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捜索





「ノアったら、一体どこにいるの⋯⋯?」


 セオと別れた後、マリアンヌとアスモデウスは屋敷中を思いつく限り探し回った。

 しかし、屋敷中どこを探してもノアの姿が見当たらない。


 最後の手段だと気が進まないながらもマリアンヌはノアの自室を訪ねるが、後一歩のところで怖気付いてしまう。


(義姉が義弟の部屋を突然訪ねる理由って、何かしら⋯⋯?)



「ご主人さまぁ~? どうしたの?」

「ね、ねぇ⋯⋯アスモデウス。さすがにわざわざノアの部屋まで押しかけるのは気が引けるわ⋯⋯。残念だけど、ここはまたの機会にしない⋯⋯?」


 マリアンヌが諦めてアスモデウスにそう言った時、何者かが不意に後ろから声をかけてきた。


「そちらにいらっしゃるのは、奥様————マリアンヌ様ですか?」

「⋯⋯⋯⋯っ!!」


 ビクリと肩を揺らし、恐る恐る振り返ると屋敷で働く若いメイドが不思議そうな顔でマリアンヌを見ている。


「え、ええっと⋯⋯」


 煮え切らない態度のマリアンヌに首を傾げたメイドは、少しの間考え込んだ後、閃いたというように笑顔で口を開いた。


「もしかして、ノア様をお探しでしょうか? ノア様でしたら少し前にお出かけになりましたが⋯⋯」

「⋯⋯そっ、そうなのね。彼がどこに行ったかわかるかしら?」

「そこまでは⋯⋯。申し訳ございません」


 マリアンヌの質問に若いメイドはおさげ頭を揺らして申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。


「ううん、いいのよ。教えてくれてありがとう」


 マリアンヌは肩を落とすメイドにこりと微笑みかけ、ノアを探すために街へと向かうことにした。


(彼女に勘違いされてなければ良いのだけれど⋯⋯もしそうだったら、これほど憂鬱な事はないわ⋯⋯)



✳︎✳︎✳︎



 マリアンヌとアスモデウスはノアを探すため、早速街に繰り出した。

 街は人で溢れかえっており、この中からノアを探し出すのは中々に骨の折れそうな作業だ。


(いつものドレスでは目立ってしまうし、この人混みだもの⋯⋯動きやすい服に着替えてきて良かったわ)


 マリアンヌは町娘風のくるぶし丈の簡素なドレスに身を包み、煉瓦造りの建物が立ち並ぶ大通りのショッピング街を彷徨い歩く。



「わぁ、すごい活気だねっ! あ、僕ここ行きたいっ」


 アスモデウスはあちこちうろちょろしたと思えば、人だかりの出来ているお菓子屋さんを指差した。

 お菓子屋さんのショーウィンドウには、チョコレートケーキやタルトなど見た目も美しく美味しそうなケーキが綺麗に並べられている。


「今はダメよ。後で時間があったら寄りましょう」

「はぁい⋯⋯⋯⋯」

「とりあえず、ノアの居そうな場所を片っ端から探しましょう」



 ————とは言ったものの、マリアンヌに心当たりなどあるはずも無かった。


(ノアの好きそうなものなんて思いつかないわ⋯⋯。そもそも、あまり話したことがないんだもの)


 マリアンヌがどうしたものかと立ちすくんでいると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「あれ? その後ろ姿は⋯⋯もしかして義姉さんじゃない? こんなところに一人でどうしたの?」


 マリアンヌに声をかけたのは、まさに2人の尋ね人であるノアであった。

 しかし、彼は両側にそれぞれ派手な様相の町娘を侍らせており、とてもじゃないが作戦の決行は難しそうだ。


「ねぇ、ノア~。この人誰?」


 マリアンヌよりも幾分か若く見える女性は甘えるようにノアの腕に絡み付き、猫なで声で彼に訪ねる。


「ああ、この人は僕の義姉さんだよ。すっごく綺麗でしょ?」

「⋯⋯⋯⋯ふ~ん」


 町娘2人の値踏みするような視線がマリアンヌへと突き刺さる。その鋭い視線から逃れようと、サッと顔を逸らした。


(一体何なの、この状況は⋯⋯とてつもなく居心地が悪いわ⋯⋯!!)


「じゃあ、僕は義姉さんと約束してたのを思い出したから、君たちはもう帰りなよ」

「え~! ひどーい! ノアから私たちに声かけてきたのにっ!!」

「ごめんごめん、また今度ね。それじゃ」


 そう言ってノアはマリアンヌの細腰を抱き寄せ、去り際に不満を漏らす女の子たちにひらりと軽く手を振ってウインクして見せる。

 後ろからキャーキャーと騒ぐ声が聞こえる中、マリアンヌとノアはその場を後にした。



✳︎✳︎✳︎



「⋯⋯それで、義姉さんはこんなところで何をしてたの? 義姉さんみたいな綺麗な人が一人で出歩くなんて危ないよ?」


 近くにあったカフェへと入った2人は、紅茶を注文し、一息つくことにした。


「ええっと、ちょっと買いたいものがあって⋯⋯そんなことより、良かったの? お友達を置いてきてしまって⋯⋯⋯⋯」

「ふうん? ああ、あの子たちは友達なんかじゃないから、義姉さんが気にかける必要はないよ。それに、あの子たちなんかよりも義姉さんといた方が楽しそうだしね」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 マリアンヌがカップの中の紅茶の最後の一口を飲み終わったのを見計らい、ノアは立ち上がった。

 そして、「この街のことは義姉さんよりも僕の方が詳しいから、エスコートしてあげるよ」と言って手を差し出す。


 今まで大人しく成り行きを見守っていたアスモデウスが、「僕はこっちの子の方が好みだなぁ~! 女性への細かな気遣いが出来る男の子っていいよねっ♡」と耳元で騒いでいた。


 ノアが支払いをし、2人はカフェから出て石畳の道を歩く。


「それで、義姉さんの買いたいものって?」

「オ、オリヴァーにケーキを買ってあげようと思って」


 マリアンヌは先ほど、アスモデウスがケーキを食べたがっていたのを思い出し、咄嗟に出まかせの嘘をついた。


「そうなんだ? ⋯⋯でも、そんなに食べたいなら屋敷にその店のパティシエを呼べば良いのに⋯⋯変な義姉さん。ま、いいや。それじゃあ、僕についてきて!」

「え!? ちょっと、ノア⋯⋯!?」


 街を知り尽くしたノアによるエスコートのもと、マリアンヌはオリヴァーとアスモデウスの好きなケーキを購入する。

 そして、まだ陽が高いうちに二人は街を後にしたのだった。








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