9.セニノマ
庭先にレンガが無造作に積まれている。やや赤みがかった茶色いそれは、持ってみると思ったよりも軽い。使い魔たちが魔界から持ち帰ったもので、スバル曰く、フェニックスの炎も通さないらしい。
「窯に火を入れてやる代わりにいっぱいもらって来たんだー」
とスバルが言った。
どうやらレンガ焼き職人の所に行って、フェニックスの火をくれてやる代わりにもらって来たらしい。
「これがねえ……」
とトーリは疑わし気な目でレンガをためつすがめつ眺めた。フェニックスの火で焼き上げたから、フェニックスの火でも燃えない、という眉唾な話である。しかし丈夫そうなのは確かだ。
「何か焼いたら瘴気まとって出て来たりしないだろうな?」
「しないしない。魔界のレンガ職人が作ったものだもの。城の材にだってなっちゃうのよぉ? 断熱性能もバツグンなんですってぇ」
とシシリアが言った。
(まあ、そういう事で嘘つく筈もないしな……)
使い魔たちも窯の完成を楽しみにしている。進んで材料を集めに行ってくれる辺り、その期待の大きさが窺われるというものだ。感性のずれがあるとはいえ、料理がまずくなりそうなものは持って来はすまい。
ともかく設計より先に材料が来てしまった。雨ざらしにし続けるのも気が引けるので、早いところ製作に取り掛からねばなるまい、とトーリは気合を入れた。
数日の間、薪窯のある店を回って構造を見せてもらったトーリは、ひとまず窯の大きさを決めて設計図をしたためる事にした。しかし製図なぞした事がないから手探り状態である。
ひとまず大まかなイメージを描き、そこからそれぞれの尺を取って数字を書き込む。しかし何だかいびつな形の様に思われる。細部を考えると、それが何となくぼんやりしてしまって、中々進まない。
しっかり構造を見学させてもらった筈なのだが、実際どういう風にレンガを組めば煙抜きができるのか、その辺りが非常に曖昧である。
「うーん、やっぱり手作りは厳しいか……?」
レンガで丸い天井を組む方法が、トーリにはわからなかった。斜めにレンガを割り、それをモルタルでくっつけて行けばいい、と理屈ではわかるのだが、実際にやると考えると途方に暮れてしまう。レンガ造りでは、平の天井を作る事はできない。
「いや、こう、少しずつずらしていけば……駄目か。高くなりすぎるな」
ああでもない、こうでもない、と食卓に広げた図に向かってうなっていると、ユーフェミアが後ろから覗き込んだ。
「どう?」
「ああ……いや、全然駄目だ」
と、トーリは椅子の背にもたれた。
いっそ土を練ってドーム状にしてしまった方が早い様に思われる。しかしそれでは折角魔界から持って来てくれたレンガが無駄になってしまう。いっそ窯は土で作って、レンガは納屋か何かを作る方に回そうか。
そんな事を考えていると、外で遊んでいたらしいシノヅキたちがどやどやと帰って来た。
「今日もぽかぽかいいお天気じゃな。おいトーリ、窯はいつ作るんじゃ?」
「いや、今設計を考えてるんだけど、技術的に俺じゃ作れねえかも知れん」
「ぷぷー、それマジ? 相変わらず雑魚すぎでしょ」
とスバルが笑う。トーリは眉をひそめた。
「うるせーな、仕方ないだろ。俺は職人じゃないんだから」
その様子を面白そうな顔で見ていたユーフェミアが、思い出した様に口を開いた。
「助っ人、呼ぶ?」
「え? 助っ人? 誰?」
ユーフェミアはシノヅキの方を見た。
「シノ、魔界に送るからセニノマ連れて来て」
「ああん? あの引きこもりをか?」
「うん。工作は得意だから手伝ってもらう」
「まあのう……ええわい、行って来ちゃる」
「いてらー」
とスバルがひらひら手を振った。ユーフェミアが杖を振って魔法陣を展開し、シノヅキがその中に消えて行く。
「セニノマって……」
「キュクロプス族でね、この家の最初に手直しもしてくれたの」
「へえ」
それは凄いな、とトーリは感心した。この家も廃屋でこそなかったものの、やはり心地よく暮らす為に色々と手直しをしたのだろう。その後ユーフェミアが散らかし放題にしていたのはどうしようもないが。
小一時間ほど待っていると、不意に小さな魔法陣が空中に浮かび、何か声が聞こえて来た。
