5.製薬依頼
分厚く降り積もっていた雪が次第に薄くなり、段々と陽気が温かくなっていた。
庭先の雪は既に解け始めて地面が見え、冬の間は小屋の中にいた鶏やアヒルたちが外に出て、嬉し気に土を引っ掻き回している。
見えている土は雪と混ざってぐしゃぐしゃとぬかるんでおり、歩くと靴を汚す。
雪の間から覗く葉野菜を収穫しながら、トーリは辺りを見回した。
そろそろ果樹などの苗木を植え付けてもいい頃だ。野菜と違って長々とそこに突っ立つ事になるのだから、場所を慎重に決めなくてはならない。野菜と同じ感覚で植えると、大きくなってから木と木の間が狭くなったりするから注意を要する。
池は雪解け水をたっぷりとたたえ、水路を通って川へと流れ込んだ。氷が浮いているのに、アヒルたちは悠々と浮かんで満足そうに羽をつくろっている。
そこいら一帯の落葉樹の枝枝には、新芽や花のつぼみがぷっくりと膨らみ出し、朝晩の冷え込みも以前ほどではない様に思われる。起きて、外の井戸へ行く時に、トーリは日ごとそれをひしひしと感じた。
やがて雪がすっかり解けて、遠い山々の肌に白く残るだけになると、地面からは次々に草の芽が萌え出して、殺風景だった野の風景に生命の気配が満ちて来た。晴れ間が続く様になり、地面のぬかるみもいつの間にかおさまった。
久しぶりに青空の下で洗濯物を干していると、もう日差しは春のものである。ぽかぽかと肌に温かく、吹く風も刺す様ではない。
洗濯物のはためく傍らで、ユーフェミアが地面に敷いた布の上に寝転がっていた。
地面をスバルの炎ですっかり乾かしてからその上に布を敷き、クッションやタオルケットなんかを持ち出して来て、幸せそうにひなたぼっこをしている。
その隣には揺り椅子が置かれて、シシリアがそこに腰かけて本を読んでいる。
スバルはフェニックスの姿で屋根の上におり、シノヅキはフェンリルの姿で寝そべっていた。何となくのんびりした日である。
洗濯物を干したら昼食の支度を、とトーリが考えながら籠を抱えると、黒い小鳥がぱたぱたと飛んで来てユーフェミアの頭にとまった。手紙を咥えている。
ユーフェミアは薄目を開けて体を起こし、大きく欠伸をした。
「あら、お仕事?」
とシシリアが言った。手紙を広げて、ユーフェミアはまた欠伸をした。のろのろと立ち上がる。
「お仕事。魔法薬が急遽欲しいんだって」
「期限は?」
「三日後。内服薬と外傷薬、それぞれ二十以上なら数は問わないって」
『なんじゃい、急じゃのう』
と寝そべっていたシノヅキが言った。
「納期は一ケ月以内ならいいって書いてあるけど、三日以内に納品できれば代金が跳ね上がるの。だから早くやっちゃう。材料のストック確認するから、シシリア手伝って」
「りょうかーい。うふふ、最近のんびりしっぱなしだったから、腕が鳴るわねぇ」
「シノとスバルはちょっと待ってて。足りない材料を後で集めに行くから」
『あいよ』
『はーい』
「急にばたばたし出したな。昼は普通に作っていいのか?」
とトーリが言うと、ユーフェミアは「うん」と頷いた。
「お昼食べて……もしかしたらそのまま出かけるかも」
「マジか。今日中に帰って来そう?」
「材料次第」
と言ってユーフェミアはシシリアと一緒に家の中に入って行った。工房の材料を確認するのだろう。
トーリは空の洗濯籠を重ねて家の中に入った。昼食の支度と、もし夜まで食い込むとなれば、出かけるユーフェミアたちに何か軽食でも持たせてやらねばなるまい。
転移装置のおかげで気軽に買い物に行ける様になったので食材は沢山ある。パンも豊富に買い込んである。
今までは次の買い物の前になると食材のやりくりが大変だったが、今は思い立った時に買い物に出かけられるので大変便利がいい。
