゃそうだよ。ユーフェ、きっと凄く喜ぶよ」
とスザンナが言った。
トーリは考え込んだ。それにしたって、ユーフェミアに雇われて以来給料をもらっていない。『泥濘の四本角』解散時の退職金は、時折町のレストランで食事をする時に使っていたので、それほど残っているわけでない。
お前にプレゼントをあげたいから買う金をくれなどと言うのは、いくら何でも間抜けが過ぎる。
だからといって管理を任されている財布から、勝手に金を出すというのもはばかられた。
「既に入り婿状態なんですねえ」
とジャンが面白そうに言った。家計が一緒で、トーリもユーフェミアも金を使うのに何となく互いの了承を得る様になっているから、確かにもう家族の様なものである。アンドレアが肩をすくめた。
「お前が一人煮え切ってなかっただけか」
「それを言うな……」
トーリは額に手をやって嘆息した。
ジャンが思いついた様に口を開いた。
「お金を借りるのはトーリ君の本意じゃないでしょうから、どうでしょう? いっそ何かしらの素材で贈り物を作ってしまっては?」
「作る?」
「ええ。アズラク周辺には色々と素材が溢れていますし、取りに行くにも頼もしい友人がいるでしょう? 僕も魔道具作りはできますから、指輪くらいは作れます」
とジャンはアンドレアとスザンナを見た。二人は感心した様に頷いている。
「そりゃいいな」
「ね。トーリとユーフェにお礼もできるし」
トーリはうろたえた。
「い、いや、でも、お前ら白金級じゃねえか。そんな暇……」
「暇は作るさ。俺たちも前ほど切羽詰まっちゃいないんだ」
「そうだよ。それに助けてもらいっぱなしで、全然お礼できてないんだもん。それくらい手伝わせてよー」
とスザンナが手を伸ばしてトーリの肩を小突いた。アンドレアが頷く。
「人の手だけ借りるのが忍びないってんなら、お前も一緒に来いよ」
「え? た、探索に?」
「いいね! 久々に『泥濘の四本角』で探索に行こっか!」
「ちょ、待て待て! 俺は弱いままなんだぞ!?」
「平気平気、別に白金級のダンジョンに行くわけじゃないよ」
「指輪の素材くらいなら銀級ダンジョンでも十分ですよ、トーリ君」
「だ、だけど、そもそも俺のランクはもう下げてもらってる筈で」
「アルパンはまだその手続きをしてない。あいつの諦めの悪さが意外に役に立ったな」
友人三人は「さあどうする」という目でトーリを見ている。
またしても予想外の展開にトーリは混乱したが、彼らの話にも一理ある。どうせなら自分だってユーフェミアに喜んでもらいたい。力のない自分には助けが必要だ。ユーフェミアへのプレゼントを、ユーフェミアの手を借りて手に入れるのは流石に嫌だが、アンドレアたちに手伝ってもらうのは悪くない話である。
トーリは大きく息を吐いて、観念した様に頷いた。
○
武器を携えたのは巨大コンゴウヨコバサミへと出向く時以来だ。普段はこんなものを持つ事がないから、たまに手にするとひどく重く感じる。
何だか唐突な冒険者稼業への一時復帰に、トーリはまだ混乱気味だった。
尤も、そのまま冒険者に戻ろうというつもりは微塵もない。ユーフェミアへのプレゼントの材料が揃えば速やかに元の主夫業に戻るつもりである。
とはいえ、トーリが日中外に出かけたままでは家事が行き届かない。そういった点で使い魔どもが役に立つ事は期待できない。
加えて、トーリはこの冒険をユーフェミアには秘密にしておきたかった。サプライズ効果を狙ったわけではないが、何となく言うのが気恥ずかしい様に思われたし、トーリが何か用意しているというのを知れば、ユーフェミアは遠慮なく多大な期待を抱くだろう。その期待の大きさを想像するとトーリはすこしひるんだ。
そういうわけで、トーリが昼間長々と出かけている為の理由づけが必要だったわけだが、そこはアンドレアが気を利かした。ユーフェミア宛てに手紙を書いたのだ。
曰く、「自分はそろそろ結婚して身を固めるが、まだ独身のうちに気の知れた仲間と過ごしたい。三日ばかりトーリを預かって旅行に行ってもいいだろうか」という事だ。
ユーフェミアは逡巡した様子だったが、トーリが行きたいのであればという事で認めてくれた。
トーリは大鍋に大量のシチューを仕込み、パンもたっぷりと用意して、冷肉やパテなども冷蔵魔法庫に詰め込んで、それで出かける事になった。
ユーフェミアはしばらく仕事が続いた事もあって、朝食を終えるや又寝に行き、使い魔たちも銘々にだらけていたので、どうして剣なぞ持って行くかと問われる事もなく、トーリは転移装置でアズラクへと飛ぶ。
ギルドまで行くと、ロビーには支度を整えたアンドレアたちがいた。
「よう、来たな」
「おう……」