『おうユーフェ。捕まえたぞ、このまま呼べ』
シノヅキの声である。その後ろで何だかわぎゃわぎゃ騒ぐ声が聞こえる。「はなせーっ! 戻せーッ! うおーっ!」と言っている様だから、何かが大抵抗をしているらしい。
大丈夫なのかと冷汗をかくトーリの前で、ユーフェミアは杖を手に取って振った。
床に魔法陣が広がって、そこから煙と共にむくむくと人影が現れる。人間姿のシノヅキが、誰かの首根っこを引っ掴んで立っていた。
女の様だ。背はそれほど高くない。左目に眼帯をしており、キャスケット帽子を目深にかぶっていて、下からぼさぼさの茶髪が伸び放題に跳ね散らかっている。着ているのはオーバーオールだ。その上からジャケットを羽織っており、煤や油で汚れていた。顔立ちは悪くないのだが、汚れているのと恰好が野暮ったいせいでそれがちっとも目立たない。
女は手足をじたばたさせているが、シノヅキの膂力には敵わないらしく、抵抗になっていない。それでも喚き散らして逃げようとしている。
「あぎゃーっ! は、はにゃせっ! おお、おら、地上になんか行きたくねぇよぉー!」
「観念せい。もうここは地上じゃわい」
シノヅキは面倒くさそうに、捕まえていた女を床に放り出した。
「ふぎゃ!」
「やほー、セニノマ、元気ぃ? また引きこもってたわけぇ?」
とスバルがにやにやしながら言った。
「ス、スバル……? おめえも人のかっこで何しとるんだ……?」
セニノマは困惑した様に辺りを見回して、どもりながら言った。怯えた様に身を縮込ませて、上目遣いにスバルを見、それからユーフェミアを見た。
「な、え、あ……ひ、ひえっ……ユ、ユーフェ、ななな、何か……?」
「石窯を作るの。だからあなたにも手伝って欲しい」
「い、石窯……? なんで? ユーフェもシノたちも料理なんかしねえべさ……第一、ここどこだぁ……? ユーフェんちはうちのゴミ置き場より汚かったべ……」
「家事担当がおるんじゃい。ほれ、トーリ。こやつがセニノマじゃ」
「あ、どうも、トーリです……」
とトーリが挨拶しかけると、セニノマは「ひいいっ!」と悲鳴を上げた。
「おっおっおっ、男の人がいるでねえか! こっこ、こんな作業着で恥ずかしいべさ!」
と体を抱く様にしてうずくまった。
何だか不思議な人が来ちゃったなあ、とトーリが困惑していると、寝室の扉が開いてシシリアが出て来た。今まで作業部屋に籠っていたらしい。
「なぁに、何の騒ぎなのぉ? あらー、セニノマじゃなぁい。どうしたのぉ?」
「ぎょええっ! シシリアまでいるでねえか! なんで勢ぞろいしとるんだ! おらをどうにかしちまうつもりだか!? 助けてくれーっ!」
セニノマは大慌てで逃げようとしたが、出口にはシノヅキがいるし、窓の傍にはスバルがいるし、慌てて右往左往しているうちにシシリアに捕まってしまった。後ろから抱きすくめられて、怪しげな指使いで顎や首筋を撫で上げられる。セニノマは悲鳴を上げた。
「うにゃああっ!」
「もう、人の顔見て逃げるなんて、失礼ねえ。うふふ、お仕置きして欲しいのかしらぁ?」
「や、やめるだよっ! おら、そういう趣味はねえだよっ!」
「あら、そういう趣味ってどういう趣味? ねえ、こういうの? ここがいいのぉ?」
「あアんっ! オおんっ!」
色気皆無の喘ぎ声が居間に響く。
何だか収拾がつかなくなって来た、とトーリは慌ててシシリアの肩を掴んで引っ張った。
「シシリアさん、ストップ。話が進まねえだろ」
「あん、もう、トーリちゃん強引なんだからぁ」
「うるせえ。あの、大丈夫ですか?」
床にへたり込んではあはあ言っているセニノマに、トーリは遠慮がちに声をかけた。セニノマは窺う様にトーリを見上げた。
「どどど、どうも……へへっ、平気だべ、です、だよ」
「とりあえず落ち着いて……お茶でも飲みます?」
「ふえぇ、優しぃい……い、いただきます……」
おどおどした様子だったセニノマも、温かいお茶を飲むと幾分か落ち着いた様だった。
「はぅ、うめえ……」
「お菓子も食べていいよ」
とユーフェミアが焼き菓子の皿を押しやる。
「い、いただくだよ……」
セニノマは焼き菓子を手に取りながら改めて家の中を見回して、何だか不思議そうな顔をしている。
