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11.理由


 魔界と地上とは、契約や禁呪によって開かれるアストラルゲートか、現在は封鎖されている大門の他はつながっていないと思われているが、時折空間の歪みや揺らぎといった様なものがあり、そういった諸々のタイミングがかぶさった際、偶発的につながる事がある。

 人間が魔界に迷い込む事もあれば、魔界の者が地上に現れる事もある。

 前者の場合は(迷い込んだ本人を別として)まだ大した事はないけれど、後者の場合はほぼ確実に騒ぎになる事請け合いである。

 話の通ずる魔族ならばまだしも、犯罪魔族やモンスターが来ると地上に甚大な被害を及ぼす事もある。

 現在魔界は地上に対して不干渉を貫いているが、徹底的すぎるきらいがあり、地上が原因で魔界に問題が起こっても、魔界は魔界で対処し片を付けてしまう。反対に地上に魔界の厄介者が入り込んでも、魔界の方は知らぬ存ぜぬを貫く。だから地上の人間で何とかしなくてはならない。


 モンスターは大抵の場合地上のものよりも強力なので、歴戦の傭兵や冒険者であっても手こずる。しかしその体から取れる素材は魔界産と言ってよいものであるから、討伐に成功すれば一攫千金も夢ではない。

 最初にそれを発見したのはアズラクを拠点にする銀級(シルバー)のクランだった。近場のダンジョンの探索を終え、帰路に就いていた彼らは、ダンジョンに赴く時には見なかった、小高い岩山に目をとめたのである。

 探索帰りという事もあって疲労が溜まっていたものの、妙な岩山に妙に心惹かれた一行は、持ち前の冒険心を発揮して近づいた。


 ごつごつした岩肌には苔がむしている所もあった。しかし苔は冒険者たちの見た事もないもので、何だか毒々しい色をしている。見れば岩の裂け目からは奇妙な光が微かに漏れ出しているし、全体的に奇妙な雰囲気を漂わしているし、その上微細な振動が足を伝って体を震わせる。不気味である。

 険を冒す事を生業としている連中も、いたずらに命を捨てようなどとは勿論思っていない。銀級にまで昇格するだけの実力を持つ彼らは、経験で培った予感を以て、登りかけた岩山から降りた。


 果たしてその判断は正しかったと言える。

 岩山が動いた。

 緩慢だがかなり強い力を持った動きで、地鳴りがし、辺りの木々が揺れて枝葉がざわざわした。

 動いた事で内部の何かが活性化したのか、岩の隙間から瘴気が漏れ出した。

 冒険者たちは大慌てで距離を取る。

 岩山が下の方から斜めに持ち上がったと思うや、巨大なハサミが出て来た。他に甲殻に包まれた四本の尖った足が現れる。それが地面に突き立って全容が明らかになった。ぎょろぎょろとした二つの目が光った。


「ヤ、ヤドカリ!?」


 誰かが思わず声を上げた。

 それは巨大なヤドカリであった。これはコンゴウヨコバサミと呼ばれているモンスターである。

 通常のヤドカリの様に貝殻に入るわけではなく、岩や土などを体液によって固めて体にまとう。地上では精々手の平に乗る程度にしかならないが、魔界の場合はこの様に小山サイズに成長する。その過程で殻の硬度を増す為か、希少な鉱物などを巻き込む場合が多く、討伐出来たとすれば良質の小さな鉱山が一つ手に入る様なものだ。

 だが、地上の冒険者がそんな事を知る筈もない。彼らは泡を食って逃げ出した。そうして口角泡を飛ばしてギルドに報告し、調査の結果、コンゴウヨコバサミの大型種である事が判明したのである。


 大型とはいえ、低級モンスターのコンゴウヨコバサミである。ギルドも当初は問題視していなかった。

 そのうち情報が出回り、倒せば希少な鉱石が手に入るやもと知れるや、欲に目がくらんだ金級(ゴールド)や銀級のクランがいくつも討伐に向かったが、全然歯が立たなかった。

 動きが早いわけではないが、殻が硬く武器が通らない。

 しかも瘴気や魔力をまとっていて、それが一種の魔力障壁の役割を果たしているらしく、魔法も効きが悪い。ならば関節から斬り裂こうとか目を潰そうとか思って下手に近づけば鋭い足やハサミの餌食になる。


 それならば弓の出番だ! と射手たちが張り切って目を狙ったが、何と目玉も殻並みの硬度があるらしく、鋭い矢じりも刺さらなかった。しかも素早く体を殻の中に隠してしまうので、狙うこと自体が難しく、手を出しあぐねるという有様である。

