7.海辺の町にて
「で、どこに泊まんの?」
「んー」
ユーフェミアは宿を一瞥した。
「前に泊まった所がまだあると思う」
そう言ってずんずん歩き出す。トーリも慌ててその後を追った。
サモトックの町へはだらだらの曲がりくねった坂を上って行かねばならなかった。遠目に見る分には整然としている様に見えた街並みも、入り込んでみると意外に路地が入り組んでいた。油断すると迷子になりそうである。
石畳の道を踏んで行くと、やがて目立たない所に白亜の壁の建物が現れた。
この辺りの建物はどれも白い壁だが、この建物は手入れが行き届いているのか、白色にくすみが見られなかった。高級感はあるけれど、どことなく素朴な雰囲気である。しかし看板もないし、本当に宿なのか判然としない。
「ここがそうなのか?」
「うん」
それでユーフェミアはどんどん入って行く。トーリも半信半疑ながら入ってみると、確かに中は宿のエントランスの様になっていた。綺麗に掃除されており、さりげなく置かれた調度品は品がいい。恐らく知る人ぞ知る穴場的な宿なのだろう。
綺麗なのだが変に格式ばった雰囲気がなく、トーリは少しホッとした。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
カウンター向こうにいた中年の女性が言った。ユーフェミアがそそくさと後ろに隠れてしまったので、トーリが代わりに応対した。
「はい、あの二泊ばかりしたいんですが」
「ええ、ようござんす。お部屋は十分に空いておりますが……」
使い魔たちを含めて六人。全員で詰まるには少々大人数である。
「三人ずつとか……」
「二人ずつ。三部屋」
トーリの言葉を遮る様に、ユーフェミアが言った。
「かしこまりました。お食事は如何なさいますか?」
「お昼はいい。夜と朝はお願い」
「かしこまりました。部屋に御案内して」
後ろの方に控えていた年配のボイが来て、荷物を持ってくれた。
冒険者時代に宿に泊まる事はあったけれど、こんな風に荷物を運んでもらった事はないので、トーリは何だか不思議な気分になった。
部屋は二階にあった。ボイが鍵を差し出しながら言った。
「ここから向うの三部屋をお使いください。二人部屋となっておりますので」
「ん、ありがと」
とユーフェミアは慣れた手つきでボイにチップを渡すと、ぎゅうとトーリの腕に抱き付いた。
「トーリはわたしと」
「え……あ、まあ、そうか……」
二人部屋である。そうなると誰と誰が、という問題があるが、ユーフェミアはトーリと一緒である事に微塵の疑いも抱いていないらしい。確かにそれ以外選択肢はないものの、どうしても照れくささが先に立つので、トーリは片付かない表情で頬を掻いた。
「わしらはどうするかの」
「ボクは別になんでもいいけど」
「じゃあセニノマはわたしは一緒ねぇ。いらっしゃい」
「い、嫌だぁ! おら、シノかスバルと一緒がええだぁ! は、はなせーっ!」
騒ぐセニノマはシシリアに引きずられて手前の部屋に消えた。
「んじゃ、わしらはこっちじゃの」
「着替えて泳ぎに行こー」
「一応言っとくけど、知らない人について行っちゃ駄目だぞ」
とトーリが言うと、二人はあっかんべと舌を出した。
「わーっとるわい」
「ふーんだ!」
それでシノヅキとスバルも部屋に入った。
「わたしたちも行こうよ」
「そうだな……そうするか」
何だかすでにくたびれた気分だが、折角の旅行である。部屋で寝ているのも勿体ない。
ひとまず荷物を置いてしまおう、とトーリもひとまずユーフェミアと一緒に部屋に入った。一番奥側の角部屋である。
部屋は小ぢんまりとしつつも清潔感があり、落ち着く造りだった。
日当たりが良く、海側に開けていて眺望がよい。
夏の盛りではあるが、不思議と涼しく、吹き込んで来る涼風が心地よい。何か魔法がかけられているのかも知れない。
手すりのある小さなベランダがあって、そこから海が一望できた。相変わらず凪いだ水面に陽光がきらきらと照り返している。
「おー、眺めがええのう」
「風が涼しいねー。早く行こ、早く!」
隣の部屋のベランダでシノヅキとスバルもはしゃいでいる。
部屋の中を振り返って見ると、ユーフェミアはベッドに転がっていた。
「おい、海に行くんじゃないのか」
「うん」
