第三話 火種から鏡へ
「殺す、殺す、殺す」
虚仮の一念の如く、ビッツの胸中に何度も反芻し、ビッツのいつもよりさらに青い白い顔が幽鬼のように鬼気迫る雰囲気で周りを近づけさせない。
厳かに行われる葬儀に、涙する孤児院の子供たち。ビッツとアノーは二人、年長者の人間として葬儀を恙無く執り行っている。ただ、ビッツだけは異常な雰囲気のままで誰も近づかない。ビッツからの指示は受けるが、誰も声をかけることができない。異様な空気だけが支配している。
参列している院を出た人間もちらほら見かけている。怒りを露わにする人間もあれば、哀しみを以て葬儀に並ぶものもいる。皆、院長に世話になった者たちだった。
「落ち着けビッツ」
アノーはビッツが虚ろな目で棺を見ながら殺意を周囲に放っているの見かねて、落ち着かせようとする。
「大丈夫だ、アノー。俺は、十分、落ち着いてる」
「よく言われる言葉だけど、正気じゃない奴は自分は正気だと思ってる。お前は今、全く大丈夫に見えないぜ」
ガル・スバーロット。享年80歳。
孤児院を運営する元・貴族の人間。
人格者であり、スラム街の一角に孤児院を建て、建立30年が経った。
分け隔てなく、訳ありの子供達を預かりまたは捨てられた子を育てて社会復帰できるよう読み書きや計算を教えていた。
理由はわからないが、一念発起し孤児院設立時に、貴族を辞めて、孤児院の運営を始めた。
それからは、孤児院から巣立ちした者が、冒険者となったり商人となったりとして、ある種スラムに落ちた人間の受け皿になっていた。
勿論、スラムの人間からは最初は如何わしい、疑わしい存在として嫌がらせ行為はあったものの、炊き出しや清掃、果ては奉仕活動の末、信頼を勝ち得、スラム街においてはある種の有徳人として扱われ、ある一定の尊敬を獲得していた。
そんな中、ビッツとアノーは育ち、院長を尊敬していた。というよりは、父、そのものであった。
「アノー、葬儀が終わったら俺は一人出かける。付いてくるなよ」
葬儀の最中、ビッツがそうつぶやく。
このガル院長が殺された動機ははっきりしない。
ビッツが発見した時にはすでに事切れた院長が畑に倒れおり、それより前に発見した子供がいたが怖くなって急いで鍵を閉め院内に閉じこもった。院内にいた子供たちから聞き取りはしたものの、なんら手掛かりはない。
副院長を務めるこの孤児院出身のウェルフ女史にも聞いた。アノーとビッツより二つほど年上で二十歳になる。アノーとビッツは本当の姉のように思い、何かと相談事があればウェルフ女史を頼った。今回も、こんかことで頼るとは思いもしなかったが。
しかし、ウェルフ女史に最近で何か争い事が無いか聞いてみたものの、こちらも手掛かりがない。
八方塞がりになった。
動機がはっきりしない殺人というものは、スラム街においてはよくあることで、ビッツが聞き取りしたことは微かな手掛かりを求めてだった。
葬儀が終わり荼毘に付されたガル院長は孤児院の裏にある木の下に埋めれらた。
墓標として、20メートルはあろうかと思う大樹にガル院長に相応しいと思い、ビッツが指示した。
「ビッツ」
葬儀が無事終わりビッツとアノーが立ち去ろうとするとウェルフ女史が呼び止めた。
金色の長髪が太陽と重なり、ビッツは眩しく目を細めた。
「ウェルフ姉さん、俺は大丈夫だよ。安心してて」
「ビッツ・・・悲しいのはわかるけど…」
「ビッツのことは任せとけ!」
明るい顔でドンとアノーは胸を叩き、ビッツと肩を組む。
「アノー、恥ずかしいからやめろ」
突然肩を組まれたがするりと抜け出す。
「いーじゃねぇか。今日は、俺と二人で過ごそうぜ」
片眼でウインクしてビッツに親指を立てる。
「・・・はぁ~・・・わかったよ」
その指を見て理解したビッツはため息をつきながら了解の意を示した。
そんな二人を見て、ウェルフ女史は少し安心したのか、ほっと胸を撫でおろす。
「また、元気な姿で戻ってきなさいよ。月一回じゃなくて、もっと多くていいのよ」
「あーそうだな。忘れてた。こんな時だけど、この前俺らがドジってランクが落ちたから、ちーっとばかし、小僧どもの飯代が少なくなるの、しばらくの間我慢してもらえっかね?」
アノーが申し訳なさそうな顔をしてウェルフ女史に向かって頭を下げる。
「大丈夫よ。ガル院長と私が管理してたからしばらくは保つわ。安心して」
「そーかぃ、そら安心したよ」
「そうよ。不安定な収入に当てにはできないですもの」
とこれまでにないほどの笑顔で応える。
「面目ない・・・」
ビッツもその笑顔に申し訳なくなり謝った。
「ともかく、安全第一で、生きて帰ってらっしゃいね」
「「了解」」
太陽が正午になった時分、暖かい風を背にビッツとアノーは二人、その場を後にした。