「……おかしいべ。あの窓、あっちの暖炉、おらが手直ししたのにそっくりだ」
「セニノマが直したやつだよ」
とユーフェミアが焼き菓子を頬張りながら言った。
「あっははは、冗談きついべ。ユーフェんちはもっと汚かったべさ。おら、二度と来たくねえって思ったもん」
「じゃろうな。わしもそうじゃったわ」
「ところがどっこい、ここはユーフェんちなんだなー」
とスバルが言った。シシリアが頷く。
「そうよぉ、信じられないかもだけどねえ。そこのトーリちゃんがお掃除してくれたのよぉ」
「掃除できるもんなんだべか、あれが!?」
とセニノマは目を白黒させながらトーリを見た。
「はーっ、人間ってすげえもんだなあ……」
「そんな大層なもんじゃないよ……」
何となくむず痒い気分で、トーリはお茶のお代わりを淹れた。ユーフェミアが口を開く。
「あのね、今、トーリが毎日お料理してくれるの。それで石窯を作りたいんだって。だから手伝って欲しくて呼んだの」
「そ、そうなんだべか……」
セニノマはもじもじしながらトーリを見た。
「あ、改めて自己紹介するだよ。おらはセニノマっちゅうもんです。キュクロプス族で、未熟だけんども個人工房の職人をしてますだ」
「ああ、どうも。俺はトーリっていって、去年あたりからユーフェに雇われてるんだ。よろしくセニノマさん」
「ふへぇ、おらなんかをさん付けで呼んでくれるだか? 照れちまうだぁ……」
とセニノマは両手を頬に当ててにまにま笑った。いくら何でも自己評価低すぎない? とトーリは何だか心配になって来た。
お茶のお代わりを押しやりながら、トーリは口を開いた。
「そういえばキュクロプス族って初めて聞くけど、どういう人たちなんだ?」
「あのね」
曰く、キュクロプス族というのは魔界に住む魔族で、生まれつきどちらかの目が欠損した状態で生まれて来るらしい。戦闘はそれほど得意ではないが鍛冶や建築などに秀でており、アクセサリーや武具の製作に加え、他種族の家屋を作ったり修繕したりという仕事を任される事も多いそうだ。他種族の若者が加工や製作の修業に来る事もあり、一種の徒弟制度の様なものがあるらしい。
キュクロプス族は集団行動をあまり好まず、親方の所で修業を積んだ後は独立して工房を持つ者が多いという。
セニノマも一人で工房を開いており、ほそぼそと仕事をしているらしい。シノヅキが馬鹿にした様な顔でセニノマを見た。
「ま、技は持っているんじゃが、見ての通りの引っ込み思案でな。ちっとも人前に出ようとせんから、受ける仕事も少ねえんじゃ、こいつは」
「しし、仕事は丁寧にやりてぇだけだぁ……」
「キュクロプス族の職人は石材も木材も金属も、何でも加工できるって評判なんだよ」
「すげえな。人間はそれぞれに分業してるのに……この家もセニノマさんが直したんだっけ?」
「そそそ、そうだぁよ。なのにユーフェ、すーぐに散らかし放題にして……お、おらだって、気分を害したんだぞう!」
「ごめんね」
とユーフェミアが言うと、セニノマの方がうろたえた様に手を振った。
「いいい、いいよぉ! 許すよぉ!」
「うん、許される」
「ふへぇ、許されてくれてありがとう!」
何だろうこのやりとり、と思いつつも、何だか雰囲気が和らいだのでトーリはホッとしてお茶を一口飲んだ。
「まあ、あの散らかり方はなあ……でも家の造りは凄いよな。ユーフェが荒らしてたのに、片づけたらどこも問題なく使えたし」
「ふひっ……お、おら、褒められてるだか?」
「ええ、とっても褒められてるわよぉ」
とシシリアが言うと、セニノマは手元のカップに目を落としつつ、緩む表情を抑えられないという顔をした。しばらくにやにやしていたが、それからパッと顔を上げた。
「ふへっ、ふへへっ……そそ、それで、何の用だか? おっおっ、おらにできる事なら、なぁんでも手伝ってやるだよ!」
機嫌がよくなったせいか、呼ばれた時の態度と真逆である。シノヅキが呆れた様に言った。
「相変わらずおだてられると弱い奴じゃわい」
「にしし、それがいいトコだよね、わかりやすくて」
とスバルが笑う。おめーらも大概だよとトーリは思った。
それで外に出た。積まれたレンガを見てセニノマが「おおう」と言った。
