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14.独占願望


 こちら魔界。垂れ込めた分厚い雲はそのままに、今日は霧雨がそこいらを舞っている。傘をさすほどではないにせよ、ぼんやり突っ立っていれば髪から水滴が垂れ始めるだろう。


 酒瓶片手に廃都の結界の前に立ったエルネスティーネは、面白そうな顔をして結界に手を当てた。


「なーんだ、安定してるじゃない。エセルバート、いっつも話を盛るんだから」

「アークリッチたちにやらせたのです。しかし元はあなた様が再構築された結界ですぞ、責任を持ってもらわねば困ります」

「知らないわよ、そんな事。そういう形式張った事ばっかり言ってるからあんたは駄目なのよ」

「私が言わねば誰も言わんでしょうが!」


 とエセルバートはいきり立った。エルネスティーネは完全に無視しながら、手に持った酒瓶をぐいとあおり、それから結界をじろじろ見る。


「ははあ、成る程ね……シシリア、ちょっと」

「なぁにぃ?」


 傍らに控えていたシシリアがやって来た。


「どうもね、内側に瘴気の膜があるわよ、これ。それが殻みたいに瘴気が直接触れるのを隔ててるみたい。だから結界への影響が少ないのよ」

「……ああ、そういう事。道理で変だと思ったわぁ」


 シシリアは得心した様に頷いた。

 どうやら、外側を囲う結界の内側に、瘴気による膜が張り付いているらしい。中で瘴気が渦巻いているのは目に見えているが、ある成分を含んだ水が触れる部分に硬質の層を作る様に、瘴気がそういった別種の殻の様なものを形成していて、それが瘴気と結界を隔てる様になっている様だ。アークリッチたちが感じていた違和感の正体はそれである。

 エセルバートが困った様に顔をしかめた。


「では、中で何か企んでいる輩がいると?」

「そりゃないわね。これだけ高濃度の瘴気の中じゃ上位魔族だって正気保つの難しいわよ。濃くなり過ぎた瘴気で魔力場が狂って変な現象を起こしてるか……旧魔王の残留思念みたいなのが変な風に影響してる可能性もあるかもね」

「危険ではありませんか」


 とエセルバートが言った。エルネスティーネは頭を掻いた。


「結界は安定してるんだから、別にすぐさま何か起こったりはしないわよ。ただまあ、泥縄になるのも面白くないから、何かしら対抗策を考えなきゃね」

『どうするんじゃ』

『瘴気を何とかするんでありますか?』


 と並んで座った魔狼族二匹が言った。エルネスティーネは肩をすくめる。


「まあ、そうしないと駄目でしょうけど、とりあえず、もう少し調査が必要ね。空間が捻じれて地上に影響与えてる可能性もあるし、荒事になればあんたたちにも働いてもらうわよ」

『じゃが、流石のわしも瘴気をかみ殺すのは無理じゃぞ』


 とシノヅキが言った。


『自分にも無理であります。他の相手なら誰でも負けねえでありますが』


 とコウゲツも言った。


『フェンリルもガルムもなっさけなー』


 とフェニックス姿のスバルがくすくす笑う。魔狼族二匹は眉を吊り上げた。


『じゃかあしいわ、このクソ鳥が!』

『お前も何もできねえ癖に、偉そうな事言うんじゃねえであります!』


 声を合わせてがうがうと抗議する魔狼族たちを見て、「あんたたち、仲良しねぇ……」とシシリアが呆れた様に呟いた。

 スバルは端からまともに相手をするつもりはないらしく、シノヅキとコウゲツの喚き声もどこ吹く風である。


『はー、トーリのご飯が食べたいなあ。エルネスティーネ、地上じゃ毎食おいしかったでしょー? いいなあ』

「そうね。ま、ユーフェが厳しくてお酒がなかったから……うう、あの料理とこのお酒を合わせたいっ」


 とエルネスティーネはぐいと酒をあおった。シノヅキが前足で地面を掻いた。


『んで、どうするんじゃ。何かするのか』

「今すぐ何かやるわけじゃないけど、瘴気を浄化する術式を考えなきゃね。ま、すぐに出来る事はないわよ。瘴気の流れを解析して、状況次第じゃユーフェに頼んで地上に出た影響をどうにかしてもらうくらいかしら」

