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8.時々ドキドキ


 サモトックの町は小綺麗な建物が並んでいた。洒落た食堂やカフェなども散見されるし、珊瑚や貝殻などを加工した土産物が並ぶ店などもあった。石畳の往来は掃き清められ、いかにも観光地という風な雰囲気である。

 特に行く目的もないまま、トーリとユーフェミアはぶらぶらと通りを辿った。

 ユーフェミアは白いワンピースドレスに、花飾りのついた鍔広の麦わら帽子をかぶっている。実に可愛らしい。それが腕に抱き付く様にして寄り添って来るから、トーリはちょっと恥ずかしかった。しかし同時に嬉しい様な気もして、それが少し不思議だった。


 知らない町を歩くのは意外に楽しい。

 昔、冒険者として別の町に出かけた時、空き時間にその町をぶらついた様な記憶はある。しかしそんなのも駆け出しの頃の短い時間だけで、『泥濘の四本角』が昇格を重ね始めた頃にはそんな風に遊ぶ余裕などなかった様に思われた。


 ともあれ、そんな風に懐かしい様な新鮮な様な気持ちで歩いていると、市場らしい所に出た。海辺の方とは別の市場らしく、日よけの布屋根を張った露店が並び、色とりどりの野菜や卵、肉などの生鮮品や、チーズや乾物などの加工品、穀物やパンもある。品揃え豊富だが、その場で食べるものや魚介の類はあまり多くない。そういった部分で海辺の市場と差別化されているらしい。


「賑やか」


 とユーフェミアが言った。


「そうだな。でもアズラクとはまた雰囲気が違うよなぁ」


 別に今日は料理をする予定も必要もないのだが、どうしても食材類は目を引くので、トーリは露店を冷やかす様に見て回った。ユーフェミアは特に目的もない様だから、トーリと一緒にいればそれで満足らしい。

 品種が違うのか、形や色の違う野菜が面白い。帰る時に買って行ってもよさそうだ。チーズや塩漬け肉などもアズラクとは違ったものがあるし、あちらではあまり一般的でない香草や香辛料なども多い。


「この茄子、変な模様。ほら、トマトも色んな色と形」

「ホントだ。味も違うんかな?」

「買って行く?」

「帰る前にな。今買ったら荷物になるだけだろ」


 ユーフェミアとこんなやり取りをするのが妙に楽しい。この馴染みのない野菜を使った料理で、ユーフェミアたちが喜んでくれるのを想像すると何となくうずうずする。


(料理してえなあ)


 既に料理はトーリにとって仕事であると同時に日々の楽しみにもなっている。見知らぬ食材を見ると使ってみたくなるのである。一種の職業病なのかも知れない。

 しかし今買っても仕方がない。帰宅する時の楽しみにと市場を離れ、再びぶらぶらと歩いて行った。


 往来は人通りもあったが、どことなくのんびりとした雰囲気である。忙しないアズラクとは違っている。市場の露店とは違った店が並んでいて、ショーウィンドウを眺めるだけでも面白い。


 道に面したパブは、前の道端にもパラソル付きの席が用意してあって、そこで明るいうちから一杯やっている人も多い。冒険者らしいのの姿はあまりなく、賑やかではあるが品がないという風ではなかった。

 暑いから、冷たい麦酒がおいしいのだろう。うまそうに飲んでいる人たちを見て、思わずパブの扉をくぐる人も多い様だ。尤もトーリは酒が好きではないのでそういう誘惑とは無縁である。

 ただ、つまみとして売られている料理が気になる。折角来たのだし、とトーリはユーフェミアを見た。


「ちょっと寄ってくか?」

「いいよ」


 それでパブの扉をくぐった。

 中も賑わっていた。奥の方は小上がりのステージになっていて、三人組の音楽家がぺろぺろと音楽を奏でていた。空いていたカウンター席に腰を下ろすと早速「麦酒?」と聞かれた。


