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4.転移装置


 深まる冬は頭上の分厚い雲となって、いつの間にかはらはらと雪を降らし始めた。

 ほんのりとした雪化粧がそこいらを真っ白に染めたと思ったら、軒先からつららが垂れ下がる。すっかり冬本番である。


 廃都アルデバランの探索を事もなげに終えて帰って来たユーフェミアは、早速転移装置の仕上げにかかった。集中力を必要とする作業らしく、その間ユーフェミアはシシリアと二人で作業部屋に籠り、食事時に出て来た時は何となくくたびれていて、食事の準備や片付け、掃除をするトーリに無暗に甘えて、撫でてもらったり抱きしめてもらいたがったりした。

 今も洗い物をしているトーリの背中に、ユーフェミアが顔を押し付ける様にして抱き付いている。服越しに背中をくすぐる吐息が何ともむず痒い。


「……おいユーフェ」

「んー」

「そうされてると洗い物がしづらいんだが」

「ん」

「……なあ?」

「うにゅ」


 離れる気配がない。トーリは諦めて、次の皿を手に取った。

 曰く、ユーフェミア自身が自分に転移の魔法を使うのは簡単なのだが、術式を刻んだもので他者を転移させるのは神経を使うらしい。

 失敗するとトーリが粉々になるというから、存分に時間をかけて丁寧に、安全第一でやってくれ、とトーリは真顔で頼み、甘えるユーフェミアを甘やかしてやった。トーリにはよくわからなかったが、そうする事でユーフェミアの鬱憤が晴れ、やる気が上がるらしい。


 その間にも気温は低くなり、雪は日ごとに量を増した。

 新しく作った池にも氷が張って、その上に雪が積もるから、油断をすると危険である。雪が中々なくならないのもあって、冬の外仕事は薪関係ばかりだ。しかしそれも積もる雪に妨害されている。

 それを見越したわけではないが、夏から秋にかけて気合を入れて薪を準備したので、春までの燃料は余裕で足りそうであった。

 尤も薪棚が外にあるから、家の中や風呂の焚口横の薪が少なくなったら、外から持って来て補充せねばならない。雪を掻き分けて行き来するのは大変である。


 シノヅキがフェンリルの姿になって外を走り回っている。無暗に楽しそうである。

 それを窓の外を眺めながら、トーリはぼやいた。


「くそ、これじゃ薪の補充も面倒くさいな……」

「なんで?」


 とソファでだらけていたスバルが言った。


「この雪だからだよ。出入りする間に雪まみれだし、道が雪に埋まっちゃって、歩くのも大変だし、雪掻きしてもすぐ積もるしな」

「ふーん。相変わらずのざこざこおにいちゃんだね、ぷぷー」

「うるせえ、家事の苦労を知らん癖して偉そうに」

「雪ねぇ……」


 とスバルは立ち上がって窓辺に来た。


「ボクが溶かしてあげよっか?」

「え? あ、そうか。お前フェニックスだったっけ」

「忘れてたのかコノヤロー! おにいちゃんコラァ!」


 スバルは頬を膨らましてトーリをぽすぽす殴った。

 では、とスバルと外に出た。スバルはたちまちむくむくとフェニックスの姿になる。燃える翼が白い雪を赤々と照らした。


「お前の羽根、こんなに熱かったっけ?」

『ふふん、誰かを乗せる時は加減してるんだよ。で、どこをどうするのー?』

「えーと、ここから玄関まで! 家を燃やさない様にしろよ!」

『はいはーい』


 スバルが軽く翼をはばたかせると熱風が吹いて雪が溶け、ぐしゃぐしゃした地面が見え始めた。スバルの熱気が降って来る雪さえ地面につく前に溶かしてしまう。軒先から垂れていたつららからぼたぼたと水滴が垂れて、屋根の上の雪が怪しい音を立てた。


「スバル、ストップ! 屋根の雪が落ちる!」

『はえ?』


 しかし時すでに遅く、スバルに向かって大きな雪の塊が落っこちた。


『ぶえっ!』

「お、おい、大丈夫か?」

『もっと早く言えよ!』


 スバルは翼をばたばたさせて怒った。かかった雪がたちまち溶けて、しゅうしゅうと音を立てながら湯気になって立ち上る。何ともないらしい。魔界の幻獣が、大きいとはいえ雪の塊ごときでどうかなる筈もなかった。

