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8.孫娘……?


 野の花がつぼみを膨らまして、春風に吹かれてたちまち開花した。殺風景だった原野に日ごと色彩が戻り、蜂や蝶がそこいらを飛び回っている。

 虫や鳥が旺盛に辺りを動き回り、冬眠から目覚めた動物たちも、空かした腹を満たそうと日夜歩き回っている様だった。

 トーリが雑草を取り、蔦を除いた古いリンゴの木が白い花を満開に咲かして、ほんのりと甘いにおいをそこいらに振りまいている。これだけ花が咲いているならば、今年は実の方も期待できそうだな、とトーリは思った。


 何度かアズラクと行き来して買い揃えた苗木をすっかり植え付けた。細い木の枝で支柱を立てて風に負けない様に支えてやる。

 畑の周囲に点々と植えた木が、やがて大きくなった時の風景を思い、トーリは何となく満足だった。

 ユーフェミアの蔵書の中には農業書も交じっていた。どうやら薬の材料になる薬草や木を育てる参考にと昔手に入れたものらしい。ものぐさなユーフェミアは薬草栽培にはとんと興味がなかった様だが、トーリはそれらの本を参考に剪定や植え付けを行い、ようやくひと段落したという風だ。


 小さなリンゴの苗木を見ながら、スバルがわくわくした表情で言った。


「これ、いつ採れるの? 夏?」

「そんなに早く採れねえよ。まあ、四、五年後だな」

「嘘ぉ! そんなにかかるのかよー!」

「何だと思ってたんだよ……野菜と違うんだっつーの」


 種をまけばその年には収穫に行きつく野菜と、何年もかかって毎年実をつける果樹とは、やはり違う。

 スバルは不満そうに地面を蹴った。


「魔界は木なんか一年あればおっきくなるのに」

「え、マジで?」

「うん。リンゴとか、こーんなおっきいのがなるよ! おいしくないけど」

「まずいのかよ……」


 魔界の土は植物の成長を促進し果実を大きくするものの、食味の面で著しく劣るらしい。使い魔たちが地上の食事に拘泥して魔界に帰りたがらない理由が少しわかった気がした。


「ちぇー、おいしいリンゴが一杯食べられると思ってたのにー」

「まあ、古い方の木からは採れるだろうよ」

「むー……」


 花の咲くリンゴの古木に目をやったスバルだが、やはり少し不満そうである。

 スバルは肉や魚が好きだけれど、同じ様に果物も好物である。完熟して甘みの増したものが特に好きな様だ。その辺りは実に鳥らしい。


 寒さがゆるんで暖かくなり始めると、何だか目が覚めた様な気分になって、体が動かしたくなるものだ。

 トーリは家事の合間に畑を起こし、薪を補充し、野山を歩いて山菜や木の実、茸を集めた。花の萌え出した森のにおいに包まれると、胸の奥底まで透き通る様な気分になった。

 森を歩く時はシノヅキも一緒に来る事があり、そういう時はフェンリルの嗅覚が、トーリの気づかなかった茸を見つけ出したりして、中々面白いものであった。


 そんな風に過ごしながら、庭先にオーブンを作ろうという、兼ねてからの計画を実行に移したいと考え始めた。

 今のキッチンストーブのオーブンもすっかり使いこなしてはいるが、大きな窯があれば、もっと大きなものが焼けるだろう。

 ドラゴンを焼くなどという与太話は実現しないにせよ、大きめのパイや具包みパンなどが焼ければ、メニューの幅も広がるだろう。鳥の丸焼きや、今より大きなローストビーフなどを出せば、使い魔たちも大喜びするに違いない。今にも増して薪を集めなくてはならなくなるけれども。