「いや、酒駄目なんで……ユーフェ、お前は?」

「わたしもお酒嫌い」

「えーと、レモン入りの炭酸水と……」

「オレンジジュース」

「オレンジジュース一つ。あと、このモツの煮込み。それからピクルスと……バゲットも」

「チーズ食べたい」

「チーズ盛り合わせ」


 レモン風味の炭酸水は汗をかいた体には実にうまい。

 まずピクルスが来た。根菜や小さなキュウリが酢漬けにしてあって、酸味の奥に辛みがある。唐辛子を一緒に漬け込んであるのだろう。チーズは数種類が盛り合わせてあって、それぞれ味わいや風味が違う。

 モツ煮込みはピメントンがたっぷり使われていて、臭みは感じられない。薫香豊かで濃厚な旨味が溢れている。焼いたバゲットを煮汁に浸して食べるとうまい。ユーフェミアもうまそうにもぐもぐやっている。


 まだまだ気になるメニューはあるけれど、調子に乗ると夕飯に差し支えるから、これくらいでやめておく。炭酸水をもう一杯頼み、ちびちびと料理をつまんで、店を出た。


(ピメントンは絶対買って帰ろう……)


 トーリは帰ってからどういう料理を作るか、頭の中で描いた。旅行に来ているのにもう帰りたくなっている。本末転倒である。


「おいしかったね」

「だな。何が好きだった?」

「チーズ」

「そうか……」


 チーズも何種類か買って帰る様だな、とトーリは頬を掻いた。

 ホテルに戻る頃にはもう日が傾いていた。光の朱色が強まって、何となく日差しの質量そのものが増した様に錯覚する。ユーフェミアは帰るなりベッドに倒れ込んで、枕に顔を埋めて動かなくなった。


「おいユーフェ……おい、この時間から寝ちゃ夜に……差し支えねえんだよな、こいつは」


 昼間どれだけ寝ていても、夜になればまた寝るのがユーフェミアである。ひとまず布団をかけてやってからトーリはベランダに出た。南向きらしく、海へと近づく太陽の姿が見えていた。靄がかかっているらしく、水平線ははっきりとは見えない。


 午前中の泳ぎ疲れと歩き疲れのせいで、トーリもやや眠い。しかしユーフェミアと違って今寝ては夜眠れなくなってしまう。椅子に腰を下ろしてぼんやりしていると、こんこんとドアがノックされた。


