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悲劇の物語




 ウィリアム・シェイクスピアの執筆した四大悲劇であるマクベスは、実在した人物をモデルにして書かれた作品だ。

 戯曲というものは、そのほとんどが登場人物の会話のみで物語が進んでいくもので、普段小説の方が馴染みのあるマリアンヌには少々読みづらく感じた。


 肝心の内容はというと、武将である主人公マクベスは魔女から自身が王になるという予言を受け、彼は王座を奪うために妻と謀って仕えていた王を暗殺してしまう。

 魔女の予言の通り、自らが王となったマクベスだったが妻は死んでしまい、暴政の末に最後はマクベス自身も討たれてしまうという内容で、作中で魔女が発した「きれいは汚い、汚いはきれい」という言葉がマリアンヌには殊更印象的であった。



「ふうん⋯⋯。結局、因果応報の話じゃない。⋯⋯どこにでもある話だわ」


 マリアンヌは詰まらなさそうに頬杖をつきながら呟く。


「セオはこういう物語が好きなのね⋯⋯」


 パラパラと適当にページをめくっていると、いつの間にかマリアンヌの影から出てきていたサタンが口を開いた。


「なんだ、今のお前たちの状況に似てるじゃないか」

「サタン様⋯⋯! どういうこと⋯⋯?」


 マリアンヌが意味が分からないと首を傾げていると、サタンは得意げに話し出した。



「マクベスが暗殺した王————つまり、次期に公爵家を継ぐお前の息子を害そうとする主人公がお前の義弟セオとノア。そして、マクベスを討とうとしているマクダフはお前だ。⋯⋯いや、暗殺を唆したマクベスの妻でも良いな? マクベスの立場からするとこの物語は悲劇だが、視点を変えてみれば悪者を討ち取ったマクダフの勇敢な物語となる。どちらにせよ、この物語のマクダフのように、お前にとってのハッピーエンドを迎えられると良いがな」

「⋯⋯そうね。私は何があろうと必ずこの計画を成功させてセオとノアを討ち取ってみせるわ! ⋯⋯でもサタン様。その配役、ちょっとこじつけが過ぎないかしら?」

「俺様のキャスティングがこじつけだと? これ以上ない適役だろうが」


 一度読んだだけで、まだ内容を完全には理解していないマリアンヌは頭を捻った。


「それにしても、随分とシェイクスピアに詳しいのね。もしかして、サタン様⋯⋯最近勝手に出て来て出歩いてると思ったら、読書にハマっているのかしら?」

「⋯⋯ふん、お前には関係ないだろう」


 フイっとバツが悪そうにそっぽを向くサタンを見たマリアンヌは、思わずクスリと笑い声を漏らす。そのことに気を悪くしたサタンは、不機嫌な態度を隠すことなく直ぐに部屋から出て行ってしまった。


(サタン様ってば、普段は人間をバカにしてるくせに、その人間が書いた物語にハマるなんて⋯⋯意外と可愛らしいところもあるじゃない)


 そんな彼の後ろ姿を見送ったマリアンヌは再び小さな笑い声を漏らした。




✳︎✳︎✳︎




 意気揚々と書庫の扉を開いたマリアンヌは、窓際の定位置に座るセオの元へと一直線に向かった。


「セオ、一日ぶりね! マクベス、読み終わったわよ!」

「⋯⋯義姉さん。⋯⋯⋯⋯どうだった?」


 分厚い本を抱えるマリアンヌを見たセオは、不安げな表情を浮かべていた。

 マリアンヌはセオの隣の椅子に腰掛けて明るい表情で話し始める。


「ええ! とても面白かったわ! ⋯⋯あっ、悲劇なのに面白いという感想はおかしいかしら⋯⋯⋯⋯?」


 マリアンヌの言葉を聞いたセオは、思わずといった風に吹き出した。


「いや、義姉さんはおかしくないよ。どんな感想を持つのもその人の自由なんだから」

「⋯⋯!」


(セオがこんなに笑うところなんて初めて見たわ⋯⋯)


 心底おかしそうに笑うセオの姿をマリアンヌはもの珍しげにじっくりと見入ってしまう。

 ひとしきり笑ったところで、マリアンヌの視線に気付いたセオは恥ずかしそうに手で顔を覆ってしまった。


「義姉さん⋯⋯そんなに見ないでくれ」

「ふふっ⋯⋯いいじゃない。貴方の笑顔は貴重なのだから」

「よしてくれ⋯⋯⋯⋯」


 マリアンヌはにっこりと微笑み、セオの瞳を真っ直ぐに見つめる。



「ねぇ、セオ。また貴方のおすすめの本を教えてくれる?」







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