「だから町に行ってだな、窯の構造を見て来たいんだが」


 とトーリが言った。昼食の茹で芋を頬張っていたユーフェミアは「も」と言った。もぐもぐと咀嚼し、コップのお茶で流し込んで、言った。


「わたしも行きたい……」

「あ、そう? じゃあ行くか……他に誰か来る?」

「ボクたち、ちょっと魔界に帰りたいからパス!」


 とスバルが言った。どうやら使い魔三匹は一旦魔界に戻るらしい。


「なんだ、珍しいな。仕事でもあるのか?」

「何を言うとる。その窯の材料を取りに行くんじゃ。あと他に野暮用があるが」


 トーリは面食らった。


「マジで魔界の材料で作るつもりか? ドラゴンなんか料理しねえぞ?」

「あら、でも魔界の材料なら丈夫でいいものが作れるわよぉ、トーリちゃん」

「そうなの? 何か変な効果が出たりすると嫌だけどな……」

「平気平気」


 この連中の言う平気や大丈夫という言葉は何となく怪しいけれど、積極的に手伝ってくれるというならば断るのも変な話である。

 ではよろしくとお願いして、トーリとユーフェミアは連れ立ってアズラクへと向かった。


 町に行く時のユーフェミアは可愛らしい服を着ている。トーリはいつもの服に上着を羽織っているだけだ。隣の美少女とあまりに落差が激しい様に思われて、トーリの方は気後れするのだが、ユーフェミアはちっとも気にしていないらしい。デート気分になるのか、満足げにトーリと腕なんか組んだりして、嬉しそうにぽてぽて歩いている。


「……歩きづらいんだけど」

「わたしは歩きづらくないよ?」

「そう……」


 振り払うわけにもいかず、結局そのままになっている。

 周囲の視線がやけに刺さる様な気がする。気のせいかも知れないが、気のせいではないかも知れない。美少女と歩いているという優越感よりも照れや気恥ずかしさの方が先に立つけれど、そこはもう止むを得まい。普段の自堕落さを知っている筈のトーリが引け目を感じるくらい、余所行きの恰好のユーフェミアは可愛らしい。


「どこに行くの?」


 とユーフェミアが言った。


「えーと、石窯のある店……確かこの辺にあったと思うんだが」

「手、つめたい」


 とユーフェミアはトーリの手を握り締めた。ユーフェミアの手の平は温かかった。トーリの冷えた指先を温める様に指を絡ましてさすって来る。


(くそ、可愛い……)


 あざといと言っていいくらいなのだが、可愛さの方が先に立ってあざとさが鼻につかないから、ユーフェミアに甘えられるとトーリは何も言えなくなる。ある意味ではすっかり手玉に取られていると言ってよさそうだ。

 落ち着かないながらも店を探してうろついていると、広場の像の前でアンドレアが立っているのに出くわした。ギルドからの帰りなのか、冒険者装束に身を包んでいる。


「トーリ。ユーフェミアも」

「アンドレアじゃねえか。元気か?」

「なんとかな。買い物か?」

「まあ、うん」


 トーリは曖昧に頷いた。アンドレアはふっと笑った。


「どうだ、調子は。この間スザンナに会ったらしいな」

「ああ、買い物の時に偶然な。そっちはどうだ? なんか、冒険者が増えてるんだろ?」

「ああ、忙しくなって来たよ、最近は特にな……ユーフェミア、お前の薬、よく効くと評判だぞ。おかげで探索の時の安心感が違うよ」

「うにゃ」


 トーリの腕を抱いていたユーフェミアは、こそこそとトーリの後ろに隠れた。アンドレアがくっくっと笑う。


「成る程。俺はお邪魔だったみたいだな」

「いやいや、そんな事ねえよ。なあ、ユーフェ?」

「にゃ」


 ユーフェミアは否定とも肯定とも取れない風にもそもそと身じろぎした。

 トーリは肩をすくめ、アンドレアの方を見た。


「お前は何やってるんだ?」

「ああ、仕事を終えてな、飯でも食おうと連れを待っているんだが……」

「おーい、アンドレア」


 果たして、向こうから金髪を短めに整えた男が歩いて来た。アンドレアは眉をひそめた。


「遅いぞ、ジェフリー」

「悪い悪い、ちょっと野暮用があってよ」

(ジェフリーって、『天壌無窮』の……)


 トーリはやって来たジェフリーをまじまじと見た。話した事はないが、見た事がある顔だ。かつて『泥濘の四本角』と並ぶ白金級クランだった『天壌無窮』のエースだった男である。ギルド主導のクラン統合によって、現在は『蒼の懐剣』でアンドレアたちと共に戦っているらしい。


「……ん?」


 ジェフリーはトーリとユーフェミアを怪訝な顔で見た。


「あんたは……いや、ちょっと待てよ、知ってるぞ。確か、トーリだ!」

「お、え、あ、なんで俺の事……」

「そりゃ、あんた元は『泥濘の四本角』だったじゃねえか、会った事あるだろ! それに今はあの“白の魔女”が全幅の信頼置いてんだろ? くっそー、うちに来てくれてりゃなあ。どうだい、トーリ。今からでも『蒼の懐剣』に来ねえか?」