「ユーフェちゃん、いるぅ?」

「あん? シシリアさん? ユーフェは寝てるけど、開いてるよ」


 ドアが開いて、シシリアがひょこっと顔を出した。


「あらトーリちゃん、帰ってたのねぇ」

「今さっきね。シシリアさん、戻ってたんだ。シノさんたちは?」

「戻ってる筈よぉ。ずーっと泳いでたから疲れてごろごろしてるんじゃないかしら?」


 トーリが出かけているうちに使い魔たちも帰って来ていたらしかった。

 シシリアは入って来てトーリの向かいに腰を下ろした。簡素なワンピース風の服に身を包んでいる。


「夕飯まではまだ時間あるんだっけ?」

「そうねぇ。時間になったら呼びに来るんじゃないかしらぁ? トーリちゃん、二人してどこ行ってたのぉ?」

「ちょっと町をぶらついて来ただけだよ。軽く店とか入って知らない料理つまんで……市場があってさ、見た事ない野菜とかあるんだよ。帰りに買って行こうと思ってさ」

「好きねぇ、トーリちゃんも」


 シシリアはちょっと呆れた様に笑いながら言った。


「わたしもお買い物でも行こうと思ったんだけどねぇ」

「行ってくれば? まだ時間あるんじゃない?」

「んー、でも明日も一日あるんだし、やっぱり焦らないでもいいかなぁ。ユーフェちゃんも寝ちゃってるしねぇ」


 それはそうかも知れない。明日も一日海で遊ぶわけにもいかないだろうし、改めてゆっくりと街歩きをするのも悪くなさそうだ。レストランに入るのも悪くないだろう。


「セニノマさんは? 寝てんの?」

「ううん、あの子ったら、まだ砂のお城作ってるのよ。流石に暗くなったら戻って来そうだけど、一度はまると周りが見えなくなるのよねぇ」


 とシシリアは呆れた様に肩をすくめた。トーリも苦笑いを浮かべる。物作りが好きなキュクロプス族とはいえ、そこまで夢中になれるのも凄い話だ。


「でも、一人っきりにして大丈夫かな?」

「そうねぇ。もしかしたら迷子になってホテルに帰って来れないかもねぇ」

「おいおい……」


 シシリアはくすくす笑った。


「まあ、後で迎えに行けば大丈夫よぉ」

「そう? まあ一応魔界の住人だから人間にどうこうされたりはしないだろうけど……変な男に声かけられたりしないか?」

「うふふ、そうなったら面白いわねぇ」

「いや、笑い事じゃねえだろ」

「まあ、かけられても付いて行ったりしないでしょ、あの子は」

「……それもそうか」


 セニノマの場合は全力で拒否するか、大混乱して妙な事を口走ったり挙動不審になったりして、向こうから愛想を尽かされそうである。


「ねえねえトーリちゃん、お姉さんってばさっきいっぱい声かけられちゃったのよ」


 とシシリアが嬉しそうに身を乗り出した。


「ナンパ?」

「そうそう。うふふ、若い子に言い寄られるのって素敵ねぇ」

「ついて行かないもんなんだ。シシリアさん、嬉々として行きそうなのに」


 とトーリが言うと、シシリアは肩をすくめた。


「そうなのよねぇ。でもお姉さんがハッスルしちゃうと人間の子じゃ干からびちゃうかもだから、泣く泣くお断りしたのよぉ」


 そういえば、このアークリッチは夢魔族とのハーフであった。トーリは嫌な汗が背中に伝うのを感じた。


「まあ、そういう理性が残ってくれてるのはよかったけどさ……」

「もちろん、人間に危害を加えるつもりはないわぁ。そんな事したらユーフェちゃんに契約切られちゃうし、魔界でも怒られちゃうものねぇ」


 魔界は地上と事を構える意思はないらしく、無法者の犯罪魔族やモンスターはともかく、魔界でも地位を持つ魔族が人間に危害を加える事は好ましく受け取られないらしい。不干渉を旨としている分、トラブルの火種は歓迎されないのだろう。


「……それでよくジャンと結婚しようとかのたまったな」

「うふふ、愛の前では障害も乗り越えて行けるものよぉ」


 とシシリアは笑った。トーリはかくんと肩を落として嘆息した。


 もう辺りは暗くなりつつある。窓辺から見える海の色が昼間と違う。空の色が赤や紫のグラデーションになっている下で、青黒い水面が広がっている。空の残光が反射して、波が揺らめく度に明滅するかの様に光った。

 シシリアはセニノマを迎えに行くと言って出て行った。トーリは椅子にもたれたまま、どんどん暗くなって行く外の景色を眺めていた。


 ユーフェミアとの散策のおかげか、出かける前の奇妙な感じは鳴りを潜めた。ユーフェミアが変わらず自分に甘えてくっついて来ると安心する。その感じは変ではあるけれど、今のトーリにとっては嫌な感じがしないのが不思議だった。


(……俺、結局どうしたいんだよ)