「赤毛のガラフの工房のレンガでねえか。こんなにいっぱいどうしたんだべか?」
「わしらで持って来たんじゃ。量は足りるんか?」
「大きさにもよるだが、十分だと思うだよ」
「それで、この辺に窯を作って、色々焼きたいと思ってるんだけど」
とトーリが予定地を示すと、セニノマは顎に手を当てて目を細めた。
「ここがいいだか? どうしても?」
「え? いや、どうしてもってわけじゃないけど……」
何かまずいのだろうか、とトーリが眉をひそめていると、セニノマがふふんと鼻を鳴らした。
「別にここでもいいだが、炊事場は一つにまとめた方がええだ。窯を設えるなら屋根もねえといかん。雨ざらしにしちまったら、魔界産のレンガでもあまりよろしくねぇ」
「あー、それもそうか……」
確かにそういう問題がある。それに、先の冬の雪では外に出るのも一苦労だった。冬に使えないのは少々勿体ない。
「じゃあ、屋根を作って……」
「それでもええだが、トーリさん、石窯で何を焼きてえだか? パン屋の窯と、料理屋の窯は少し違うだよ? 熾きで調理してえのか、火が立った状態で使いてえのか、用途によって窯の構造やデザインが変わって来るだよ。それにあんまし大きくすると薪食い虫になっちゃうだ」
「そうか……そうだな」
言われてみればそうである。
別に毎日パンを焼くつもりはない。家事は料理以外にも毎日あるし、気軽に町に行ける様になった今は、パンは買った方が早いし手間もかからない。焼き立てが食べたくても量なぞ高が知れているから、パン屋の様な大きな窯なぞ必要ないのだ。
「例えば、肉のローストとか、パイとか、あとは包み焼きとか、そういうのかな。焼き菓子とかもできたらいいなあとは思ってるけど」
「そんなら台所を増築しちまった方がええだよ。薪を扱う場所はまとめておいた方が運ぶのも楽だし、あっちこっちで火を焚いてたら思わぬところから火事になるかも知んねえだ」
「だ、台所を増築? どうやって?」
「行ってみるだよ」
それで台所に入る。入って右手にキッチンストーブがあり、左手には小型の井戸ポンプと流し台、正面には調理台がある。壁の上の方には棚があって、そこに食器や鍋などが重ねられていた。台の下も食材やら調理器具やらで雑然としている。ここの主であるトーリには何がどこにあるのかすべてわかっているのだが、一見ごちゃごちゃしている様だ。
「ひゃー、台所がちゃんと台所だべさ!」
「で、どこを増築するの?」
トーリが言うと、セニノマはキッチンストーブをこつこつと叩いた。
「こいつを一度解体して、壁をぶち抜いて、軒を延ばして広くするだよ。それでキッチンストーブのオーブン部分を大きめに作り直すだ。トーリさんの言う様な使い方なら、キッチンストーブと一体化させちまった方が使いやすいだよ」
成る程、そう言われてみればそういう気分になって来る。
「……ここの火元が大きくなったら、夏の暑さが増したりしない?」
「あっ」
セニノマは口元に手をやった。
「そ、そっか……今が寒いから思い当たらなかっただよ……」
「ここ暑いんだよ、夏は特に」
「風通しの問題もあるんでねえか? ほれ、今は窓が調理台の前の小さいのだけだし、増築した方の、キッチンストーブの上に窓をつけて」
「えー、と、そうなると、煙突がどういう風に抜ける?」
「一旦外に逃がすだよ。そうして外壁を伝って……」
とセニノマは懐から手帳を取り出して図を描き始める。
「つまり、最初にキッチンストーブの枠組みを作って、その上から壁を立ち上げるだ。で、ここに窓を作って、煙突は横に逃がしてから上に行って」
「ほうほう」
手帳を覗き込む様に二人でごそごそやっていると、間にユーフェミアが割り込んで来た。頬を膨らましている。
「まぜて……」
「え? いや、でもユーフェ、お前建築とかわかるのか?」
「いいの」
「いや、でも」
「いいの」
断々乎として、トーリの腕をぎゅうと抱いた。後ろの方でシシリアたちがくすくす笑っている。
「嫉妬しちゃって、ユーフェちゃん可愛い」
「おいトーリよ。色気皆無とはいえセニノマは女じゃぞ」
ああ、そういう事か、とトーリは苦笑しながらユーフェミアをぽんぽんと撫でてやった。