『ふーん、そういう事ならわしらもそろそろ地上に行くかのう。もうここは問題ないんじゃろ?』

「ここは問題なくともまだ他に仕事はあるぞ」


 とエセルバートが言った。シノヅキは不機嫌そうに唸った。


『なんでわしらがやらにゃならんのじゃ』

「魔王軍の幹部だろうが貴様らは。もっと責任感を持たんか」

『そんな知らないやい』


 とスバルがぶうたれた。基本的にこの連中は魔王軍に対する忠誠心というものがないらしく、友人関係だから手を貸してやっているくらいの気持ちでいるらしい。

 シノヅキが欠伸をしてのそのそと寝そべった。


『魚はもうみんな使っちまったろうな。オーブンで焼いた肉が食いてえわい』

『ボク、オムレツがいいなー。バターいっぱい使った奴』

「腸詰とザワークラウトが恋しいわねぇ」


 コウゲツがごくりと喉を鳴らした。


『お、お前たち、地上で飽食をむさぼっているのでありますか』

『そうじゃ。しかしちっとも飽きやせん。飯の時間がいつも楽しみじゃわい』

『庭の果物、そろそろ採れるのあるかなー。でも最初の実はまずいって農家が言ってたっけ』

「スバル、あなた魔界の土なんか勝手に持ってって、トーリちゃんに怒られるわよ?」

『怒られないもーん。トーリだって承知の上だし』


 スバルが勝手に魔界の土をやった果樹の苗は、既に大きく成長して青い実をぶら下げている。

 エルネスティーネは結界をまじまじと見て、それからまた酒をあおった。


「とりあえず、廃都内部をもう少し解析して見ないとね。シシリア、手伝って」

「はいはぁい。ちゃちゃっとやっちゃいましょ。わたし、早く地上に行きたいわぁ」


 魔女二人、何やら魔法陣を次々と展開している。シノヅキがまた欠伸をして寝そべった。


『わしゃお昼寝する』

『あ、ボクもそうしよーっと』

「こら、貴様ら! すぐにそうやって……」

『でもする事ねえのは確かであります。エセルバート、お前自分の仕事はいいんでありますか?』

「……くっ」


 エセルバートは悔しそうな顔をして、事務仕事を片付けに飛んで行った。

 残された連中は銘々にだらだらしながら、退屈そうに手足を伸ばしたり縮こめたりしていた。



  ○



 あれこれと家事をこなし、結局いつもの通りの生活に戻ってしまうと、沸き立っていた心も落ち着いてしまう。日々の仕事はそわそわしていては雑になってしまうから、無理にでも落ち着いて料理をし、掃除をする。そうなると心の内はともかく、もういつものトーリだ。そんな風にしながら二、三日も経てばそれが普通になって来る。

 使い魔のいない二人きりの生活も何だか久しぶりである。二人分の食事を作り、二人分の洗濯をし、空いた時間には何をするでもなく二人でぼんやりする。

 この屋敷に来てからというもの、トーリはいつも忙しく働いていた。

 空いた時間には庭を片付けたり、畑に出たり、野草や茸を採取したり、料理の下ごしらえをしたりした。しかし今は時間が空けばユーフェミアの傍にいたくなった。


 昼食を終えた昼下がり、ソファに座ったトーリの膝にユーフェミアが頭を載せている。

 トーリは耳掻き棒を片手に、ユーフェミアの耳を掃除していた。


「んん……」

「ほら、動くと危ないぞ」

「くすぐったい」


 ユーフェミアは足をすり合わせる様にしてもじもじした。

 さらさらした髪の毛が、ちょっとした動きだけで耳に落ちてかかって来るから、トーリはその度に白く艶やかな髪の毛をかき上げてやらねばならなかった。


 エルネスティーネが来た時と同じくらい唐突に帰って数日、トーリは二人きりの生活に今まで以上の幸せを感じていた。慌ただしさの中ではわからないという事もあったし、何より彼自身の中でユーフェミアに向かう矢印が大きくなったのが大きい。

 しかしあの日の様に告白をする勢いは落ち着いてしまって、そう改まった風にはなれそうもない。しかしそのじれったさがユーフェミアに対してちょっかいを出させている様にも思われる。