 向かいたい方向は見えている様に思われるのに、その一歩を踏み出すのに未だに躊躇する。どうしたものかと思いつつも、眠いせいで思考がまとまらない。

 何となくまどろむ様な気分になって来た頃、ドアがノックされた。開けると老ボイが立っていた。


「お食事の支度ができましたので、よろしければ一階の食堂にお越しくださいませ」

「ああ、ありがとうございます」


 トーリはユーフェミアの方を見返った。ベッドに仰向けになってむにゃむにゃ言っている。


「起こして連れて行くんで……案内は大丈夫です」

「左様ですか。では失礼いたします」


 ボイは一礼して去って行った。


「ユーフェ起きろ。飯だぞ」


 と肩を揺すぶると、猫の様にぐーっと伸びをしてから丸まった。


「起きろって」

「うにゃ」


 薄目をあけて、大きく欠伸をした。


「なぁに?」

「飯だってさ。というか寝過ぎだぞ」

「んー」


 相変わらず曖々として昧々とした表情で、ユーフェミアはのそのそと起き上った。布団が落ちる前にトーリはタオルケットを肩からかけてやる。


「……ご飯、なに?」

「わからん。一階の食堂だってさ」

「連れてって」

「その前に服を着ろ」


 それで服を着たユーフェミアの手を握って立たしてやると、ユーフェミアはそのままトーリの腕を抱いてすっかり体を預けた。まだ若干眠そうである。


 歩きづらいなりに歩いて、一階まで降りた。

 食堂は庭に面していて、戸がすっかり開け放されていて出入りができる様になっていた。ビュッフェ形式らしく、種々の料理が並べられた長テーブルが据えられて、銘々に好きなものを取って、食堂や庭にある席で食べるらしい。


 思ったよりも大勢の宿泊客がいた様で、混んでいるとまではいかないものの、食堂も庭も賑わっていた。


「おお、凄いな」

「お魚食べたい」

「魚か。あの辺がそうみたいだな」


 とユーフェミアの希望する料理をあれこれと取って、さてどこに座ろうかと見回していると、向こうの席で山盛りの肉料理と対峙しているシノヅキとスバルの姿が見えた。どこに行ってもやっている事が同じである。

 近づくと、シノヅキが手に持った骨付き肉を振り回した。


「おう、トーリ来たか! こっちに来い! この肉うまいぞ、食って覚えて帰ってから作るのじゃ!」

「もぐもぐ!」


 スバルは口に食べ物を詰め込み過ぎて頬袋の様に膨らんでいる。


「シシリアさんたちは? まだ?」

「あっちにいたぞい」


 見るとシシリアは向こうの方でグラスを片手に他の宿泊客と談笑している。実に絵になる。

 セニノマは色とりどりの料理に目移りしているらしく、そのせいで却ってまだ何も食べていないらしかった。


 シノヅキとスバルのテーブルは肉の皿でいっぱいだったので、別の席にユーフェミアと二人で腰かけた。

 ユーフェミアは蒸した魚を頬張って幸せそうに目を細めている。トーリもひと口つまんで、味付けのよさに驚いた。


「うまい」

「こっちもおいしいよ」


 エビやイカ、貝などを煮込んだらしいスープも味が濃くてうまい。


(味付けもそうだけど……やっぱ素材だなぁ)


