第一話 泥沼と炎
「はぁはぁ…」
肺が張り裂けそうな息切れだがまだ体は動く。
四肢の欠けた死体やまだ息のある者。
手足がちぎれ飛び、血溜りがそこら中に散乱している。
ふと足元にいる人の形をした肉塊に目をやる。
左目はあるが、右の目玉は既に無く、空虚な眼窩が見える。
腕は皮一枚で辛じて繋がっており、足はすでに断裂している。
何か言いたそうにこちらを見ているがひゅーひゅーと音がするだけ。
「…だが、これで終わりだ」
手に持った剣を頭に突き刺してぐしゃりと音がする。飛び散った肉片と灰色と半透明な液体が足に掛かる。
周りを見渡すと赤髪の男が一人同じように肩で息をしている。
「そっちも終わったようだな」
手に持った10キロはありそうな大剣を軽々と血糊を飛ばし肩に乗せる。
赤髪の男は周りを見回して安全確認をしてからこちらへ歩いてくる。
「ま、とりあえず、なんとか生き延びたな」
朗らかに頬を緩ませるこの男はこの惨状の中、なんでもないような顔をしてそう言った。
「こんな護衛、もう二度とやるか。第一、護衛対象死亡、盗賊どもらは全員死亡。ギルドへの賠償で大赤字だ。そんなんで良く笑ってられるな」
後ろを見ろと視線を促す先には、破壊され半分燃えかけていた荷馬車に、護衛対象だった者が荷馬車を背にして頭を垂れている。もちろん服は赤黒く染まって事切れている。
「お前が報酬金に目が眩み勝手に選んだこの仕事の“その結果”がアレだ。忘れんなよ?」
赤髪の男は一瞬、申し訳なさそうな顔をしたが、苦笑いの表情になる。
「そうは言うがな、俺らみてぇな貧民出はこういうのをやり続けるしか道はねぇんだよ」
しょうがないだろ、と肩をすくめる。
「アノー、言っておくが、次は勝手はさせんよ。次からは俺がリスクの低い仕事を選ぶ。
少なくとも、赤字にはならないようにする。いいな?」
アノーと呼ばれた赤髪の男は首を回しながら気だるそうに返事をする。
「へいへい、わかりやしたよ。まー、お前の見立てでやることに反対はしないさ、ビッツ」
ビッツと呼ばれた男は息がようやく整い、背筋を伸ばす。
「兎も角、盗賊どもの首を集めて少しでも稼ぐぞ。幸い、馬が生きてる。括り付けてでも持ち帰るぞ」
「めんどくせーがやるか。俺の方はほとんど頭かち割ってっからあんま数ねぇけど、そっちは?」
アノーは、自分の潰した死体を見回してビッツを見る。
「ある程度はな。俺も多少かち割ったが。すこしは頭を残しとけよ・・・。
報奨金ゼロよりましなんだから。それにこの惨状の状況証拠として、
幾分ギルドへの評価の印象も良くなるかもしれない」
「そーかい。んで、盗賊どもの身ぐるみは?」
「価値のあるもの、持てるだけ、な」
「了~解」
ビッツの指示で手馴れた手つきで二人は目ぼしいもの集め、荷馬車に残っていた麻袋に盗賊10人の首印を入れた。人間の頭とはいえ、ズシリと重い。馬を馬車から外し、荷駄馬として整えて轡を嵌める。
「盗賊の頭っぽいのいたか?」
ふと、ビッツはアノーに向かって聞く。
「それっぽいのが、一人いた。幸い頭も顔も綺麗に残ってるぜ。それに“強化”系のエンチャントの掛かったハンドアックスが残ってるよ」
「ナイスだアノー。それならなんとか言いくるめるかも」
ビッツは少しうれしそうな顔をして、荷駄馬の轡を引っ張り木に縛る。
その間、アノーは盗賊の死体は一か所に集めて、燃やし、一緒に荷馬車は街道をから離して燃やした。
血に誘われてやって来るモノたちが来ないように。炎は轟々と煙を巻き上げている。