 純然たる愛情とは少し違った様な感覚もあるけれど、いざそうやってユーフェミアとの距離を詰めると、言い様もない幸福感が満ちて来た。


 ユーフェミアの方は変わった様には見えない。ただ、トーリが前よりも優しく甘やかしてくれるので、一切抵抗する事なくそれに身を任せている。嬉しそうである。

 こういう風な幸福感に満たされてしまうと、トーリが前に持っていた関係性の前進を提案する決意というものはすっかり薄れた。この幸せに水を差す様に思われるからである。恋人同士の蜜月というものは実に甘い。

 今に集中すると未来の事なぞ考えも寄らない。それがいいか悪いかは別にしても、トーリもユーフェミアもすこぶる幸せな気分で過ごした。


「よし、終わり」

「んにゃー……」


 耳かきを終えて、ユーフェミアはそのままの体勢でとろとろと眠りそうになっていた。トーリはその頭をよしよしと撫でてやる。するとユーフェミアは猫の様にぐーっと手足を伸ばしてから、また丸くなる。


(可愛い……)


 そんな事ばかり考える。いざこうなってしまうと、今まで恋人らしい事を恥ずかしがって拒否して来た自分がとんでもない馬鹿に思えて来た。

 とはいえ、これは二人きりだからという側面も多分にある。使い魔どもが一緒にいたのでは、トーリもここまでユーフェミアにべたべたするのは憚られただろう。

 魔界に戻っている連中がいつ来るのかはわからないが、少なくとも今の間だけはトーリも遠慮なくユーフェミアを可愛がるつもりである。今までは照れ臭さや恥ずかしさの方が勝っていたのが、今はそちらを抑え込む勢いでユーフェミアへの愛おしさが勝っている。何だか妙に感ぜられた。


 寝てしまったユーフェミアをしばらく撫でていたトーリだが、そろそろ午後の仕事に立たねばと、そっと膝を頭の下から抜き取った。そうして手近にあったタオルケットをユーフェミアにかけてやる。ユーフェミアはううんと身じろぎすると、ごそごそと服を脱ぎ出した。


 夏の日にさらされた洗濯物はもうすっかり乾き、緩やかな風にひらひらとはためいていた。東の方には雲がかかっているが、太陽は遮られていない。

 トーリは洗濯物を取り込んで畳んだ。使い魔が誰もいないから静かである。ユーフェミアの寝息に混じって、窓の向こうから虫や鳥の声が聞こえる。


「……なんだろうなあ」


 幸せである。幸せである事に疑いはないのだが、どこか退廃的なものも感じる。区切りをつけておらず、開き直っただけでしかないからだろう。

 そのずるずるした感じが、却って背徳的な快感を覚えさせている様にも思われる。違和感がありながらも結局そこに甘んじている感じが、どうにも頭の隅の方に小骨の様に引っかかっていた。


 洗濯物を畳み終えて、それからまた庭に出た。庭先から畑をぶらぶらと歩き回り、目についた所を片付けたり草を取ったりする。日がもったりと重くなって来た。

 家に戻るとユーフェミアが起きていた。タオルケットを肩からケープの様にかけて、封を切った手紙を片手にぼんやりしていた。やがてあくびをしながら立ち上がる。


「どうした?」

「んー、ギルドから」


 と言って両腕を上げて伸びをする。かけていたタオルケットがずり落ちて、白い柔肌があらわになる。海で泳いだりしたのにシミ一つないどころか日焼けすらしていない。

 トーリは慌ててタオルケット拾い上げてユーフェミアを包んだ。


「お前はもー……」

「んん」


 ユーフェミアはくすぐったそうに身じろぎして、タオルケットを握った。


「そろそろお仕事再開かも」

「依頼でも来たか?」

「うん。辺境の変異種討伐。明日には行かなきゃ」


 ユーフェミアは手を上げた。杖が飛んで来て手の中に納まる。それを振ると空中にいくつもの魔法陣が浮かんで、消えた。それからもそもそとタオルケットにくるまりながらトーリを見た。