 海が近いこの立地だからこその料理だろう。アズラクで手に入る食材では再現は難しいかも知れない。そうなると肉料理の方が真似るのは楽そうだ。

 そんな事を考えつつも、うまい料理に舌鼓を打っていると、まだ他にも宿泊客らしいのが来ているのがわかった。食事を終えて出て行く客もいるが、入って来る客もいる。


「こんなに泊り客いたのに、よく飛び込みで泊まれたよな」

「うん」


 ユーフェミアの口の周りがソースで赤い。トーリはハンカチを取り出してそれを拭ってやった。


「またお前は……」

「んー」


 ユーフェミアは嬉しそうである。こういう顔をされると、トーリは何も言えない。


 パブで軽く食べたから、あれもこれもという気分ではない。量は少なく種類は多く、どれも少しずつ食べてみた。どれもうまくて、今後の自炊の参考になりそうである。

 水菓子の類も用意されていて、アズラクではあまり見ない色とりどりの果物が目にも楽しい。

 ユーフェミアは食事よりもむしろこっちの方がいいらしく、あれこれとトーリに取って来させて、口端から果汁を滴らせながらうまそうに頬張った。


「おいしいね」

「だな。ほら、顎に垂れてるって」


 トーリはまた手を伸ばしてハンカチで口を拭ってやる。


「トーリ、これもうちょっと食べたい」

「ああ、これか。取って来るか」


 それでトーリは皿を持って席を立つ。


 トーリが果物のお代わりを取りに行っている間、ユーフェミアは椅子の背にもたれてうんと伸びをした。とてものんびりしている。明日はどうしようかと思う。とはいっても、結局ほとんど寝て過ごす事になるだろうけれども。

 その時、ぱたぱたと小さい羽音をさして黒い小鳥が降りて来た。ギルドからの手紙を届けてくれるユーフェミアの使い魔である。案の定手紙を咥えている。


「……ん」


 手紙を開いて一瞥したユーフェミアは、手紙にさらさらと返事を書いて小鳥に持たせ、再び飛び立たせた。


「? 今の、使い魔じゃなかったか?」


 と果物の皿を持って戻って来たトーリが言った。


「うん。でもいいの」

「そうか。まあ、いいけど。ほれ、マンゴーでよかったか?」

「うん」


 ユーフェミアは嬉しそうに甘い果実にフォークを刺した。



  ○



 アズラクの冒険者ギルドは日々大忙しだ。まだ全貌が明らかになっていない辺境魔境には未確認のダンジョンやモンスターも存在しており、冒険者が増えて、探索に出る者が多くなってからというもの、大小の新規ダンジョンや変異したモンスターが報告される様になっている。


 ダンジョンはともかくとして、変異モンスターは危険である。大抵の場合強化、凶暴化しており、並みの冒険者では歯が立たない事も多く、討伐が遅れると被害が広がる。

 その為、変異モンスターが報告された場合は白金級(プラチナ)の冒険者にギルドから直接討伐依頼が行く事が多い。


 高位ランク専用のカウンターで、受付嬢のアイシャがくたびれた様に椅子にもたれていた。

 午後である。大量の冒険者の応対をさばいて、波が一度治まったという風だ。

 ギルド付きの医者のセオドアがにやにやしながらやって来た。


「よう、疲れてるなお嬢ちゃん」

「セオドアさん……元気そうですねえ」

「若けえモンに負けちゃいられないさ。くたびれてるとこ悪いが、薬の在庫表だ。確認しといてくれ」


 と書類を差し出した。アイシャはかくんと肩を落として書類を受け取った。


「薬、足りてるんですか?」

「今のところはな。“白の魔女”が定期的に納品してくれるから随分助かってるぜ」


 と言いながらセオドアは眼鏡の位置を直した。


「で、なんだ。変異種の討伐断られたって?」

「そうなんですよぉ。休暇中だから嫌だって。だから『破邪の光竜団』の皆さんにお願いしました」


 アイシャは書類をぱらぱらとめくりながら答えた。

 変異種討伐は難易度の高い仕事である。既存のモンスターのデータがあまり参考にならない為、実力のある者でなければ返り討ちに遭う可能性もある。だから基本的には白金級の冒険者に依頼が行くのだが、報告の中でも特に難しいと判断されたものは、アズラク最強である“白の魔女”に持ち込まれる事が多かった。

 ただし、今現在何の仕事もしたくないユーフェミアは依頼を断った。だから他の白金級にお鉢が回ったらしい。


「多分、大丈夫だとは思うんですけど……」

「心配要らんよ。“白の魔女”が規格外ってだけで、『破邪の光竜団』だって一流には違いないんだから」


 とセオドアは苦笑した。

 実際、アズラクに集まっている白金級のクランや冒険者は決して弱くはない。他地方ではトップクランとして活躍していた者たちも多いのだ。

 だが、それらをまったく寄せ付けぬくらいに圧倒的で不動の地位を保っている“白の魔女”がいるせいで、ギルド側もつい他の白金級だと一抹の不安を覚える様になってしまっている。