 ぬかるんではいるが、雪がなくなって歩きやすくなった。今のうちに、とトーリは薪を抱えて何往復もし、家の中の薪棚を満杯にした。


 スバルはフェニックスの恰好のまま、外で遊んでいたシノヅキと合流して、二匹して雪の中で大はしゃぎしている。幻獣同士がじゃれ合っている光景は、何だか迫力がある。


「元気だなあ、あいつら……」


 トーリが呆れて眺めていると、シシリアが出て来た。


「あら、賑やかねえ」

「まあね。でも家の中で騒がれるよりはいいかな……ユーフェは?」

「お昼寝中よぉ。もう少しで装置も出来そうだから、楽しみにしててね、トーリちゃん」

「おお、そりゃお疲れ。後でお茶でも淹れるわ」

「うふふ、よろしくねえ。わたしもちょっと遊ぼうかしらぁ」


 とシシリアが両手を前に出して、人形繰りの様に指を動かした。すると向こうの雪がもこもこと膨れ上がって、巨大なスノーゴーレムになった。ゴーレムは太い両腕を振り上げて、はしゃいでいた幻獣二匹に襲い掛かった。

 二匹はちっとも動ずることなく、むしろ嬉しそうにそれを迎え撃ち、庭先は怪獣大合戦の様相を呈した。


『わははは! シシリア、もっと強いのをよこさんかい! 歯ごたえがねえぞ!』

『そうだよー、ボクの炎で全部溶けちゃうぞー』

「はいはい、ちょっと待ってねぇ」

「もっと遠くでやってくんない?」


 あまり庭先で大暴れされると畑が荒れそうで、トーリが玄関先ではらはらしていると、背中に柔らかいものがぶつかった。ユーフェミアがぐりぐりと頭を押し付けて来る。


「あれ、お前昼寝じゃ……」

「んー……」


 ここ最近は万事受け答えもこんな調子である。集中力と繊細な作業の代償なのか、言語中枢がマヒしている様に思われる。トーリは嘆息しながら、猫の様に甘えて来るユーフェミアを撫でてやった。


 そんな風にしながら数日、いよいよ転移装置が完成した。

 見た目は小さなペンダントである。金属の枠組みの中に、幾種類かの魔石がはめ込まれて、そこに細かい模様が彫られている。

 精巧な作りで、手渡されたトーリは思わず顔を近づけてまじまじと見入ってしまった。


「こまかいなあ……ユーフェ、お前がやったのか?」

「うん」


 作業から解放されたユーフェミアは、表情こそ同じだけれど、何となく晴れ晴れとした顔をしていた。声も朗らかな響きがある。

 ユーフェミアはトーリの後ろから肩に顎をのせてペンダントを覗き込んだ。


「金属の加工はシシリアがやった。魔石の加工は二人でやって、術式の刻みはわたし」


 すごい? と自慢げに鼻先をトーリの耳に擦り付ける。


「汗かいてる。どうして?」

「台所にいたから……ちょ、あんま顔近づけんな、くすぐったい」


 柔らかいしいいにおいはするし恥ずかしいしで、トーリは首をすくめ、それとなく身をかわした。


「ど、どうやって使うんだ、これ?」

「首にかけて、それで……」


 トーリは立ち上がってペンダントを首にかける。


「それでね、手に握って」

「こうか」


 胸の前で握り締めると、ペンダントは手の中でほんのりと熱を放つ様に思われた。


「えーと、それで?」

「魔道具を発動させる時みたいに魔力を込めるのよ、トーリちゃん」


 とシシリアが言った。魔道具なんて久しく使ってないな、とトーリは眉をひそめながら、冒険者時代の頃を思い出す。


(えーと、起動させる魔道具の方に意識をやって、力が流れるのを意識して……)


 じわりと手の中のペンダントの熱が増した。不意に足元に魔法陣が光った。と同時に体が引っ張られる様な感覚があったと思ったら、周囲の景色がまるで早回しの様に移り変わった。