トーリはきょろきょろと辺りを見回した。ここ最近は魔法薬の納入に来るばかりだったから、剣なぞ携えているのが変に気になる。そんな事はないのに、周りの連中にじろじろ見られている様に思われて落ち着かない。冒険者生活も長かった筈なのだが、剣なぞ持っている自分が場違いの様に思われてならなかった。
アンドレアたちはそんな事を知る筈もなく、面子が揃ったのを確かめると、ギルドの裏手に足を向けた。トーリは首を傾げる。
「どこ行くんだ?」
「裏庭だよー」
とスザンナが笑う。
はてと思いながらも裏まで出て、トーリは仰天した。
「どもっす、トーリさん」
「ロビン……?」
そこには『破邪の光竜団』の面々が、飛竜を伴って待っていた。クリストフがからからと笑った。
「待ちかねたよ! いつでも出発できるからね!」
「お……いや、え……?」
トーリは目を白黒させてアンドレアを見る。アンドレアは肩をすくめた。
「お前、あんまりぐずぐずできないんだろう? 移動は迅速にと思ってな」
「飛竜がこれだけいると壮観ですね」
とジャンが言った。彼も『破邪の光竜団』と会うのは、コンゴウヨコバサミの討伐戦から始まったクラン救出以来である。
「やっと来たか、待ちかねたぞ!」
やかましい声がしたと思ったら、飛竜の陰から『覇道剣団』団長のガスパールがのしのしと出て来た。
「え、なんでガスパールがいるんだ?」
「今こそお前に借りを返す時だと思ったのでな! モンスターの相手は任せておけい!」
とガスパールは自信満々に拳で胸を叩いた。『覇道剣団』は団長以下実力者だけの少数精鋭で来たらしい。スザンナがくすくす笑う。
「どこで聞き付けたんだか、『落月と白光』も『憂愁の編み手』も手伝うって張り切っちゃって」
「え? じゃああいつらも来るのか?」
「もういますよー」
「お久しぶりです、トーリさん」
ガスパールと同じく、飛竜の陰からひょこっと顔を出したのは『落月と白光』の団長マリウスと、『憂愁の編み手』団長のローザヒルである。『覇道剣団』と同じく、クランの中でも選り抜きの少数が一緒だ。気鋭の白金級クランがこうして集まるのは壮観である。
「ほら、早く行くっすよ。時は金なりっす」
と飛竜にまたがったロビンが手招きする。銘々に竜騎士の後ろに乗せてもらいながら、何だかえらい事になって来たぞとトーリは冷や汗を掻いた。
飛竜はスバルほどではないにせよやはり速く、徒歩では半日近くかかる距離を小一時間で飛んだ。これは確かに『破邪の光竜団』がクランとして成果を上げるのも理解できる。何だかんだ、冒険者は移動時間が長いのである。それが短縮できるのは単純に強い。
そういうわけで、一行はアズラク近郊のダンジョンへとやって来た。近郊と言ってもそれなりに離れており、周辺に人の集落などはない。
洞窟系のダンジョンだから、飛竜たちは外で待つ。ここで希少な鉱石を手に入れ、その鉱石を加工してユーフェミアへの贈り物にしようという単純な計画なのだが、特に難しい獲物ではないのに、面子が面子だからどうもトーリは落ち着かない。
前衛に『覇道剣団』とアンドレアが付き、マリウスやローザヒルたち魔法使いが後ろ。後方を警戒するのにスザンナと『破邪の光竜団』の面々がいる。トーリはその真ん中である。王族の護衛でもこれだけ実力者ばかり揃う事は滅多にあるまい。
「……過剰戦力じゃないか?」
「シノヅキやスバルがいた方がそう言えると思うが?」
そう言われてしまうと返す言葉がない。
しかし比較対象がおかしいだけで、白金級クランは強い。実際、ダンジョン内でも危なげなく進んでいる。前に出て剣を振るうガスパールは勿論、後衛で魔法を操るマリウスもローザヒルも、まさしく一流どころと言って間違いない。
(あんだけいがみ合ってたのに、連携上手いなあ……)
最初にアズラクでこの連中と会った時の事を思い出す。互いにピリピリした雰囲気で、仲よくなぞなれそうもない感じだったが、今はすっかり息が合っている。オフの日に遊びに行ったりしているらしいから、もう友人同士という風なのだろう。
今も脇に開いた穴から這い出て来たミミズの様なモンスターを、『覇道剣団』が押さえている間に、マリウスの大魔法が丸焼けにした。続いて上から急降下して来た大型の蝙蝠のモンスターは、『破邪の光竜団』の矢でたちまち針の筵になり、それを『憂愁の編み手』の魔法使いたちが放った電光が黒焦げにする。
そんな風に激烈な戦闘をしたのに、すぐ銘々に雑談を始めたりしていて、余裕綽々といった風だ。
「あのお菓子屋さんでしょ。今時期だとブドウ使ったのがうまいよねぇ」
「そうそう。茶葉もいいの使ってるし」
「武器の研ぎ、どこに任してる?」
「下町のアラン工房かな。安いし仕事が丁寧なんよ」
「この前もうちょっと西の森林ダンジョン行ったんだけどさぁ」
「あー、あの繭が採れるとこ?」
「そのローブ、どこで買ったん?」
「特注品。ロザンヌ服店であつらえたんだわ」
雑談に興じつつも、異変があれば即座に戦闘態勢に移る。気が抜けている様で一定の緊張感は保っている。