 いずれにせよ、飛竜を持つ『破邪の光竜団』である。行き帰りの移動が早い分、依頼の遂行も迅速に行われるだろう。


「セオドアさん、暇なんですか?」

「医務室が暇なのはいい事だ」

「そうですけどぉ……」


 とアイシャは頬を膨らました。

 果たしてロビンがやって来るのが見えた。何となく片付かない表情をしている。


「あ、ロビンさん。お帰りなさい!」

「どもっす。とりあえず仕事は終わったっす」


 ロビンはそう言ってギルドの裏手の方を指さした。


「一応死骸は持って来たっすけど」

「わ、助かります。やっぱり飛竜がいると輸送も便利ですねえ」

「ただまあ、討伐したのはあたしらじゃないんす。あたしらが到着した時にはもうモンスターはやられた後だったっすよ」

「ええ?」


 アイシャは驚いた様に目をしばたたかせ、セオドアは面白そうに顎髭を撫でた。


「“白の魔女”が、気でも変わって来たんかね」

「いや、あの人の戦い方の跡じゃなかったっす。まあ、死骸を見てみりゃわかるっすよ」

「わ、わかりました! エミリさぁん、一瞬受付お願いしていいですかぁ?」


 裏の事務室にいたエミリに受付を任せ、アイシャはロビンと一緒にギルドの裏手に回った。セオドアも付いて来た。

 裏にはモンスターの素材などを搬入する場所があり、解体専門の職人や商人などが出入りしている。


 変異モンスターは足が六本ある巨大なトカゲの様なモンスターだった。目に当たる部分が八つあり、大きな口からは牙が覗いている。人間も丸ごと飲んでしまうであろうくらい大きい。最早トカゲというよりも亜竜に近い雰囲気である。それが頸部をふっつりと断たれて頭と胴体が分かれていた。


「ひええ、強そう」

「多分手こずる相手だと思うっす。外皮も硬かったし、矢も通りづらそうっす」


 とロビンはごつごつした外皮を手で撫でた。


「ははん。それであんたらが到着した時にはこの状態だったわけか」


 とセオドアが言った。ここで待っていたらしいクリストフがからからと笑った。


「そうとも。最初は罠か何かと思ったからね!」

「首を一撃で落としてるんすけど、傷口が焼けたみたいになってるんすよ。何かこう、火でできた剣ですぱっと斬った様な感じで。でも“白の魔女”さんがそういう戦い方をするとは思えねーっす。スバルさんはフェニックスだけど、剣を使う筈ないし、余計にわからんっすよ」


 とロビンがモンスターの首を指さしながら言った。セオドアが同意する様に頷いた。


「まあ、それに冒険者がやったんならギルドに報告に来ねえのは妙だわな」

「だよねえ? モンスター同士の戦いにしては傷が綺麗すぎるし、かといって冒険者以外に辺境をほっつき歩く様なのがいるとも思えないし、わけのわからない事だらけだよ!」


 とクリストフが言った。アイシャは書類にさらさらとメモ書きをした。


「でも、討伐が完了した事に変わりはないですからね。『破邪の光竜団』の手柄でカウントしちゃいますけど、いいですか?」

「いや、後で討伐者とトラブルになるのは御免っすから、それは勘弁っす。でも素材は手に入れた方に権利があるんで、買い取りはして欲しいっす」

「流石団長、こざかしい!」

「黙れ」

「じゃあ、一応保留にしておきますね。ここにサインお願いします」


 書類にサインをして、ロビンはモンスターの死骸を見た。


「……アズラクってのは、まだよくわからない事が多いっすね」



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[一言] お義母様、辺境で隠れてるのか。
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