 冬景色が白と黒の筋になってトーリの周囲を渦の様に取り巻く。

 地面を踏む感触が消えて、何だか空を飛んでいる様に思われる。目が回る様な心持である。


「うっ!」


 気づいたら路地裏にいた。真珠色の空からは雪が舞っていて、風に乗ってびゅうびゅうと吹き抜けて行く。

 表通りの喧騒が遠くに聞こえ、軒先の雪が一掴みばかり、ぼさりとトーリの頭に落ちた。口から吐く息が真っ白だ。


「ア、アズラク……? うっわ、さむさむさむ!」


 とトーリは両腕で体を抱く様にして足踏みした。家の中からすっ飛んで来たから、外套はおろか上着も着ていない。いつものシャツにエプロン、頭にタオル巻きの恰好である。

 しかも直前まで台所で料理をしていて、キッチンストーブの熱気で汗を掻いていたから、それが外気で一気に冷やされて体温を奪って行く。加えて吹き付ける風が肌に痛い。


「やばい凍え死ぬ! かかか、帰るには……!」


 急激に体が冷えて歯の根も噛み合わぬ。トーリはペンダントを握り締めて、家、家、と念じながら力を込めた。

 果たして再び周囲の景色がぐるぐると回り、ぎゅうと引っ張られたかと思ったら、温かな家の中に立っていた。ユーフェミアと従魔たちが面白そうな顔をしている。


「おかえり」

「さささ、寒いッ!」


 トーリはひいひい言いながら暖炉の前にかがみ込んだ。ユーフェミアがその背中にもふっと覆いかぶさる。


「つめたい」

「あたっ、当り前だろ! あんな突然行くとか、聞いてないっての!」

「やり方を教えたらそのまま飛んで行くなんて、トーリちゃんってばせっかちさんねぇ」


 とシシリアは笑っている。

 あれ、これ俺が悪いのか? とトーリは首をかしげつつ、かじかんだ両手を火にかざして暖を取った。

 ユーフェミアはトーリの後ろから手を回す様にして抱き付いた。むぎゅうと体をくっつけようとするから、自然と体重がトーリにかかる。前のめりに倒れかかったトーリは悲鳴を上げた。


「うおおっ!」

「あっためてあげる」

「ま、待て、押すな! 火に突っ込む!」


 トーリが慌てて体をのけぞらせると、ユーフェミアの方が「にゃ」と言って仰向けにひっくり返った。


「わ、悪い、大丈夫か?」

「ん」


 とユーフェミアは両腕をのばす。トーリは嘆息して抱き起してやった。ユーフェミアは満足そうにトーリの背中に手を回してさすった。


「使い方、わかった?」

「おう、とりあえずな……でもあれ、転移先に人がいたり物があったりしたらどうすんだ?」


 行先で人や物にかぶったり、壁の中にいる状態になったりしたら目も当てられまい。それに、突然目の前に人が現れたり消えたりしては騒ぎになりはすまいか。

 そう言うと、ユーフェミアは自慢げに鼻を鳴らした。


「平気。転移先の索敵結果に応じて座標は自動的に微調整される様にしてある」

「その辺の調整が難しかったわねえ。でも演算も正確だし、転移前後の認識阻害も問題なく機能してるみたいで、安心したわぁ」


 理屈はわからないが、行先に人や物が重ならない様になっているし、転移しているのを見られても、見た方が不自然に感じない様な、一種の幻術に近い効果を及ぼすものもセットで組み込まれているそうである。ユーフェミアはきちんと丁寧に術式を組み立ててくれたらしい。

 ひとまず粉々になる心配はなさそうだな、とトーリはホッと胸を撫で下ろした。


「じゃあ、これで一人でもアズラクに行き来出来るって事だな?」

「そうだよ。でもたまには一緒に町に行こうね」


 とユーフェミアはトーリに抱き付いたまま、言った。トーリは苦笑しながらユーフェミアの背中をぽんぽんと叩いた。


「わかったわかった」

「でもトーリちゃん、一人だからってえっちなお店とかに行っちゃ駄目よぉ? 欲求不満ならお姉さんが相手してあげるからねぇ」


 とシシリアがからかう様に言って、豊満な胸を寄せた。トーリは呆れた様に嘆息した。


「行くわけねえだろ、そんなもん……なんだよ」

「シシリアじゃなくて、わたしが相手する……いつでもいいよ?」

「やめろ馬鹿、変に意識させるんじゃねえ!」


 あっけらかんと言いやがって! とトーリはユーフェミアを小突いた。ユーフェミアはむぎゅむぎゅ言いながらトーリに抱き付き直した。


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