変態悪魔
「何が男の娘だ、馬鹿馬鹿しい。お前はただの色狂いで女装癖のある変態だろうが」
(お、女装癖⋯⋯アスモデウスって、中々に濃い性格の悪魔なのね⋯⋯。でも、見た目はどこからどう見ても可愛らしい女の子にしか見えないわ⋯⋯っ!!)
「サタンさまってば、ひどーいっ!! それはぁ~⋯⋯時代がまだ僕に追いついてないだけだよっ」
「ふん⋯⋯年増のジジイのくせに若作りとはご苦労なことだ」
「サタンさまだって僕とそんなに変わらないじゃんっ!!」
ぷうっと可愛らしく頬を膨らませるアスモデウス。それを見たサタンは蔑んだ目で、またもや彼に辛辣な言葉を浴びせる。
「あいにく、俺はお前のように特殊な趣味嗜好は持ち合わせていないんでな」
「さ、サタン様、ちょっと言い過ぎじゃないかしら⋯⋯」
思わず制止するマリアンヌを、サタンは嘲るように鼻で笑った。
「ハッ⋯⋯! お前、忘れたのか? コイツは処女の血が大好物の変態なのだぞ? 何千年と生きている良い歳したジジイが若い女の血で興奮するなど、気持ち悪いを通り越して⋯⋯もはやおぞましいだろうが!!」
「⋯⋯っ!!」
(そ、そうだったわ⋯⋯! 少女のような見た目に騙されてしまったけれど、実際には————)
マリアンヌが衝撃を受けている間に、アスモデウスの興味はサタンからマリアンヌへと移ったようだ。彼は小さな鼻をひくひくと鳴らしながらマリアンヌの周りを回るようにしてウロウロと歩いている。
「あ〜あ〜残念だなぁ⋯⋯やっぱり、ご主人さま⋯⋯純潔を守っていないんだね⋯⋯」
「⋯⋯っ! な、何を⋯⋯!?」
アスモデウスの言葉を聞いたマリアンヌの細腕に、ぞわりと無数の鳥肌が立った。
「ホンット〜に残念だなぁ⋯⋯。あ、でもでもっ! 僕は美しい女性の血も大好物だから大丈夫だよっ」
にっこりと可愛らしい笑顔で「だから安心してねっ!!」とのたまうアスモデウスに、マリアンヌは身の危険を感じる。
(わ、私は大丈夫じゃないわよ⋯⋯! アスモデウスってサタン様よりも————)
「ん? 俺よりも、なんだ?」
そう言いながら珍しく笑みを見せたサタンであったが、その瞳は微塵も笑ってはいなかった。
(そ、そうだった! サタン様には心の中まで筒抜けなんだったわ⋯⋯!!)
「な、何でもないの⋯⋯何も考えていないわ」
マリアンヌはだらだらと冷や汗をかきながら、無意味だと分かっていても否定の言葉を述べた。
(神様、どうか見守ってくださっているのなら⋯⋯お願いします、この状況をどうにかして下さいっ!!)
そう思いながら天を仰ぎ見る。
変態と暴君との板挟み状態になったマリアンヌは、叶わぬ願いと分かっていても神へと助けを乞うのだった。
✳︎✳︎✳︎
「サタン様ってば、僕には一等厳しいんだよねぇ〜⋯⋯。僕は色欲の悪魔なんだから、ちょっとくらいエッチでも大目に見てほしいんだけどなぁ〜〜」
「お前のはちょっとでは済まないから言っているんだろうが。この万年若造りの色欲ジジイめが」
(これに関しては、珍しくサタン様と同意見だわ⋯⋯。出会って間もない私でも分かるほどだもの⋯⋯⋯⋯)
今にもケンカを始めてしまいそうな2人の悪魔をどうにか宥めたマリアンヌは、自室の扉をそっと開いた。
「へえ〜! ここがご主人さまの部屋かぁ~。公爵の奥さんなだけあってすごく広くて豪華な部屋だねっ!」
「ええ、そうね⋯⋯⋯⋯」
うろちょろと遠慮なく部屋の中を歩き回るマイペースなアスモデウスを横目に、マリアンヌは足音を忍ばせて一直線にオリヴァーが眠るベッドへと向かう。
セオとノアの企みを耳にしたマリアンヌは、屋敷内でもオリヴァーを出来る限り一人にしないようにと、今日から共に寝ることにしたのだ。
マリアンヌは愛しげな眼差しで見つめた後、ふっと微笑んでぐっすりと眠るオリヴァーの頭を優しく撫でる。
すると、身じろぎしたオリヴァーは「んん⋯⋯おかあさま⋯⋯?」と掠れた声で寝言を口にした。
「オリヴァーってば、寝ぼけているのね。⋯⋯おやすみ、私の愛しい子⋯⋯」
ベッドの傍に腰掛けたマリアンヌはオリヴァーの額に軽くキスをする。
いつの間にかその様子をジッと眺めていたアスモデウスが、マリアンヌに声をかけた。
「へぇ〜? この子がご主人さまの息子? 貴女に似てとても可愛らしい子だねえっ♡」
「ありがとう。オリヴァーっていうのよ。とっても優しい子なの」
「ふうん⋯⋯。オリヴァーくんって、ご主人さまに似て整った顔立ちをしてるし、成長したら僕好みのイケメンになりそうな予感!! 今から楽しみだなあ⋯⋯♡」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯ご主人さま? 急に黙り込んでどうしたの?」
「⋯⋯アスモデウス。今後一切、この子に近づかないでくれるかしら⋯⋯?」
「えーっ! なんでー!?」
「なんでもよ⋯⋯!!」
(危険なのはセオとノアだけじゃないわ! この変態悪魔————アスモデウスからもオリヴァーを守らないと⋯⋯!!)
また一つ、懸念の種が増えたマリアンヌは深く長いため息を吐いたのだった。