丸パンを半分にして、間に焼いた肉や燻製、茹でた野菜などに味をつけて挟んでおく。それをいくつも作ってバスケットに入れた。
いつもの様に朝仕込んでおいた生地を麺にして、塩漬けの魚と根菜を煮込んだソースで絡める。
豆と燻製肉でスープをこしらえ、パンも添えてやった。食卓を囲みつつ、ユーフェミアは材料を確認していた。メモ用紙をテーブルに広げながら麺をすすっている。
「薬草は大体ある。モンスターの素材がちょっと足りないから狩って来ないと」
「毒虫系はシノとスバルには不向きねえ。こっちはわたしがやるわぁ」
「タケセオイとハクリンはわしがやっちゃろう」
「んじゃボクはシビレフウセンだね。飛ぶ相手だし、丁度いいっしょ」
タケセオイは大きな四足のモンスターで、見た目は猪とカバを合わせたものに見える。頭から背中にかけて分厚い皮に覆われて、それが非常に硬く丈夫である。年月を経るにつれてそこに苔がむし、茸が生える。タケセオイの名はここから来ている。この茸が妙薬で、貴重なものとして知られているのである。
ハクリンは白い鱗を持つ亜竜で、人間の生活圏に現われでもしたらたちまち討伐対象に指定される。それだけ獰猛で危険なモンスターだ。息の根が止まっても心臓だけは一日打ち続けるというくらい生命力があり、そのせいか血液に強い強壮作用がある事が知られている。
シビレフウセンは、見た目は半透明の巨大なクラゲで、それが空中に悠々と浮かんでいる。幾本もの触手が垂れ下がっていて、細かな毒針があり、触れると体がマヒする。体を覆う粘液に薬効があり、煮溶かすと止血剤として非常に有効なだけでなく、薬剤を混ぜるのにちょうどよい触媒となるのだ。
どのモンスターも辺境の奥の魔境と呼ばれる所にしか生息していないモンスターで、白金級のクランであっても、入念な準備と計画を立てて赴かねばならぬ。しかしユーフェミアたちにはそんな事はやっぱり関係ないらしい。
慌ただしい昼食を終えて、ユーフェミアたちは出かける支度をした。
「精製に一日かかる。調合にも一日。だから今日中に材料を集めたい」
と言った。フェンリル姿のシノヅキがふんと鼻を鳴らす。
『なぁに、余裕じゃわい。さっさと行くぞ』
『とりあえず魔境の奥まで行って、それから手分けしてだねー』
「そうねえ。獲物がすぐ見つかってくれればいいのだけれど」
「ユーフェ、これ持ってけ」
変身しようとしていたユーフェミアに、トーリは大きなバスケットを渡した。ユーフェミアは首を傾げる。
「なぁに、これ?」
「今日中に帰れるかわからないんだろ? 簡単に弁当作ったから、小腹空いたら食え」
「おお……嬉しい」
ユーフェミアはぽふんとトーリに抱き付いた。トーリはぽんぽんと背中を撫でてやった。
「お留守番、よろしくね」
「おう、気をつけてな。無理すんなよ」
「うん」
ユーフェミアはバスケットを掲げて「お弁当」と言った。従魔たちが目に見えて高揚した。
一行を見送り、トーリはふうと息をついた。抜ける様だった空に微かに薄雲がかかり、少し影が長くなった。空模様からして雨にはならないだろうが、あと少ししたら洗濯物を取り込まねばなるまい。
○
早春を迎えつつあるアズラクの町は相変わらずの賑わいで、日々商人や職人、冒険者が出入りして、都にも劣らぬ人の往来があった。
冒険者の数は日増しに増えているが、辺境に近いアズラク周辺は元々モンスターやダンジョンも多く、仕事には事欠かない。しかも最近になってかなり規模の大きなダンジョンが発見されたせいで一種のバブル状態となっており、冒険者ギルドは朝から晩までてんてこ舞いの大忙しである。
そんなアズラクの冒険者ギルドにおける二大巨頭は“白の魔女”と『蒼の懐剣』だ。前者はソロの冒険者、後者はクランで、それぞれがアズラクでトップクラスの実力を持っていると言われているが、『蒼の懐剣』のメンバーは一様に「“白の魔女”には敵わない」と言う。実際、彼らは“白の魔女”とその使い魔たちから稽古を授けられ、それで大幅に実力を上げた。