と言いながらも動かない。ふかふかでさらさらした布団に幸せそうに顔を埋めている。
(寝に来たのかこいつは……)
トーリはベッドに腰かけた。ユーフェミアは枕を抱く様にしてころんと寝返った。目は閉じられて、もう寝そうである。
「おい、寝るのか?」
「んー……」
ユーフェミアは薄目を開けてトーリを見た。
「一緒に寝る?」
「いや……おい?」
「出かけるなら、鍵かけて受付に預けておいて……」
そう言って目を閉じたと思ったら、すうすうと寝息が聞こえて来た。
寝つきが良すぎるだろ、とトーリは感心した様な呆れた様な、微妙な気分で立ち上がった。
さてどうしようかと思う。転移魔法で飛んで来たからまだ昼前だ。隣の部屋で扉が勢いよく開いて、閉まる音がした。シノヅキとスバルが飛び出して行ったのだろう。後ろからごそごそと衣擦れの音がすると思ったら、ユーフェミアが寝ながら服を脱ぎ捨てているところだった。トーリは慌てて目をそらし、ひとまず散策でもしてみようかと部屋から出た。
丁度シシリアとセニノマが出て来たところである。セニノマは水着の上からパーカーを羽織っており、シシリアは意外にも薄手のゆったりした黒いワンピースドレスを身にまとい、花飾りのついた大きな麦わら帽子をかぶっていた。いつもの体にぴったりつく様なきわどいドレスと違ってだぶっとした服だが、それでも胸部は変わらず存在を主張していた。
「あら、トーリちゃんも行くの? ユーフェちゃんは?」
「寝たよ」
「はえぇ、もう寝ちまっただか?」
とセニノマが言った。恥ずかしそうに背中を丸め気味にしている。パーカーから伸びる白い足はむっちりと太い。
「じゃあ行きましょう。さっきシノとスバルが駆け出して行ったみたいよぉ」
「鍵かけてないんじゃねえのか?」
「そうねぇ。でもまあ、盗まれて困るものはないんじゃなぁい?」
言われてみればそうである。今回の旅行の財布や貴重品はトーリが管理している。
ともかく、それで三人で連れ立って降りた。受付のおばさん曰く、庭の方から海へ下りられる近道があるというので、そちらから浜辺に向かった。
日を照り返す白砂が目に眩しい。そここにパラソルが立って、その下で寝転んでいる人が散見される。沖の方ではすでにシノヅキとスバルが浮いたり沈んだりしながら遊んでいるのが見えた。無暗に楽しそうである。
「なんか、日傘が借りられるって言ってたな」
「そうねぇ。あそこかしらぁ?」
丁度市場から浜辺に出る辺りに大きめの建物があって、軽食やレジャー用品が揃っているらしい。
トーリはひとっ走りしてパラソルと敷布、浮き輪などを借りて来た。砂に突き立てて広げると、おあつらえ向きの日陰ができ上がり、そこに広い布を敷く。
「これでよし、と」
「荷物置き場ができたわねぇ。セニノマ、泳ぎに行きましょ」
とシシリアがワンピースを脱ぎ捨てた。中々きわどいデザインの水着が下から現れて、トーリは思わず目を逸らした。そこいらのちょっとした美人が着るくらいではむしろ冷笑を買いそうな代物であるが、シシリアの官能的な肉体がまとうと違和感がない。なんだかんだ言っても似合っているから困る。
「おおお、おらカナヅチだから遠慮するだぁよ! ここで砂のお城作ってるだぁよ!」
「そんなの後でできるでしょう。ほら、おいでなさぁい」
「い、嫌だぁ! あっ、脱がさねぇで……ひゃうぅ!」
パーカーをはぎ取られて、セニノマは恥ずかしそうにかがみ込んだ。体を抱く様にしていやいやと頭を振る。
「はは、恥ずかしいだぁ!」
「うふふ、似合ってるわよぉ?」
流石に紐の様な水着ではないが、ビキニタイプの露出が多い水着だ。メリハリはないが肉づきのよい体である。
着やせするタイプなのか、とトーリが思っていると、セニノマが恥ずかしそうに腹の肉をつまんだ。
「トーリさんのご飯がうめぇせいでつまめる様になっちまっただ……」
「え、俺のせいなの……?」
「はい、行くわよー」
シシリアは抵抗するセニノマを引きずって行ってしまった。
財布などを持っている以上、ここに誰かが残っている必要がある。トーリはパラソルの陰に腰を下ろして、遊ぶ使い魔たちを眺めた。
小柄なスバルが、シノヅキの手を踏み台にして、海の中からぽんと跳ね上がり、空中で一回転してまた海に潜り込む。曲芸師の様な身軽さである。周囲で泳いでいる海水浴客が喝采を送っているので、余計に張り切っている様だ。