セニノマはわけがわからないという顔できょとんとしている。
「トーリさんはユーフェの何なんだぁ?」
「お婿さん」とユーフェミアが言った。
「違う」
「お婿さん予定」
「ちが……くない、のか……?」
歯切れの悪い事をもごもごと言うと、セニノマは頬を染めて「ひゃー」と言った。
「おら、ちっとも知らなかっただよ」
「知ってたらびっくりだよ。ほら、早く進めようぜ」
それでおおまかな設計を決めて、詳細な製図はセニノマに任せる事にした。そこから計算して材料を揃え、それからようやく工事に取り掛かる事になる。それはまだ数日先だろう。
ちょうど昼になるという時分でもあるし、使い魔たちが空腹を訴え始めたので、トーリは昼食づくりに取り掛かった。
朝のうちに練って置いておいた生地を延ばして麺に切り、沸いたお湯で茹でながら、刻んだ肉と野菜をフライパンで炒めた所に、冷蔵魔法庫から出したスープストックを加えて煮込んだ。茹で上がった麺と菜の花を入れてソースと和え、バターと削ったチーズを加えて皿に盛り付けた。
セニノマが台所を覗き込みながらそわそわしている。
「ええにおいがするだ……お腹が鳴っちゃうだよ」
「おいしいんだよ、トーリの料理」
「お、おらもご相伴してええだか?」
「嫌なの?」
「ち、違うだ! ただ、その、場違いじゃねえかと……」
「そんな事ないよ?」
もじもじしているセニノマに、トーリはパスタの大皿を手渡した。
「ほい、お待ちどう。持ってって」
「はわわっ! す、すげえ量だ!」
「いっぱい食べよ。行こ行こ」
山盛りのそれが現れると、たちまち食卓が陽気になった。熱い湯気を立てるパスタだから、搔っ込みたいのにそうもいかず、しきりにふうふう吹いている。
セニノマは緊張気味にパスタをフォークで巻き取り、ためらいがちにぱくりと頬張った。たちまち表情がパッと輝く。
「口に合った?」
水のピッチャーを持って来たトーリが言うと、興奮気味にこくこくと頷く。
「う、う、うめへっ! こんなの食った事ねえだよ!」
「大げさだよ……」
前のスバルから聞いたリンゴの話もあるし、魔界ってそんなに飯がまずいのかしらん? とトーリは肩をすくめた。
皆夢中になっているし、今のうちに、とトーリは塊肉を切り分けて、熱くなったフライパンで焼く。表面に焼き色が付いた所でニンニクと香草を刻んで加え、火からおろして蓋をし、余熱で火を通す。
小鍋に沸かしておいたお湯に腸詰を放り込み、茹でている間に葉野菜をちぎり、根菜を薄く切って、塩漬けの小魚と油、胡椒と酢を混ぜたドレッシングで和える。出来上がったサラダの脇に火の通った肉を並べ、茹で上がった腸詰に辛子も添えた。
たっぷりの焼肉にシノヅキが歓声を上げた。
「うおー、肉じゃ肉じゃ!」
「シノ、ボクの分取らないでよ!」
「早い者勝ちじゃ!」
「わわっ、ま、まだ出て来るだか!? なんて豪華なんだぁ……」
「セニノマさん、いつも何食べてんの?」
「えーと、昨日はビスケットとお茶だっただよ。その前もビスケットとお茶で……その前はなんとビスケットとお茶だっただよ!」
トーリは額に手をやった。セニノマの場合は魔界の食事云々ではなく、普段の食事の問題の様である。
ユーフェミアがちょんちょんとトーリをつついた。
「トーリ。あのチーズの味のお米、食べたい」
「リゾット? ちょっと時間かかるぞ」
「いいよ。待ってる」
「トーリちゃん、取り皿もうひとつくれない?」
「はいはい、ちょっと待って」
トーリはスープストックを温めながら、脇で米を炒めた。米が油を吸って透明になって来たら、温かいスープを加えて炊く。ついでに茸も入れた。焦げない様に時折底をこそぐ様に混ぜるが、なるべく混ぜすぎない様にする。混ぜすぎると粘りが出る。
芯がなくなるまで炊けたら、チーズとバターを加えて混ぜ、仕上げに胡椒を振る。
いつの間にか後ろに来ていたユーフェミアが、面白そうな顔をして覗き込んでいた。
「これ、好き。おいしい」
「そうか。そこの皿取ってくれ」
「うん」
改築が始まるとなると、今の形の台所で料理をするのも数えられるくらいだろう。
まだここに来て一年そこいらだけれど、トーリは不思議な寂寥感を覚えた。