 さらに、このコンゴウヨコバサミと共生しているモンスターが背中の殻に巣を作っており、それが這い出て来て冒険者たちに襲い掛かった。

 地上では珍しくもないトカゲ型や虫型のものだが、こちらも魔界のモンスターである分、地上のものよりも体が大きく強力で、一筋縄ではいかない。

 それらのモンスターが魔界に比べて脆弱な地上の環境に味を占め、殻から出て周囲を荒らし始めたからたまらない。瘴気まで広がり出して、あれよあれよという間にたちまち周辺が警戒区域になった。


 これが集落の近くならば軍などが動き出すのだが、場所が辺境だから軍も動くのを渋った。軍隊は動けばそれだけ金もかかる。ダンジョンに行けなくなって困るのは冒険者である。結果として冒険者ギルドにお鉢が回って来て、討伐せねばならぬ事になった。

 ともあれ、モンスター退治は冒険者の得意分野である。

 しかも実力者揃いのアズラクともなれば、たとえ魔界のモンスターであっても討伐は可能である。その事はギルドの方もよくわかっていて、そこでこの状況を利用する事にした。


 アズラクは冒険者の数が日増しに増え、特に他地域で活躍していたのが移って来るというケースが多くなった。

 ギルド肝煎りで『蒼の懐剣』を結成したものの、それに迫る実力のクランが増えて来た結果、ギルドとしてもバックアップをするクランを『蒼の懐剣』だけに留める事が勿体ない様に思われて来たのである。

 だからといって、ギルドとしては冒険者側に主導権を握られるのは避けたい。

 頼らざるを得ない状況になる事もあるが、基本的に“白の魔女”のケースは、ギルドとしてもあまり好ましくないのである。

 ならば、実力派のクランがアズラクで地盤を固める前に、ギルドが手綱を握れる様にしておきたいと考えた。そこで、『蒼の懐剣』も含めて、現在アズラクでも上位にあるクランの団長たちに、コンゴウヨコバサミを最も早く討伐したクランの支援を厚くすると触れ回ったのである。

 寝耳に水の話を聞かされた『蒼の懐剣』のメンバーは、困惑気味に顔を見合わせた。


「じゃあ、結果次第じゃ支援が打ち切りになるって事?」


 とスザンナが言った。


「い、いえ、完全に打ち切られる事はないかと思いますが、規模は縮小されるのではないかと……」


 『蒼の懐剣』のマネージャーであるアルパンが、恐縮した様に頭を下げる。考える様な顔をしていたカーチスが口を開く。かつて『赤き明星』という白金級クランの主力を務め、現在は『蒼の懐剣』の中核を担う重装剣士だ。


「しかし『蒼の懐剣』はギルドの全面支援を前提に創設されたクランだぞ。だから団長を置かずに合議制で稼働させている。それを別のクランに変えてしまって、今後成り立つのか?」


 カーチスの言う通り、そもそも『蒼の懐剣』はギルドの肝煎りで、当時アズラクにいた白金級のクランを統合して結成されたクランだ。現在もメンバーは入れ替わりつつも増加の一図を辿り、“白の魔女”から鍛えられたメンバーも多く在席している為、戦力的にも依頼の完遂率的にもバツグンの安定感を誇る。

 だが、その安定はギルドによる全面支援による部分も大きい。

 装備の補充や施設の利用、他諸々の雑用をギルド側がバックアップしている分、『蒼の懐剣』はそういったものに煩わされずに動けているのだ。

 さらに複数のクランを統合しているという性質上、ギルドからの意向を元に旧クランの団長たちによる合議制を取っており、団長がいない。仮に支援の対象が別のクランに切り替わった際に、今までの様な活動ができるかどうかはわからないのである。

 アルパンが嘆息した。


「私もそう上層部に何度も言ったのですが……むしろ、それで実力を見せる事ができれば、『蒼の懐剣』に箔がつく事にもなると押し切られまして」

「……実力で何とかしろ、とそういうわけか」

「約束が違うんじゃねえのか?」

「仮に支援が打ち切られたら、あれこれ自腹切る必要があるって事?」

「この前家具新調しちゃったんだけどなあ……」


 メンバーの幾人かは不満そうにぶつぶつとこぼしている。冒険者とはいえいたずらに危険に飛び込む事だけ考えているわけではない。ギルドの全面支援を得ているからこそ『蒼の懐剣』のメンバーとなる事を目指した者も少なくないのだ。

