デートの行き先
その日の夜、俺は自室でひとり頭を抱えていた。
悩みの種は当然、お嬢様とのデートについてだ。
あの後亜希さんと話していると、金曜日は家庭教師との勉強もないのでデートは明日にすれば良いということになったため、急遽デートプランを練ることになってしまった。
亜希さん曰く「公園とかでも大丈夫」ということであったが、公園に行ったとして、そこには様々な問題があるのだ。
例えば、遊具を他の子どもたちが使っていてお嬢様がなかなか遊べないとしよう。
幼稚園に通っていないお嬢様はそもそも同じ年代の子とほとんど交流が無いと思われるため、その輪の中に入ることの難易度が想定できない。
もし遊べないという事態に陥ってしまうと、お嬢様を楽しませるという目的は達成できないことになる。
それともう一つ危惧するべきことはママ友の襲来である。
公園に子連れで行けば確実にママ友イベントが発生するだろう。
既に出来上がっているいつもの公園の顔触れの中に俺たちのような新キャラが登場すれば、間違いなく声を掛けられてしまう。
これは完全な偏見だが、恐らくママ友の話は長い。
俺は親ではないためママ友に太刀打ちできるような話題を持ち合わせていないし、ママ友バインドに囚われている間にお嬢様に何が起こるか分からないという不安は拭い去れない。
それに女子特有のあの変なグループ意識というか、とにかく面倒臭いことになることは容易に想像出来る。
あの輪の中に入るなんて俺には到底出来っこないのだ。
そういう訳で、一見ハードルが低そうな公園は実はエクストラダンジョンなんだよ、ということはお分かりいただけただろうか。
もうね、出現するモンスター全てが中ボス級みたいなもんだよ。
怖いよ。普通に。
「どうしたもんかな……」
頭の後ろで両手を組んで椅子の背にもたれる。
子供と遊びに行く場所……公園以外で遊ぶとすると遊園地とかか。
でもお嬢様の身長を考えると遊園地で出来ることは限られるよなぁ。
それならば動物園はどうだろうか。身長制限もなく子供でも十分楽しめる。
子供は動物とか好きな子多いだろうし、お嬢様も動物園に興味があるかも知れない。
そこまで考えると、動物園に行く方向で固まりつつあった思考に待ったをかけるように突然ドアが開いた。
「そうた、すいぞくかんに行きたい!」
ふんすと勢い良く入って来たのはパジャマ姿の澪お嬢様。
さきほど亜希さんがお嬢様と風呂に入って来ると言っていたが、どうやらもう終わったらしい。
その後ろでは、同じく澪お嬢様とさっきまで風呂に入っていた亜希さんが困ったようにお嬢様を見ていた。
「こら、澪。ちゃんとノックしてから入りなさい。……すみません、杉原さん」
「あ、いえ大丈夫です」
亜希さんを見る。綺麗な茶髪が照明の光を受けて光沢を帯びていた。相変わらずの美しさに思わず目を奪われてしまう。
それに、なんだかいい匂いもする。シャンプーの匂いだろうか。
「……それでお嬢様、水族館に行きたいんですか?」
澪お嬢様に視線を戻し、問いかける。
するとお嬢様は、こくりと頷いて脇に挟んでいた絵本の表紙を俺に向けて来た。
「うん。ペンギンに会いたいの。ねえさまに聞いたら、すいぞくかんっていうところにいるって」
お嬢様が持っている絵本の表紙には、『ペンギンのペンタ・トニック』というおやじギャグすれすれの何ともシャレの利いたタイトルと共に、一羽のペンギンが描かれていた。
「ペンギンが好きなんですか?」
「うん。ぱたぱたしててかわいいの」
「なるほど……」
お嬢様がパラパラと絵本をめくっては俺に見せてくれた。可愛らしいペンギンのイラストだ。
動物園に行く方向で考え始めていたが、確かに水族館も悪くないな。
水族館ならお嬢様が楽しめないということも無いだろうし、何よりお嬢様自身が行きたいと思う理由があるならば反対する理由も無い。
「分かりました。水族館に行きましょう」
俺がそういうと、お嬢様はぱあっと顔を輝かせて身を乗り出した。
「いいの?」
「はい。せっかくですし、お嬢様が行きたいところに行かないと」
「やったあ! ありがとうそうた!」
ふふふと笑みをこぼしながら、お嬢様はペンギンの絵本をぎゅっと抱きしめた。
ここまで喜ばれるとこっちまで嬉しくなるな。
「ありがとうございます、杉原さん。この子のこと、どうかよろしくお願いしますね」
穏やかな表情で亜希さんが言う。俺のことを信頼してくれている感じだ。
「はい、頑張ります」
正直まだ不安はあったが、亜希さんに心配を掛けないために俺はそう言った。
こうして、お嬢様との初デートは水族館に行くこととなった。
※ ※ ※
「ほら、着いたぞ」
そう言われて、俺とお嬢様は車を降りた。
目の前には大きな水族館が建っている。
「すいぞくかんだ!」
目をキラキラと輝かせながらお嬢様が興奮気味に言う。
今日はデートだからということで、お嬢様はお出かけ用のおしゃれな赤のポンチョコートを着ている。
そしてその手にはお気に入りのペンギンの本を入れたトートバッグを抱えているため、さながらマッチ売りの少女のようだ。
俺も執事服では目立つということで今日は私服で来ているのだが、黒塗りの高級車から出て来たので全く意味が無かったかも知れない。さっきから俺たちは人々の視線を集めてしまっている。
「帰る時はまた呼んでくれ。すぐに迎えに来る」
運転手のマッチョな黒スーツ――亜希さんと一緒に居た人の片方――の野島さんは言った。ちなみにもう片方は及川さんと言う。
「ありがとうございます。また連絡します」
「おう。気をつけて楽しんで来いよ」
にっと笑ってマッチョなナイスガイは車に戻って行った。
「そうた、はやく行こう?」
お嬢様がわくわくした様子で俺の袖を引っ張り、上目遣いで見て来る。
その可愛らしい様子に思わずハートを持っていかれそうになりつつ、俺は笑顔でお嬢様に答えた。
「そうですね。さ、はぐれないように手を繋いでください」
小さな手をそっと握ると、俺はお嬢様の歩調に合わせて水族館に向かった。
今回は少し短めです。
次回からちゃんとデート描写します。