「二人っきり、楽しかったね」

「そ、そうだな……」


 改めて言われると何だか照れる。トーリは頭を掻いた。

 ユーフェミアは面白そうな顔をしている。ぽふんとソファに腰を下ろした。その辺りに脱ぎ捨ててあった下着を拾い上げてもそもそと身に着ける。


「トーリがずっと優しかったから、嬉しかった」

「ま、まあ……」

「ずっとこうだといいのに」

(ずっと、か)


 トーリは隣に座ってユーフェミアを抱き寄せた。よしよしと頭を撫でてやる。ユーフェミアは気持ちよさそうにトーリに頬ずりした。

 そんな事を考えなくてよさそうなものなのに、遠い未来の事を思う。ユーフェミアは今と変わらず、自分はすっかり年老いて……。

 トーリはユーフェミアの前髪をかき上げると、額にそっと口づけた。

 ユーフェミアはびっくりした様な顔で、くすぐったそうに身を捩じらした。そうして少し恥ずかしそうにはにかむ。


「どうしたの?」

「……俺、やっぱりお前の事好きだわ」

「わたしもトーリの事、大好きだよ」

「ずっと離れたくねえ。結婚がくさびになるなら、そうしたいくらいだ」

「本当? 嬉しい」


 ユーフェミアはえへえへと笑いながらトーリに体を摺り寄せた。


「最近優しかったのって、それを考えてたから?」

「お……ま、まあな。俺、何か、お前を独占したいみたいで……」

「えへへ。いいよ」


 ユーフェミアはにまにましながら、トーリの胸に鼻先をすりつける。トーリはその髪の毛を手で梳きながら、やや悲し気に眉をひそめた。


「でも……お前は結婚はしたくないんだよな?」

「ううん、そんな事ないよ」

「えっ、そうなの? でも前は……」

「今のままでも幸せだけど、トーリがそうしたいって言ってくれるならしたい。母様が、結婚したら何かが変わっちゃうかもって言ったけど……変わるのって悪い事じゃないよね。トーリが来て、とっても変わったよ。でも嫌なんて思った事一度もないもん。変わらなくても幸せ。変わっても、きっと幸せ」


 エルネスティーネと話した事で、少し結婚に対して積極性を失ったユーフェミアではあったが、彼女は彼女なりに色々考えていた。そうして、ここ最近のトーリの優しさが、そういった関係の前進を前提にしたものだ、というのが今わかった事で、それならきっとこの変化だって好ましく受け入れる事ができるだろう、と思ったのだ。

 ユーフェミアは遠い未来の事など考えていない。愛だ恋だというややこしい理屈も知った事ではない。ただトーリが好きで、一緒にいたいという気持ちに素直に生きている。

 こいつには敵わねえな、とトーリはユーフェミアの背中をさすり、大きく息をついた。


「理屈じゃねえんだな、こういうのは……」

「ん」


 ユーフェミアはトーリに頬ずりしながら、そっと首筋に顔を埋めた。吐息がうなじをくすぐり、柔らかな唇の感触がトーリの肌を粟立たした。

 湿った舌先がトーリの肌の上をちろりと撫でる。

 電撃にも似た異様な快感が背筋を突き抜けて、トーリは震えた。


「ちょ、おま……」

「……独占、したいんでしょ?」


 ユーフェミアはほんのりと潤んだ目でトーリを見上げた。

 白い肌が朱に染まっている。いつもの眠そうなユーフェミアの目の奥に淫靡な光が宿ってトーリを射抜く。


「全部トーリのものにしていいよ……」


 トーリはごくりと息を呑んだ。

 肩から羽織る様にしたタオルケットの前がはだけて、今にもずり落ちそうである。

 トーリは真っ赤になって鼻を押さえた。目の焦点が合わない様に思われるのに、白い肌と柔らかなふくらみばかりがくっきりした艶めかしさを以て目に迫って来る。下着はつけているが、そんなものは障害にならないくらい、今のユーフェミアは蠱惑的に映った。

 頭の中がぐるぐるする。

 目の前の少女が愛おしいという気持ちと、今すぐに手を出して好き勝手に蹂躙したいという獣性、好きだからこそおいそれと手を出して領域を冒したくないという理性、本能やら貞操観念やら、色々な事がいちどきにトーリの頭の中を駆け巡り、ただでさえオーバーヒート気味だった頭脳をショートさせた。心臓が胸を内側から連打している。