 ジェフリーがばりばりと頭を掻いた。


「まあ、いいじゃねえか。ギルドの言う通り、俺らが先に成果を上げりゃいいだけの話だろ。他地方出の連中に思い知らせてやろうじゃねえか」

「簡単に言うけど……」

「もし負けたらどうするんだよ」


 中々煮え切らない。ざわめきが大きくなり、険悪な雰囲気にもなりかけている。

 女魔法使いのロッテンが両腕をぱたぱたと振った。


「ちょっと! 喧嘩なんてしたってしょうがないでしょ!」

「そうだよ。文句言ったって、ギルドの決定が覆るわけじゃないよ」


 とスザンナも言う。メンバーたちはぶつぶつ言いながら顔を見合わせた。不意にしんとして、皆が互いに様子を窺う様な雰囲気が漂う。

 そんな中、今まで黙っていたアンドレアが口を開いた。


「……ここ最近、雰囲気がたるみがちだ。仕事の時も足並みが揃っていない。大なり小なり、慢心があるのは確かだ」


 『蒼の懐剣』のメンバーたちはドキッとした様にアンドレアを見た。


「そ、それは……」

「ま、まあ、そうかも知れないけど」

「高難易度ダンジョンの探索や、レーナルドの討伐を成功させた事で、少し今の地位に胡坐をかき過ぎたとは、俺も思っている。だが、俺たちは冒険者だ。禄を貰う兵士とは違う。慢心は転落に直結する。流入して来る白金級クランを見て見ぬ振りはできないだろう?」


 メンバーたちはバツが悪そうに視線を逸らした。


「俺たちに実力がないとは思わん。“白の魔女”に鍛えられたんだからな。だが、今の俺たちの意気地のない体たらくを見たら、彼女も面白くないだろうよ」


 メンバーたちは、あの恐ろしい魔女の視線を思い出して戦慄した。自らが鍛えたクランが慢心ゆえに落ちぶれるのは確かに面白くないだろう。

 ギルドの支援が打ち切られるよりも、“白の魔女”の怒りの方がよほど恐ろしく思えた様で、メンバーたちの表情が引き締まった。スザンナだけは笑いをこらえる様な顔をしているが。


「ともかく、俺たちの思惑なぞ関係なくこの競争は行われる。それならきちんと足並みを揃えなくては出し抜かれるぞ。愚痴を言うのは勝ってからでも遅くない」

「そうだよな……」

「昔なら、そんな話が出たら負けるか! ってなってたもんな。よっしゃ、やろうぜ!」


 一気に雰囲気が傾いた。安定の心地よさに浸っていた彼らだが、ひとかどの実力者ばかりであるのは間違いない。こうなれば新規参入のクランにも負けはすまい。

 スザンナがこそこそとアンドレアにささやいた。


「言い様だね。ユーフェは絶対怒らないでしょ」

「まぁな。しかしおかげで気持ちがまとまった。まったく、あいつはどこまでも俺たちを助けてくれるよ」


 とアンドレアは笑った。



  ○



 さて、そんな風に知らない所で『蒼の懐剣』の面々を発奮させながらも、当のユーフェミアはそんな事は露知らず、薬を作る他はだらだらと怠けつつ、日々のほほんと暮らしていた。

 今日は干してふかふかになったソファの上でごろごろするのに余念がなかった。

 へたれていた上張りの毛もふわふわして、顔を埋めるとお日様のにおいがする。ユーフェミアがぐいぐいと体を押し付けると、トランポリンの様に、というのは少し大げさだが、ともかく体を押し返すので、その感触がとても気持ちがいいらしかった。

 ころころと寝返ったり、うつ伏せになってクッションに顔をうずめて足をぱたぱたさせたりしているユーフェミアを見て、同じく干していた布団を取り込んでいたトーリは呆れ気味に言った。


「お前、いつまでも怠けてないで、回復薬の在庫は大丈夫なのか?」

「んー」


 ユーフェミアはクッションを抱く様にして仰向けになった。


「よゆー」

「ああ、そう……」


 とトーリは干した布団を寝室のベッドに広げた。


 先日集めて来た素材はすべて加工と選別が終わり、後は調合をするだけになっている。

 その調合も、近々の納品分はもう終わらせており、納品も済ましてしまっている。次の定期納品まではまだ十分すぎるくらい時間がある。


 キッチンストーブも完成した。セニノマは流石の手際で、トーリたちがモルタルを練ったり、レンガを運び込んだりという手伝いをする間に軒を延長し、淡々とレンガを積み、形を整えて、壁を立ち上げて煙突を作り、すっかり仕上げまで片を付けてしまった。

