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守り神  作者: kaithi
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出会い(2)

 二日後、秋徳あきのりは学校に行くことにした。

 両親も妹も驚いたが、両親は喜んだ。妹はしきりにいぶかっていたが。

 学校に行くと、クラスメート全員から驚かれた。事前に親から連絡が入っていたのか、秋徳の机は教室に用意されていた。秋徳がそっけない態度だったからだろう、気にして話しかけてきた生徒もすぐに退散した。

 休み時間、秋徳は遥から聞いていた駆流のクラスに行った。駆流かけるは転校生らしく一番後ろの席に座っていた。急に出席した自分も最後尾の席だったが。

 駆流は誰とも話さず、黙々と問題集を解いていたが、そのリストバンドをつけた右手での書き方は、とてもゆっくりしたものだった。

 後ろのドアから駆流を眺めていた秋徳は、休み時間が終ると保健室へ行った。

 体調が悪いからと嘘を言って、ベッドに横になった。授業を受ける気にはならなかった。

 自分は一体何をしに学校に来たのだろうか。

 生きる意味も価値もないと平然と言い切った隣人は、ただ黙って一人でいた。誰かと話す様子も、誰かに話しかける様子さえもなかった。言った通りの姿に見えて、それがなおさら秋徳には許せなかった。

楽しくクラスメートと談笑している駆流の姿を見れば自分は安堵したのだろうか。それはむしろ腹が立つような気がして、寝返りを打った。

 次の休み時間にドアがノックされ、誰かが入って来た。

「あら武蔵くん。調子はどう?」

 養護教諭の言葉に、秋徳は上体を起こした。カーテン越しだったが、小柄な人影が養護教諭の向かいに座るのが見えた。

「やっぱり右手の調子が悪くて。左手を使ってもいいですか?」

「右手が痛いの?」

「いえ、力が入らないだけです」

「握力の訓練はしてる?」

「してます」

「そう」

 養護教諭は駆流の手を触っているようだった。秋徳にも駆流の手首の傷が思い出された。神経を痛めるほどの傷ではなかったはずだ。元の傷はどうだったかわからないが。

「前は、訓練をしてもとに戻したのよね?」

「はい」

「どれぐらいかかったって言ってたっけ?」

「一年かかりました」

「1年。今回はそんなにはかからないでしょう」

「多分」

「右手だと授業についていけないの?」

「はい。書くのが間に合いません」

「じゃあ、仕方ないから左手で書いてもいいわ。でも、どの授業でもできるだけ右手を使うようにしてね。その方が回復は早いはずだから」

「わかりました。すみませんでした」

 駆流は挨拶すると、保健室から出て行った。

 秋徳はベッドから出て養護教諭に尋ねた。

「先生。あいつって右手の調子悪いの?」

「それは個人情報だから言えないわ」

「あいつ、僕の隣の家なんだけど。右手のあの傷って、自分でつけたものでしょう? あんな傷つける理由がわからないんだけど」

「それは私にもわからないわ。理由は教えてもらっていないから。でもリストカットとかではないと思うわよ。そういうタイプの子でもないしね」

 養護教諭は個人情報という割に、情報をくれた。

「詳しく知りたいなら仲良くなったら? 武蔵くんと話しに来たんじゃないの?」

「別に。もう帰ります」

 話に来たわけではないが様子を見に来たのは確かで、当てられたのが悔しくて、秋徳は養護教諭にそういって学校を後にした。

 それでも秋徳は次の日も学校に行った。

 授業は聞くとはなしに聞いていたが、家での無作為な読書と自己学習の成果か、特に頭を悩ませることはなかった。つまらなかったので、授業は聞かずに本を読んだり問題集を解いたりして過ごした。時々、休み時間に武蔵のクラスを見に行ったが、体格の大きな生徒と話しているのに遭遇した。

 話は聞こえなかったが、特に楽し気に話す訳でもなく、事務連絡だけだったようで、その同級生はすぐに武蔵のクラスから出て行った。

 武蔵はその生徒を見送り、その時に秋徳の姿に気づいたようだった。驚いた顔を浮かべて立ち上がる。秋徳はそれに驚いて、すぐにその場から立ち去った。

 次の休み時間、駆流の方から秋徳のクラスにやってきた。

「何?」

 秋徳は邪険と言ってもいいキツイ態度で駆流に聞いた。駆流はいつもどおりの平坦な態度で答える。

「さっき、何か用だったかと思って」

「別に」

 クラスの誰とも仲良くしようとしない元不登校児の秋徳に客が来たと、クラスの一部の生徒は騒いでいたが、秋徳はそれが鬱陶しくてしょうがなかった。

 立ち上がって廊下に出ると、駆流もついてきた。

「ついて来るなよ」

「ごめん。でも…」

 そこまで言って駆流は黙り込んだ。言いたい言葉が見つけられないようだった。

「右手の傷、どうしたのさ」

 秋徳は言いよどむその姿に苛立ち、思わず一番気になっていたことを口にしてしまった。

「これは…」

「自分でやったんだろ」

「———」

 鋭い秋徳の言葉に、駆流は黙り込んだ。長い沈黙の後に、かすれる声で「うん」と言った。泣きそうなその声に、今度は秋徳が言葉を失った。


 駆流には深く尋ねることができず、秋徳はマンションの廊下で闘雄たけおを待った。はるかからの話や会った感じから、一番話しやすそうな感じがしたからだ。

 長男の勝優かつまさは空手を習っていて毎日遅かったが、闘雄の予定は気まぐれで、秋徳は学校を休んで闘雄が帰ってくるのを待った。たまたまなのか、どこかに出かける前に家に帰って来たのか、闘雄は学校が終って間もない時刻に帰って来た。

