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善意の裏側




「エミリー、お見舞いに来たわよ」

「マリアンヌ⋯⋯」

「突然倒れるだなんて災難だったわね。日頃の不摂生が祟ったのかしら? 体調はどう?」


(ちょっと白々しすぎたかしら⋯⋯?)



 昼下がりの午後、マリアンヌは大げさなほどに眉を落として心配そうな顔を作り、エミリーの部屋を訪ねた。

 青い顔で病床に臥せるエミリーはいつもよりも覇気が無いように見える。今まで大きな病気も怪我もしたことが無いらしい彼女は、体調不良も相まって精神的にも相当落ち込んでいるようだった。


 しかし、幸いな事に酷い腹痛と嘔吐を繰り返す中でも彼女の食欲は健在なようで、ベッドサイドのテーブルには空の食器がいくつも積み重ねられていた。


「⋯⋯これ、持ってきたのだけど食べる?」

「ええ⋯⋯ありが、とう⋯⋯⋯⋯」


 マリアンヌはトレイに載せた熱々のジャガイモのスープをエミリーに差し出す。

 エミリーは悪態の一つも吐かず、すっかり血の気の引いた手でそれを素直に受け取った。


(こんなに弱々しいエミリー、見たことが無いわ。それに、この私に素直にお礼を言うなんて彼女らしくない)


 エミリーの反応にマリアンヌは驚きを隠せなかった。しかし、直ぐに表情を取り繕い、彼女の信頼を得るためにもにこりと笑顔を見せる。


「たくさん作ったから、よく食べて早く元気になって頂戴。貴女がそんなに弱気だと、張り合いがないわ」

「⋯⋯そうね。⋯⋯これ、もう一杯もらえる?」


 あっという間にスープを平らげたエミリーはマリアンヌの思惑通りにおかわりを強請る。


(⋯⋯馬鹿ね。このスープがゆっくりと貴女を蝕む毒とも知らずに————)


 順調に計画が進んでいることに気を良くしたマリアンヌは、思わずクスリと笑みを溢した。


「ええ! すぐに持ってくるわね」



✳︎✳︎✳︎



「⋯⋯随分と楽しそうではないか」

「それはもちろん。何も知らずに弱っていくエミリーを見るのは気分が良いわ」


 スープのおかわりを取りに行くために小走りでエミリーの部屋を出たマリアンヌ。その影からズルリと出てきたサタンは、軽い足取りで厨房までの道のりを歩くマリアンヌに声をかけた。


「まさに悪女、だな」

「なんとでも言いなさい。私はオリヴァーを守る為ならなんでもするわ」

「人間の母親とは存外に強いものなのだな」

「⋯⋯どうかしらね。あの時、サタン様が現れなかったら私たちはあのまま惨めに死んでいたわ。⋯⋯だから、貴方には感謝しているの。私にチャンスをくれて⋯⋯」

「⋯⋯フン。それならもっと俺様のことを敬い、崇め奉れ。大体お前は最初から————」

「あら、そういえば⋯⋯ストラスの姿が見えないわね」


 マリアンヌはストラスの姿が無いことに気が付き、サタンの言葉を遮る。ぞんざいに扱われた事に不満を露わにするサタンはジロリとマリアンヌを睨め付けた。


「おい、俺の話は最後まで聞け。⋯⋯⋯⋯ストラスなら、また厨房に入り浸っているようだぞ」

「ストラスってば、悪魔なのに意外と食べることが好きなのね。⋯⋯エミリーの分のスープ、ちゃんと残してくれてるかしら⋯⋯?」

「食い意地の張った奴だからな、期待するだけ無駄だろう」

「まあ、ストラスのおかげで計画が順調なのだし、多めに見てあげましょう。————っぅ⋯⋯!?」


 サタンと話しながら厨房へと向かって、今にも鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌に廊下を歩く。

 すると、不意に右目に激痛が走った。突然の鋭い痛みにマリアンヌは思わずその場で足を止める。


「⋯⋯っ!!」


(っ! また⋯⋯! 今度は何⋯⋯!?)


 サタンから与えられた近い未来を見ることの出来る“未来視の瞳”はオリヴァーの毒殺未遂以降、痛みと引き換えに、こうして時々マリアンヌたちの危機を知らせてくれていた。


 そのおかげで、ウィンザー一族————主に義姉のイザベラから度々命を狙われるも、マリアンヌとオリヴァーはこうして今も無事に生き存えている。


「⋯⋯⋯⋯次は階段から突き落とされるようね⋯⋯」


 マリアンヌはいい加減うんざりだというように深くため息を吐いた。


(どんなに恐ろしいことでも、初めから知っていれば怖いものなんて無いわ。⋯⋯それにしてもあの人たち、段々と手段を選ばなくなってきたわね)


 廊下の角を曲がり階段へと差し掛かった頃、背後に気配を感じたマリアンヌはくるりとドレスを翻して後ろを振り返った。ふわりと風を受けて靡くスカートを軽く整えて、目の前の人物を見つめる。

 いつの間にかサタンの姿は消えていた。



「⋯⋯お義姉さま、私に何か用でも?」


 突然振り返ったマリアンヌを見たイザベラは、突き落とそうとした体勢のまま深紅の瞳を大きく見開いて固まっていた。

 暫しの沈黙の後、両手を前に突き出した格好である事に気付いた彼女はサッと後ろ手に殺意の名残りを隠す。


「い⋯⋯いや、アンタの肩に糸くずがついてたから取ってあげようとしただけよ⋯⋯」


(⋯⋯両手で取ろうとしてくれるなんて随分と親切だこと)


「それはそれは⋯⋯ご親切にどうもありがとう。でも、こんなところでいきなり後ろから近づかれたらあらぬ誤解を招いてしまいます。————もしかしたらお義姉様は私を突き落とそうとしているのではないか、とか。せっかくのご好意を無駄にはしたくありませんし、危険ですので次からは口頭で教えてくださいますか?」

「⋯⋯⋯⋯わ、わかったわ⋯⋯」


 イザベラはそれだけ言って悔しそうに顔を歪めて逃げるようにしてその場を後にした。


 ことごとくマリアンヌとオリヴァーの殺害計画が失敗しているイザベラたちは目に見えて焦っていた。

 それに加えてイザベラに協力していた義妹のエミリーも倒れてしまったため、相当に切羽詰まっているのだろう。その為か、最近は例え成功したとしてもすぐさま犯人が暴かれてしまうようなお粗末な手段ばかりを取るようになっていた。


 さらに、幸運な事にイザベラは標的をオリヴァーからマリアンヌへと変えたようだ。オリヴァーを殺害しようとしてもマリアンヌが邪魔をするため、先に母親から始末してしまおうという魂胆だろう。

 しかし、未来を視ることが出来るマリアンヌにとってはどれも恐るるに足らないことであった。


(あの人たちの狙いがオリヴァーから私に逸れたのは幸運だったわね。だけど、私は貴女たちのような甘い殺し方なんてしないわ)


 悪魔に復讐を誓ったマリアンヌは徐々に小さくなるイザベラの背中を見つめ、人知れずほくそ笑むのだった。








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