 そうして今は、ユーフェミアに別の仕事を頼まれて、小さな細工をしている。

 転移装置を少し改造するとかで、トーリに手渡されたそれを拡大鏡付きのゴーグルで見ながら、小さな工具を使ってちまちまと弄っていた。


 そうやってセニノマが残っている一方、シノヅキ、スバル、シシリアたち三人はまた魔界に戻っている。最近は空間の揺らぎが妙に増えているとか何とかで、仕事ができたという話である。当の本人たちはちっとも嬉しそうではなかったが。

 そういうわけで、慌ただしい日々から一転、何とも穏やかな日々になっていた。


 先日、白金級クランの団長たちと出くわして以来、しばらくトーリは不安だった。

 いっそ先手を打ってロビンに謝ってしまうかとも思ったが、相手がバトルジャンキーだったとすれば、火に油を注ぎかねない。当のユーフェミアは何にも気にしていない様子であるし、そこで自分一人が先走るのも気が引ける。結局できる事なぞ思いつかぬまま、日々の仕事に邁進するばかりだ。


「リンゴ剥けたぞ」


 とトーリが今しがた剝いたばかりのリンゴを切り分けたのを皿に載せて食卓に置いた。セニノマは返事をしない。完全に集中して周りの事がわからない様子である。

 ユーフェミアは嬉しそうに体を起こし、それで小さく口を開けてトーリを見ている。

 トーリはしばらく黙ったまま突っ立っていたが、やがて諦めた様にリンゴを手に取ってユーフェミアの口に突っ込んだ。


「もが」

「ったく、ものぐさだな、お前はホントに」

「ん」


 ユーフェミアは口をもぐもぐさせながら、皿のリンゴをひと切れ取って差し出した。トーリが手で受け取ろうとすると引っ込めて首を横に振る。


「ん!」


 トーリはちらとセニノマを見た。こちらを見もせず、一心不乱に手を動かしている。


「……あー」


 トーリが口を開けると、ユーフェミアは嬉々としてリンゴを口に押し込んだ。みずみずしいリンゴの味が口いっぱいに広がる。うまい。けれどどうにも恥ずかしい。トーリは片付かない気持ちでもぐもぐとリンゴを噛み砕いた。


 その時、窓をこつこつと叩く音がした。見るとユーフェミアの使い魔である黒い小鳥が窓辺にいた。口に手紙を咥えている。窓を開けてやると入って来てユーフェミアの肩にとまった。

 ユーフェミアは手紙を開いて目を通し、くしゃくしゃと丸めてその辺に放り出した。


「こら、そういう事すんな」


 トーリは顔をしかめて手紙を拾い上げて広げ直す。こういうのはきちんととっておいた方がいい、というのは『泥濘の四本角』時代に雑用係をやっていた時の経験である。


「燃やしちゃっていいよ」

「やめとけって。ギルドからだろ? 後で何か必要になるかもだし……」


 と何気なく手紙に目を落として、思わず息を呑んだ。


「魔界産のコンゴウヨコバサミの討伐? お、おい、ギルドの全面支援って……しかも他のクランと競争?」

「よくわかんない。興味ない」


 とユーフェミアはまたリンゴをひと切れ手に取った。

 手紙の内容は、折しもギルドからアズラクの有力クランへと通達されたものと同一であった。尤も、個人でしかないユーフェミアにもクラン同様の通知が送られて来る辺り、“白の魔女”の面目躍如といったところであろう。

 ただ、ギルドの方も“白の魔女”がこの申し出に乗って来るなどと期待してはいないし、乗って来られてもそれはそれで困ってしまう。元々ギルドの支援なぞ一切必要としていない“白の魔女”を支援しようという事になれば、ギルドにとっては負担の方が遥かに大きいのである。


 実際、これらの通知は他のクランにはとっくに送られていたものだ。それらのクランは『蒼の懐剣』も含めて、既に討伐戦に向かい、戦端は開かれているくらいの時期だ。そのタイミングを見て、一応“白の魔女”にも通知したという形である。

 はたと、先日アズラクの広場で白金級のクランの団長同士が嫌にピリピリとした雰囲気でやり合っていたのはこの事だったのか、と思い当たる。『蒼の懐剣』に取って代わろうと野心に燃える実力派のクランたちが、ギルドの全面支援とアズラクのトップクランの座を勝ち取ろうと燃えているのだ。


(アンドレアたち……厄介な事になってるなあ)