シシリアは浮き輪で悠々と浮かんでおり、その傍らで、同じく浮き輪に掴まったセニノマが同じ所をぐるぐる回っていた。
トーリは何となく落ち着かない気分で辺りを見回した。海水浴客は銘々にのんびりとしている様に見えた。
太陽はまだ天頂に至っていない。普段は掃除だの洗濯だの昼食の支度だのと忙しくしている時間である。何となく持て余し気味の気分だ。雑用だの家事だのに邁進しているうちに、何かしていなくては落ち着かない様になってしまったらしい。
いやしかし、貴重な休暇なのだ。休む時には休むべきである。
(なんか食おうかな)
折角遠い土地まで来たのであるし、アズラクでは味わう事のできない新鮮な海産物は食べてみたい。財布だけ持っておけば、他のものは置いておいて差し支えないだろう、とトーリは立ち上がって、市場の方に足を向けた。
市場の露店は賑わっていて、香ばしいにおいが漂っていた。串焼きがあり、煮込みがあり、その場で食べるものから持って行けるものまで、種々多様なものが揃っていた。
「これ揚げ物?」
「そうだよ。魚をミンチにして、丸めて粉まぶして揚げたんだ。うまいよ」
「じゃあこれと……あとこっちのイカと海老も」
「この小魚もおススメだよ」
「じゃあ、それも」
「毎度あり。これおまけね」
「おっ、ありがと」
それで揚げ立てを沢山紙袋に包んでくれた。塩とレモンを振って食べるのである。トーリは歩きながら早速一つつまんでみた。
「あつっ……うわ、うまっ!」
思わず声が出た。シンプルながら揚げ立てで、材料も新鮮だから大変うまい。ざくっと噛んだ後に、ほろほろと口で息をしながら咀嚼するのが楽しい。後を引くうまさで、トーリは次々につまんだ。イカと海老はぷりぷりと弾力があり、小魚はふわふわと柔らかく、はらわたのほろ苦さがいいアクセントだ。魚のすり身は噛むほどに口中に魚の旨味が広がった。
これはアズラクでは食べられない味だ。調理法としては目新しいものはないが、素材の質が段違いである。この前マリウスに連れられて男どもと一緒に行ったレストランでも、同じ様なすり身のフリットを食べたけれど、こちらの方が味がいい様に感じた。海が近いというのはそれだけで豊かなものである。
瓶入りの炭酸水も買って、パラソルの所に戻った。使い魔たちはまだ遊んでいる。シノヅキとスバルの勢いは衰えていないし、シシリアは相変わらず優雅に浮かんでいる。無理やりに連れて行かれたセニノマも、水に慣れて来たのか楽しそうにしている。
トーリはそれを眺めながらフリットを食い、炭酸水を飲んだ。食感と香ばしさ、レモンの酸味が後を引くので手が止まらない。
「うまいな、これ……この辺、飯がうまい所なのかな?」
材料の差があるからアズラクで再現するのは難しそうだが、味付けなどは参考になるものも多そうである。宿の食事が楽しみだなあとトーリは思った。
暑いけれど、潮風が心地よい。日陰に腰を下ろしていると爽やかである。波音が継続的に響いて来るのも落ち着く。フリットを食べてしまったトーリはあくびをした。確かに、これはユーフェミアでなくても眠くなりそうだ。
ごろんと仰向けに転がっていると、シノヅキがふらふらとやって来て隣に腰を下ろした。
「はー、水がしょっぺえのじゃ」
「海水だからな。休憩?」
「そうじゃ。はー、人間の恰好で泳ぐのはまだ慣れんわい。しかもなんかべたべたするのう」
「いやいや、そこらの人間より身軽に泳いでたぞ?」
「ふん、フェンリル姿ならもっと自由自在じゃわい……ん? おぬし、なんぞ食うたか?」
と鼻をひくつかした。流石に嗅覚が鋭いらしい。
「ちょっと買い食いした」
「ずるい! わしも食いたいぞ!」
「まあ、そろそろ昼飯の時間だからな……ユーフェはどうすんのかな」
とトーリは立ち上がって、宿のある方を眺めた。もちろんユーフェミアが見えるわけではない。まだ寝ているのだろうか。とはいえ、ユーフェミアは寝る事が大好きとはいえ、昼ご飯は食べたいだろう。
ちょっと呼んでみるかと、トーリが首にかけたペンダントを手に取った時、横の砂が竜巻状に巻き上がった。驚いて目を閉じると、急にふにふにした柔らかいものが腕に絡みつくのを感じた。
「お腹空いた」