 抱け抱けと頭の中で喚く声を必死に抑え込んで、トーリは落ちかけたタオルケットの端を持って前を重ね、身を引く。


「ま、ま、ま、待ってくれ。そりゃ、そうしたい気持ちはあるけど、い、今の俺には少しキャパオーバーだ」

「……ん」


 だがユーフェミアは頓着せずにぐいと身を寄せて来た。そのままソファにトーリを押し倒す。タオルケットは床に落ちた。

 外はもう夕暮れが近づき、屋敷の中は薄暗くなりつつある。

 またがる様にしてトーリを見下ろすユーフェミアの白い肌が、薄暗闇の中で浮かんで見えた。


「お、お、お」

「ん」


 ボタンの外れているシャツの間から、ユーフェミアはトーリの胸にそっと口づけた。

 少しずつ上へ移り、鎖骨、うなじ、と唇と舌が這って来る。

 その一回ごとにトーリは体を震わした。経験のない感覚にぞくぞくする。


「……なんかどきどきする」


 とユーフェミアの照れた様なつぶやきが聞こえた。

 トーリの方は最早どきどきどころの話ではない。心臓は激しく打っているのに、手足は痺れた様になって体に力が入らない。何だか朦朧とした視界の向こうに、ユーフェミアの顔がひょこっと出て来た。ほっそりとした指先が、愛撫する様にトーリの頬や耳に触れた。艶めかしく光る唇に、自分の唇も吸い寄せられて行きそうだ。


 その時勢いよく扉が開いた。


「たっだいまー」

「久しぶりの地上じゃ! おいトーリ、腹が減ったぞ!」

「何だか静かねえ。あらあらぁ?」


 騒々しい闖入者たちは、ソファの上の二人を見て目を丸くした。


「……すまん」

「お邪魔しましたー……」

「うふふふ、どうぞかまわず続けて頂戴」

「違う! 違うから!」


 トーリは大慌てでユーフェミアの下から這い出した。ユーフェミアは不満そうに頬を膨らましている。


「早く来すぎ」


 さっき杖で浮かべた魔法陣は、使い魔たちに召集の触れを出すものだったらしい。それを聞いたシノヅキたちは、やりかけの用事などを片付けて早速やって来た様だ。

 だから呼ばれてすぐには来られなかったのだが、結果として最悪のタイミングになった様である。


「じゃ、じゃって、呼んだのはおぬしじゃろ……」

「そうだよう、呼ばれたから来ただけなのにぃ……」


 シノヅキとスバルは、彼女たちには珍しく所在なさげにもじもじしていた。こういう恥じらいはあるらしい。

 一方のシシリアは満面の笑みである。にこにこしながらシノヅキとスバルの肩を抱く。


「ささ、ちょっと散歩にでも行きましょ。さ、二人とも、心置きなく続けて頂戴ね。真っ暗になる頃には戻るから」

「だから違うって!」

「違くないもん」


 とユーフェミアがトーリの腕に抱きついた。そうしてそっと耳に顔を近づけて囁く。


「トーリから手ぇ出してくれるまで待ってるね」

「うぐ……はい……」


 トーリは両手で顔を覆った。ユーフェミアがちっともうろたえず、余裕な表情を見せているのが何だか妙に悔しい。それ以上にとんでもなく恥ずかしい。

 当然ながら性欲は本能を以てトーリを後押ししようと喚いているが、羞恥の念が完全に勝って抑え込んでしまった。そもそも、もうそういう雰囲気ではない。


 前進したんだか何なんだかよくわからないが、ともかく自分の気持ちははっきりした。また騒がしい日々が戻って来るが、それでも今までとは違った風になりそうである。

 何だかふらつく足を踏ん張って、色々な事を紛らわす為に飯の支度をしよう、とトーリは台所に入って行った。




書いてるこっちが一番恥ずかしい。

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― 新着の感想 ―
(๑•̀ㅂ•́)و✧ヨシ!
[一言] よい……
[一言] 読んでるこっちも恥ずかしい! だけどようやっと進展したっ!早いとこ子供の顔を見せておくれ…
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