 トーリは頬を掻いた。心配である。しかし自分が心配した所で何かしてやれる事があるわけでもない。勝利を祈る事くらいである。

 洗濯物を畳んでいると、後ろからユーフェミアがのしかかって来た。


「なんだよ」

「むぎゅ……」


 ユーフェミアはすりすりとトーリの背中に頬ずりした。

 暇を持て余しているのか、唐突にこうやって甘えて来る。そうしてひとしきりトーリにくっついて、それで満足してまたソファでごろごろしたり、本の続きを読み出したりする。

 変な娘だと思う。

 しかしそれを可愛いと思う自分がいるのに気づき、トーリは頬を掻いた。


「ほへー、ラブラブだなぁ」


 トーリはギョッとした様に振り向いた。セニノマが朱に染まった頬に両手を当てて照れ臭そうにトーリたちを見ていた。


「おらまでほわほわして来ちゃうだよ」

「お、おう……セニノマさん、リンゴ食べれば?」

「わーい、いただくだよ。あ、ユーフェ、一応組み立てたべさ」

「ありがと」


 ユーフェミアはセニノマから受け取った転移装置をしけじけと見た。外側の金具部分が少し増えていて、前がガラスに覆われる様になった。向こうには魔石をつないだ回路が見え、内部の魔石も追加されていた。上側には指で押せるスイッチの様なものがあり、さらに横にはつまみがついていた。


「うん、よさそう。トーリ」

「ん?」

「これ持って外に出て」


 トーリは怪訝に思いながらも転移装置を受け取り、家の外に出た。

 いいお天気である。もう日は傾きかけて、赤色の増した陽光が辺りを燦燦と照らしている。


『聞こえる?』

「うおっ!?」


 急に転移装置からユーフェミアの声がした。トーリは目を白黒させた。


『横のつまみをひねって。青い魔石が光るから、それから喋って』


 トーリはわけがわからないながらも、言われた通りに転移装置のつまみをひねった。カチッと小さく音がして、追加された魔石が青く光った。


「えーと、喋ればいいのか?」

『あ、聞こえた。大丈夫そう』

「どういう事? これ、声を飛ばせる様になったのか?」

『うん。そのつまみをひねると、わたしに聞こえる様になるの』

「な、なるほど……」


 何だか物凄く高度な事なのではあるまいか、とトーリは思いながら家に戻った。

 ユーフェミアが何となく自慢げな顔をしていた。首には同じようなペンダントが下がっている。それをつまんでトーリに見せる様に揺らした。


「お揃い」

「いつの間に……」

「ちなみに転移装置を使いたい時は、こう握る様にして上のスイッチを押すだよ。それで魔力を送れば同じ様に転移できるだべさ」


 とセニノマが言った。ユーフェミアがトーリの腕に抱き付いた。


「これでいつでもお話できるよ」

「そ、そうか……まあ、確かに便利だな」


 これがあれば、ユーフェミアたちが出かけた時など、いつ頃帰るかという予定を逐一確認する事ができる。不測の事態の際にもすぐに連絡ができるのは安心である。


「これ、セニノマさんが作ったわけ?」


 リンゴを口いっぱいに頬張っていたセニノマは、びくっとした様に顔を上げた。


「んがぐぐっ――! ほがっ……」

「食ってからでいいよ」

「んぐ……ぷは。設計と中の回路はユーフェとシシリアが作っただ。おらは外側とかスイッチとか、そういう部分を仕上げただけだよ」

「凄いでしょ」

「ああ、凄い……」


 トーリはふと思いついてユーフェミアを見た。


「こういう技術さ、便利だから人に教えてやったりしないの? こういう装置作って売り出せば皆喜ぶと思うけどなあ」

「母様が、それは駄目だって。わたし、半魔族でしょ? 地上じゃ一応イレギュラーな存在だから、そういうところから出た技術を軽々しく広めると、世の中が著しく混乱するし、悪い事に使う人も出て来るからって」


 だから、自分で使うだけに留めておけという事である。

 転移装置などは悪用しようと思えばいくらでも悪用できるだろうし、悪用でなくとも、例えば輸送などに転用できるとすれば、荷運びを生業にしている人々が大勢職を失う事にもなりかねない。地上で人間が自ら発明した技術ならばともかく、魔界の流れを汲むものはあまり広めない方がいい、との事だ。

 それは確かにそうかも知れない、とトーリは納得し、しかしふと思い出した。


「でも回復薬とかは……」

「あれは全部地上の材料でできるもん。技術も地上で完結できるし。シリルにあげた薬だけ特別だけど、あれは再現不可能だから」


 ぼんやりしている様に見えるユーフェミアだが、意外に色々考えていたのかと、トーリは感心した様な、そうでない様な、曖昧な気持ちになった。そうして、撫でられる事を期待して頭をぐりぐり押し付けて来るユーフェミアを見て、いつものユーフェだ、と安心した。


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