大悪魔レーナルドを討伐するという大金星を挙げた『蒼の懐剣』だったが、日々熱心に依頼をこなして、変わらずアズラク一のクランの地位を保っている。
ただ、押しも押されもせぬ地位にいるのが普通になって来てしまったせいか、内部の者にしかわからないたるみの様なものも出て来たらしく、以前よりもやや緊張感が薄れているのも確かだった。
その『蒼の懐剣』のまとめ役の一人である剣士アンドレアは、ギルドの受付で依頼の一覧を眺めていた。最近ここのカウンターに回って来た若い受付嬢が口を開く。
「いかがですか、アンドレアさん。この辺りは白金級の方でなければ難しいかと」
「そうだな……これと、これの詳細をもらえるか? 持ち帰って仲間と検討する」
「ええ、すぐお持ちしますね。でも、ジャンさんが脱退されて残念でしたね」
アンドレアは口端を緩めた。
「あいつは目的を達したからな。あとは故郷の為に力を尽くしたいんだとさ」
「本当に真面目な方ですねえ……でも、あの方が抜けてからも戦力的にちっとも落ちないのが流石『蒼の懐剣』って感じですよ」
と受付嬢はちょっと興奮気味に言った。アンドレアは苦笑する。
「冒険者の数も増えているからな。俺たちも頑張らねばすぐに追い越される様な気がしているよ。最近は緊張感も薄れてしまっているし」
「そんな! 『蒼の懐剣』以上のクランは中々出て来ませんよ、だからギルドも全面的に支援しているんですから! あっ、でも戦力増強は勿論大歓迎ですよ」
と受付嬢はちょっと声を潜めてアンドレアに顔を近づけた。
「その、噂なんですけど、“白の魔女”さんの所に、アンドレアさんの昔のお仲間がいらっしゃるとか?」
アンドレアは面食らった様に目をしばたたかせた。
「確かにそうだが……誰から聞いたんだ?」
「誰からというか、噂になっていたんです。魔窟の管理をしているとか、“白の魔女”とその仲間が全幅の信頼を置いているとか……でも戦力外として『蒼の懐剣』に参加できなかったとか」
「……そうだな。トーリは俺たちの仲間で、恩人だ。確かにユ――“白の魔女”の所にいて、楽しそうにやってるよ」
「わ、やっぱりそうなんだ……『蒼の懐剣』のマネージャーのアルパンさん、ギルドマスターからしこたま怒られちゃってて」
「ああ……」
クラン合併後、アルパンは『蒼の懐剣』のマネージャーとして情報整理と会計、人事の管理、諸々の事務仕事や依頼主との交渉などを請け負っていたが、トーリを解雇する最終判断を下したのも彼であり、そのせいでギルドマスターから「見る目がない」と叱責されていたらしい。
アンドレアは苦笑しながら口を開いた。
「アルパンは悪くない。確かにデータを見る限りトーリは『蒼の懐剣』に参加できるだけの実力はなかったからな。実際、俺たちだってそう判断したよ」
「えっ、だけど“白の魔女”さんは……」
「まあ、色々あってな。今じゃあいつも俺たちも納得済みだよ」
「あのう、トーリさんは復帰の意思とかないんですかね?」
「ないだろうな。あいつは今いる所がすっかり気に入ってるみたいだし……」
「そうですかあ、残念だなあ……」
アンドレアはふっと笑って、依頼の詳細を受け取って踵を返した。
しかし振り向きざまに、どん、と明らかに肩を当てられてアンドレアは眉をひそめた。
「なんだ、お前たちは?」
立っていたのは、冒険者らしい一団である。鮮やかな黄色い長髪をなびかせた美形の男を先頭に、顔をすっぽり隠すヘルムをかぶった大柄な男が後ろに控え、その後ろには軽鎧を着た一団が控えている。
「やあ、やあ、これは失礼! 君が『蒼の懐剣』のアンドレアだね?」
