第二話 酒と笑いと死
「で。ギルドの方はどうだったよ」
酒場で酒を飲んでいる赤ら顔のアノーは、ギルドへ行って護衛の終了の報告を終え、
ビッツが席に座った直後にビッツに聞いた。
「どうもこうも、全然だめだったよ。護衛失敗、さらにランク降格決定。どうにもならなかった」
ビッツは頭を押さえてテーブルにもたれかかった。
「…そうか。でもよぉ、盗賊の方はどうったよ?結構いい線いってなかったか?」
そう言いながら酒場の給仕にビッツの分のエールとつまみを注文した。
エールが来るとビッツは佇まいを整え、一口エールを含む。
「まぁ、賠償金と相殺になったよ。赤字じゃないけど、経費差っ引いたら実質赤字だ」
ギロリとアノーを睨む。
「そーかい。まぁ次ぃ行ってみようぜ!次はうまくやろうぜ!」
ケケケと笑うアノーを見て、ビッツは殴りたくなる衝動を抑えてエールに口をつける。
「なんで他人事っぽく言うんだよ。お前が持ってきた仕事なのに・・・」
「まぁんなこと言ったって、終わったことだぜ、飲んで忘れようぜ!」
そういいながらビッツの方を大げさにバンバンと叩く。
アノーは、失敗しても落ち込まないし、悩む気振りも見せない。根っからの明るさで見習いたいところでもあるが、ビッツにとっては、失敗を繰り返すだけの危険な性格だと認識している。
「能天気にいいやがって・・・まぁ、ランク落ちしたから、また魔物狩りの再開だ」
アノーとビッツは冒険者という、いわゆる“何でも屋”であり、依頼に応じて働く日雇い仕事をしている職業だ。
ただ、街中で働く日雇い労働者と大きく違って、“命”を掛け金で仕事をしている。
ハイリスク・ハイリターンが基本なのだ。
そのあたりが蔑称なのか別称なのか、彼らは“冒険者”と呼ばれるのである。
「アノー、よく聞け?忘れてるようだが、ランクは今日までのCから、Dに落ちた。今までの稼ぎを維持するには数をこなさないといけなくなったんだぞ?」
ランクはABCDEFの6段階で、ビッツとアノーは上から3段目までのランクだった。
冒険者のほとんどがDあたりでウロウロしているなか、ビッツとアノーは優秀な部類に入っていた。
完全にピラミッド型の階級制度だがランクさえ上がりさえすれば、準貴族階級まで手が届く。
また、戦闘が多いため、戦争時には傭兵稼ぎも出来、腕さえ良ければ前途洋々に広がることができる。
まさにビッツーやアノーにとって成り上がるためのチャンスの糸口なのだ。
しかし、それも、狭き門であり、多くの失敗者達の屍の上で成り立っていると言っても過言ではない過酷な仕事なのだ。
「まぁ、また元に戻った、って思えばいいじゃん。また上がればいいんだし。俺らならできるべ?」
屈託のないこの太陽のような笑顔で言われてしまい、ビッツは毒気が抜かれどうでも良くなってしまった。
いつもながらずるいな、と思う。
「・・・まぁ、そうだな。前向きに考えるか。別に死んだわけじゃない」
「んだんだ。命あってのぉぉ」
アノーはニヤリと笑い、ビッツの目をじっと見る。
「・・・物種ってな」
仕方ないとばかりにアノーに合わせる。ビッツはいつものことながら苦笑いする。
「そうそう!ガハハハ!」
そういってお互いにエールのジョッキをぶつけ合い乾杯をして、エールを飲み干した。
ふと思い出したようにアノーがビッツの目を見てまじめな顔をして呟いた。
「まぁ院長先生にはわりぃが、今月は少しばかり金額が減るって言っといてくれよ、ビッツ」
院長先生というのはスラムにある孤児院の長で、ビッツとアノーの出身場所である。
文字通り、二人とも孤児で親の顔も名前も知らない。
成人してからは毎月、幾らかは寄付している。これは、孤児院が出来て成人して出て言った者たちの伝統のようなもので、孤児院の主たる運営資金になっている。
さらに、その中核たるのが、ビッツとアノーの二人の寄付金になっている。
「アノー・・・また俺が言うのか・・。もうそういうの自分でやれよ」
「でもよぉー俺が言うとなんか、誤解される感じがしてさ、言いにくいんだよね」
「わかるような、わからない理屈だな・・・」
「ま、とにかく頼むぜ!ビッツ先輩!」
「こんな時だけ後輩ヅラすんじゃねーよ!大体、入院差が数日だってだけなのに!」
「まぁ神様の御差配ってことでさ!な!」
「な!じゃねぇよ・・・しょーがねぇなぁ」
毎度アノーに良い様に扱われているのは自覚しているものの、アノーが素直に行くわけがないので、
仕方なく了承する形になった。
結局、その日は朝まで飲み過ぎ、朝になっても起きない二人を、酒場のマスターによって蹴り追い出されてしまった。
「まぁた朝まで飲んじまったな」
蹴られた尻を摩りながらアノーは、ヨロヨロと歩き出す。
「鬱憤が溜まっていたとは言え、自制が効かなかったな・・・」
ビッツも蹴られた腿をさすりながらヨロヨロ歩きながら孤児院を目指す。
「・・・じゃぁ、ビッツ、俺はギルド行って良い討伐もんがあれば見繕ってくよ」
アノーはフラフラとギルドの道へ向かって手を振ってビッツに向かって言う。
「俺が探すから、ギルド行って休んでろ。余計な事はするな!」
ビッツはアノーが昨日のことを忘れていたので念入りにくぎを刺す。
「余計なことって・・・へいへい。わかりやしたよ」
どっかの三下のような態度でフラフラとギルドの方角へ消えていった。
「さぁて、院長先生にどう言ったもんかなぁ」
水魔法で水を生み出して顔を洗い寝癖を直し、風魔法で服の埃を吹き飛ばす。
そしてパンパンと服を叩いて身支度を整え、最後にアルコールを聖魔法で酒を抜く。
「これでよし、っと」
すっきりしたビッツは孤児院に向かって歩き出した。
孤児院につくとドアノッカーを叩いて、来客の合図をする。
しかし、いつもならすぐ反応があるのに、まったく返事が無い。
おかしいな、とおもい、再度ドアノッカーを叩くが誰かが来る様子が無い。
「変だな」
そう思ってドアを開けようすると鍵がかかっていた。
「朝の当番がさぼってるな、まったくアノーみたいな奴が育っている思うと気が滅入る…」
当時のアノーを思い出しながら孤児院の裏にある勝手口に向かう。
ちょうど裏にちっぽけだが、野菜畑や果物の木があり、小さいころ畑仕事を手伝い、
院長の隙を見てアノーと一緒に果物を齧っていたのを思い出した。
「そろそろポポロの実が美味しい時期になっているはずだなぁ」
とぼんやり、考えながら歩いていると、ちょうど畑が見えてきた。
しかし、いつもならば美しく整列された野菜畝が並ぶ畑には、ぐちゃぐちゃに潰されており、
白いローブの人間が倒れていた。
背中には一本の剣が刺さっておりその周辺には血だまりが出来ていた。
ビッツには誰が倒れているか直感的にわかり、すぐさま走り出した。
「先生!!」
倒れていたのはこの孤児院の院長、ガル・スバーロットその人だった。