 とジェフリーは笑った。トーリは目を白黒させる。ジェフリーと会ったのは数回くらいだし、話した事もないのだが、向こうは覚えていた様だ。それとも、トーリの名が独り歩きした事で思い出していたのかも知れないが。

 ユーフェミアが小さく口を尖らしてトーリの腕をぎゅうと抱きしめる。

 アンドレアが嘆息した。


「無茶言うな、ジェフリー。トーリに復帰の意思はない」

「冗談だっての。“白の魔女”のお気に入りを引き抜けるわけないだろ」


 とジェフリーはおどけた様に肩をすくめる。ひょうきんな性格らしい。


「それにしても、可愛い子連れてんなあ。彼女か?」

「うん、そうだよ」

「違うわ! お前は雇い主だろ!」

「はあ? 雇い主って……あんたの雇い主は“白の魔女”じゃねえのか?」


 とジェフリーが言った。

 トーリはしまったと青ざめた。ユーフェミアは本来の姿と“白の魔女”の姿とを使い分けている。そこをばらされるのは本意ではない筈だ。前にギルドで肝に銘じた筈だったのに、自分の間抜けさが嫌になる。

 ジェフリーは目を細めて、ユーフェミアをしけじけと見ている。何と言い訳したものかと思っていると、ジェフリーが思い当たったという様に指を鳴らした。


「そうか、わかったぞ!」

「い、いや、あの、それはだな」

「その子、“白の魔女”の孫娘だな!?」

「え?」


 ジェフリーは合点がいったという顔でからからと笑った。


「図星だろ! ははっ、成る程なあ。そりゃ、こっちに戻るつもりにはならねえよな。しっかし、あの魔女の孫とは思えねえくらい可愛いなあ。隅に置けねえじゃねえか、このこの」


 とジェフリーはトーリを肘で小突く。トーリは曖昧に頷いた。流石にあの世紀末覇者の様な老婆と、目の前の美少女を同一人物だとは思わなかった様だ。

 アンドレアが呆れた様にジェフリーの方を小突いた。


「下らん話ばかりするな。もう行くぞ」

「ちょっと待てよ、いいじゃねえかちょっとくらい。なあなあ、お孫さん、名前は?」

「……ユーフェミア」


 ユーフェミアはトーリの後ろに隠れて、顔だけちょっと見せながら言った。


「そっか。ユーフェミアちゃんな。あんたの婆さんのおかげで俺も腕が上がったんだ。最近会わねえけど、元気にしてるか?」

「うん」

「そっか。スバルちゃんは? あの子、フェニックスだったの、驚いたなあ」

「スバルも元気だよ」

「おー、そりゃ何よりだぜ。ジェフリーがよろしく言ってたって伝えてくれ」

「うん」

「ジェフリー、行くぞ。腹が減った。人を待たせておいて無駄話ばっかりするな」


 とアンドレアが言った。


「悪かったって。じゃあなトーリ、ユーフェミアちゃん。デートの邪魔してごめんな!」


 とジェフリーは踵を返す。アンドレアが「すまん」と言う様に、胸の前で手を立てた。そうして二人は連れ立って去って行った。

 何だか嵐の様だったな、とトーリは脱力した。

 ユーフェミアがトーリの腕を抱き直す。


「……トーリ」

「なに?」

「孫娘、だって」

「そうだな……行くか」


 変な汗をかいたせいもあって、何となく腰を下ろしたかった。

 ようやく目的の店を見つけて、入った。昼時を少し過ぎたくらいだったから、客の入りは落ち着いていた。遅い昼餉をとりに来たという連中ばかりだ。

 二人掛けの席に向き合って、トーリはカウンター向こうの石窯を見た。大きく、炉の入り口から、熾火に照らされて赤く光る窯の中が見えた。

 ユーフェミアが上目遣いにトーリの方を窺っている。


「……なんだよ」

「トーリ、『蒼の懐剣』に行かないよね?」

「行かないって言ってるだろ。いい加減信用しろよ」

「……でもトーリ、アンドレアともスザンナとも仲良し。ずっと一緒に冒険者やってたの知ってるし、あっちも戻って来て欲しいって思ってる。だからわかっててもちょっと不安になるんだもん」