「え? あれ、ユーフェお前……」
水着姿のユーフェミアはトーリの腕に頬ずりしながらあくびをした。転移魔法で飛んで来たらしい。この短い距離を、とトーリは呆れた。
「お昼ご飯、どうする?」
「あっちの市場に色々売ってるんだよ。買いに行くか」
「ここにいる。買って来て」
とユーフェミアはトーリから離れて、日陰にころんと横になった。こっちに着いてからというもの、ちっとも動こうとしない。
「仕方ねぇな。シノさん、一緒に来る?」
「おう!」
それでシノヅキと二人で市場の方に行った。さっきのフリットがうまかったので、あれをまた買って行きたい。他にも何だか色々なものがあって目移りする。海辺だから肉よりも魚介料理の方が多い様に見える。
シノヅキは大きな魚の串焼きを嬉しそうに頬張った。
「うまい! お魚がいっぱいじゃ」
「あっちに港があるっぽいから、そこから来るんだろうなあ」
フリットや串焼き、パンなどに加え、ソテーした茸と挽肉をパイ生地で包み焼にしたものや、タコと香味野菜をマリネしたものなど、あれこれと目についたものを買い込んで、戻った。スバルたちも海から上がっていて、セニノマは砂を集めて山にしていた。
「買って来たぞ」
「うわーい、うまそう!」
「あらあら、沢山買ったのねえ。見せて見せて」
「はわわ、豪華絢爛だぁ」
料理を広げるとさながら宴会の様である。
「この揚げ物がうまかったぞ」
「さくさくなのじゃ」
「どれどれ、あちちっ!」
またスバルが熱がっている。トーリは呆れながら、寝転がったままのユーフェミアを小突いた。
「おい、ユーフェ起きろ。飯だぞ」
「うにゃ」
ユーフェミアは寝返ってトーリを見た。
「食べさせて」
「寝ながら食ったら変なトコ入るぞ。ちゃんと起きて食え」
「むー」
不承不承気味に起き上り、そうして小さく口を開けてトーリを見た。トーリはやれやれと頭を振って、フリットを一つつまんで口に押し込んでやった。
「もぐもぐ」
「ったく、お前は……」
「この葉っぱのお皿面白ぇだ……ははあ、型に入れて固めて……それで干してあるんだな」
セニノマはマリネの入った皿をしけじけと見ている。大きな葉っぱで形を作って乾燥させたものらしい。使い捨ての皿だ。露店の料理は紙袋や小さな藁籠、葉っぱの皿など、使い捨てられる食器が使われているから、店まで返しに行く必要がない。
随分買い込んで来た様に思ったけれど、みんな食ってしまった。家では毎食これくらい平らげていたんだっけ、とトーリは何となく空恐ろしい気分になった。
今日は片付けも夜の仕込みも必要ない。串や紙袋をまとめてしまえばおしまいである。浜辺の一角で火が燃やされていて、食器ゴミはそこに放り込んで燃やしてしまった。
腹もくちくなったし、眠い。シノヅキとスバルは再び海に飛び込んで行った。セニノマは砂の山の形を整えて城づくりを開始し、シシリアは折り畳みの寝椅子に寝転がっている。ユーフェミアは浮き輪を片手にトーリの腕を取った。
「一緒に行こ。海でぷかぷかする」
「まあ、いいけど……シシリアさん、セニノマさん、荷物見ててくれる?」
「いいわよぉ。いってらっしゃあい」
とシシリアが軽く頭をもたげて言った。セニノマは城づくりに集中しているらしく返事をしない。
それでトーリも浮き輪を携えて海に入った。ひんやりしていて気持ちがいい。遠浅らしく、それなりに沖の方にでなければずっと足がつく。
波は穏やかで、ユーフェミアは浮き輪で浮かびながらのんびりと目を閉じている。髪の毛が結い上げてあるから、普段は見えないうなじが妙に艶めかしく見える。
(涼しい)
トーリは浮き輪にもたれながらぼんやりした。なるほど、休暇である。こういうのも悪くないなと思う。アズラクで冒険者生活を始めてから今まで、こんな風に休みらしい休みを取った様な記憶がない。まして遠方に遊びで出かけるなぞ思いもよらなかった。
「波がゆらゆら、気持ちいいね」
とユーフェミアが言った。
「そうだな」
「トーリ、泳ぐの得意?」
「カナヅチじゃねえけど、海とか今まで縁がなかったし、あんまし泳ぐ事がなかったからなあ……」
海面に照り返す日の光が目に眩しい。
時折少し大きな波が来るから、油断していると口に海水が飛び込む。
ユーフェミアはバタ足でぱちゃぱちゃと水を跳ねさした。