これが白金級か、とトーリは思った。自分も『泥濘の四本角』にはいたが、白金級に昇格する辺りからは、もうほとんど現場に出ていなかった。こうやって最上級の冒険者たちの探索を目の当たりにすると、自分がここにいるのはおかしいと思う。
いずれにせよ、同行者が強すぎて出る幕がない。自分は何をしにここまで来たのかと思う。しかしこんな事をつらつらと考えられているのも、仲間たちが強いがゆえである。
気もそぞろなまま、暗い洞窟の中を賑やかに進んで行くと、ふと後ろからくいくいと服を引かれた。トーリが振り返るとロビンが見上げている。
「トーリさん、ユーフェさんに何を贈るんすか」
「まあ、指輪とか?」
「なるほど、結婚指輪っすか。それで鉱石なんすね」
「うん。つっても俺そんな詳しくないんだけど……」
「あたしも詳しくねえっす。ローザヒルさん、あんた詳しそうっすけど」
ロビンの横にいたローザヒルが頬に指を当てた。
「そうですねえ……お望みなら色々言えますけれど、やはりトーリさんがご自分で選んだもの以上のものはないと思いますわ」
それはそうだろう。というよりも、ユーフェミアはトーリがくれるものなら何だって喜ぶに違いない。しかし、だからこそ、半端なものをくれてやるのがはばかられる様に思われる。
何となく察したのか、ローザヒルが口を開く。
「ユーフェさんには、どういう色がお似合いだと?」
「色? ああ……うーん、暖色系、ではないかな。やっぱり青とか、もしくは淡い緑とか」
「なんだ、わかっているんじゃありませんか。それなら素直にそういうものを選べばいいんですよ」
「まあ、確かに……」
やがてひときわ広くなった所に出た。小部屋というよりも広間という方が適当である。そうして壁や天井、地面から色とりどりの鉱石や結晶が突き出して、それが松明やランプの明かりに照らされてきらきらと光っている。
アンドレアが荷物を下ろした。
「さあ、着いたぞ。採取だ」
「すげえな……こういうダンジョンだったのか」
ダンジョンは魔力によって環境がねじ曲がる事で生成される。その環境は自然そのままのものと違って、こういう風に普通にはあり得ない光景が展開される事も少なくない。そういう場所では希少な素材やアーティファクトがあり、それを集める冒険者という職業が成立するわけだ。
連れ立って来た白金級クランの面々も、銘々に鉱石を掘ったり結晶を砕いたりして集めている。単にトーリの手伝いだけで終わらせるつもりはなく、多少なりとも実入りになる様にしているのだろう。
トーリも歩き回って、宝石の原石になりそうなものを探した。ダンジョンでは、ただの宝石ではなく、魔力を含んだものもある。ユーフェミアにはそういったものもよさそうだ。
「しかしこういう環境でこの面子だと、あのヤドカリの時を思い出すね!」
とクリストフが言った。ガスパールが頷いた。
「そうだな。あれもさながら洞窟だった」
「あの時の麦粥、うまかったですよねぇ。俺、あれから何度か麦粥食いましたけど、あの時以上のやつには巡り合ってないなぁ」
とマリウスが言う。ロビンが肩をすくめた。
「そりゃ飢え死にしかけだったんすから、当然っす」
「でも、それ抜きでもうまかったでしょ、あれは」
「空腹は一番のスパイスとは言いますが、あの時は涙が出てしまいましたもんね」
とローザヒルが言った。
自分の事が話題になっているから、何となくトーリはむず痒い。今回は飯炊きというわけでもないから、自分の役割がよくわからない。向こうは恩返しのつもりらしいが、トーリの方にそういう実感がないから、そのうち飯でも作ってお礼をしてやらねばならないかと思う。
早くめぼしい鉱石を見つけよう、とトーリは目を細めて突き出した色とりどりの石や結晶を見た。
時には手にした金槌で石を割ってみたりもする。そうすると、中から光る結晶が覗く事もある。薄暗いのでよくわからないが、ランプの灯に照らされるとぎらぎら光るものもあり、却って明るい所で見るよりも妖しい美しさを感じる。
「……ユーフェには、こういう色かな」
緑色の鉱石をためつすがめつしながら、トーリは呟いた。
「ああ、いいじゃないですか、緑燐石ですね」
とジャンが言った。
「俺、そういうの疎いんだけど……加工できそうか?」
「はい、大丈夫ですよ。魔力と親和性がある宝石で、魔力を込めると淡く発光するんです。ユーフェミアさんにはお似合いじゃないですか」
確かにそうである。派手なものではないが、ごてごてしたものよりは、こういうシンプルなものの方がよさそうだ。
トーリの目的は果たしたけれど、同行したクランの面々は、ここまで無駄足を踏まない様にあれこれと魔石や鉱石を集めている。まだもう少しかかりそうだ。
トーリは手持無沙汰に、もう少し何か探してみようかと金槌を握り直した。