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執事の心得

 俺と裕子さんはお嬢様の部屋を掃除するために、掃除用具庫に立ち寄った。大きなお屋敷だけあって掃除用具庫もワンルームほどのサイズがあり、道具の種類も多岐に渡っている……のだが。


「そっちは分かるんですよ? メイドさんのイメージ通りというか。でも、まさかパイソンを使っているとは思いもしませんでした」


 俺は裕子さんが持っているものを見た後、自分が持ち運んでいるものに目を落とした。


 裕子さんが持っているのはあの棒の先にひらひらしたのが付いている掃除道具だ。家具の上とか、どちらかというと上の方の埃を落とすやつ。ああそうだ、確かはたきっていう名前だったか。


 対して俺が持っているのはサイクロン式の掃除機であるパイソン。蛇がとぐろを巻いているロゴが付いてるやつ。誰もが知る有名な掃除機だ。


「西之園家は代々パイソンユーザーよ。一体何を見てイメージが出来上がったのか知らないけど、創作物と本当のメイドを混同しない方がいいわ」


「はい……」


 裕子さんが言うと説得力が違う。なにせこの人はメイドさんなのに初日から俺を脅して来たのだ。俺の中のメイド像をぶち壊した張本人なのである。


 そうこうしているうちにお嬢様の部屋に辿り着いた。改めて見ても広い部屋で、掃除するにも骨が折れそうだ。


「はい、これ持って。まずは上から埃を落として行く。とりあえずやってみて」


 そう言いながらはたきを一本俺に渡して来る裕子さん。俺はそれを受け取って、部屋の中を見回してみた。


 ベッド、本棚、衣装ダンス……いろいろと家具はあるが、お嬢様の部屋は何故か子供らしさが無い。ぬいぐるみも見当たらなければ玩具もない。一体お嬢様は何で遊んでいらっしゃるのであろうか?


 いや、今はそれは関係のないことだ。ここで上手く掃除をしなければ、裕子さんに何を言われるか分かったもんじゃない。


 とりあえず俺は家具に近づき、その上をはたきで掃除した。埃を床に落とすイメージ。同じことを各家具で行っていく。


「これでどうでしょうか?」


 一通り終わったと考えた俺は、裕子さんに声を掛けた。裕子さんは近くにあった衣装ダンスの上を姑のように指でなぞった。


「……問題ないわね」


「そうですか……」


「だけど」


 ほっと胸を撫で下ろした直後、裕子さんは衣装ダンスの細かい装飾を指でなぞりその指を俺に向けて来た。遠目からではその指に何もついていないように見えるが……。


「今、そんなに埃は付いてない、なんて考えたでしょ?」


「うっ」


「図星って感じの顔ね。もうその考え方がダメ。あなた本当に私より年上?」


「年上……ってまさか、裕子さん年下なんですか!?」


 意外な言葉に驚く。裕子さんは腕を組んで呆れたように俺を見た。


「また勝手に勘違いしたのね。私は十九歳よ」


「じゅ、十九歳!?」


 四歳も年下であったという信じられない答えに、俺は驚きを隠せず素っ頓狂な声を上げた。その様子に心外だとでも言うように裕子さんが眉間にしわを寄せる。


「そうは見えなかったとでも言いたげね。全く、失礼なやつ」


「い、いや、時々年下なんじゃないかとは思ってましたけど……」


「ふーん? ……ま、年下だと知った後でもちゃんと敬語を使ってるあたりは評価してあげるわ。私はあんたの先輩だもん、もし敬語を使わなくなってたら殴ってたところよ」


「ええ……」


 さらりと暴力発言をする裕子さん。年齢は分かったがどうしてこんな人がメイドになったのだろうかという謎は深まるばかりだ。


 というか、このお屋敷の他のメイドさんとはまだ話したことが無いが、どんな人たちなのだろうか。裕子さんみたいな人ばかりじゃなければいいんだけど。もしそうなら俺の身が持たない気がする。


「さっきの話に戻るけど、埃が付いていなかったら掃除をしないっていう考え方はダメよ。確かにほとんど毎日掃除はしてるから埃はそんなに付いてないけど、ちゃんと掃除をするっていう姿勢が大事なの。そうやって主のために行動して、信頼関係を築いていく。それが主に仕えるっていうことなんだから」


