偵察
翌日、オリヴァーの家庭教師が来る時間を見計らい、マリアンヌとサタン、アスモデウスの3人はマリアンヌの部屋で作戦会議をしていた。
「————ということがあって、アスモデウスを召喚したのよ」
「うう~ん⋯⋯人間の考えることって時に、僕たちよりも残酷だねぇ。ねっ、サタンさま?」
マリアンヌによって事のあらましを聞いたアスモデウスは、難しい顔をして顎に手を当てながらそう言った。
「それに関しては珍しくお前と同意見だ。だが、こういったことはお前の専門分野だろう? その為に忙しい俺様が手づからこの人間に指示して呼んでやったのだからな、久しぶりのシャバの空気に泣いて感謝しろよ?」
「もっちろん! この色欲を司る悪魔、アスモデウスにお任せあれっ!!」
「た、頼もしいわ、アスモデウス⋯⋯!」
えっへんと腰に手を当てて得意げな様子のアスモデウスを見たマリアンヌは、些か不安に思いつつも小さく拍手を送った。
「————それで、私は先ず何をすれば良いのかしら?」
「う〜ん⋯⋯じゃあ先ずは、僕をターゲットの2人に合わせて欲しいな。2人が現状、どのくらいご主人さまに好意を持ってるのか把握しないと、最適な攻略方法をアドバイス出来ないからねっ!」
「⋯⋯⋯⋯分かったわ」
マリアンヌは自分からセオとノアに接触するのには気が進まなかったが、目的のためならとやむを得ず了承したのだった。
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アスモデウスの希望通り、2人は早速ターゲットの偵察に向かった。因みに、面倒だと駄々をこねたサタンはマリアンヌの部屋でひとり留守番中だ。
「あれが、1人目のターゲットのセオよ」
書庫へと入ろうとするセオの後ろ姿を見つけたマリアンヌは、隣にいるアスモデウスに聞こえる程度の小声で囁く。
「ふぅん、あの子が⋯⋯。ちょ〜っと地味だけど、顔はまあまあ悪くないね」
「⋯⋯⋯⋯そうかしら?」
「じゃあ、ご主人さまっ。セオの反応も見たいし、早速彼に話しかけて! ほら、早く早くっ!!」
「⋯⋯え、ええ⋯⋯分かったわ」
(気が進まないけど⋯⋯これもオリヴァーの為よ⋯⋯! 覚悟を決めなさい、マリアンヌ!!)
急かすアスモデウスに返事をしてから、マリアンヌは自らを奮い立たせる為にギュッと拳を握りしめ、セオに接触するために一歩前へと出る。
「セ、セオ! ⋯⋯奇遇ね。こんなところで何をしているの?」
「⋯⋯っ! ね、義姉さん!?」
マリアンヌがぎこちなくも声をかけると、セオはビクッと大きく肩を揺らして振り返った。
「ごめんなさい、いきなり声をかけて驚かせちゃったわね。実は⋯⋯私も時間が出来たからこれから本でも読もうと思っていたの。⋯⋯セオさえよければ、私もご一緒しても良いかしら?」
「⋯⋯あ、ああ。もちろん」
セオの了承を得たマリアンヌは、彼と共に書庫へと入る。邪魔が入らないようにする為、マリアンヌはセオに気付かれないよう、ひっそりと後ろ手に扉を閉めた。
「セオは普段、どんな本を読むの?」
「⋯⋯俺は、戯曲が好きなんだ。だから、それに関する本をよく読むな⋯⋯」
「へぇ、そうなのね。どんな内容のお話が好きなの?」
マリアンヌにはセオの趣味趣向などこれっぽっちの興味も無かったが、これも計画の為と必死に頭を回転させて話を掘り下げる。
「そうだな⋯⋯。喜劇も良いと思うが、俺は悲劇の方が好ましく感じるな。物語が終わった後もしばらくの間その余韻を感じられるところが好きなんだ。それに、悲劇から学ぶことも多い」
好きな本の話題を振った途端、無口だったセオは栗色の瞳を輝かせて活き活きと話し出した。そんな彼の豹変ぶりにマリアンヌは些か面を食らう。
(こんなにも楽しそうに⋯⋯セオは余程読書が好きなのね⋯⋯。————もしも、もしもセオがウィンザー公爵家の一員ではなくて違う出会い方をしていたら、オリヴァーの良いお兄さんになってくれたかもしれないわね。⋯⋯あの子も、本を読むことが大好きだもの)
「義姉さんは⋯⋯どんな本が好きなんだ?」
「⋯⋯えっ?」
突如としてセオから投げかけられた問いにマリアンヌはハッと我に返る。
「ええっと、そうね。⋯⋯私は喜劇————ハッピーエンドで終わる物語が好きよ。もしも、私が物語の登場人物だったとして⋯⋯自分の身に起こるとしたら悲しく辛いバッドエンドよりも、ハッピーエンドで終わりたいじゃない?」
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あの後、しばらくセオと書庫で話し込んだマリアンヌはキリの良いところを見計らい、彼にこの後予定があると嘘をついてその場を後にした。
(何故だかわからないけれど、どっと疲れたわ⋯⋯⋯⋯)
「ねえアスモデウス、こんな感じで良かったかしら?」
「うんうん、ばっちりだよっ! ハジメテとは思えないくらいっ♡ それじゃあ次は2人目のターゲットに行ってみよっー!!」
元気いっぱいのアスモデウスに対し、マリアンヌは心身ともに疲弊していた。
「え、ええ⋯⋯⋯⋯」
マリアンヌは力のない返事をすると、よろよろと覚束ない足取りで歩を進めるのだった。