 とユーフェミアはぽそぽそと言った。その様子が何だか可愛らしく、トーリは手を伸ばして頭を撫でてやった。


「大丈夫だって。俺はお前んとこで家事やってる方が落ち着くんだよ」

「ん……」

「というか、どうすればお前は安心するんだ」

「んー……結婚?」


 またそれか、とトーリはかくんと肩を落とした。


「あんまり急がれてもな……」

「そうなの?」

「色々さ、心の準備みたいなのもあるし……夫婦って今と関係性も変わるだろうしさ」

「ふぅん」


 ユーフェミアはちょっと面白そうな顔をしながら、運ばれて来たお菓子をかじった。


「もぐ……でも、確かに今の感じも好き。結婚したら、変わっちゃうかな?」

「さあな。でもまあ」


 子どもとか出来たとしたら色々変わるだろうなあ、と考えた。

 しかし子どもが出来るという事は子どもを作る行為が必要である。

 唐突にユーフェミアの裸体が思い出され、トーリは慌ててそれを振り払った。ユーフェミアはぽけっとした顔でそんなトーリを眺めながら、小首を傾げている。


「どうしたの?」

「な、なんでもない」


 何だか自分ばっかりが右往左往している様に思われ、トーリは誤魔化す様に、運ばれて来たお茶を口に運んだ。

 トーリはふと思い出して、声を潜めてユーフェミアに言った。


「……そういえば、お前どうして正体隠してんの? なんか、ガートルードだっけ? 偽名も使って登録してるみたいだし」


 ユーフェミアは目をぱちくりさせた。


「母様に、わたしは可愛すぎるから、そのままじゃ舐められるからって」

「ああ、それは聞いたけど……」

「あと、あの姿だと人と喋るのも楽なの。わたし、人見知りだから」


 今の姿が“白の魔女”だという風に皆が知っていたならば、あの世紀末覇者の如き老婆と違って、近づいて来る輩も多いだろうし、中にはよこしまな考えを持って来る者もいるだろう。

 人見知りのユーフェミアは、人嫌いというわけではないにせよ、他者との交流にあまり積極的ではない。あまり人を寄せ付けたくないという思いもあるらしく、それで近寄りがたい姿をとって、この姿と使い分けておきたい様だ。有名人ならではの悩みとも言えるだろう。

 トーリは成る程と頷いた。


「そういう事ね……じゃあ、やっぱり秘密にしておいた方がいいんだな?」

「うん」


 そう言ってユーフェミアは焼き立てのパイにフォークを刺した。



  ○



 現在アズラクでは名実ともにトップクランである『蒼の懐剣』は、次々に流入して来る実力派のクランが、着実に成果を上げて追いかけて来る事に、若干の焦りを覚えていた。

 先日アンドレアと悶着があった『破邪の光竜団』を初め、実力のある冒険者やクランが他地方から次々にアズラクへ移って来ている。冒険者人口は増える一方だ。


 競争相手が増える事は張り合いもあるが、自らの地位が脅かされる様になって来ると、そう悠長な事ばかり言ってもいられない。

 しかし、なまじトップの地位に安住していたせいで、他のクランが脅威であると実感している者がすべてではなく、クラン内部でも危機感に温度差があって、何となく足並みが揃っていない様に思われた。


 食堂にいた。大衆食堂といった趣きで、冒険者をはじめとした荒くれ者が贔屓にしている店である。アンドレアたちも例に漏れず、よく来る店である。


「『覇道剣団』、『落月と白光』、『憂愁の編み手』……それに『破邪の光竜団』か。どいつもこいつも名のある白金級クランだぜ。どうするよ、アンドレア?」


 と剣士ジェフリーが頭の後ろで手を組みながらぼやいた。向かいに座っていたアンドレアは眉根を寄せた。


「どうするも何も、今まで通りに着実に仕事をこなすしかあるまい」


 ジェフリーはやれやれと頭を振った。


「ま、クラン同士でつぶし合うわけにもいかねえしな。しっかし、最近どうも雰囲気が間延びしてる感じがするぜ」

「お前もそう思うか。ギルドの肝煎りがある分、今の便利さを当然だと思い始めてしまった節があるからな……」

「まぁな。ジャンが抜けたのはちっと痛てぇよなあ」

「仕方がないだろう。ジャンは目的があって冒険者をしていたからな。それを達したからには、続ける意味もないだろうしな」

「そりゃそうだけどよ。ああいう真面目な奴がいてくれりゃ、もう少しだらけた風にもならねえと思うんだけど」


 元『蒼の懐剣』の魔法使いのエースだったジャンは、師匠との約束であった天候制御装置を完成させた為、故郷のプデモットへ帰ってしまった。現在は王宮の顧問魔法使いの地位にいるらしい。冒険者などよりもよほど名誉ある職である。