黄髪の男が朗らかに言った。親し気だが、明らかな嘲りの気配があった。
「そうだが」
「お初にお目にかかる。我々は『破邪の光竜団』。セリセヴニアを拠点にしていたが、この度アズラクに拠点を移そうとやって来たのだよ。僕は副団長のクリストフだ」
とクリストフは大仰な身振りで言った。背が高く、顔立ちが整っているから、芝居がかった身振りも妙に様になる。
『破邪の光竜団』といえば、別の地方で名を上げていた白金級のクランである。
飛竜を自在に操る竜騎士の集団で、特に空中戦に秀でていると専らの噂だ。弓や槍などが中心の装備を見るに、竜に騎乗して自在に跳び回りつつ、弓や投げ槍による遠隔攻撃で相手を仕留めるのだろう。
アンドレアは肩をぱんぱんと手で払った。
「聞いた名だ。こんなに礼儀知らずとは知らなかったがな」
「いやあ、アズラク最強と名高い『蒼の懐剣』ならば、気配を読めると思ったんだがね! どうやら思ったより弱い様だ、失礼したよ! 痛かったかい!?」
「まあな。仲直りでもしようか」
とアンドレアは手を差し出した。そうしてそれをクリストフが握り返すや否や、ぐっと力を入れて腕をねじり上げた。そのまま肩を押して上へと力を込めると、クリストフは派手に回りながら宙を舞った。アンドレアはくっくと笑う。
「どうした? ここは曲芸をする所じゃないぞ」
後ろにいた『破邪の光竜団』のメンバーたちがいきり立って武器に手をやる。
受付嬢が慌てた様に口を開いた。
「やめてください! 冒険者同士の私闘は厳禁です! 資格をはく奪しますよ!」
『破邪の光竜団』は武器から手を放す。アンドレアが手をひらひらと振った。
「心配するな。ただのじゃれ合いだ」
派手に宙を舞ったクリストフは、何とか上手く着地した。そうして額に手をやって小さく頭を振る。目が回っているのか、足元が少しふらついている。
「や、やってくれるね……しかし僕をいなしたくらいでいい気にならない事だ。団長!」
しんとしている。怪訝な顔をしているアンドレアの前で、クリストフははてと首を傾げた。
「団長? あ、また!」
陰にいて気づかなかったが、何だか幼い少女がうつらうつらしながら立っていた。十歳くらいにしか見えない。背は低く、クリストフの腰の少し上くらいまでしかない。フードをかぶって、艶やかな黒髪がはみ出していた。手には弓を持っている。
クリストフは少女の肩を掴んでゆすぶった。
「団長、団長! 起きてください、我々の面子の危機ですよ!」
「んん……」
少女はぼんやりと目を開けて、ふあと欠伸をした。
「……なんだよ」
「アズラクのクランですよ。『蒼の懐剣』! こっちでも一番になるんでしょうが、寝てる場合か!」
クリストフはぺちんと少女の頭を叩いた。
少女はむにゃむにゃ言いながら目をこすり、紫色の瞳にアンドレアを映した。ちょこんと会釈する。
「……ども。ロビンっす」
「アンドレアだ。あんたが『破邪の光竜団』の団長?」
「そうっす。ヨロシクっす」
と手を差し出して来る。さて、どう来るか、とアンドレアはその手を取った。
急に視界が回った。投げられた、と理解する前に、体が勝手に身をよじっていた。背中から落ちる体勢だったのが、両足で着地する。
ロビンが感心した様に小さく口笛を吹いた。
「やるっすね」
「生憎と、規格外のに鍛えられたもんでな。しかし合気か。やるな」
とアンドレアは肩を回して小さく笑った。ロビンの表情がぴくりと動く。
「知ってるんすね」
「ものにはできなかったが、鍛錬した事はある。魔力の扱いが上手いな、あんた」
合気は体の力だけではなく、魔力も利用して相手に干渉する格闘術の一種である。屈強な体格をしているアンドレアが、十歳くらいにしか見えないロビンに軽々と投げ飛ばされたのはその為だ。