「しょっぱい」
「だな。まあ、この水から塩ができるんだもんなぁ」
小一時間ほど泳いだり浮かんだりして、上がった。普段しない体の使い方をしたし、水の中にずっといるというのは意外にくたびれる。ユーフェミアも部屋に戻りたいと言う。
それでパラソルの所まで戻ると、横に背丈くらいの砂の城が建っていた。セニノマの作ったものだ。砂と思えぬ威容と繊細さで鎮座しており、海水浴客たちが感心した顔をして見物している。
「すげえの作ったな……」
「つい張り切っちまっただよ。ふひひ、楽しいだ」
とセニノマは既に第二弾の製作に取り掛かっている。ユーフェミアはタオルで体を拭きながら言った。
「ホテルに帰る。どうする?」
「あら、そう? お姉さんはもうちょっとのんびりして行くわぁ」
「おらもこいつを完成させちまうだ」
シノヅキとスバルは沖の方でまだ泳いでいる。
では、とトーリはユーフェミアと連れ立って宿まで戻った。帰りは一緒に歩きたいらしく転移魔法は使わない様である。
行きは町の中を通ったが、帰りは教わった近道を通るので早い。ロビーに入ると受付のおばさんが立ち上がった。
「お帰りなさい。海水でべたつくでしょう、こちらで水浴びができますよ」
「ああ、そりゃありがたいな。ユーフェ、水浴びてろ。俺部屋行って着替え持って来るから」
「にゃ」
それでトーリは部屋に戻り、着替えを揃えた。
ロビーを回って行った所に風呂場があった。風呂場というよりもシャワー室で、戸の代わりにカーテンのかけられた人一人分程度の簡素な個室が並び、頭上に水の流れる管が通っており、蛇口をひねると水が降って来る仕組みである。
その個室の一つからユーフェミアが顔を出した。髪の毛から雫が垂れている。
「トーリ来た」
「おう、お待たせ。これ着替えな。こっちがタオルで……いや、出て来ないでいいから!」
そのまま出て来ようとするユーフェミアを慌てて押しとどめ、トーリはタオルと着替えを押し付けた。
それでトーリも水を浴びて、さっぱりして部屋に戻った。日は少し傾いた様ではあるが、まだまだ高い。泳いでくたびれたのか、ユーフェミアはもうベッドに転がって気持ちよさそうに目を閉じている。
「また寝るのか?」
「うん」
ユーフェミアは薄目を開けてトーリを見た。
「こっちで一緒に寝ようよ」
「いや、それは……」
トーリがまごついていると、ユーフェミアはもう目を閉じて既に寝息を立てているらしい。この寝つきのよさは才能だな、とトーリは思った。
(……それにしても、どんだけ寝るんだ、こいつは)
髪の毛は濡れたせいか少し癖がついた様になっていた。日光の下にいたせいか、それとも体を動かしたせいか、白磁の様な頬に赤みが差している。しかし日焼けをしたという風ではない。
トーリはしばらくベッドに腰かけてユーフェミアを眺めていたが、やがて立ち上がった。ベランダに出て見ると、浜辺はまだまだ賑わっていた。視線を動かすと、町並みが見えた。
何だか落ち着かなかった。
ここ最近、妙な嫉妬心がほんのりと存在を主張しているせいか、どうにも気持ちのやり場に困る。
この気持ちはどこから来るのだろう、とつらつら考えるに、今まではトーリくらいしか付き合いのなかったユーフェミアが、トーリの知らない所で、少年とはいえ自分以外の男と何かやっているというのが、妙に引っかかっているらしいのがわかった。
恋人ってわけでもないのに。しかも拒んでいるのは自分の方なのに、とトーリは自嘲した。ユーフェミアが変わらず自分の事が好きなのに甘え続けているのは、少し情けない。
「……おい、ユーフェ」
トーリは寝ているユーフェミアを揺すぶった。ユーフェミアはむにゃむにゃ言いながら薄目を開けた。
「なぁに?」
「散歩でも行こうぜ」
「眠いからいい」
「そう言うなよ。折角旅行に来たんだし、勿体ないだろ?」
ユーフェミアはもそもそと身じろぎして、トーリを見た。
「一緒に行きたいの?」
「……おう。行きたいな」
「えへ」
ユーフェミアは寝床の中で猫の様にぐーっと伸びると、のろのろと体を起こした。
「じゃあ、一緒に行こ」
「うん……おうわ!」
薄布団がはらりと落ちた下は、案の定全裸である。
トーリは慌ててその辺に転がっていた下着と服とを拾って、ユーフェミアに押し付けた。