 家具を優しい目で見ながら、実に当たり前のことのように裕子さんは言った。

 意外だった。確かに口は悪いし俺を脅すような怖い女の子だけど、裕子さんが言っていることは正しい。俺も澪お嬢様の執事になった以上、誠心誠意努めなければなるまい。


「仰る通りですね。以後気を付けます……」


「へえ、素直ね。分かればいいのよ。さ、掃除を続けましょ」


 その後、俺は隅々まで綺麗にする意識を持って掃除に臨んだ。まだまだ足りないところばかりで裕子さんには注意を受けるところもあったけど、それも良い執事になるためには必要なことだ。

 それにしても、パイソンってすごく掃除しやすいな。さすがサイクロン。


  ※ ※ ※


 お嬢様の部屋の掃除を終えた後、俺と裕子さんは洗濯室へと向かっていた。俺の腕には自分とお嬢様のシーツが抱えられている。清潔感を保つため、このお屋敷では毎日シーツを洗濯しているようだ。


 洗濯室に着くと、他のメイドさんがひとり居た。裕子さんがそのメイドさんに声を掛ける。


「めぐみさん、おはようございます」


「おはよう、裕子ちゃん。そちらは確か……」


「杉原蒼太です。初めまして」


「そうそう、杉原君ね。澪お嬢様の執事なんだってね」


 上品な動作で手を合わせて微笑むめぐみさん。良かった、普通のメイドさんだ。裕子さんとはえらい違い。


「ん? あんたなんか言った」


「なっ、何も言ってませんよ!?」


 尋常じゃないくらいのスピードで俺の考えを見透かして来た裕子さんにぶんぶんと首を振る。瞬時に人の心(主に悪口方向)を読めてしまうなんて、ほんとに殺し屋なんじゃないだろうか。

 そんな俺たちの様子を見ていためぐみさんがふふっと笑う。


「あらあら、仲良しなのね」


「仲良しじゃありません! こいつ失礼なやつなんですから」


「そう? なんだか裕子ちゃん楽しそうに見えたけど」


「あ、それはないです。見間違いですよ」


 裕子さんは真顔で否定した。マジのトーンだ。


「そっかあ。見間違いかあ」


「それよりめぐみさん、このシーツの洗濯をお願いします。ほら、渡して」


「は、はい」


 裕子さんに急かされながらシーツを台の上に置く。「ごくろうさま」と優しく俺を労うと、めぐみさんはシーツを確認した。


「シーツが二枚ね。澪お嬢様と杉原くんの分かしら?」


「はい、そうです」


「わかりました、洗濯しておきますね。代わりのシーツはそこにあるから持って行ってね」


 めぐみさんが指をさす棚を見る。大きな棚にタオルやシーツが綺麗に収められていた。洗濯と並行してここから使っていくというスタイルなのであろう。


「女性が多いと必然的に女物が多くなるから、洗濯はめぐみさんや他のメイドが担当してるの。だから男のあんたがやることはないわね。まあ気にするかもしれないから下着は自分で洗ってもいいわよ」


「そ、それはもちろんそうしますよ」


「あら、そう? わたしは気にしないから遠慮なく出してもらってもいいのよ?」


「お、俺が気にしますよ!」


 俺が食い気味に言うと、めぐみさんは「気にしなくてもいいのに」と頬に手を当てた。

 二十三歳の男が使用済みのパンツをメイドさんに洗ってもらうって、どんなプレイだよ。

 ふわふわし過ぎて意外と危険な香りがするな、めぐみさんは。


「さ、ここはめぐみさんに任せて行くわよ」


 そう言って裕子さんは洗濯室を出た。俺もその後を追って洗濯室を出ようとしたのだが、


「気が変わったらいつでも洗ってあげるからね」


 と艶めかしくめぐみさんが言ったので、危うく転びそうになる。

 引きつった顔でめぐみさんの方を見ると、全く悪気が無さそうに頬に手を当てていた。一見普通だけど、このメイドさんもどこか普通じゃない気がして来るな……。


「何してるの? 早く行くわよ」


「は、はい」


 めぐみさんに調子を狂わせられながらも、代わりのシーツを持って俺は裕子さんの後を追った。

 煩悩退散!

癖のあるメイドさんがもうひとり出てきましたね。蒼太も大変です。


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