ロビンは弓を担ぎ直した。
「とりま、アズラクでも天辺取らしてもらうんで、覚悟しとくといいっす」
「……やれるならやってみるんだな。無駄だと思うが」
とアンドレアが言うと、クリストフが笑い出す。
「なんだい、強がりかい? はっははは、『蒼の懐剣』なんてのは大した事がなさそうだな! この分ならアズラク最強の座はすぐ我々のものになるだろうね、はーっはっはっはっがッッごほっ! げえーっほげっほ! オッホゴェッホ! グェッホンッ! カァァァァァゴアッッ!!」
「副団長!」
「副団長しっかり!」
むせ返って死にそうになっているクリストフを一瞥もせず、ロビンはアンドレアを見たまま、怪訝そうに目を細めた。
「あんた、『蒼の懐剣』のまとめ役っすよね? 他にもっと強いのがいるんすか?」
「そもそもアズラク最強の冒険者は俺たちじゃない。お前らじゃ“白の魔女”の足元にも及ばんよ」
ロビンはムッとした様に顔をしかめた。
「……誰が相手でも関係ないっす。お前ら、行くよ」
そう言って、ロビンは踵を返す。後に『破邪の光竜団』のメンバーがぞろぞろと従って行く。
アンドレアは服の埃を払った。
受付嬢がおずおずと声をかける。
「あの、大丈夫でしたか?」
「何ともない」
「すみません、止められないで……」
「構わん。素手でどつき合うくらい、冒険者には喧嘩のうちに入らん」
アンドレアは依頼の紙を見、破れていないのを確認してポケットにしまった。
「あいつらは、最近来たのか?」
「ええ、まだ十日も経っていないかと。でも流石、セリセヴニアの白金級ですよ。来てすぐにたちまち戦功を上げていて、確かにアズラクでも間違いなく上から数えた方が早い実力派クランです」
「そうか。まあ、俺たちにも張り合いができていいさ」
と言うアンドレアに、受付嬢は心配そうに尋ねた。
「でも……でも、もし戦功で追い抜かれたら、ギルドの力の入れるクランが変わってしまうかも……ただでさえ、他地域から名のあるクランが流入していますし」
最近は『破邪の光竜団』に限らず、他地方から移って来る白金級のクランは多い。まだ日が浅いせいでアズラクで実績が上げられてはいないが、実力は『蒼の懐剣』にも比肩しうる者も多い。
アンドレアはふっと笑った。
「そうなった時はそうなった時だ。実力で負けているならば申し開きもしない。まあ、負けるつもりはないがね」
「そうですか……でもギルドが他の有名クランに期待しているのも確かで、特に『破邪の光竜団』には早速難易度の高い仕事も回しているんです。それを期待以上の水準で完遂していますし」
飛竜は単なる戦力だけではなく、移動手段としても有効である。辺境に接しているアズラクでの冒険は、交通路の整備されていない所へ出向く事もあり、馬車などが利用できないケースも多い。徒歩で数日かけて現場へと赴き、その上で仕事を行って再び徒歩で帰って来るのは大きな負担だ。
しかし飛竜がいれば目的地までひとっ飛びである。移動時間も減るし疲労も溜まらない。だから次々に難易度の高い仕事を受けられるのだろう。
アンドレアは肩をすくめた。
「ふむ……まあいいさ。アズラクも実力者が増えるのは悪い事じゃないだろう」
「それはそうですけど……」
と受付嬢はもじもじしている。彼女個人は『蒼の懐剣』を応援する意思があるのかも知れない。アンドレアはくっくと笑った。
「そう気にするな。いずれにせよ、アズラク最強が“白の魔女”なのは揺るがんさ」
アンドレアはそう言ってギルドの外に出た。
往来が騒がしい。ちょうど『破邪の光竜団』の連中が飛竜に乗って飛び去って行くところだった。
それを見つめながら、アンドレアはぽつりと呟いた。
「……実際、ユーフェミアたちがいる限り、アズラクで天辺を取るのは無理だろうな」