 ジェフリーは頭を掻いた。


「トーリ。トーリか。“白の魔女”の孫娘とよろしくやってるんじゃ、こっちに戻る可能性は絶望的だろうなあ」

「……まあ、そうだな。それに、あいつはもう冒険者稼業に戻るつもりはないだろう」

「でもライセンスは残ってんだろ? アルパンが言ってたぜ」

「なに? そうだったのか?」


 と運ばれて来た定食に匙を延ばしながら、アンドレアは目を細めた。


「おお。だけどこの前ライセンスを降格してくれって、妙な事を頼んで来たらしいぜ。まあ、アルパンの奴諦めきれてないみたいだから、まだその手続きはしてないらしいけど」

「そうか……アルパンも諦めが悪いな」

「でもライセンス残してるって事は、復帰の意思もあるかもじゃないか?」

「違うな。単に身分証明に便利だから残しているだけだろうよ。復帰の意思があれば降格なんか願い出たりしないだろう」

「なーんだ。ま、そんな気はしたけどよ」


 とジェフリーは残念そうに頭を掻き、炙り肉を頬張った。アンドレアはやれやれと頭を振った。

 現状、ユーフェミアとトーリに関して、本当の事を知っているのはアンドレア、スザンナ、ジャンの三人だけだ。

 “白の魔女”の正体に関しては、ユーフェミアがばらされるのを望んでいない事はアンドレアも知っている。トーリの実力にしても、わざわざ弱いと吹聴するのも変な話だ。

 実際“白の魔女”と暮らしていて、彼女が頼りにしているという事は、『蒼の懐剣』のメンバーも知っているし、『魔窟』の管理をしていると彼女やシノヅキの口から言及された事も記憶に新しい。だから彼らはトーリが弱いという事は信じないだろう。


 それに、トーリとユーフェミアの関係を説明するには、“白の魔女”の正体にまで言及する必要が出て来る。それはユーフェミアの本意ではない筈だ。

 そうなると、やはりアンドレアは下手な事を言えない。その話題が出た時も曖昧に言葉を濁すだけだ。

 ジェフリーは気楽に続ける。


「しっかし、“白の魔女”に孫がいたなんて知らなかったぜ。ユーフェミアちゃんだっけ? めちゃくちゃ可愛かったなあ」

「……そうだな」

「なんだよ、素っ気ねえな。そう思わねえか?」

「思うが、まあ……」

「あの子に加えて、シノヅキさんもスバルちゃんもシシリアさんもいるんだろ? くぅー、ハーレムだな! 男の夢じゃねえか。いいなあ、トーリ。羨ましいぜ」


 と笑うジェフリーを見て、アンドレアは何とも言えない気分になった。確かに美女に囲まれているのは確かだが、ハーレムとは少し違うのではあるまいか。まあ、周囲が女ばかりというのはハーレムと言われても仕方がないだろうけれども。


 いずれにせよ、新しいクランが増え、競争が激しくなりつつある今、自分も少し鍛え直したいという思いが、アンドレアにもある。

 シノヅキ辺りと組手をしに、近々訪ねに行くのも悪くはあるまい。


 そうして食事を終え、『蒼の懐剣』の拠点に戻ると、談話室でアルパンが落ち着かない様子で歩き回っていた。数人のメンバーが片付かない顔をしてソファや椅子に腰を下ろしている。


「アルパン? 何をしているんだ」


 とアンドレアが言うと、アルパンは焦った様に駆け寄って来た。


「それが……お二人とも少しお話が」


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― 新着の感想 ―
[一言] ハーレムというかおかん? ユーフェミアは結婚する気満々だけど他の面々はおさんどんさんぐらいにしか思ってないんじゃなかろうか?
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