「こんにちは。三男のことで聞きたいことがあるんだけど」

 闘雄は待ち伏せしていた隣人に驚き、それでも正対した。

「何が聞きたいんだ」

「あいつのあの傷、なんであんな傷がついたの? 自分で切ったって言ってたけど」

「お前、駆流に聞いたのか?」

 秋徳は素直に頷いた。

「でも、それ以上は聞けなかった」

「そうか」

 闘雄はどこかほっとしたようにそう言って、廊下から外を眺めた。近くに高い建物がないので、7階からでも遠くまで景色を眺められた。

「あれは親父の霊のせいだ。こんな世迷い事、誰も信じないだろうけどな」

 闘雄が、自分でも馬鹿馬鹿しいこと言っていると思っているように言う。

「幽霊がやったっていうの?」

「兄貴にはそう見えたってよ。駆流に乗り移ってたって。

 そうじゃなくても、親父は雨の日にはよく出てくるけどな。死んでまでしつこい人だよ」

「あんたにも見えるの?」

 幽霊については、深夜窓の外に人影をみたことのあった秋徳は否定しなかった。

「俺は聞こえる方だ。たまに姿も見るけどな」

「何か言ってるの?」

「さあな。恨み言ばっかりだから覚えてないよ」

「じゃあ、あのもとの傷も…?」

 その質問に闘雄はキツイ視線を向けてきた。当然だが、地雷だったようだ。闘雄は秋徳の質問には答えず、家に帰って行った。


 秋徳は学校に行くことに慣れ、時々駆流の姿を眺めては、相変わらずな様子に呆れながら、それでも自分に何か言いたそうにしてくる様子に向かい合うこともできず、相対するのを避けながら、マイペースに学校生活を過ごした。

 秋徳の両親は学校に行き始めた息子に最初は喜んだが、教師陣から授業態度がよくないと不評で、逆に頭を悩ませることになったが、秋徳の知ったことではなかった。

 学校の図書館にいると、駆流と遭遇した。駆流はいつものように何か言いたそうに口を開いたが、言葉は出てこないようだった。しかし、秋徳が無視をして横を通り過ぎようとすると、駆流は腕をつかんできた。秋徳が持っていた本が音を立てて落ちる。

「なにするんだよっ」

「ごめん」

 駆流はしゃがんで数冊あった本を拾いだした。秋徳もしゃがんで拾う。

 駆流は目元をぬぐいながら、涙声で言った。

「ごめん…」

 何に対する謝罪なのかわからなかったが、秋徳は、

「もういいよ」

 とだけ言った。


 次の日、秋徳が玄関の前で待っていると、駆流が出てきた。

「おはよう」

「おはよう」

 秋徳の挨拶に駆流が笑顔で応える。その笑顔は、人生に意味がないと言って笑った笑顔とは全く異なっていた。秋徳も満足げに笑顔を返した。

 二人で登校しようとすると、武蔵家から歯を磨いていた弘伸が出てきた。

「駆流! なんでそんなやつと」

 秋徳と一緒に玄関から出てきていた遥も、驚いた様子で二人を見ていた。

 駆流は遥に「ごめんね」と言って弟を任すと、秋徳とエレベーターへ向かった。

 それから二人は毎日一緒に学校に行くようになった。

 弘伸は秋徳が気にいらない様子だったが、遥と一緒に兄たちについて登校するようになった。

 そして遥が毎日武蔵家に入り浸っていたように、秋徳も武蔵家に遊びに来るようになり、弘伸は一人で怒っていたが、勝優と闘雄、そして家主の詫間も、駆流が自ら進んで仲良くしている様子に、秋徳を笑顔で受け入れた。


 それから秋徳も、駆流の性別や母親の精神病院入院等、武蔵家の特殊な事情をいくらか聞くことになるのだが、事故で付いたという手首の傷については誰にもきけないままだった。

 いつも知りたいのか知りたくないのかわからない気分になってしまうのだ。駆流本人に聞けば、もしかしたら教えてくれるのかもしれなかったが、駆流から答えを聞くのは嫌だった。どんな顔で答えるのかを想像するのも嫌だった。

 駆流自身はあまり気にしていない様子で、自分でつけたという浅い傷が治ると、リストバンドもなにも付けなくなった。

 自殺に見える傷を面白おかしく話題にする輩はいたが、駆流はどれだけからかわれても何も答えなかったし、その様子に、そんな噂をしたがる連中も、ただ人の性格を見分ける基準にすぎないと、秋徳も思えるようになった。それぐらい駆流の態度は堂々としていた。

 秋徳と一緒にいる駆流からは、「生きる意味がない」と言った時の空気は全く感じられなかった。ただそれは、生きる理由を秋徳に預け、秋徳に依存しているようにも見えた。今度は秋徳はそれに悩むことになった。

 それでも自分に向ける駆流の笑顔はとても柔らかく、秋徳を平穏で幸せな気分にさせた。

 秋徳は、この自分自身に無関心な友人がいかに幸せになれるかを考えるようになった。人はひとりでは生きていけないという言葉を、今までも本や講義で何度か聞いていたが、当たり前だろうと思っていたその言葉の意味を、秋徳は本当の意味で知ることになった。

 それから秋徳は、大事な友人を任せられる人間を探すようになっていた。自分はいつかいなくなる。そのために駆流を任せられる人間が必要だった。


 中学一年。秋徳はそう思える人間に出会うのだが、そのことに気づいたのは阿弥陀くじで駆流がバスケ部に入部した後だった。

 神様はいると、神など苗字だけで十分だと思っていた秋徳は思ったのだった。

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